第30話 娼婦エダの奮闘
区切りとなる第30話をお送りします。
これにて第4章が終了となります。
そしてストックも終了でず(汗
なるべく早めに投稿できるよう頑張ります。
2019.5.2改稿
一連の騒ぎが収まって数時間が経過した。
そろそろお偉方は見張りを一般兵士に任せて就寝する時間だろう。この時間を私は待っていた。もう恥だろうが、屈辱だろうが、何でも受け入れる。なんとか見つからずにテント郡の端にまで移動した私は、意を決して篝火の前に踏み出した。丁度今、此処に辿り着いたかのように。
「すみません……。王国軍の兵隊さんですか?」
自分が考えうる限り最大の弱々しい声を口から放った。
「何者だ! 一般人は立ち入り禁止だぞ!!」
「ひッ、すみません! 私は隣のルオホ村の者です。村長に言われて戦場で戦う兵隊さんを激励してこいと……」
普通であれば軍の逗留している基地に一般人が入ってくることなど有り得ない。せいぜいが、現地で兵站を確保するための商人が出入りするくらいだろう。そんな常識外の存在になりきった私は、ひたすら無力な村娘を演じていた。
(怖がっている娘を演じろ。今の私は非力な村娘、兵士に牙を向こうなどとは考えない)
そう自分自身に言い聞かせる。私はわざと全身をマントで隠している。この基地は山脈から吹く風に常に当てられて実に好都合だった。
マントを握る手が震えている。これから自分がやろうとする行為に、演技ではなく震えているのだ。だがタリナの作戦が失敗し、希望は私しかもういない。こうしている今もコウキがどんな目に遭っているか分からないのだ。
その時、丁度良く強い横風が私に襲い掛かった。
(……今だ! 養父様、シスター長、こんな真似をする養娘をお許し下さい!)
私は意を決して、吹き付ける風にタイミングを合わせてマントから手を離した。
「…きゃあ!?」
私はマントの下に下着以外、何も身につけていなかった。わざと兵士にその事実を見せつけ、恥ずかしがるように慌ててマントを手繰りよせる。
これまで身につけていた[戦乙女の鎧]は私の権能で仕舞ってある。正直、あの鎧でもかなり男の視線を集めるが、戦闘の意思がないと思わせなければならない。
兵士達の好色な視線が私に突き刺さった。正直、その顔に殺意を覚えるが皆を助けるためと、自分の身体を叱咤させる。
「も、申し訳ありません! ですが私、村長に今夜は帰ってくるなと……」
恥ずかしさに膝を突き、顔を見せないように俯く。これは演技ではない、実際に死ぬほど恥ずかしいのだ。
「そうだなあ、そんな格好じゃ村に帰るまでに風邪を引いてしまうな。ちょっと休憩していくと良いぜ」
「待てよ、こんな娘が来たら司令官殿に報告しろって言われてるだろ? バレたら、ただじゃ済まないぞ」
「チッ、しょうがねえな。明日には俺達のところにも周って来るか。娘、ついて来い!」
(……かかった!)
