第10話 命という代価
第10話をお届け致します。
ちょっとだけR15的な表現があります。お気をつけ下さい。
今回でユミルの街のお話は一旦終了となります。
そして次回からは王都編へ突入していきます。
2019.5.1改稿
コウキ君やエダさんの運命が動き出していく事になりますので、
よろしければ今後とも読んで頂ければ幸いです。
「エダはこの事を知っていたんだね」
であれば、俺に出会うなり命を捧げようとした行動にも納得がいく。
「そこまで細部を熟知していた訳ではありませんが、[天命の巫女]が自らの命と引き換えに神に願いを聞き届けてもらったという話を教義の中で聞きました」
「未遂に終わって本当によかった。人の命を代償に願いを叶えるなんて悪魔のやり口じゃないか」
そんな力なら一生、封印しておくしかないだろう。元々、この体は生きてゆくのに不自由はしない程度の性能を持ち合わせているのだから。
「って……そろそろ時間まずくない?」
大通りの人並みが一際濃くなっている。皆が昼食休憩に入っている証だった。
「急ぎましょう!」
エダが俺の手を握って走り出した。あの戦士の件は不安が残るが、今は目の前の案件に集中する事にしよう。
俺達は食堂の大将の雷が落ちる覚悟を決めながら走り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の持つ[竜宝珠]の力についてエシアさんに教えてもらってから二週間ほどが経過していた。
少しづつ朝の空気が涼しくなってきた。日本と比べると夏の期間が驚くほど短い。
おかげで頭に深く帽子を被って額を隠していても不審に思われないし、食堂で働く時も手ぬぐいを頭に巻いているので人目を気にする必要もない。
すっかりこの世界に馴染んでしまった俺は、今日も食堂で労働に勤しんでた。
そして問題の大柄な戦士はというと……。
毎日のようにここで昼食を取っていた。その姿に特に不審な点は見当たらない。
最初の頃は先輩であるエリさんが気を使って男の元にオーダーを取りに行っていたが、今では俺も普通に会話するまでには親睦を深めていた。
「シグさんは今日は何にしましょうか~?」
なんだか最近、女言葉が様になってしまっているような気がする……。
丁寧語で誤魔化しているつもりなのだが、体が女性だと声のイントネーションも女性に近づいているような。
「何時もどおり、パンと野菜スープを……。どうした?」
自分の現状を認めたくなくて頭を抱えている俺を、怪訝そうな顔をしながら見ているシグさん。
どうやらこの人は最近この周辺での魔物が活性化が原因で王都から来たらしく、冒険者登録はしていない。まあ、クエストでなくても魔物を駆除すれば報奨金は貰えるので、質素な生活をする分には十分な収入なようだ。
「……それとたまには酒も貰おうか」
「は、はーい。少々お待ち下さーい」
毎日一番安いメニューばかり頼んでいるから俺が頭を抱えたと思ったらしい。ちょっと申し訳なかったが、まあ店の売り上げに貢献してもらおう。この世界には昼から酒を飲む奴も珍しくないのだ。
あえて誤解を解かずに厨房に注文を伝えるべく、シグさんの席から離れた。
「コウキ。あれから例の疼きは起きていませんか?」
エダが気を使ってくれる。
「ああ、あれ以来シグさんに近寄っても何も起きていないよ。一体、何だったんだろうなあ」
「新しい環境で無意識に疲れが出ているのかもしれません。無理しないで下さいね?」
エダの気遣いに感謝しながら仕事を続ける。
一応、用心棒も兼ねて雇われていた俺だったが最近は酔っ払いのケンカなど起きてはいない。
理由は俺というよりシグさんが険悪になったテーブルを監視しているからだ。おそらくわざと分かりやすく目線を向けているのだろう。あんな大男に睨まれたら酔いも醒めるってもんだ。
「今度は私がフロアを回ってきますから少しの間、休憩して下さい」
「ん。じゃあお願いしようかな。何かあったら呼んでね」
エダは元気よくフロアに出て行った。従業員用の賄いに使用するカップにお茶を入れ一息つく。
うーん。労働後の一杯のお茶が実に怖い。
この世界の生活にも慣れたもんである。熱いお茶で喉を潤しながら一休みしていると。
ガチャーン!
