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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第4章 宝珠竜の復活
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第27話 神話の時代を生き延びた神様

第27話をお届けします。

今回は神様のお話をちらほら。

あくまで北欧神話を題材とした作り話なので誤解なきようお願いします。

そのまま使ったら複線だらけで収集がつかない^^;


2019.5.2改稿

 もはや休んでいる余裕はなかった。私はユミルの街を飛び出すと一路、世界樹に向けて疾走していた。今までの私なら戦乙女としての力を発揮できなかったが、シスター長のお陰で随分と余裕がある。まるで飛び跳ねるかのように一歩一歩に力を()めた。

 初めてコウキの背中に乗せてもらった光景が、私の周りに広がっている。乗り心地はどうか?等と心配してくれたコウキを思い返していた。

 無限の蒼穹(そうきゅう)、広大に広がる草原、遥か先に見える山脈。そのどれもが懐かしかった。

 ここは王家により立ち入りを禁止されている区域だ。当然、辺りに人影はまるでない。

 それを確認した私は、大振りのマントを後ろに跳ね上げた。もはやこの[戦乙女の鎧](ヴァルキリーアーマー)を隠す必要もない。隙間から見える肌を露出しても気にすることはないのだ。


「コウキ、もう少しの辛抱です。どうか……耐えて!」


 私は更に地面を踏み出す足に力を籠めた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 世界樹の麓に広がる樹海に到着した頃にはすでに日が落ち、闇夜の世界が支配している時間となっていた。このような時間帯に訪問するのは、通常ならば失礼というものだろうが、そもそもあの御方が人間と同じ生活を送っているとも限らない。失礼を承知で訪問させて頂こう。

 ふと上を見れば、巨大という表現が矮小な程の巨木が月に照らされていた。以前コウキと来た時は上を見上げる余裕もなかったのだ。


 伝説によれば、この世界樹の上に神々のいる天界が存在しているらしい。おそらくは真実なのだろう。私の額の[聖宝珠]が疼いて痛みさえ感じるほどなのだから。


 ふと思う。

 天界から堕天した守護竜様がなぜ天界の真下を拠点にしているのだろう。普通ならば、天界から遠く離れた場所に隠れ住む方が安心できるはずだ。

 疑問は尽きないが今回の目的は世間話ではないのだ。コウキを目覚めさせる手掛かり以外を気にしても仕様がない。

 そう考え直し、私は声を大にして世界樹に向かって呼びかけた。


「地の守護竜! 又は堕天竜ミドガルズオルム殿!!

 私の名はエダ。

 以前、コウキ=ヴィーブルと共に意識のみで対面させて頂いた巫女であります!

 身体は天界の戦乙女のものではありますが、人としての意思で私は此方に参上致しました!

 どうか、貴方の御前にまでお導きを!!」


 私の声が満天の星空に消えてゆく。守護竜殿からの返答は今のところ無かった。

 しかし、諦めてしまっては此処まで来た意味がない。たとえ声が枯れようとも声を出し続けてやる。そう決意して再び呼びかけようとすると、腰の[地竜の剣]に一筋の光が当たっていた。

 その光は拡散する様子もなく、樹海の奥深くにまで続いている。間違いなく守護竜からの道しるべだ。私は闇夜に染まった樹海へと足を進めた。



 通常なら昼でも二度と外に出ることは叶わない樹海へと入り込んだ私は、足元に注意を払いながらも歩みを止めず前進を続けていた。

 やはり、徒歩で来て正解だった。とても平原で育った馬が移動できる状況ではなかったのだ。石はジメジメとした苔に覆われ、土というより泥となっている地面は踏み出すたびに足首ほども土中に埋まりこむ。もし、松明を持ち込んでも樹海の木々から滴り落ちる水滴で長くはもたないだろう。地面だけではない。上を見れば木々の枝から葉が生い茂り、あらゆる光を遮っていた。

 私は戦乙女の権能である[聖気]を見に纏うことにより、周囲を照らしている。本来の使い方ではないが、青白い燐光を放つ[聖気]は松明の代用品として十分な効力を発揮した。



 もくもくと歩を進めると、自分の身の丈ほどもある樹木が横に伸びている地帯に差し掛かってきた。その奇妙な樹木は進めば進むほど、高さが増していく。やがて見上げるほどの高さにまでなった樹木を見上げると、ようやく自分の認識が間違っていたのだと気付いた。


