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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第2章 王都
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第16話 戦乙女の覚醒

第16話をお届け致します。

これにて王都編は終了となります。自分の力に恐怖したコウキ君と戦乙女として覚醒してしまったエダさん。二人の運命はいかに!

次章「新たな仲間」編に続きます。


ブログ始めました!

私なりの執筆に至るまでの準備方法を記事にしております。

「アラフォーおっさんが「小説家になろう」でラノベを書いてみた」

http://mikami7194.livedoor.blog/


ツイッターも始めました!

https://twitter.com/Mikami47386113


宜しくお願いします!


20019.5.2改稿

 ……あの日。


 シグルド殿下の息の根を止めようとしていたコウキの牙を、この身に受け入れた日。

 あれからどれくらいの間、私は意識を失っていたのだろう? 眼を覚ました私は、自分が今何処にいるのか分からなくなっていた。

 身体が重い。でもこれは自分の体ではなく、上に何かが圧し掛かっているからだ。重い目蓋をゆっくりと開けてみる。


 白い天井……。天国にも家はあるのね。

 そんな妄想が頭の中を過ぎった私の耳に、現実の声が響いてきた。


「パ~ンちゃん。またお嬢様のお部屋に潜り込んだの? ダメですよ、お嬢様がオモイオモイしていますから。傍に居たいのなら横のソファーでゆっくりしていましょうね~」


 この声。幼少の頃より聞きなれた声だ。

 養父(ちち)の屋敷に居た頃、ユミルの街に派遣されるまで姉妹の様に生活を共にしてくれていた人。

 メイドのピッカだ。


「……ピッカ?」


 私の声に敏感に反応して、顔だけを此方に向ける彼女。その仕草に思わず笑みが零れる。


「お早うございます。お嬢様」


 別に何も失敗をしていないにも関わらず、慌ててしまう彼女が懐かしい。

 そうか。ここは養父の屋敷の……私の部屋だ。コウキと訪れた時は、部屋を見せるのが恥ずかしくて客室を使っていたから自室のベッドを使うのは随分と久しぶりだ。

 改めて自分の部屋を見渡してみる。養子としてお世話になった頃は年頃の女の子らしくない簡素な部屋だったが、養父がアレコレとプレゼントしてくれるので随分と華やかになっている。特にぬいぐるみの数が異常で、もう自分でも何体いるのか分からない。

 久しぶりの自室はゆったりとした時間を過ごすには最適の場所だった。


 特に最近は色々あったから……。


 色々……。


 私の記憶が一気に鮮明になった。そうだ! 私はコウキの暴走を止める為、この身体を投げ出したのだ!

 慌てて自分の身体を見下ろしてみる。


 ない。あれほど重症だった火傷も、背中に受け入れたコウキの牙の跡も、何も残ってはいなかった。


 それよりも何よりも、私の大事な人が此処にはいない……!


「コウキは? コウキはどこ!?」


 ベッドから飛び跳ねるように立ち上がり、ピッカの肩を掴んで詰問する。

 その余りの剣幕にピッカの表情が強張った。

 それは私の唐突な行動が原因ではなく、問いに対して答え辛い解答なのだと示唆している。


「こうしては、いられない……!」

「あっ……お嬢様!そんな格好で出られては!?」


 予想しうる最悪の事態を確信した私は、寝間着なのも気にせず自室を飛び出した。ピッカの言葉は聞こえたがそんな事は後回しだ。

 長い廊下を進む間に、これからの行動プランを模索する。


(あれからどれ位の時間が経過したのかも分からない。現場に居合わせた人間から聞くには時間が掛かりすぎる。なら……)


 私は、養父が普段仕事をこなしている書斎に殴りこみをかけた。


養父様(おじさま)! コウキは? コウキはどこですか!?」


 書斎の扉を勢い良く開け放つと、来客の対応をこなしていた養父の目が点になる。


「おお、エダ! やっと眼が覚めたな。メイド達がお前に近づかせてくれなんだ……」


 喜びと共に私に顔を向けた養父は笑顔と共に出迎えてくれるはずだったが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。


