第29話 潜入
第29話をお届けします。
本日は二本投稿する予定で、二本目は17時頃に。
休日の時間潰しにお使いください。
2019.5.2改稿
戦士シグが私兵を潜ませていた場所はなんと、私とコウキがパンちゃんと出会った村。
ブオリの村だった。
本当であれば、王国軍に追われる私達は反逆者であり罪人だ。そんな輩を喜んで受け入れる村があるはずがない。ただでさえ戦争は田畑を滅茶苦茶にし、家々を破壊する。
私達は招かれざる客のはずだった。
だけど、現実は良い方向に意外な展開を迎えていた。
「村長、お久しぶりです。魔物の件ではお世話になりました、ユミルの神官エダです」
「は、ははっ。お久しぶりでございますだ、エダ様。もう一度お会いできて本当に光栄ですだ。ま、まさか天の御方だとは私共も知らず、今までのご無礼をお許しくだせえ」
村の中央広場に降り立った私は、村の皆さんに歓迎された。どんな歓迎をされたかと言えば村中の方が全員整列し、地に膝をつき、頭を垂れていた。
あ、何か誤解されている気がする……。
村中の皆が、私を天界の天使だと思い平伏しているのだ。確かに[戦乙女の鎧]を纏っているし、聖気が燐光となって私の身体から飛び散っているし、背中から真っ白な翼が生えているし……あれ? 否定できない!?
「ええと、姿形はこんなですが私自身は以前お世話になった神官エダなので……普通に接して頂けると……」
「無理だな」
「そら無理ってもんだねえ。アンタ自分の姿を一度、鏡で見てごらん?大神殿の壁画に描かれている天使様そのものだわ」
殿下はともかく、シスター長にまで言及されてしまった。人間だった頃の普通が無性に懐かしくなってしまった私だった。ぐすん。
「……叔父様、ご無事でしたか!」
「おお、エダ。お前も無事で何よりだ、また一段と……神々しくなったの」
「その件は先ほど痛感したので、堪忍してください……えっ?」
私がガックリ肩と頭を落としていると突如、私の胸にモコモコな塊が飛び込んできた。もう色々ありすぎて何年もこの感触を味わっていない気もする。パンちゃんの温もりだった。
「……フン、ふん」
「あはは、ちょっとパンちゃん擽ったいよぉ。ひゃあ!?」
パンちゃんが私の鎧の隙間から鼻を押し付けてくる。金属板がない胸の谷間に入り込まれて思わず変な声が出てしまった。
「や、やめて! パンちゃん、ちょっと……」
私の制止の言葉も聞く耳を持つ気配がない。顔を真っ赤に染め上げた私は仕方なく、なすがままに自分の身体を開け渡した。隣では叔父様も顔を真っ赤にして明後日の方向へ身体を向けている。
「まあ、なんだな。その、うん。パンちゃんも寂しかったのだろうな、儂等は向こうにいるから落ち着いたら合流しなさい」
折角の再会が気まずいものとなってしまったことに、パンちゃんは最後まで気付いてくれなかった。何時まで経っても真面目な話しができないのは問題なので、私は必死にパンちゃんをあやし付けるハメになっていた。
ようやく寝かせ付けることに成功した私は、パンちゃんを干し草のベッドへゆっくりと横たえた。事態は急を要する。今現在の状況を確認しなければならないのだ。
「それで叔父様、コウキは護衛の兵士と共に王国軍に囚われの身となった。それは間違いのない情報ですか?」
「うむ……。それに護衛として付いて来てくれた、コウキちゃんの冒険者仲間もおそらく囚われた」
王国軍に追われ、殿となって進軍を阻んでいたヴェルちゃん達は見事にその任務をこなしてみせた。だが、その代償として囚われの身となってしまったらしい。
私の脳裏に天真爛漫のドワーフの少女と、人をからかう趣味を持つまとめ役のハーフエルフの少女、そして心優しい神官の少女の姿が思い浮かんだ。
「酷い扱いを受けていなければいいのですが……」
戦場で年頃の女捕虜の扱いなど、よほど統制が取れている部隊でなくては身の危険を心配しなくてはならない。普段は温厚でも戦場の狂気に飲み込まれる男はザラに居るのだ。
一刻も早く救出しなければならない。しかし私がこの村に来るまでに見たかぎりでは、各地に散った兵士が居たのを引いても、五万の兵士がこの村に迫っていた。
いくら私が普通の武器では傷つかないとしても、戦士シグが一騎当千の戦士でも、数で押されれば勝負の結末は決まりきっている。
「ならば夜陰にまぎれて王国群の野営地に潜り込み、救出するしかあるまい。幸い地の利は、いやこの場合は空の利か。こちらにある」
戦士シグが私の背中の翼を案に示していた。だが、それはそれで問題があるのだ。
「私の翼は、普通の鳥のように羽ばたいて飛ぶのではありません。聖気を纏って飛翔しているのです。ですが、見ての通り聖気は青白い燐光を発します。王国軍に発見される可能性は高いでしょう」
それに多くの兵が私を飛んでいるのを目の当たりにしている。空からの奇襲も警戒されていると考えるべきだ。
「うむ。いくら空の利があったとしても、接近すれば大量の矢の雨からは逃れられん。かと言って隠密に長けた人物など我々には……まてよ? ブオリ村の村長よ。そなたに問いたい」
「へ、へい。何でございましょうか? 伯爵様」
「この村の特産は野菜と畜産だの? この村で一番の天気を読む達人を呼んで来てもらいたい」
ブオリ村の村長は叔父様の要請に頷くと、慌てて家を飛び出した。
「ジャーリ伯爵。ご説明いただけるか? 天気など調べて何を……」
「儂は王都に居た頃は夜酒が趣味でしてな。庭に酒の用意をさせ、月を眺めながらの一杯が毎日の習慣だったのです。おそらく数日後には満月となるでしょう。それならば……」
戦士シグの質問に叔父様が起死回生の対応策を提示してくれた。そして、おもむろに叔父様の視線が私に向く。なるほど!
