第40話 戦乙女らしくあるために
毎日投稿36日目。
第40話をお送りします。
実はこのエルルさん。
当初は、こんなに可愛くするつもりはありませんでした。あくまでエダさんの中に巣くう天界の刺客的ポジだったのです。
それがどうしてこうなったのか……。
本当に、私は、人間という生き物がよく理解できない。
そして、今となっては、私自身の行動にも理解が及ばない。
私の行動は、敵である宝珠竜に塩を送る行為だった。それは間違いない。私は天上より降臨した、神々の使者、戦乙女だ。元より人間は管理すべき下界の生物の一種であり、それ以上でもそれ以下でもない。
その使命はこの下界を監視し、より良い勇者を[竜騎士の楽園]へと導くこと。
今までこの使命を忘れたことはない。
だが、今はどうだろう? 私は戦乙女として、正しい行いを成せているのだろうか?
宝珠竜が振るう二本の珍妙な剣が、私へと襲い掛かってくる。
なんとも細く、短い、片刃の剣だ。あのレイキャヴィークの鍛冶師に製作を依頼した剣なのは間違いないだろう。おそらくは、彼の故郷である異世界では一般的な剣なのかもしれない。
その剣は珍妙ではあるが、実に彼のスタイルに合致した剣だった。
宝珠竜の身体能力を駆使した身のこなしは、一瞬で私の懐に入ったかと思えば、次の瞬間には間合いを空けられている。
なるほど、基本的に相手を叩き斬るこの世界の剣とは正反対の性能だ。さしずめ、切り裂く。切断力を重視した剣なのだろう。聖気で守られた私の戦乙女の鎧でも、この剣の一撃の前には傷つかずにはいられない。
だが逆に言えば、一撃で殺されるような剣でもないということだ。この甘ちゃんに相応しい得物だと言える。
「……どうした? また寝ぼけているんじゃないだろうな?」
私の鎧に一撃を加えたのち、再び大きく飛び退いた彼がボソリと呟いた。
「いや、そうではない。……失礼した」
「――っ、くくっ」
思わず私の口から出た一言に、自分でも驚いてしまう。向かい合った先からは僅かながらの笑い声。
「――っ! 何が可笑しいっ!?」
「何がって……。強いて言うなら、全部かな?」
そんな彼の言葉に、私の顔が赤く染まる。
「俺達は、真剣勝負の真っ最中だ」
「当然、……だ」
「なのに敵である俺に謝罪するなんて……。エルル、やっぱりアンタ、向いていないよ」
最後の言葉に、笑いの含みはなかった。
向いていない? 私が?
「俺が今まで出会った戦乙女は二人。長姉だっていうブリュンヒルデは、感情を持たないかのような冷徹さを持っていた。それにミズガルズで戦ったヒルドは、人間をゴミでも見るかのような態度だったな。……じゃあ、アンタは?」
私は……、いや私だって、以前はもっと……。
「旧王都の地下で初めて見たアンタは、もっと天界の戦乙女らしかった。あのブリュンヒルデみたいに自らの使命だけを完遂する、ロボットのような印象を受けたもんさ」
「……ロボット、とは何だ」
「ああ、すまんすまん。つい、元の世界の言葉が出ちゃうな。つまり、もっと機械のように使命を果たすだけだったって意味だ」
それは当然だ、私は天界の戦乙女。神々から告げられた使命を果たす存在なのだから。
「だが、ヒルドを相手に戦ってからかな? アンタは変わっていった。なぜ、このムスペルスヘイム大陸へと行くことに反対しなかった? 今のアンタの使命は、ミズガルズ大陸を守護者といて監視することだろう」
それは……、なぜだろう。私はなぜ、もう一人の私の意見を尊重したのだ?