「なんて格好で人前に出て来ているんだ! 着替えてこい!」

「そんなのどうでもいいんです! コウキはどこですか!! 会わせてください!!!」


 多分、生涯初めての親子喧嘩だった。

 興奮の余り、私の視界には養父しか入っていない。

 数分の間、ギャーギャー騒いでいると、養父が座っていた対面のソファーから物静かな声が響いてきた。


「俺からも頼む。この状況では落ち着いた会話も出来ないだろう」


 書斎だから養父しかいないと決め付けていた私は、唐突な声の発生源へ目線を向けた。そこには、あの神殿でコウキと死闘を繰り広げた戦士。シグルド殿下が座っていた。

 一応、顔を明後日の方向に向けてはいるが。その顔は首筋まで赤い。そこまできて、初めて下着の上に薄い生地の寝間着しか着ていない事実に、今度は私が真っ赤になる番だった。

 慌てて書斎の外に出ると、メイドのピッカが泣きそうな表情で私の服を抱き締めながら立ち尽くしている。どうやら私のあまりの剣幕に、今まで声を掛ける事ができなかったようだ。


 結局、私が現状を把握するにはしばらくの時間を必要としたのだった。



「殿下の御前で失礼な姿を晒してしまい、真に申し訳ありませんでした」

「まあ、その、なんだ。こちらこそ失礼した」


 改めて自室に戻った私は、殿下の前で失礼にならないよう正装のドレスに袖を通し、軽い化粧をピッカに施してもらった。

 再度、書斎に戻り深々と頭を下げて謝罪する私を前に、シグルド殿下も何とも言えない表情で返答を返してくれた。身嗜みを整えている最中に、ようやく心が落ち着いてきた私だったが、それでもコウキの事が心配で仕方が無い。

 養父の横に座りつつも、我ながら落ち着かなくて仕方が無かった。何口か紅茶を口に運ぶが味も分からない始末だ。

 気まずい空間が支配する中、殿下が口を開く。


「エダ=ヴォルヴァ=ジャーリ嬢。まずは此方の不手際を詫びさせてもらいたい」


 それだけを言うと、シグルド殿下が私に対して頭を下げてきた。

 王族である殿下が一伯爵家の令嬢にしか過ぎない私に頭を下げるなどあってはならないはず。突然の行動に、私はまともな返答も出来ずに養父に視線で助けを求めた。しかし厳格な養父でさえシグルド殿下の行動に黙って唸るだけに留めていた。