顔を真っ赤にしながらも、私はほくそ笑んだ。隠れていた時に盗み聞いた情報は確からしい。ここの司令官は、相当の好色漢だ。
「はっ……はい!」
私は慌てて、兵士の後を追った。あくまで歩きにくそうに、マントの前を握り締めながら。ついて行く途中にも、顔はそのまま俯き加減で目線だけを左右に動かす。満月の中で把握した頭の中の配置図を一箇所、一箇所と地上で確認していく。
(あのテントにヴェルちゃん達とタリナがいる。にしても捕虜の身なのに元気ね)
今だに、テントの中から聞きなれた喧騒が聞こえてきた。肝心のコウキは、くそっ!何処に居るかまでは特定できない。この時点で今だコウキの意識が戻っていないのは確信していた。もし意識があるなら私は[竜宝珠]の気配で察することができる。
ふと前を見上げると、兵士の大きな背中が目の前に広がっていた。止まりきれずに顔が兵士の背中に衝突してしまう。長い間、身体を清めていないのだろう、実に汗臭い。
「わぷっ!? すっすみません!」
「ん? ああ、安心しな。ここの兵隊さん達は優しい人ばかりだ、きっとアンタのことを大切に扱ってくれるぜ? 此処に入れ。自分の目的をハッキリとな」
「はっはい! ……ありがとうございます」
どうやら緊張していると思われたようだ。どう大切に扱うというのか、ニヤついた兵士の顔からは何も良い想像が浮かばない。私は兵士に小さく頷くと、テントの中へ滑り込んだ。
司令官のテントは、流石に流麗な調度品と家具が綺麗に並べられていた。食器やテーブル、ソファーに貴族の館で見ても遜色のないベッドまで用意されている。
「むっ。なんだ村娘か、何用かね?」
「はっはい! 私は隣の……」
連れてきた兵士の言う通りに先ほど言った台詞をもう一度、司令官の前で説明した。私の境遇を理解したのだろう。案の定、司令官はニヤついた顔を隠しもせずに席に座るよう薦めてきた。
どうやら王都に居を構える貴族のようだ。戦場らしくない華美な服を身に纏い、すでに綺麗に整えられた髪を何度も気にしている30代の細身の男だ。
テーブルの上にはいかにも高級そうな大瓶のワインと、飲みかけのグラスが置いてあった。どうやら夜酒の最中だったらしい。
(これは、好都合だ。酔わせてコウキの居場所を聞き出す!)
腰を下ろした司令官の真横に腰掛ける。今の私は対面に座る立場ではなく、この男を喜ばせる娼婦なのだ。
司令官がグラスを持つと私の方に飲み口を向けてきた。私は慌てて両手でワインの大瓶を持ち、グラスにワインを注ぎ込む。暫くは酌の相手を務めなくてはならない。タリナの事件があったばかりだ、司令官も私のことを警戒しているだろう。酔いが回り、油断するまでボロを出すわけにはいかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はっはっは! このような農村に君のような器量良しが居るとは意外だったな。君の働き次第では王都の私の屋敷で雇ってやってもよいぞ?」
「はい。恐縮です……」
おそらく今日、開けたばかりであろう高級ワインの大瓶は、殆どが司令官の喉に流れ込んでいた。次第に上機嫌になるにつれ、私にも飲むように勧められる。酒は苦手なのだが、ある程度は飲まないと信用してもらえない。我慢して口に含んでは飲み込んでいった。
何より司令官の視線は、ワインの大瓶を持つ私の両手の奥、マントの隙間から覘く私の下着姿の身体に注がれている。身体の奥から湧き出る不快感で吐きそうだった。
(でもこの司令官のテント、何かおかしい。外のテントの大きさに比べて狭いのか?)
外のテントの大きさと比べて三分の二程の広さしかないのだ。簡易的ではあるが、隠し部屋があるのは間違いないようだ。もしかしたらタリナもそれに気付いて……。
「まったく。なぜ大貴族たる私はこんな辺境の地にまで出向かなくてはいけないのか! すべては、辺境をのらりくらり出歩くあの第一王子が情けないのだ!」
顔を真っ赤に染め上げた司令官の愚痴は遂に王族への批判へと発展していた。間違いなくシグルド殿下のことだろう。貴族の相手をせずに、ミドガルズを救う手立てを探すシグルド殿下は、貴族受けが悪いらしい。
「私にとっては天上の御方なので、想像も付きません。この国をお守り下さる皆様には村の民一同、本当に感謝しております」
「そうだろう、そうだろう!! このような辺境の地に出向いてなお、小娘の世話を命じる陛下も大貴族である私をないがしろにしておる!」
(……きた! コウキの話だ!!)
「えっ? 大貴族様が……ですか?」
「うむ、その先の隠し部屋に寝かせておる。見目は良いのだが、目覚めんのだ。まったく反応のない娘を相手にしても面白くもない!」
この瞬間、この貴族は私の抹殺リストに掲載された。それも最上級の一番手だ。まさか……。
「……もうその娘は貴族様の御慈悲を頂戴されたの、ですか?」
返答しだいでは私の意思で初の殺人を犯してしまいそうだ。それでも演技を中止するわけにはいかない。
(この色欲魔の目を私に……っ!)