「満月の中に隠れようと?」
「うむ。それに満月の夜は月光により明るく照らされるはず、普通の隠密であれば拙いが……」
その分、兵士の監視も緩むはず。わざわざ見つかりやすい夜に忍び込む隠密もいない。救出してから見つかっても飛んで逃げればいいのだ。その一瞬だけならば兵士の矢も怖くはない。
「では、あとは晴天を願うのみ。と言うことですな。それまでは我々だけで耐えてみせましょう」
戦士シグの言葉が今夜の会議を締めくくった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三日後の夜。
空を見上げれば満天の星空と共に、見事な真円を描いた満月が地上を照らしていた。これまでの三日間も王国軍の攻撃は苛烈を極めた。村人の協力も得て村を囲むように塹壕を堀り上げ、木材で柵を設置した。急造のものだが無いよりマシだ。非戦闘員は山奥へ避難させた。今は魔物よりも人間が怖い、一応数人の護衛は付けたので数日はもつだろう。
それでも被害は少なくない。王国軍の兵士が田畑を踏み荒らし、射掛ける火矢が家々を燃やそうと降り注いでくる。何度もコウキ救出に行かせてくれと嘆願したが、叔父様と戦士シグの答えは「耐えろ」だった。事を急いで仕損じては意味がない、と。
長い、長い、三日間だった。
ようやく救出作戦を発動できる日になった私は友人を背負い、王国軍の指令本部の上空にいた。夜空の中心に位置する満月は私達の背から王国軍の司令部を照らしている。影が地上に写らない様、聖気を相棒の身体にも纏わせていた。これなら満月に白い影がある程度にしか認識されないはずだ。
「焦るんじゃないわよ、エダ。失敗は許されないんだからね」
「うん。分かってる……」
私の勇み足を諌めてくれるのは、シグの私兵の中にいた元王国神官のタリナだった。王都の学院に在席していた時からの付き合いで、コウキを見知っているということもあり志願してくれたのだ。
この自殺行為に近い救出作戦に。
元々、私一人で決行しようとしていたのだが脱出時に問題があった。私が救うべき人間は四人。コウキ・ヴェル・ケイカ・トキハだ。救出自体は可能かもしれないが、四人同時に抱えて飛べるかと言えば私の身体が小さすぎた。重さではなく、つかむ手が足りないのだ。タリナの背中には紐で編んだ簡易式のゴンドラが乗っていた。
「ごめんね、タリナ。こんな……」
「別にあんたの為だけじゃないっての。あのコウキと三人娘は私にとっても友人なんだから。見捨てなんてしたら目覚めが悪いじゃない」
「うん。それでも言わせて、ありがとう」
私は彼女の友情に感謝しながらお礼の言葉を告げた。タリナは照れくさいのか落ち着かない様子だ。
「今のあんたに言われたら、もし死んでも[竜騎士の楽園]に行ける気がするわ。やめてよね、縁起でもない」
またもやこの姿のせいで文句を言われてしまった。すべてが終わったら人間の姿に戻る努力でもしてみよう。
「救出作戦を再確認するわよ? まず司令部の人気のない場所に着地したら、あんたはその光を止めて隠れる。そんで私が王国兵に紛れ込み、コウキと三人娘が捕らえられている場所を確認する。後はあんたが奇襲して救出、そのままトンズラよ」
「立案の時に言ったけど、それではタリナが危険すぎるわ。もし、バレたら……」
「大丈夫だって。今の私は密偵の役目を拝命しているからね、隠密活動中だと言えば問題ないわ」
タリナはシグムント王の密命で、シグルド殿下の監視役を任されていた。殿下の私軍に潜り込んだのも王命あってのものだ。一つの国の諜報網を甘く見てはいけない、私は今までの旅で、そして彼女から学んだはずだった。
いくら五万人の兵をまとめる司令部と言っても、現地に建設された砦でも無ければテントを張るしかない。ブオリ村近隣は、東の砦から近くもなく遠くもない位置にあったので現地の砦を使用できないのが私達にとって幸いした。