 頭を上げたシグルド殿下は懐から一通の手紙を取り出すと、私の前に差し出した。


「コウキ=ヴィーブル嬢から貴方への手紙だ」


 自分の心臓が跳ねる音を、私は確かに聞いた。はやる気持ちを必死に押さえつけ、手紙を受け取った私は恐怖にも似た感情を感じていた。

 だって、手紙があるという事はコウキはすでに王都にはいないと言う事だから。


 恐る恐る、テーブルに用意されていたペーパーナイフで手紙の封を切る。


 手紙の文字は達筆なミズガルズの共通文字で書かれていた。そういえばコウキはこの世界の文字が書けなかった。間違いなく代筆された手紙だ。

 私は慌しく動悸(どうき)する心の臓を落ち着かせながら、手紙を読み始めた。



 親愛なるエダへ


 まさかこんな手紙を書いてもらう事になるなんて、今まで考えもしなかったよ。

 俺がこの世界に来て以来、エダはずっと俺と一緒にいてくれたから。


 本当に感謝しています。本当に、有難う。


 俺は、自分の中に抑えようも無い狂気が潜んでいる事を今回の事件で思い知りました。

 今回はなんとか最悪の事態は回避したけど、今度またエダやパンちゃんに危害が及ぶような事態に遭遇してしまったら、俺は自分を抑えられないかもしれない。


 それが何よりも怖いです。


 シグルド殿下から聞きました。啓示が二つある事。破滅か救済か、俺は一体どちらの存在なのか。

 [竜宝珠]は願望珠。

 あらゆる願いを叶えてくれるらしいけど、今回の件で痛感した。

 俺は世界を左右する存在としては、余りにも未熟なんだと。

 俺はもっと強くならないといけない。最低でもエダとパンちゃんは守れるように。


 今のままでは、迫り来る脅威から自分の身を守るだけで精一杯だから。

 それまでは、二人から距離をとろうと思います。

 俺自身、どういう存在なのかも知りたいしね。


 だからエダ。

 パンちゃんの事はエダにお願いしたい。

 もしかしたら差別を受けるかもしれない。迫害されるかもしれない。

 人間の脅威から守ってあげてください。

 それだけが心配です。


 そして二人で、どうか、幸せに。


 コウキ



 文面はここで終わっている。

 そこには世界の救済者でも破壊者でもない、普通の人間としての優しい心が(つづ)られていた。

 手紙を持つ手が震えている。

 彼の言葉を読み終わった私の心中は、悲しみと共に言い様のない怒りが渦巻いていた。


 その正体は、肝心な場面でコウキの助けになれなかった自分への怒りだ。


 私はコウキを信じきる事ができなかった。

 一時でも、シグルド殿下の言葉で嫌疑の念をコウキに抱いてしまった。


 ……なんたる事か。


 私が竜神として担ぎ上げてしまった御方は、私達と同じ人間だった。

 竜の身体を持っていても、[願望珠]という異質の力を持っていても。

 私は心の何処かで、あの御方なら困難を乗り越え私達の悲願を達成してくれると思い込んでいた。

 他力本願もいいところだ。

 このままでは、私が私を八つ裂きにしてしまいそうだった。


 私は顔を上げると、シグルド殿下に向き直った。

 あの心優しい人をこれ以上傷つけてなるものか。


「シグルド殿下。お聞きしたい事とお願いしたい事があります」


 私はもう、間違えない。



 翌日、私は再びあの悪夢の事件があった竜神教の大神殿に赴いていた。いや、この表現では語弊があると思う。大神殿だった廃墟の前にいた。

 目的は大神殿の先にある[天命の丘]にて、改めて啓示を受けるため。

 あの日、私は確かにコウキの牙で致命傷を負った。それは私を守ってくれたシグルド殿下もかなりの重症を負ったそうだ。

 その命の灯火が消えるはずだった私を救ったのもまた、コウキだった。どのような力でコウキは私達の傷を癒してくれたのかは、シグルド殿下にも分からないらしい。ただ、赤く染まった焼け野原に黄金の奔流が満ちたとしか。


 シグルド殿下曰く。


「破滅の象徴たる炎の力と救済の象徴たる癒しの力。対極の力を併せ持つ人間はこの世に存在しない」


 との事。


 聖も邪も併せ持つコウキは、この世界において特異な存在らしい。一体、神はなぜコウキをこの世界に呼び寄せたのか。なぜ啓示が二つ、しかも正反対な言葉が舞い降りたのか。


 それが、私は知りたかった。

 シグルド殿下と二人、大神殿に到着すると天変地異でも起きたかのような有様に思わず息を呑んだ。

 かつて大神殿と呼ばれた建物は黒く焼け焦げ、屋根が崩落し、石の柱は金属のような光沢を放って溶けている。これだけでも、いかにコウキの炎が凄まじかったか分かるというものだ。


 その廃墟の周辺には大神殿に勤めている神官達はおろか、鳥一匹さえも存在しない。


「今現在、大神殿周辺は立入を禁止している。事件の拡散を防ぐ意味もあるが、大司教の更迭が原因だ」

「ニーズ大司教様が更迭ですか……」

「そうだ。確かに、俺は彼女をもっとも外敵が進入しない安全な地下牢獄に軟禁した。危害を加えてはならぬとも命じたのだが、それを大司教は無視し、灯火を消し、食事も満足に与えずに孤立させたのだ」


 その後、確認しなかった俺も同罪だがな。と自重しながらもコウキが監禁されていた場所が場所なだけに、私を愕然とさせた。

 地下牢獄は本来、死刑が妥当な囚人が入るべき地下地獄だ。

 そこではあらゆる感覚が封じられ、孤独が囚人に襲い掛かる。死んでしまっても構わない罪人が入る場所なのだ。

 しかし逆を言えば王都でもっとも監視が厳重で外敵との接触を防止でき、きちんとした待遇であれば此処ほど安全な場所もない。そういった意図でシグルド殿下は地下牢獄を選択したらしい。


