第41話 宝珠竜の死
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第41話です。
10月中に、なんとか2部2章を完結させたい……。
「――――親和破りの剣っ!!」
私の叫びと同時に、無数の聖気で形作られた短剣が宝珠竜に迫る。
この短剣一本一本が必殺の矢となり、目の前の敵を蹂躙するのだ。防御は不可能、ならば残る手段は回避のみとなる。
だが。
「――――なっ!?」
私と対峙する宝珠竜には、回避する動きすら見られない。
なぜだっ、なぜ避けない!?
驚いたのは私の方だった。私がこの権能を止めるとでも思っているのだろうか。まさか、ありえない。すでに白銀の刃達は私の手を離れている。もはや術者である私でさえ、止めることなど出来ないのだ。このままでは何も抵抗もなく、死が待ち構えるのみだ。
「――宝珠竜ッ!!」
予想外の結末に瞳を見開いた私を目の前にして、当の本人は、なぜか笑っていた。
奇跡など起きはしない。
推測通り、私の作り出した聖剣はもれなく身体へと吸い込まれてゆく。もはや数えきれない数の聖剣が彼女の身体を踊らせてゆく。
――――――――――――――――――――。。。。。
永遠にも思えた死の舞踊は、ようやく終わりを告げた。
間違いなく、私はこの手で、彼女の命を奪ったのだ。
「あ、あ。ああああああ………」
自分の口から意味も解らぬ呻き声がついで出る。
この感情はなんだ?
……後悔? 私は、後悔しているのか? 絶対の主である天上の女神の指令を果たした、私が?
目の前の光景が、なぜか滲んで映る。
私は、天界で生まれ出でから初めての、涙を流したのだ。
私はしばらくの間、その場で自分が作り上げた光景を見つめていた。
目の前には、聖気の剣でハリネズミのようになった宝珠竜が倒れている。どう見ても致命傷だ。もしこれで生きているのならば、それは神の与えた奇跡だ。
だが、そんな奇跡は起きるわけもない。
なぜならこの現実が、他ならぬ神の望んだ光景なのだから。
パチパチパチ……。
呆然とする私の耳に、頭上から手を叩く音が鳴り響く。
一体何の音だろうかと頭上を見上げる。その音は祭壇の上から慣らされた音、女神フレイヤの拍手だった。
「最後はあっけない幕切れだったわね……。何はともあれ、お疲れさま。私の可愛いお人形エルル。貴方は、下界の騒乱の種を摘み取ったのよ。私のお人形として正しい行いを果たしたのだわ」
そうだ。私は、私の使命を果たしたのだ。
この頭が空っぽになったような感情とて、一時的なもの。これで私は未来永劫、戦乙女としての任を続けることができる。実に結構な事では、……ないか。
油の切れた機械のような身体を必死に動かして、女神の方角へ跪く。
自分へと与えられた最新の指令は果たした。ならば、次の指令を頂戴しなければならない。
そのための、懺悔だ。
私の姿勢に満足したのか、女神フレイヤは私の頭上で幾重にも頷きながら口を開いた。
「さてさて、私は十分に満足したわ。そろそろ天界へと戻ることにしましょうか。……フレイ? そういえば、先ほどから他の者達が見当たらないわね。フレイっ! 出てらっしゃい!!」
女神フレイヤの声が岩壁に反響し、ミーミルの泉全体へと届いてゆく。
すると祭壇の横、影となった場所から世界樹の花を持った小さい影が姿を見せた。
「うう……っ。もう安全ですか? 出て来ても危険はないのですかぁ?」
世界樹の花を胸の中に抱えながら、恐るおそる出てくる豊穣神フレイ様。なんとも情けない姿だが、私は注意するべき立場ではない。この頼りない神への対処は、女神フレイヤがやってくださるだろう。
「まったくもう、少しは男の子らしいところを見せて見なさいっ! 私はもう十分に満足したし、世界樹の花も無事ね。なら、こんな辛気臭い場所に用はないわ」
「――――ハッ。女神フレイヤ、私は……」