「これは……世界樹の根だったのか」


 想定はしていたが、さすがは世界樹だと私は溜息をもらした。一体、樹齢は何百、何千、いや何万年なのだろうか、想像もつかないほどの巨木だ。まるで天まで届く城壁のように(そびえ)え立っている。

 [地竜の剣]に当てられた光の線は、そんな世界樹の根の間を示していた。ようやく周りの木々が無くなり、月の光が降り注いでくる。足元も石だらけではあるが歩きやすい地盤となってきていた。

 もうすぐ目的地へ到着するのだろう。私は靴の泥をある程度落とすと、気合を入れなおして世界樹の根元へと向かった。


「……ここか?」


 あれから更に歩を進めた私に、世界樹の根の隙間にできた巨大な洞窟が歓迎してくれた。洞窟の奥底へ風が吹き込み、悲鳴のような音を奏でている。正に地獄の入口のような様相だった。


「考えてもみれば天界の神々が善とするならば、私達人間は地上界の悪となるのか」


 戦乙女エルルの意識が私の奥底で叫んでいる。


(人間は数千年の後、幾多の生物を絶滅に追い込む)

 それは間違いではないのかもしれない。


(人間はこの世界全体のを気象さえも変えてしまう)

 否定はできない。


(人間は数千年の後、この世界を崩壊させる。神々の判断は天の判断である)

 だからなんだ。


 私は大切な人達と静かに暮らしたいだけだ。私達を破滅に追い込む神々の啓示など、もはや信じてはいない。


 私達はただ、生きていたいだけなのだから。



 そんな心の声に反論しながら、私は洞窟に足を踏み入れようとすると。


(……何者だ? ここは神聖なる御方の領域、用がないのならば早々に立ち去れ)

(……立ち去れ)


 一切の気配も感じさせない存在の声が私の耳に、いや頭の中に、直接飛び込んできた。瞬時に腰の[地竜の剣]を握り締め、周囲を窺う。

 一瞬の静寂が辺りを支配した。それでも何かが居る、それは間違いない。断言できるだけの闘気を確かに感じたのだ。


(すきありいい――――!)


 なんとも少年らしい叫び声だ。

 危険を感じ、反射的に後ろに跳び下がる。私が先ほどまで立っていた地面に、人間の頭部ほどの大きさの炎の玉が着弾していた。

 雨風に濡れた小石が真っ赤に染まり、白い蒸気が立ち昇っている。


(逃がさないですよ~?)


 今度はなんとも愛らしい少女の声だ。

 私の足元から植物の蔦が急速に伸び、足首を絡め取ってくる。どうやら行動阻害系の魔法のようだ。

 なるほど、一人が攻撃役でもう一人が妨害役か。連携も中々のものであるが、残念ながら私の敵ではない。


「ここの門番ですか? 丁度良い。守護竜殿に仲介を頼みたい、出てこられよ!」


 私の声は届いたのだろう。返答は更なる攻撃という形で返された。今度は空を埋めるかのような大量の炎の玉が飛来した。


(これなら、避けられないだろ!)

「避けられなくもありませんが、面倒ですね。仕方がありません」


 私は松明代わりに見に纏っていた聖気を更に解放する。聖気は戦乙女の証であると同時に、強固な障壁でもあるのだ。私の頭上を含め、辺り一帯に炎の縦断爆撃が降り注いだ。

 それでも私はその場を一歩も動かない。聖気は地上に存在する攻撃手段をほぼすべて無効化する。魔剣や同じ聖気の類でもなければ、この身体を傷つけることは不可能だった。

 周りの地面は荒ぶる山の火口の如く変色していたが、肝心の私の身体には傷一つもない。


(うっそ、アレ喰らって無事な奴なんて見た事ねー)


 どうやら、実力の差は痛感してくれたようだ。


「私に争う意思はありません。姿を見せてはくれませんか?」

(うるさい! 俺は知ってるぞ。お前、天界の手先だろ? 何度も父ちゃんを狙いやがって、さっさと消えろお――――!)


 数では私の聖気を貫けないと悟ったようで、今度は数より質を重視してきた。私の頭上に巨大な炎の塊が出現したのだ。これが相手の全力なのだろう。一人が炎を作りだし、もう一人が酸素で炎を巨大化させたようだ。

 だが、その行動は私から見れば失策だった。攻撃に集中するあまり、溢れ出る力で術者の場所が丸分かりだ。


「……子供の火遊びは危険ですよ? これは叱ってあげなければなりませんね」


 私は王城の城壁のような世界樹の根を駆け上がる。灼熱の地上と違い、新鮮な空気が私の顔を撫でてゆく。瞬時に根の上に到達した私は、更に空高く跳躍した。

 そこには思った通り、巨大な炎の更に上空で二匹のチビ竜が姿を現していた。思念の声が頭に直接聞こえていたのは、相手が人間ではなく竜だったからなのだ。


(うえっ!?)