「なぜそんな扱いを……」

「謝罪のしようも無いが、権力争いだ。大司教達は、いや、俺も同じか。彼女を邪悪な存在だと断定していた。それは正解でもあり間違いでもあった」


 シグルド殿下の機嫌を取る為、コウキを罪人であると断定した大司教は独断で食事を止め、闇の中へと追い詰めたらしい。殿下は、まるで王族らしくない懺悔の言葉を私に放つ。彼は王族だ。誰も裁く事はできない。

 それは逆に言えば、誰も裁いてくれないのかもしれない。


 そんな寂しそうな殿下と、神殿内の残骸を脇に寄せて作っただけの道を歩いてゆく。今日の目的地は廃墟と化した大神殿ではない。その先にある岬。[天命の丘]だ。


 そこで何かを得られる確証が、私にはあった。

 それは以前、シスター長の夫にしてユミルの街の司祭エシアさんから聞いた文献にあった。

  [天命の丘]はミズガルズ創生の時代、一人の少女が祈りを捧げ大地母神竜から赤く輝く宝石を与えられ願いを叶えたという物語。

 余りに私とコウキに共通点が多すぎるお話だった。


 本来ならば私のような一、伯爵家令嬢が立ち入りを許される場所ではない。

 それでも殿下が私の同行を許可してくれたのは、半分は私への謝罪。もう半分は私が[天命の丘]へ行く事で何かが起こるという確信だ。


「着いたぞ。ここからだ」


 殿下の声で自分の頭の中から我に返った私は、[天命の丘]が放つ迫力に気圧されそうになった。

 [天命の丘]自体は大神殿に向かう道中に、コウキと話しながら見ていた事もある。その時の印象は失礼ながら長い年月を積み重ねた、古い大地母神竜像だった。歴史的な価値はあるかとは思うが、それ以上の意味はない像だと思っていたのだ。

 しかしどうだろう。目の前に聳え立つ大地母神像はまるで、つい最近建てられたかのような威光を放っている。

 とても遠目でみた像と一緒のものだとは信じられなかった。


「周囲から見える像は幻覚だ。公にすると色々と不都合があるのでな」


 私の心情を察したのだろうが、そこまで分かりやすい驚き方をしていたのだろうか。

 少し恥ずかしい。


 つまり、私が立つ此処はもう[天命の丘]の中なのだ。と改めて実感する。

 私と殿下が大地母神像に向かう階段には王族直属であろう兵が並び立ち、壇上には二人の高位神官が(ひざまず)いている。


 まるで竜騎士の楽園(ヴァルハラ)にでも来たかのよう。自分の意識に関係なく足が竦む、身体が痙攣(けいれん)する。

 でもここで逃げては、現状は何一つ変わらない。

 コウキの横に立つ人間にもなれはしないのだ!


「覚悟はいいか?」


 殿下が私を見下ろしながら気遣ってくれる。


「はい。参りましょう」


 ここから私の新しい人生が始まる。

 預言者な訳ではないが、なんとなくそう思った。



「シグルド殿下。啓示を受けし巫女よ。よくぞいらっしゃった」


 おそらくはこの方が[天命の丘]の責任者なのだろう。壇上に立つ高位神官の内の一人が話しかけてきた。

 その威厳ある声は、失礼だが大神殿の大司教とは格が違う。


「司教。事前に話は通っているかと思うが」


 殿下が語りかけると、司教は難しい顔を浮かべた。


「お話は伺っております。しかし残念ながらご希望に沿う事はできませぬ」


 どう言う事だろう?私はここでお祈りだけさせてもらえれば良いのでは。


「此方に奉られている聖遺物は、有志以来厳重に保管されて来た御神体であります。たとえ王族の御方であろうとも自由にできる物ではありませぬ」

「そんな事は分かっている。それを曲げよと言っているのだ」


 えっと、もしかして。

 シグルド殿下は、王都の大神殿に奉られている聖遺物を出せと言っているのだろうか。


 聖遺物自体はミズガルズ各地の神殿に数多く奉られている。しかしそれはあくまで大地母神竜の御遺体の極僅か、一部分にすぎない。それでもとても貴重な遺物として、各神殿が厳重に保管しているのだ。

