第34話 天使喰
第34話をお届けします。
今回も気軽に読んで頂ければ幸いでっす!
「――うっぷっ!?」
「――なっ!?」
ミズガルズ国王が投げてよこしたモノは、俺達の手前の地面で円を描くように地面を転がり……止まった。
それは人間の女性の腕だった。肘辺りから千切れたソレは、正に今胴体から離れたように綺麗な肌を保っている。只一つ異様なのは、肘の切り口が何かに食い荒らされたかのようにボロボロになっている点だ。
俺は思わず口に手を当てながら、膝から崩れてしまった。以前パンちゃんと出会った時に体験した、熊の魔物による山小屋での惨殺事件を彷彿とさせる。
あれ以降、ここまで残虐な事件に遭遇していなかったので油断していた。あの腕の切り口、見覚えがある。あの、歯型が残る肉の喰われ方は……。
「やりましたね……。やってくれやがりましたね! 自分が何をしているのか理解しているのか!!」
エダのかつてない怒号が俺の耳をつんざいた。俺の記憶の中ではこれほど彼女が激高した場面を体験したことがない。思わず頭上のエダの顔を見上げてみると、彼女の顔は俺がこれまで見た事がないほど怒りの形相に変貌していた。
「……エダ。これって……」
「コウキ、この腕は人間の腕ではありません。この何の傷も穢れもない腕は……天界の使途。戦乙女か、天使の腕から天界の血を取り込んむ禁忌、この男は[天使喰]をしてのけたんです!!」
[天使喰]
この単語からしてもどれだけの禁忌なのか想像に難くない。そんなの漫画か小説の中でしか聞いたことのない単語だ。自分達と同じ形状を持つ生命体を食べるなんて行為が今、目の前に起きている。そんな事実がとても信じられなかった。
今回の場合は……まさか、聖剣バルムンクを使いこなす為に天界の使徒。天使を食ったのか!?
「何を驚く、我は王。天命の丘にて時折舞い降りる天使の姿くらい確認しておる。人間とは強欲の権化。自分に足りないものがあるならば欲するは当然の道理よ」
「黙れ!! もはや貴様を人間とは思わん。私達にとっても敵とは言え、このような残虐行為を何の躊躇もせずに実行できるならば魔物と同じ。今、この場で天誅を下す!!!」
鞘に地竜の剣を収めたエダは、身体の中に充満した聖気を全開に解放した。その勢いはまるで天に向かって逆流する大瀑布の如くだ。
彼女の右手に纏った聖気が長い棒のような形を作り、槍として顕現する。これはエダの人間だった頃から得意としていた権能[武器創造の奇跡]だ。普通の物質的な武器とは違い変幻自在に形状が変化し、威力も籠めた力によって際限なく上昇してゆくエダ必殺の奇跡である。
「コウキ、重ねて言いますが手出し無用です。このような畜生に貴方の手が汚れて良い訳がない! 良いですね!!」
そう言った俺に言い放った瞬間。エダの身体はシグムント王に向かって飛び出していた。
エダの聖気で形作られた光の槍がシグムント王の聖剣バルムンクに突き刺さる。まるで鉄を切断する時のような甲高い金属音と火花が辺りに飛び散った。最初は三歩ほどの距離があった鍔迫り合いをしている二人の距離が、二歩、そして一歩と縮んでいく。
「エダ、一旦離れろ!! バルムンクに喰われているぞ!!!」
事態に気付いた俺は、エダに向かって警告を発した。反射的に俺の声を理解したエダが俺の目の前にまで一足飛びで後退する。その顔には一筋の汗が流れ落ちていた。
「どう言う事だ……聖剣バルムンクの権能はあくまで切断能力。聖気を喰らうような権能はなかったはず」
エダが困惑の呟きを漏らした。戦乙女エッダから受けた天界の知識と目の前の王が持つ聖剣の権能が食い違っている。わざわざ地竜の剣を鞘に戻し、形のない聖気で創造された槍を手にしたのは絶対切断とも呼べる聖剣バルムンクを警戒してのことだ。
「それを一々説明するほど余はお人よしではないぞ? では、今度は此方からいくとしよう……か!!」
シグムント王が一言呟いた後、聖剣バルムンクを構え、此方に斬りかかって来る。エダは再度、聖気を槍に込め、応対した。
一合、二合、そして三合。俺の介入する隙間もないほどの光速の戦いが目の前で起こっていた。
お互いの剣がぶつかり合う度に火花が周囲に飛び散った。シグムント王の聖剣には何の変化も起きていないが、案の定エダの聖気の槍は剣戟を結ぶたびに侵食されていた。
エダも負けじと即、聖気を込めなおして槍を再構築してはいるが、どちらが不利かは言うまでもない。絶えず自分の武器が破壊されているのだ。いずれ、自らの聖気が底を尽きればエダの最後になってしまう。状況は明らかにエダの不利となっていた。
当然だ。シグムント王の聖剣による一撃を、エダは受けることが出来ない。お互いが剣で行なう攻防の内、彼女だけが防御の選択肢を取れないのだ。
身にまとう戦乙女の鎧に細かい傷が増えてゆく。只でさえ金属部分が少ない鎧が傷つき、露出した肌は防御を貫いた剣閃で赤く滲んでゆく。
それでもエダにはまだ何かあるようだった。シグムント王には分からないだろうが、これまで一緒に居た俺なら分かる。エダは何かを狙っていた。
「はああああああああ!!」
「どうした? 天界の騎士とも呼ばれる戦乙女の力とはそんなものか!?」
無謀な戦いを続けるエダに、シグムンド王は呆れたかのような顔で戦闘に付き合っている。気付けば二人の周囲には鎧の破片と共に、エダの聖気で作り出した槍の破片が散乱している。それがまるで格闘技のリングのように二人を覆いつくしていた。