(嘘っ!?)

「ちょっと痛いですよ、お仕置きなので我慢なさい!」


 両手を後ろに大きく振りかぶる。片手と違い腰の捻転した力は加えられないが、落下する勢いも含めれば十分だろう。

 世界樹の麓に広がる大空から、パチーンというお尻を叩く音が鳴り響いた。



「もう良いでしょう? これに懲りたら問答無用で襲い掛かるのはやめなさい」


 さすがに焼け焦げた地面に叩き落すのは(はばか)れた。二匹の尻尾を掴みながら世界樹の根を用いて方向転換した私は、少々離れた地面に着地した。顔を覗いて見れば落下中に目を回してしまったらしく、ダラーンと身体が弛緩(しかん)している。明らかに私の最後の言葉は届いていない。

 このまま放置するのは可愛そうだ。皮製の雜のう袋から水筒を取り出すと、ゆっくりと水を飲ませてやる。

 別に怪我をさせるほど強く叩いたわけではない。しばらく看病してやれば程なく目を覚ますだろう。私は二匹をなるべく草の多い場所にまで運び、見守ることにした。



 二匹のチビ竜はすぐに意識を取り戻した。まだまだ幼竜ながらも他の動物とは造りが違う、あの程度の掌打で怪我を負うわけがないのだ。優しく身体を揺すってあげると二匹は首を持ち上げた。


(ニーズう……。まだ眠いよお)

(今日はフェルが当番の日でしょお?)

「寝ぼけるんじゃありません!」


 改めて、二匹の頭を叩く。ユミルの街で子供達のお昼寝を見守っていた頃を思い出す。竜とはいえ何とも愛くるしい。ようやく眼を覚ました二匹は私の顔を確認すると、慌てて立ち上がった。


(ふぇ? ……お前!さっきの天界の手先!!)

(ふえええ、どうしようフェル。この人、つよいよお)


 今だ警戒は解かれていないらしい。まあ、当然ではある。私の放つ聖気は地上に厄災をもたらす戦乙女のものなのだから。


「先ほどから何度も言っていますが、敵対行動を取りに来たのではありません。私の名はエダ、戦乙女の身体ではありますが人格は人間です!」


 私の言葉を初めてちゃんと聞いてくれたようで、二匹のチビ竜が目をパチパチしていた。


――――フェル、ニーズよ。その娘を入れてあげなさい。儂の知り合いでな。


(父ちゃん?)

(お父さん?)


――――儂の子供達が失礼をしたの。……入りなさい。


 その言葉でようやくフェル、ニーズと呼ばれた幼竜は私を迎え入れてくれたのであった。



「久しぶりじゃな、人間の娘よ……。いや、今はもう違うか堕天の戦乙女よ」


 洞窟の中へ足を踏み入れると、暗闇の奥から枯れた声が私の耳に届いた。地の守護竜と呼ばれた竜は緊張感のないゆっくりとした声で語りかけてきたのだ。


「堕天しているのはお互い様でしょう。ミドガルズオルム。神を裏切り、人間族の大陸を創生した大地母神竜」


 以前なら最大級の礼を持って話しかけていた相手なのに、なぜか私は敬意の欠片もない口調で返答していた。なのに自分の言葉に不思議と違和感が無い。


「貴方の子供は元気ですね。故郷の子供達を思い出しました」

「今でも時折、儂の命を狙って刺客がやって来るのでな。儂を父と呼び、慕ってくれておる。前回、お主等を此処まで呼ばなかったのは洞窟の中まで辿り着けないと思ったからよ」


 確かに今ならともかく、あの時の私とコウキではチビ竜二人に対抗できなかっただろう。

 私の聖気の燐光が彼の竜の姿を照らし出す。私はその姿に驚愕した。


「なっ……その姿は、コウキ。貴方はコウキと同じ種族の竜なのですか?」


 鱗に覆われた頭部、なぜか片側にしかない大きな牙、そして何より額に輝く[竜宝珠]。


 私の光に映し出された竜は、あまりにも竜化したコウキと似通っていた。ではコウキも大地母神竜と呼ばれた竜の一族なのだろうか。


「あの者も言ってしまえば儂の子のようなものよな。更に言えばお前達、人間も儂の子と呼べる。はるか昔、創生の時代に世界樹から人間を削り出し、自らの身体を使ってミズガルズを与えたのは他ならぬ儂なのだからな……」