 じゃあ、その御遺体の大元はどこに奉られているかと言えば答えは一つ。


 殿下は大地母神竜の御遺体そのものを持って来いと司教に命じているのだ。

 それに気付いた私は、さすがに司教様の味方にならざるを得ない。

 余りにおそれ多い事だから。


「殿下。失礼ですが、それはあまりにも……」

「エダ=ヴォルヴァ=ジャーリ嬢。君は何をしに此処まで来た? ただ祈るだけでは、ここまで来た意味がないのだ」


 確かにそうだけど。

 殿下の鋭い眼差しに、私は言葉を発する事ができないでいた。


「司教、良く聞け。すでに啓示は降りた。私とこの娘にな。この先は我々人間という種族が生きるか死ぬかの瀬戸際にまで来ているのだ。もはや今までの慣例などと言うものに従うべき時ではない!」


 あくまで拒否する姿勢だった司教だが、殿下の気迫に押されている。このまま断り続ければ、殿下は剣を抜くだろう。


「分かりました。そこまでの御意思であるならば致し方ありますまい」


 遂に司教様が折れた。

 祭壇の奥、大地母神竜像の台座の中から綺麗な装飾が施された箱を丁重に運び、私達の前で開けて見せてくれる。


「こ、これは……まさか[竜宝珠]?」


 目の前に差し出された赤く光を放つ宝石は間違いなく、コウキの額にあった物と同じ[竜宝珠]だった。



 私の思考は混乱の極みに達していた。なぜ[竜宝珠]が此処に存在するのか?もしかしてコウキの額から強奪された物なのか? ならばコウキは一体。

 困惑する私を見て、司教様は厳かな声で説明してくれる。


「この宝石は代々[天命の丘]に任ぜられる司教に受け継がれてきた物。神の座に立つ為の鍵だと伝わっております。しかして歴代の司教様方にも使い方は分からないまま、受け継がれてきたのです」