「もう少し手ごたえがあるかと思えば、何とも詰まらぬものよ。戦乙女として覚醒したと聞いた時には、もう少々マシかと思ったのだが……所詮は田舎街の巫女無勢か。この一撃で終わりにしてやろう!」
シグムント王が上段に大きく聖剣を振りかぶった。学校の授業ぐらいでしか剣道を嗜んでいない俺にも分かる。あれはシグムント王が決着をつけるための渾身の一撃。頭部以外の全身が無防備になる変わりに、その攻撃は必殺の一撃となる。あれが振り下ろされた瞬間。エダの身体が二つに斬り裂かれる。思わず俺の体がエダを庇おうと動き出しそうになった。その時だ。
エダの口が……笑った。
「我が意に戻れ! 戦乙女エッダの聖気よ!!」
「ぬおおおおっ!?」
そう彼女が叫んだ瞬間、周囲のリングが刃と化した。
周囲に散乱している聖気で生成された槍の破片が突如、白く光り輝いたのだ。残骸のような形状の破片が変化し、無数の小型ナイフとなってシングムント王に向かい襲い掛かる。
その数はかぞえきれないほどだ。完全にトドメの体勢に入っていたシグムント王は、この奇襲に対応できなかった。トドメの一撃ほど油断する瞬間はない。俺は書物で読んだ、そんな一言を思い出していた。
「貴方の方こそ私を舐めすぎです。実力的には私と貴方は拮抗していた。私の槍は削られ続け攻撃にまでは至らず、下界に存在するすべての存在を切断する[聖剣バルムンク]も天界の存在である、この戦乙女の身体は害せない。ならば、一瞬の好機を作り出すのみ」
「……無念。……ブリ……ド様……おゆ…………を」
シグムント王が最後に呟いた単語は、俺達の耳にまでは届かなかった。
「危ないところでした……。もう少しだけでも貴方の聖気を喰らう力が強ければ……」
そして、エダの最後の言葉はシグムント王に届かなかった。
あわれ、シグムント王は聖剣を上段に構えたままハリネズミのように全身を刃で刺され立ち尽くしていたのである。
死しても直、地面に倒れ伏せない見事な大往生だ。
当の俺は思わず彼女を助けようと右手を前に出したままの、なんとも不可思議なポーズで硬直してしまっていた。数瞬後にエダの勝利を認識したのち、大きく安堵の息をつく。
「ご心配をおかけしました、コウキ」
「ホントだよ。そんな奥の手があるなら事前に教えておいてほしいもんだ」
「ええっと……。それは、ホラ!敵を欺くには味方からって……」
俺の苦情に、エダは苦笑しながら誤魔化している。
って言うか、そのことわざはこの世界にもあるんだな。確か中国発祥のことわざじゃなかったか?パンちゃんのこともあるし、所々他の地域の要素が混じっている気がする。
だが、それを検証するにしても時間が掛かるだろうし今はどうでもいいことだ。
「しかし、この国の王が天使喰だったとは……今この時に止めることが出来て不幸中の幸いでした」
「この王様、天命の丘で捕獲したって言ってたよな? そんなに頻繁にそこには天界の住人が降臨するのかな?」
「おそらくは天界の神々が使役している使者でしょう。天の使い、天使とよばれる天界から下界に送られる伝達係です。シグムント王はその天使を捕獲していたのです」
仁王立ちのまま白目を剥いているシグムント王の姿を見上げながら安堵の息をついた彼女は、それでも難しい顔を崩そうとはしなかった。
それにしても手加減できるような状況ではなかったとは言え、これは作戦上では手痛い失敗だ。本来の作戦であればシグムント王は生かして捕らえなければならなかった。ミズガルズ王国の国民を安心させる為、建前上は穏便に王位が継承されたことにしたかったのだ。
これから先、ミズガルズ王国は混乱期に突入するだろう。天界の神々が至上の存在だと信じ続けてきた竜神教の信者達の価値観が根底から覆される。次期王としてのシグルド殿下の力量が試されるわけだ。
だが、それでも。彼女の、エダの命には替えられない。薄情なようだが、見た事もない他人の大量の命よりも俺は身近の親愛なる一人の命を選ぶ。
俺としてはこの状況では最高の結果だ。それでもまだ、彼女の顔は晴れなかった。
「……どうかした? 確かにシグムント王と交渉できなかったのは残念だけど、あとはシグルド殿下の仕事でしょ?」
「はい、確かにそうなのですが……不可解な点が一つ。[天使喰い]は下界で最上に位置する禁忌のはずなのです。犯した者には必ずや、天界から何らかの裁きの鉄槌が降されます。なのに、何の裁きも無くシグムント王は今日まで君臨していた……」
「つまり……シグムント王の[天使喰い]を天界が黙認していた?」
「そうとしか考えられないのです……。通常ありえない事ですが」
この王城に来てからというもの、彼女の知識や俺の考えから外れた事態が起きすぎている。俺とエダはその場で深く考え込んでしまった。この裏には実はとんでもない事実が絡んでいるのではないかと。
「それにこの男。聖剣バルムンクを所持しているとはいえ、戦乙女である私と対等な力を持っていました。とても通常の鍛錬で至れる境地とは思えません。それこそ……」
そう呟きながら、彼女が一つの仮説を掲げようとした時。
「ご名答です、我が妹よ」
その言葉は正に天からの啓示のように、俺達の耳に飛び込んできた。
最後まで読んで頂き有難うございました。
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