 自らミズガルズを創生したと豪語する竜は、淡々と昔話を語り始めた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 時代はまだ下界に大陸が存在せず、世界樹だけが(そびえ)え立っていた時まで(さかのぼ)る。

 神々は大神を頂点として、それぞれの役職を決めていた。火の神は文明の象徴たる火と火山を、水の神は生命の源である水と海を、風の神は季節を運ぶ風と天気を、そして地の神は命が暮らすための大陸を。

 そして神々は生命を世界樹から作り出した。火の神は世界樹に落ちた落雷から発生した炎から火の巨人を、水の神は世界樹の中に走る樹液から霜の巨人を、風の神は世界樹の花粉から妖精を、最後に地の神は世界樹の枝から人間を作り出し我が子のように見守っていた。


 元々、人間族の大陸[ミズガルズ]は海だった。しかし天界に召された一人の人間を庇い、地上に落とされた地の神は竜となり、巨人族に奴隷のように使役され続ける人間のため海を囲い、中の海水を汲み上げ、人間を避難させた。この大陸の外縁がすべて山脈で囲まれているのは、大地母神竜の胴体だったのだ。しかし、長い年月は竜の胴体を朽ちさせた。鱗は岩となり、肉は土となる。


 まるで他人事のように自らのミズガルズ創生を語っていた。頭部だけを私に見せてはいるが、ミドガルズオルムの胴体は洞窟の奥底へ消えていた。今の話が事実なら、胴体はもう朽ちている。今、ここで私と会話しているだけでも奇跡なのだ。


「額に[竜宝珠]持つ竜ヴィーブルは本来、地上に住む命を判別するため神が下界に舞い降りるための姿。必要ならば救い、必要ならば滅ぼす。それが本来、大神が儂等に命じた役割よ」


 私は静かに神の言葉を聞いていた。その話が本当ならば目の前にいる老竜は、この地上を創生した地の神だ。


「では、コウキも元は天界に住んでいた神なのですか?」

「いかにも。だが地上に降臨した際に異分子が紛れ込んでしまった。異世界からの魂という異分子がな」


 やはり私があの時見た、天から落ちてきた光は間違いではなかったのだ。だがそれと同時にコウキの魂が竜の中に入り込んでしまった。だからコウキは竜なのに人間と同じ感情を持っていたのだ。


「儂も人間を判別せねばならなかった。しかしいざ魂を刈り取ろうとした際に一人の娘に祈りを捧げられての。儂はその願いを聞き届け天界から追放された。そしてこの様よ」



 それは以前、シスター長の旦那さんであるエシアさんから聞いた[創世記]の内容と一致する。


「昔話はこんなものよな。して、この老いぼれに何用かな?」

「……貴方の力を貰いに来ました。どちらにしろ貴方はもう長くない。その力、人間族の未来とコウキを目覚めさせるため、使わせてもらいたい」


 非情な頼みだというのは理解している。それでも此れからの未来を作り出すのは神ではない。地上に生きる者達だ。


「すでに、この世界は神代の時代から見違えるほどに変化を遂げておる。この時期にお前のような半神半人が生まれ出たのも何かの運命じゃろう」


 それだけを言うと、私を見つめていた大きな瞳がゆっくりと閉じていった。ミドガルズオルムの[竜宝珠]が真っ赤に光り、手の中に納まるほどの大きさとなって私の手に舞い降りてくる。


「……持っていけ。今の儂が与えられるのは、それくらいよ。あの者も本来ならばゆっくりと目覚めさせたかったのじゃが」


 老竜はそれだけを呟くと、頭部を土の地面にこすり付けるように横たわった。私が頼んだのだとはいえ、その姿は弱々しく(はかな)かった。


「急ぎ戻れ、人間族の王は反逆の王。そして竜は天界の神々の使いなのだ。人の王にとっては敵でしかない。人間族の軍がお主の故郷へと迫っている。あの者もそこに居るだろう」


 私の顔が一瞬で険しさに包まれた。シグムント王がユミルの街に侵攻している? しかもコウキがユミルに!?


「助力、感謝します。できることならば、残された時を健やかに」


 素早く[竜宝珠]を懐に仕舞い込んだ私は、洞窟の外へ駆け出した。

最後までお読み頂き有難うございました。

感想・評価など頂けたら幸いです。

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