あくまで、自分を相手にして欲しいかのように司令官に擦り寄る。肩に顎を乗せ、手は胸に、足も密着させてやった。うう、気持ち悪い。
「いいや、今夜にでも慈悲を与えてやろうかと思っていたのだがな。お前が来たので交代だ」
そう言うと司令官は私を横抱きに担ぎ上げ、豪華なベッドの上に放り投げた。私の上に乗りかかるように司令官が迫り、そのまま口を近づけてくる。
全身の皮膚という皮膚から鳥肌が隆起する感触を私は感じ取った。最悪の事態も想定してはいたのだが、実際にこの身に降りかかる災厄は私の想像を絶したものだったのだ。
「も、もう、いいでしょうかね? コウキの場所も分かったことだし!」
もう、もう! 限界だ!! 気持ち悪すぎる!!!
目の前の気色極まりない光景に私の頑強な堪忍袋がついに、千切れ飛んだ。
首に回していた腕を離し、両手で司令官の首を締め上げた。喉仏も親指で圧迫して、助けも呼べないように口を封じてやる。どうやら邪魔が入らないようにご丁寧にも人払いしてくれたらしい。まったくもって好都合である。
声も出せない司令官は哀れ、泡を吹いて気絶してしまった。本当は殺してやりたいくらい憎いけど、コウキはそれを望まないだろうからと必死で自分の心と鳥肌を宥めていた。
今すぐ鎧を着たいが、[戦乙女の鎧]を顕現するには聖気が必要となる。周囲に聖気の青白い燐光が飛び散ってしまう。それはあまりにも目立ちすぎた。
「こんな格好で再会するなんて……」
私の心は羞恥で一杯だったが、身体を張ってくれたタリナの為にもコウキを救い出すことが先決だった。この横断幕の先にコウキがいる。私は逸る気持ちを抑えながら、隠し部屋に入り込んだ。
……が、
私がようやく隠し部屋に足を踏み入れた瞬間、辺り一帯に警報が鳴り響いた。
あの指令官はコウキにもその魔の手を伸ばそうとしていたので油断してしまった。その音は明らかに最大級の警戒音であり、この司令官さえ知らなかった罠だったのだ。
「くそっ! どんだけ信用されてないのよ!! あの色欲魔!!!」
私は盛大に悪態をつきながら、コウキの元へ急いだ。こうなれば最早、隠れていても仕様が無い。豪華なベッドに横になっているコウキを見つけると、聖気を身体から溢れ出し、その燐光でコウキの無事を確認する。その顔は、叔父様の屋敷で別れた時と何も変わっていなかった。久しぶりに見るコウキの顔に思わず涙ぐんでしまう。だが、再会を祝うのは完全に救出してからだ。
「急がなきゃ……!」
マントの裏に縫っておいたポケットからミドガルズオルムから託された[竜宝珠]を取り出す。そのままコウキの[竜宝珠]に重ね合わせた。彼の地竜の話ではこれで覚醒するはず……。
が、何も事態は進展しない!
相変わらずコウキの瞳は閉じたままであり、胸は浅い呼吸を繰り返している。
「ど、どうやって使うのか教えときなさいよ。あのボケ竜!?」
思わず元は地の神であり、このミズガルズの大地を創生した竜神に悪態をついてしまう。急がなければ兵士がこの司令部のテントに飛び込んでくる……!
私に残された時間は残り少ないのだ!
「ええい! ままよ!!」
コウキの顔の横に陣取った私は[竜宝珠]を口に含み、コウキの喉に向かって口移しで飲み込ませた。先ほどの大貴族相手とは違い、私の行動に迷いはない。舌を使ってコウキの喉奥底へ押しやる。後から考えれば呼吸困難を起こしても仕方の無い行為だったが、不思議とこれで正解だという確信があったのだ。
ゴクリと。コウキの喉が一度、動いた。
その瞬間、私とコウキは光の濁流に吸い寄せられるように、飲み込まれた――――。
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