フロアの方で食器が割れる音がした。どうやらまたケンカらしい。シグさんが居ると言うのに馬鹿な奴らだ。
しかし、この世界の男達ときたら荒っぽくていけない。厨房からフロアを覗き見てみるとケンカをしている男二人にエダが仲裁に入っている光景が目に写った。
ケンカ両成敗とばかりに外へ蹴り出せばいいだろうに、エダはその場で納めようと四苦八苦しているようだ。
シグさんのギロっとした目もケンカをしている二人には視界に入っていない。
「まあ、毎回お客さんに鎮めてもらうのもどうかと思うしな」
俺は厨房の大将に一言伝えてからフロアに足を運んだ。
「二人共どうか落ち着いて下さい。料理ならまたすぐにお持ちしますから!」
どうやら出来上りの順番が逆になり、遅く注文したテーブルの方に早く料理が来た事でトラブルになったようだ。
(大学のバイト時代にもこんなトラブル結構あったなあ……)
料理には出来上がりの時間に差が発生する。早く注文しても手間のかかる品は遅くなるのだ。居酒屋でバイトしていた大学時代にもこんなケースはいくらでもあった。
だが、普段料理しない男にとってはそこまで理解が及ばないのだ。
俺は言い争いをしている二人の手首を取り上げ、少しだけ力を入れて握り締めた。
「はい、そこまで。どんな理由があろうと店内のケンカは禁止でーす。どうしてもやりたいなら店の外でやってね」
「ふざんな! 大体、俺の方が先に注文したのに遅えのは店の責任だろうが!」
「そこの壁に書いてあるでしょ。ご注文の料理により順番が前後してしまう場合がございますって。それ以上暴れるなら強制的に退店願いますよ?」
そう言いながら少しづつ手首を掴んだ両手に力を籠めていく。ケガさせる訳にもいかないので、これで懲りてくれると信じたい。
「エダ、大丈夫? ゴメンね、来るのが遅くなって。でももうちょい強気にやっても……」
後ろを振り向いて床に屈んでいる彼女を見た時、
――頭の中が真っ白になった。
彼女の左手首から血が流れていた。
おそらく食器を落とした時に切ったのだろう。出血した左手首を右手で止血しているが血が止まらない。
酔っ払いの事なんてもう頭の中には残っていない。邪魔だとばかりに食堂の入口に向かって力任せに投げ飛ばす。盛大に床に叩き付けられたようだが知るもんか。
「手首見せて!」
エダの手を掴み傷口を確かめる。良かった。そこまで深くはない、深くはないけど怪我した箇所がよくない。左手首の内側だ。出血の量からして動脈が傷ついている可能性があった。
「コウキちゃん。片付けはアタシがやっとくから、彼女の手当てしてあげてね。ハイ、薬箱」
手助けに来てくれたエリさんから救急箱を受け取ると、空いているテーブルの椅子に彼女を座らせる。
「じ、自分で手当て出来ますから!」
エダの言葉を無視して俺は手当てを開始した。清潔な布で傷口を押さえるが、たちまち布が赤く染まってゆく。
後になって思えば彼女は[治癒の奇跡]が使えるのだから、それほど心配は要らなかったのかもしれない。
だが、この時の俺は気が動転していた。
視界が彼女の手首から流れ出る血の赤に染まる。
まるで赤いサングラスでもかけているかのようだ。
「な、何を!?」
気が付けば、俺は、彼女の、血を舐めていた。
この真っ赤な液体が美味しい。
体中に染み渡り、奥底から不思議な力が湧き出てくる。
もっと飲みたい。もっと。もっとだ。
周りがざわついている。五月蝿いな。この至福の時間を邪魔するな。
「おい、……ありゃあ一体何をしているんだ?」
「何って、傷口を消毒してるんだろ?」
「だけどよ……。舐めてるって言うか、吸ってるぜ」
「コウキちゃんの額を見てみろよ。なんか光ってないか?」
ああ、もう。本当に五月蝿い。こいつ等、全員どっか行け。
「コウキ様!」
ふわふわした頭の中に、悲鳴とも取れるようなエダの声が響き渡る。
と同時に、ふわふわモコモコした生き物が覆いかぶさってきた。
――パパ ダメ――ママ タベチャダメ。
頭の中にハッキリとした意識が戻る。
カタコトながらも可愛い声が耳に響いた瞬間、俺は正気に戻っていた。
「エダ? パンちゃん? あれ、二人して何してんの?」
俺の上にパンちゃんが覆いかぶさっている。ダメだよ店内に入ってきちゃ。
下にはエダが目に涙を溜めながら俺を見上げている。
なんだか唇が水っぽいな?何だこれ。思わず袖で口を拭ってしまう。
ふと見ると、真っ赤な液体が染物のように袖口を染めていた。