無理矢理エダの意識を奪って、ミズガルズに留まることだって出来たはずだ。
「ハッキリ言ってやろうか? 今のアンタは、ひどく人間っぽいんだよ。情に甘く、人を尊重し、自分の感情に揺れ動く。この世界でどう言うかは知らないけど、禁断の果実で知恵を得た[原罪]ってやつだ」
「あら、コウキちゃんはそんな神話まで知っているの? その神話は、下界には伝わっていないはずだけど?」
私達の会話を聞いていた女神フレイヤが、面白そうに口を挟む。どうやら私の狼狽っぷりを見て、それはそれで楽しいとでも言うかのように。
「いや? 今のは完全に当てずっぽうだ。俺の世界では、一般的な宗教知識だからな。人間は、神々の子でもあると同時に、神の知識である[善悪]を得るって話だったっけ?」
「そうね。そうでなければ、この下界でどの種族も繁栄することはなかったでしょう。最初の人間ブーリが神々から知識を盗まなければ、ね」
「おいおい、その理屈だとこの世界の祖は人間族ってことになるぞ?」
「ふふっ、その辺りはご想像にお任せするわ。……さてっ!」
茶番は終わりだとばかりに、女神フレイヤが祭壇の上で一歩前に進み出る。
「エルル。貴方が混乱する姿もそれはそれで可愛らしいけど、そろそろ終わりにしましょう。天上の女神として、戦乙女エルルに命じます。[目の前の敵を討ち滅ぼしなさい]」
その女神の言葉が私の耳へと届き、そして脳へと伝達される。
それは間違いなく、「神の指令」だった。
戦乙女である私には、抗うことなど許されない。
私の意識に巣くっていたそれまでの迷いが、神の指令によって押し流されてゆく。これまでの私、冷徹な天界の使者としての私が。
[武器創造の奇跡]で顕現していた剣を消し、腰に吊るした白銀に輝く長剣を抜く。
それは宝珠竜の持つ剣と同じ鍛冶師が鍛え上げた一品。そして私ではなく、もう一人の私のために鍛えられた長剣[ドラグヴァンディル]。
私は迷いなど与えられる間もなく、聖気を籠め始める。あの時の彼女が顕現した剣とは比べ物にならぬ、真なる神剣。
これを抜いた以上、もはや手加減など出来様はずもない。何しろ神剣とは、神さえも切り裂く剣なのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今の私は、目の前の宝珠竜にどう写っているのだろうか。
おそらくは、瞳の輝きを失った機械のように見えているのだろう。当然だ、今の私の剣に迷いはなく、ただ、目の前の敵を葬りさる為だけに剣を振るっているのだ。
もうこの戦闘を始めてどれくらいの時が経過しただろうか。
10分? 20分? それとも1時間も打ち合っているのだろうか?
お互いの顔には玉のような汗が浮かび上がり、顎を通して石畳である床へと落ちてゆく。
先ほどまで互角だったこの戦いは、明らかに私の方へと天秤が傾いていた。それも当然、眼前の敵を斬り捨てるのに迷いがある者が、今の私に敵うわけがない。
もう何度交差したか解らないほどの剣撃の末。
キィン――――!
私の剣が、宝珠竜の右手に握られた得物を弾き飛ばした。
「――――っ!」
宝珠竜が痛みを堪えるかのように右手を抑える。
新調したばかりであろう、戦装束も私の剣撃によってボロボロになっている。この甘ちゃんは何時まで不殺を貫くのだろうか。
だが、今の私に手加減など許されてはいない。
どうした、宝珠竜。
私を殺さねば、――――――お前が死ぬぞっ!
私は迷いを断ち切るかのように、体内から膨大な聖気を展開させる。
その聖気は神剣となったドラグヴァンディルを通じて無数の刃となり、私の周りを取り囲む。
この技はかつて、もう一人の私が天使化したシグムント王との戦いに用いた技。戦乙女の保有する膨大な聖気を利用して、[武器創造の奇跡]により幾多の凶器となす。
[親和破りの剣]
かつての戦乙女が、下界を支配した王達の友誼を滅するために用いた裏切りの剣。
なんと、今の私に相応しい技の名であろうか。
私が創造した聖気の短剣は、神剣を通したことで数も威力も、以前よりケタ違いだ。
これをまともに受けようものなら、いくら天界から降臨した宝珠竜とはいえ只では済むまい。
私は迷いなく、自らが顕現した無数の聖剣を討ち放つ。
ああ、これで私の迷いも晴れることだろう。
これで、私は、これまでの。
神の指令に忠実な、本当の戦乙女に戻るのだ――――。
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