第42話 絆
毎日投稿38日目。
第42話です。
今回のお話はこの言葉だけで事足ります。
強敵と書いて友と読む。
この下界で、あるはずのない光景が目の前で展開されていた。
いや、あってはならないと言い換えた方がいいだろう。
世界樹の苗木が聳え立つ神の祭壇。
その最上段で、戦乙女スルーズの一閃が、女神フレイヤの身体に届いたのだ。
彼女は斬り付けた勢いのまま、小柄な身体で包み込むように数回転がってから立ち上がった。それは自分が受け止めたエダの魂を、石畳の床で傷つかないようにするためだ。
ボトリと、女神フレイヤの右手首だけが地へと落ちる。その光景を、女神は信じられないとばかりに見下ろしていた。
私の中での常識で言えば、女神とは天上を仰ぎ見るべき存在である。その僕である戦乙女が反逆を企て、ましてや危害を加えるなんて考えるはずもない。それでもスルーズはやってのけた。一体、どれだけの覚悟をもってその剣撃を放ったのだろうか。
「どうすれば、……どうやれば。…………そんな事ができる?」
自然と、自分の右手が祭壇の上へと伸びる。
そんな事をしても私に何かが得られるわけでもない。なぜか私は、スルーズの犯した行為を偉業として捉えている。
本来ならば許されざる大罪なはず、なのに。
……なぜ?
だが、火の国の戦乙女が起こした奇跡はそこまでだった。
「――――くっ!?」
私を含むこの場に居る全員が、あり得ないほどの威圧感を覚えたのだ。それは正に神の怒りと呼ぶに相応しい。身体が硬直し、直ぐにでもその場に跪くべきだと私の中の何かが命令してくる。
それでも彼女は動いた。
さすがは戦乙女の中でも指折りの実力者、とでも言うべきなのだろうか。考えるよりも前に、身体が反応する。目の前の戦乙女は、自分の身の安全より、手の中にある宝を優先した。
「――エルルっ、受けとれいっ!」
「えっえっえっ?」
おそらくは咄嗟の行動だったのだろう。
あろうことか戦乙女スルーズは。つい先ほどまで宝珠竜と戦い、しかも命を奪った私に。エダの魂と世界樹の花ごと、豊穣神フレイの身体を投げよこしてきたのだ。
「――――なっ、何をっ!?」
「ひゃあああああああっ!? エルル、お願いだから受け止めてええええええ!!」
命じられるまでもない。
私は慌てて空中に放り投げられた豊穣神の身体を、優しく受け止めた。けど受け止めたからといって、この私にどうしろというのか。
茫然と胸の中で抱き締めた豊穣神を見つめ、そして、視線を祭壇の上へと向ける。
先ほどの私達が感じた尋常じゃない威圧の元は誰なのか、そんなことは分かりきっている。
私の見上げた視線の先には。先ほどまでの飄々とした表情から、憤怒の感情を隠しもしない面貌へと変化した女神が立っていた。
「エルル、……貴方は理解しているわね?」
ポツリと口から放った女神の一言は、私の身体を縛り付けるのに十分なものだった。
そんなこと、言われなくとも重々承知している。そもそもが、天上の神々とは9人の戦乙女の上に立つ存在。私達が反逆するなど、これまで考えもしなかった。
それだけに、今だ祭壇の上に居るスルーズは私にとって理解不能な存在だ。
「女神フレイヤ。私は……わたしは……っ」
「エルル。貴方達戦乙女は、何のために存在している?」
混乱する私の耳に、ある意味心地よいほどの絶対的な言葉が飛び込んでくる。
ああ、そうだ。
この言葉に従っている間は、私達は正義の名の元に心置きなく使命を遂行できる。だって、神々は絶対の存在。その言葉に嘘はなく、その言葉に間違いはない。ならば、例え盲目的であろうとも、神々に服従し続けられれば。
私達に間違いは起きないのだから。
その甘い誘惑に、私が身体が引き付けられる。
豊穣神と二つの宝を胸に抱いたまま、私の足は無意識に歩を進め始めた。
一歩、また一歩と。
この命令に従っていれば、私は変わることの無い永遠を与えられる。そうすれば、私はこれまでの私へと戻れるのだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まるで機械のように、私の足は動き出した。
その動きは酷く緩慢なものではあったが、しっかりとした足取りで私は歩みを進めている。
だが。
その歩みが、あと一歩で階段へと差し掛かった時に引き止められた。
誰かが私の腕を握り締めている。力強くも熱い手だ。
心のどこかで、待ち望んでいた感触でもあった。
「……悪いけど、コイツは俺の相棒なんでね。たとえ女神様でも、ハイそうですかって渡すわけにはいかない」
――その声はっ!?