ミズガルズ大陸の管理者として職務に戻る。
そう、進言しようとした。だが。
「エルル、私は言ったはずよ? 私のモノになりなさい、と。今後、バルドルと話し合いの場を設けるわ。それまでは私と共に居るように」
女神フレイヤは本気で私を欲しているらしい。
こんな迷いだからけで、右往左往する私のどこが気に入ったのだろうか。それでもこの女神の怒りを買うわけにはいかない。その激情のままに、下界を崩壊させてしまいかねないのだ。そんな事になれば、私達戦乙女の職務が遂行できなくなる。
私は更に深く頭を下げることで、了承の意を女神へと伝えた。
「でもでもっ、フレイヤ姉様……」
「うるっさいわねえ、何よ?」
「その娘の魂を連れて行っちゃったら、どっちにしろ姉様が下界に干渉したってバレちゃいますよぉ」
「事故で亡くなったところを拾ったって、言えばいいでしょ?」
「他の人間ならそれで良いかもしれないけど、その子はエルルの半身だって神々の間でも有名でしょ? [操魂の権能]を使えるのは姉様だけなんだから……」
なるほど。私が生きているのにも関わらず、エダの魂を連れ帰ったとなれば……その犯人など一人しかいない。女神フレイヤが下界に干渉したという、確たる証拠を自ら持ち帰ることになるわけだ。
「……むう、仕方ないわねえ……」
弟神の言葉を受け入れ、女神フレイヤがエダの魂を手の平に顕現する。
……何時見ても人間の魂は美しい。まるで大瀑布に掛かる虹を、一つの宝石に封じたかのようだ。一人の人間としての人生が、七色の煌めきとなって凝縮されている。
彼女の魂をどうしようか? そんな神々の思案が続いた後、
祭壇の裏から、二つの影が飛び出してきた。
「コウキ姉と、エダ姉を、か、え、せえええええええええええええっ!!!」
祭壇の上空へと、天高く飛び上がった小さな影。
間違いなくこれまで一緒に旅を続けてきた天真爛漫なドワーフの少女、ヴェルだ。自分の背丈以上の大槌が、文字通り火を吹きながら女神へと襲い掛かる。
あれは戦乙女として覚醒仕立ての頃、私が行動不能にまで追い込まれた技だな。まあ、あの時は他の二人の協力があってこそだったが。あの頃の私でさえ耐えられた一撃だ、この女神には通じまい。
「ふぅん、愛しい愛しいお姉ちゃんの仇討ち? 人間って、そういうの好きよね。別に実の姉妹ってわけじゃないでしょ?」
女神フレイヤはそう言いながら、余裕の笑みで上空を見上げている。
だが、その足元からもう一つの影が飛び込んでくる。
「例え血の分けた姉妹じゃなくてもねえ、大切な絆ってモンがあるんだよっ!!」
その声は、ここまでの旅路で常に先頭を歩いていたヴェルの姉。スクルドか。
この二人の実力も並ではない。ミズガルズ・ムスペルスヘイム両大陸の中でも、10本の指には入るだろう剛の者だ。だがそれは、この下界の中での話。
悲しいかな、相手は神だ。本来なら拝謁することさえ生涯ありえない存在。到底、気合や根性で何とかなるものではない。
上空からは大槌、地上からは二本のナイフ。普通の人間であれば、どちらかの一撃が死角となる。
しかして当の攻撃を受ける女神本人は、上も下も、見てはいなかった。
「魔の森でのオママゴトで言ったわよね? 私に、下界の攻撃は一切通用しないと」
防御する素振りすら見せない女神に、二人の一撃は吸い込まれるように消えてゆく。
まるで、その攻撃自体が無かったかのように。神に敵意を向ける事自体、不遜であると告げるように。
「ふむ、じゃが。下界ではない存在の、下界の武器ではない一撃ならば、どうですかな?」
その言葉だけが、女神に表情に変化をもたらした。
上空から一撃を放ったドワーフの少女の影の中、そこから飛び出したこの大陸の守護者。
戦乙女スルーズが手に持つ神剣、[炎巨人の剣]が、エダの魂を持つ女神の右手を斬り飛ばした。
最後までお読み頂きありがとうございました。
今後とも本作をよろしくお願いします。