「ならば、我々が信じていた大地母神竜の遺体とは」

「お察しの通り、言い伝えでは力尽きた大地母神竜様はこの宝石の中に自らを封じたと伝わっております」


 お前にこの鍵が使えるのかと、司教様の目が私を射抜いている。

 確かに私は[竜宝珠]の力を使った事はない。当たり前の話でもある。でも、私は誰よりも一番近くでコウキを見てきた。

 だから確信があった。


 命を削って使う、願望珠としての使い方に。

 [竜宝珠]は何でも願いを叶えてくれる都合の良い存在ではない。

 その願いの大きさによって、命の代価を要求されるのだ。


 これからの王国を背負って立つ殿下の命を削る訳にはいかない。

 私は殿下を仰ぎ見て、頷いた。


 壇上に上がり、厳重に保管されていたであろう[竜宝珠]を持ち上げる。

 司教と、お連れの高位神官が横に退いてくれる。


 私は[竜宝珠]を胸の中に抱き締めながら、大地母神竜像の前に跪いた。



 我らが信仰する神よ。


 この母なる大地を造りたもう聖なる母竜よ。


 なぜ私に啓示のお与えなさったのか、今は問いませぬ。


 どうか。私にコウキ様をお救いする力を。


 あの純粋で心優しく、何よりも寂しがり屋な、コウキ様を支えるだけの力を。


 その為ならばこの身、この命。


 いくらでも神に捧げ、[竜騎士の楽園](ヴァルハラ)へと向かいましょう。


 神よ。


 どうか私の傲慢な願い。


 聞き届け給え――――――。



 胸に抱いた[竜宝珠]が熱い。

 まるで私の身体を焼き尽くしてしまうかのよう。

 だけども、それで良い。それで良いのだ。

 コウキはいつも、この熱に耐えてきたのだから。

 たとえ、この身が燃え尽きようとも。


 私はコウキの横に並び立ちたい―――。



 まるで私の願いを聞き届けるかのように。

 目の前に聳え立つ、大地母神像が光を放つ。

 その光は大地母神像を包み込むと、段々とその形を小さく、私達人間と同じ大きさに変えていった。


 姿形も変わってゆく。

 竜の姿だった像は人と同じ手足と顔を持ち、背中には純白の翼。

 白銀の甲冑を身に纏い、白く輝く槍を手にしている。

 そして、神代の御人としか思えない白金の長髪と、その御顔。


 間違いない。この御方は神々の使い。

 天界の神々が地上の争いに平定をもたらす為に遣わせる、天からの使者。


 戦乙女降臨の瞬間だった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「我が名はブリュンヒルデ。天界の大神に仕えし九人の戦乙女が長姉」


 [天命の丘]に天使が舞い降りた。

 その威光は正に神々の使者に相応しいものだった。

 何を考えるまでもなくその場にいる殆ど全員が戦乙女の前に(ひざまず)く。皆、考える前に感じているんだ。この圧倒的な存在に人間など塵芥(ちりあくた)に過ぎないという事を。


 この大いなる神の使者の御前で只一人、両の足で立つ人間がいた。

 シグルド殿下だ。


「神々の使者たる戦乙女よ。貴方の前に立つ無礼を、まず御容赦願いたい。私はシグルド、人間族が王の第一子なり」


 私の横で戦乙女様と向かい合って立ち、なお言葉を発する胆力に驚嘆してしまう。

 この人も並大抵の人間ではないのだ。

 戦乙女様の長姉は、珍しい生き物を見るかのように殿下を見下ろしている。


「面白い、発言を許す。申してみるがよい、人族の王子よ」

「感謝する。今より二月ほど前、私とこの娘が神から啓示を受けた。私はこの世に災厄をもたらす邪竜の降臨を。この娘は長きに渡る世界の動乱を鎮める竜神の降臨を」


 殿下がここまでお膳立てして下さったのだ。ここで立たなければ私が同行した意味がない。

 激しく震える身体を宥めながらも頭を上げる。ここでも戦乙女様はまるで面白い物を見るかのように私に視線を向けた。


「私でございます。ここより北、ユミルの街にて神より竜神の降臨を啓示されました。エダと申します」

「……竜神は既に降臨しているではないか。そなたの前にな。我々は天界より地上の監視を大神より命じられし者」


 やっぱりコウキが竜神様なのだ!

 私の身体に歓喜の波が打ちつける。私は間違っていなかった。間違っていなかったんだ!


「だが、その竜神たる身体に異物が紛れ込んだのは真に誤算であった。偉大なる神々が生んだ二つ目の失敗作」


 歓喜に震える私を地に叩き落とすその言葉。

 失敗作? コウキが?


「天界より降臨する際に何処からか異分子が紛れ込み、人の心を持つに至ったのだ。それさえ無ければ今頃、地上の粛清は終わっていたものを」

「粛清……ですと?」

「そうだ。人は大神が戯れに世界樹の幹より削りだした人形であり、欲という邪を秘めた一つ目の失敗作である。よって粛清されねばならぬ」


 私達の間に緊張が走る。

 やはり殿下の考えは当たっていた。神々は私達人間の味方ではなかったのだ。


「だが残念ながら今の私は仮初の身、直接天誅を与える訳にはいかぬ。そこで……だ」


 戦乙女様の視線が私に向いた。

 何? 何が起こるの?


「長らくも下界での暮らし大儀であった。我が妹よ」

「……え?」

「もはや何の遠慮もいらぬ。大神がそなたに与えた任務、今こそ果たすべき時」


 戦乙女様の手が私の顔へ伸ばされる。

 私の身体はまるで吸い寄せられるかのように、その手へ納まるべく歩みを始めた。


 ……妹? ……私が?


 確かに私は孤児だ。生みの親の顔もしらずに王都の城門前に捨てられていた赤子が私。


 私は……人間じゃなかったの?