こうであったらと頭の中で思い描いていた光景が今、私の後ろにある。
「――宝珠竜?」
「……あいよ、初めて俺の事を名前で呼んでくれたな。エルル」
そう言ってニカリと笑った顔に、私の涙が再び流れ始める。
黄金の髪、深緑の瞳。ボロボロの白衣に埃だらけの緋袴。そして何よりも。先ほどまでの私が、心の何処かで待ち望んでいた声。
私がこの手で、命を断ったはずの相棒が。自らの足でしっかりと立っていた。
「なんで、……どうして!?」
無意識に動揺の言葉を漏らしながら、今度は私の足がふらついていた。
確かに私は、この手で命を摘み取ったはずだった。
この身に纏う聖気を全力で展開して作り出した無数の聖剣が、確かに彼女を貫いた。それは幻想でもなんでもない、私の眼で確認した事実だ。それなのに……どうして!?
「どうしてって……そりゃあ、女神様の命令が間違っていたから。……なんだろうな」
「……間違って、いた?」
「ああ」
宝珠竜の言葉を受け、全員の視線が祭壇の上に立つ女神フレイヤに集まる。
「私の命令が間違っていた、ですって? 私は確かにエルルに命じたはずよっ! 貴方を殺せって!!」
祭壇の上に立つ女神が、狂ったような叫び声をあげている。
そう、確かに私は宝珠竜を殺せと命じられた。だからこそ、自分の持つ最大火力を解き放ったのだ。
「俺を、って命じたか? アンタはこう言ったはずだ。「目の前の敵を討ち滅ぼせ」ってな」
「――――――っ!?」
えっ?
目の前の、……敵?
つまり……、私はっ。
宝珠竜の笑みが、私の涙で濡れた瞳に映り込む。
「言ったろ? もうアンタは、俺のもう一人の相棒だって。自分の想いが報われた瞬間ってヤツだな。俺は、エルルの……敵じゃない」
私の腕にもはや力は残っていなかった。
胸の中で抱き締めていた豊穣神も、スルリと床へと降ろしてしまう。
私は……、私は。
もう、あの時すでに。この人を敵だと認識できていなかったのだ――。
もう私は腕ばかりではなく、身体を支えている足腰にさえ力が入っていなかった。
そのまま膝がペタリと石造りの床へと落ちてゆく。私という存在は、これからどうなってゆくのだろう。王都シグムントで人間を裏切り、そして今度は自らが敬愛すべき神さえも裏切ってしまった。
この世の何処にも、私の居る場所などない。
私は、どうすれば……。
そんな何もかも失ってしまった私の頭上で、宝珠竜の声が響き渡る。
「さてっ! どうするよ、女神様? これで此処に居る俺達の敵は、アンタだけになったってワケだなっ!!」
その言葉は、女神フレイヤへと向けたものだった。だが、私の胸にも深く深く突き刺さる。
私はもう、孤立してしまったと思いこんでいた。どんな事情であれ、私は彼女達に牙をむいたのだ。どれだけ弁解しようとも、懺悔しようとも。その事実だけは変えられない。
それなのに、この宝珠竜は私を敵だと認識していない。
本当に、どれだけ甘ちゃんなのだろうか。私は宝珠竜との決闘の中で感じた想いを、もう一度思い返す。この無限とも言える優しさは、彼女の弱点などではない。
これは、彼女の強さなのだ。
どんな状況に陥っても、彼女は決して挫けず、私を導いてくれる。
不思議とそんな空想に酔いながらも、私は両目から涙を流しつつ。
笑顔になっていた。
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