それからの事は正直あまり覚えていない。
目を覚ますと宿屋のベットの上で仕事着のまま寝転んでいた。
妙に熱いと思ったら掛け布団が二枚も被さっている。ふと隣を見るとエダとパンちゃんが床に寝ているのが見えた。
「布団も敷かないで……風邪引くぞ」
パンちゃんの暖かい毛皮に包まれているが、それでも寒いだろう。掛け布団を一枚彼女に掛けてあげる。
その感触で逆にエダが目を覚ましてしまった。
「……コウキ様?」
「ごめん。起こすつもりはなかったんだけど」
「よかったです。私の知ってる優しいコウキ様です」
エダはそれだけ確認するとまた目蓋をゆっくり閉じた。顔に添えるように両手を握りながら眠っている。その左手首には分厚い包帯が厳重に巻かれていた。
ケガでもしたのかな。寝ぼけているせいか上手く頭が働かない。まあ、朝になったら聞いてみよう。とにかく今は眠気に逆らえないみたいだ。
そうして俺はベットの中で深い眠りに戻ってしまった。
翌朝。
ベッドで目を覚ました俺は、毎朝のように宿泊客全員が使う洗面所で歯を磨き顔を洗っていた。
出勤時間はランチタイムが始まる昼前だ。いつもなら剣の修練なり、額にある[竜宝珠]で何かできないか練習している時間だった。
いつもなら必ずと言っていいほどエダの方が先に身支度を整え、俺が起きるのを待っているのだが。
今日は珍しくお寝坊さんな彼女は、まだ俺の部屋でパンちゃんを枕代わりにして眠っている。まあたまにはこういう事もあるだろう。
毎朝のように「お寝坊はいけませんよ?」とお小言を言われているのだ。今日は俺から言ってやろう。
なんだか今日はとっても快調なのだ。
ちょっとした悪戯心を抱きながら部屋に戻る。
彼女はまだ夢の中のようだ。おかしいな、流石に何時ものキチンとした彼女からは到底見られない光景だ。昨日何かあったっけ?
何か……。
職場でお客さんがケンカを始めて……それをエダが止めていて……俺が仲裁に出向いて……エダの手首から血が出ていて……俺は何をした?
もっと飲みたい。もっと。もっとだ。
昨日の記憶が一気に鮮明になる。
そうだ、俺はエダの血が美味しいと、吸血鬼の様に吸っていたんだ。
慌てて彼女の元に駆け寄り様子をうかがう。よかった。顔色も良いし寝息も穏やかだ。
「お~い、エダさ~ん。朝ですよ~?」
意識して軽い口調で起こしてみる。まさか、このまま寝たきり状態になんてならないよなと心臓の鼓動を早めながら。
幸いエダの目はすぐに開いた。相当緊張していたんだろう。気が抜けてベットの端に落ちるように座り込む。
「コウキ様? お早うございます」
「コラ。二人の時は様付けなしって約束でしょ?」
「ああ、そうでした。お早うございますコウキ」
そのやり取りで彼女の意識が覚醒したのだろう。パンちゃんのお腹という枕からバッと顔を起こした彼女は寝坊したと言う事実に気付いたらしい。
「すみません! コウキより遅く起きるなんて……失礼します!」
慌てて洗面所に走っていく。女性の身支度に掛かる時間はこちらでも一緒だ。
俺は慌てる心をなんとか沈めながらパンちゃんの頭を撫でていた。
しばらくしてエダが部屋に戻ってきた。寝ぼけ眼だった顔もすっかり何時ものエダである。
「珍しいね。エダが寝坊するなんて」
俺は何時もどおり話せているだろうか。
「面目もないです……。今、お茶の準備をしますね」
「今日はいいよ。俺の方で準備しているから。ほら座って座って」
そう言って彼女を椅子に座らせる。それに俺は本題を切り出さなければならない。
「昨日の食堂で何があったか覚えてる?」
俺の声が真剣なものに変化した事を察知したのだろう。僅かに首を縦に振った。
「私がお客様のケンカを仲裁している所にコウキが手助けに来てくれて、皿を落としてしまったんです。慌てて割れる前に受け止めようとしたんですけど……手を切ってしまいました」
そこまではいい。問題はそこからなんだ。
「俺は止血をしようとして、エダの手首に布を当てた。
そこからだ。俺の意識が暴走し始めたのは。
……俺はキミの血を舐めた。
自分でも信じられないくらいキミの血は美味しかった。
ずっと舐めていたいくらい、力が体中に染み渡っていった。
[竜宝珠]の秘密ってコレか?
俺は血を吸うバケモノなのか…………?」
自分自身の行動なくせに、余りの異常性に気分が悪くなる。
おいおい。この前といい今回といい、日本で呼んだ転生モノにこんなグロい展開はなかっただろ?