 混乱する頭をよそに、身体は私の意思に反して歩みを止める事はない。


「まさか……、それが神の策略か!」


 私の腕を掴み引き留めようとする殿下の姿が見える。だけども私に触る事は許されない。それが、神の御意思なのだから。人が神の意思に逆らう事などあってはならない。

 御前に到着した私を満足げに見下ろすと、自らの額に身につけていたサークレットを外し、私の上へ掲げてきた。


「さあ、これはそなたの物だ。恐れ多くも我らが父より賜りし天界の冠、今こそ返そう」


 すでに私という人格は身体の奥底へ押し込められそうになっている。

 そんなおぼろげな意識の中でも、その冠の神光は私へ届いていた。

 その神聖なる冠の中央に嵌められるは、私が祈りの際に抱き締めていた[竜宝珠]。


「そなたの真名はエルル。エルル=ヴァルキュリエ。我らが戦乙女の末妹にして、天の裁きの代行者。今こそ自分の使命を果たすがよい」


 ああ、そうか――。私は人ですらなかったんだ――――。


 ごめんなさい――――。


 コウキ――。



 消え行く私という人格は、まるで演劇を見るかのようにその惨劇を遠巻きに眺めていた。

 聖域であるからと、満足な兵を連れずに来てしまったシグルド殿下の判断が裏目に出た。

 [天命の丘]に配置されていた兵は見たところ五十名たらず。

 二人いた神官様も攻撃手段も持たないようだ。


 私一人に対し五十名弱。

 本来ならば数で圧倒する殿下が優勢なはずなのだけど、戦乙女化した私の戦闘能力はもはや人間ではなかった。


「自分を身体を取り戻すのだ。エダ!」


 殿下の悲痛な叫びが私の耳にも響いてくる。

 だけども私にはどうする事もできなかった。すでに戦乙女という檻の中に幽閉された私には。

 もはやこの身体は私という人間の身体ではなくなっていた。


 右手に持つ光の槍で警備兵の身体を切り裂いてゆく。

 その度に、命そのものが額に付けたサークレットに鎮座した[竜宝珠]に力を与えてゆく。

 今更ながらにハッキリと気付いてしまった。

 [竜宝珠]は人類を救済する神器などではない。

 人の血を吸い、命を喰らい、その力をもって更に命を喰らい、破滅へと導く。


 殺戮兵器だったのだ――――。



(お願い、もう止まって!)


 暗闇の中、唯一見える戦乙女の視界が私に残酷な現実を見せつけていた。

 身体を奪われた私には涙を流すことさえ出来ない。今はまだ、殿下が必死に抵抗してくれている。

 殿下とて分かっているのだ。

 今日から城下では、年に一度の大祭。[聖誕祭]で国中の人々が集まっているのだと。コウキの一件が[聖誕祭]を延期させていたのだが、王都にまで駆けつけた商人達の不満が爆発する前に開始させてしまったのが裏目にでた。


 その数、王都在住の人間を含めると(およ)そ百万人。


 城下にまで私が到達してしまえば、その被害は天災規模になってしまう。


(城下には食堂の大将一家や養父、それにパンちゃんもいる……!)


 あの人達に被害が及んだら私は……。

 最悪の事態が脳裏をよぎる。それなのに私は戦乙女の中から、ただひたすら祈るしかないのだ。

 私の猛攻に殿下はただ、防戦に徹している。護衛の兵士達は、そのあまりの光景に立ち尽くしている。無理もない、戦乙女の威光はそれほどまでに神の存在を見せ付けていた。


「どうした人間。防いでばかりでは私には勝てぬぞ?」


 私の身体が勝手に喋り始める。その違和感に吐き気をもよおすほどだ。

 これは私じゃない。

 私の中に戦乙女としての新たな人格が覚醒したのだ。


「エルルと言ったか。お前こそ天界からの使者と言う割には、人間一人始末する事ができんのか?」


 殿下の言葉を聞いた途端、戦乙女の感情が苛立ち始める。


「無礼者め。ならば死ぬがよい」


 そう言うと私の、戦乙女エルルとなった身体は大きく距離をとった。

 最大の一撃を持って終わらせる気なのだろう。右手の光の槍も更に大きさを増し、人が持てるような大きさでは、すでになくなっている。


「父なる大神に祈りを捧げながら、逝け」


 大きく大地を蹴り、身体ごと殿下に向かい突進してくる様は周りから見れば流星のごとく見えただろう。


 速い!