私達は司令部テントの真裏、様々な資材が置かれた倉庫の裏に着地していた。予定通り私は一切の聖気を止め、翼もマントの裏に隠した。露出しているのは顔だけなので、知り合いでもなければ私だと分からない筈。いざとなれば、娼婦の真似事でもなんでもやってやるつもりだ。
司令部の前には見回りの兵士が文字通り五万と居るが、裏にはそこまでの人はいない。シグ達が防衛しているブオリの村が前方に位置しているのだから、当たり前と言えば当たり前だった。
「じゃあ作戦通りに。見つかるんじゃないわよ?」
「うん。……本当に気をつけてね」
私の言葉にタリナは無言で手を振りながら答えた。そのまま堂々と司令部のテント前にまで回り込み、声をかけている。タリナの声は小さいものだったが、無音の夜には私にも聞こえるほどに響いてきた。
「夜分失礼致します。監査NO.015、司令官殿にご報告に参りました」
「……入れ!」
それ以降の会話は流石に聞こえなかった。後は作戦の成功を祈るのみ。私は夜空に光る満月に向かって祈りを捧げていた。
すると、なんとも懐かしい声が陣地内に木霊した。
「うがああああああ! ご飯が足りないっすよ!! 捕虜の扱いはもっと丁寧にしろ!!!」
「落ち着きなさいよヴェル。ここで騒いだって、痛い思いをするだけなんだから!!」
「そういうケイカちゃんも声が大きいよ?」
その聞き覚えのありすぎる声に、私の意識は一気に覚醒した。
その声は。
コウキと共に東の砦で活動して、私を戦乙女エルルから解放してくれた恩人の三人に間違いなかった。
おそらく今の声はタリナにも聞こえただろう。それほどに三人の、詳しく言えばドワーフの少女ヴェルの声は、司令部全体の隅から隅まで聞こえる程の大声だった。
私の耳は、彼女等の声で大体の所在地を特定していた。作戦開始前、何も考えずに満月の中に隠れていたわけではない。司令部全体の構造は頭の中に入っていた。
彼女達の居場所は、おおよそ分かった。後は肝心のコウキがどこに拘束されているか、だ。悔しいが、それが判明しない限りは動けない。今はまだ、タリナを信じて待つ以外、私の取るべき行動はないのだ。
まだか、まだかと待っていると、にわかに司令部が慌しい喧騒に満ちてきた。
「侵入者だ!」
その兵士の声が聞こえた瞬間、私の身体は緊張に包まれた。タリナが失敗したのだ!
「くそ、離せええ――――!!!」
タリナの叫び声が聞こえる。これは私に作戦の失敗を伝えるための叫び声だ。私は直感的にタリナの思惑を理解した。
(まだだ、まだ堪えろ。堪えるんだ……!)
この騒ぎの中、私まで飛び出したら今度こそコウキ達の救出は失敗してしまう。
やはり王国の諜報機関は気付いていたのだ。タリナの裏切りを。だが、まだ希望は失われていない。タリナは密偵として司令部に進入したのだ、密偵は基本的に単独行動だ。
(まだ私の存在は知られていない!)
タリナは今だ、抵抗するかのようにワザと叫び続けている。そして、その叫び声が消えた場所がタリナが囚われるテントだ。
(叫び声が……消えた! ヴェルちゃん達と一緒のテントだ!!)
ならば此方も都合がいい。おそらく囚人を収監しておくテントなど用意していなかったのだろう。空きのテントがそれしかないのだ。
ならば私も覚悟を決めるしかない。近くに配置されていた警備兵の世間話が耳寄りな情報を私に提供してくれている。
(ヴェルちゃん、ケイカさん、トキハ、タリナ。――――コウキ、待っていて。今、助けるから!)
私はその場に立ち上がり[地竜の剣]を鞘から抜き払った。左手で髪を纏め上げ、そのまま刃を当てる。
コウキが褒めてくれた腰まで伸びるプラチナブロンドを纏めると、一息に項の辺りから切り裂いた――――。
最後までお読み頂きありがとうございました。
感想・評価などありましたらお願いします。