大抵は強力な力を神様から貰って、可愛い女の子達と楽しく過ごして。
どんな困難も笑って乗り越えて。
物語の勇者のように華々しく活躍していくもんだろ?
なんなんだよコレは!
思考がどんどん悪い方向に堕ちていく。
無性に俺という存在がこの世界に居てはいけない存在のように思えてくる。
思わず額の石に手をかけた。
まるでこの宝石が諸悪の根源のように思えてくる。
コイツがなきゃ、俺は楽になれるのか? コイツがなきゃ!
[竜宝珠]を強く握り締める。周りの皮膚から血が浮き出してくる。
コレさえなきゃ、コレさえなきゃ!
自分の額から、この諸悪の根源を剥ぎ取ってしまいたくなる。その結果、自分の身体がどうなるかは分からない。
それでも、自分の身体にこんな物が付いているなんて我慢できなかった。
俺のそんな自壊的な行動を止めたのは一つの悲鳴だった。
「やめて!!!」
俺の手に彼女が必死の形相でしがみ付いてくる。
「違います!! 違うんです!
コウキ様は……コウキは私の願いに答えてくれました!
啓示を受けて、最初はなぜ私なのだろうって考えました。
王都にいらっしゃる王様でもなく大司教様でもなく、なぜ私なのだろうって。
使命の重さに押し潰されそうになりました。
でも貴方と一緒にいるうちに……貴方といるうちに頑張ろうって思えるようになったんです。
私一人じゃ無理だけど、コウキと一緒なら乗り越えられるんじゃないかって。
そう思ったんです!」
それは正に彼女の懺悔だった。
彼女の悲鳴のような声に俺の意識は現実へと戻される。
俺の腕を両手で掴みながら、まるで神に許しを請うかのように胸の中に納まっている。
「私の血が必要ならいくらでも差し上げます。
ごめんなさい……。私と出会わなければ、私が願わなければ、こんな使命に付き合う事もなかったのに」
いつもは率先して俺を引っ張りまわす彼女が今はとても小さく見えた。
そんな彼女を見ていたら、今までの思考が嘘のように晴れていく。
そうだよな。
いくらしっかりしていると言っても俺とは一回り近くも若い少女なんだ。
まったく。情けないったらありゃしない。自分の情けなさに涙が出そうだ。
住む世界が違ったとはいえ、こんな少女が自分の運命を自覚して頑張っているというのに、俺は。
―――パパ ママ ナイテル?
俺達の傍に心配そうに近づいてくるパンちゃん。
心配をかけたみたいだ。
俺は腕を伸ばしてパンちゃんを抱擁の輪に招きいれた。
―――パパ ママ イッショ。
「ああ、ずっと一緒だ。三人で一緒に頑張っていこう。これから先、何があるか分からないけど大丈夫だ。きっと」
呟くように、それでいてしっかりと自分の胸にその言葉を刻みつける。
「ごめんな。こんな情けない俺だけど、これからもよろしく頼むよ」
俺の胸の中で何度も頷きながら彼女は涙を零し続けていた。
しっかし、パパママか。どっちがパパでどっちがママなのやら。
この一件は俺の心の奥深くに、この先ずっと残り続けるだろう。
次にまた彼女の血を欲するような事態になったら、
俺は……。
結局一日中部屋で眠りこけてしまった俺達は、翌朝になって食堂の仕事をドタキャンしてしまった事に愕然とした。
恐る恐る職場に勝手口から入ろうとすると堂々と仁王立ちをした大将がお出迎えしてくれ、こっ酷くお説教されてしまった。まあ、当然である。
しばらく頭上からの雷を受けつつ、平謝りを続けたら「さっさと着替えろ」と許してくれた。優しい人達の中で生活できていると改めて実感できる一幕だった。
だが実際問題、昨日の一件がこれで解決したとは思っていない。
何しろ、大人数のお客さんの前での大失態である。大多数のお客さんには、気が動転してしまって覚えてません。で、なんとか誤魔化せるとしても。
俺が気になっているのはシグさんだった。
初対面の時にも俺の正体に気付くような素振りを見せていたし、食堂の先輩ウェイトレスさんであるエリさんの証言によると、手拭いで巻かれていた俺の額が光っていたらしい。
これは怪しい。俺がもしシグさんの立場であれば絶対に何かあると思うだろう。
もしかしたら、また一悶着あるのかもしれない。そう覚悟していた俺達だったのだが。
あの日を境にして、シグさんは食堂に顔を出さなくなった。
念のため休日に街中を散策する振りをして探してみたが、彼と出会う事はなかったのだ。
その理由を知る人は従業員にも常連さんにもいなかった。
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