 元は自分の体であるはずなのに、とても常人が耐えうる速度ではない。


(やめてええええええええ!!)


 私の叫びなど聞こえるはずもなく、戦巫女たるエルルは殿下に無常な致命傷を与えるはずだった。


 光の槍が殿下の身体に突き刺さる。

 その瞬間、殿下の身体から燃え立つ漆黒の炎が映し出された。戦乙女の聖なる光と竜殺しの黒炎。両者はお互いの力を相殺させ、不気味な煙を上げながら皮一枚のところで槍先が止まっている。


 戦乙女エルルの目が見開いたのが、私の視界からも分かった。


「天界の神々が人間にとってどのような存在であるか。そのような事はすでに承知している。対策を立てるのも当然だろう」

「貴様……。邪竜、あの堕天竜ミドガルズオルムの加護を受けたな!」


 殿下の持つ魔剣[グラム]から、更に激しい黒炎が舞い上がる。

 それはまるで殿下の身体を守るかのように全身を包み、揺らいでいた。


 私の思考に戦乙女エルルの思考が伝わってくる。

 身体は鱗と棘に覆われ、天界の神々の使者であるにも関わらず大神に背いた蛇。

 その御姿は私のよく知る人物にとてもよく似ていた。


(まるで羽を持たないコウキみたい)


 しかもその、ミドガルズオルムと言う名。それは私がコウキと出会ってから世界樹の麓で会話した御方。


(地の守護竜。ミドガルズオルム様――。)


 彼の御方が堕天竜。

 シグルド殿下がユミルの街に滞在していたのは、この為。

 私達が世界樹で出会った賢者様。人間族の為、この大地を創生した竜族が一種。大地母神竜とは、あの御方の事だったのだ。



 シグルド殿下と戦乙女エルルの戦闘は、膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。

 空を飛び、常の地の有利を取り続ける戦乙女エルル。

 堕天竜ミドガルズオルムの加護を受け、黒炎を身に纏いすべての一撃を無効化するシグルド殿下。


 お互いが決め手に欠けていた。


「愚かな人間め。天が裁きを下すと決定されたのだ! なぜその意思に背く!」

「死ねと言われて、死ぬ人間などいるはずもなかろう!!」


 自分の思い通りに事が進まず、苛立ちを(あら)わにする戦乙女。彼女の言葉に沈着冷静に対応する殿下に対して、憤怒(ふんぬ)の表情をうかべている。

 この永遠とも思える戦いを収めたのは、意外な人物だった。


「もう良い。我らが末妹エルルよ。貴様も顕現したばかり、まだまだ力が足りぬ。今は退くとしよう」


 私を戦乙女エルルに変えてから特に動く事もなく、沈黙を守っていた戦乙女の長姉ブリュンヒルデが口を開いたのだ。


「姉上。……しかし!」

「どちらにしろ、この大地の滅亡は神々の決定により確定しておる。今更一人の人間に構う事もない」


 私の中にも、戦乙女エルルの怒りが伝わってくる。それでも姉の命令は絶対であるらしく、戦乙女はその感情を押さえ込んだようだ。


「人間の王族、シグルドと言ったな。忘れるな、貴様は、私が葬る」


 その言葉は誓いだった。彼女はその誓いを必ず果たすだろう。それでもこの場での被害で済んだ私は心底、安堵してしまった。

 今だ、戦乙女に身体を乗っ取られた私に自由はない。それでも。


 それでも犠牲が私だけで済むのなら、それで十分。


(養父、ごめんなさい。パンちゃん、あんまり我が侭を言わないようにね。殿下、後をお願い致します)


 そして、コウキ……。


 私の意識をその身体に収めたまま、戦乙女エルルは姉と共に天高く飛び立った。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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