第38話 それぞれの思惑
毎日投稿34日目。
第38話です。
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たどたどしい歩みではあった。
が、豊穣神フレイはなんとか女神の居る祭壇へと歩みを進めている。こちらは戦乙女スルーズ様の制止により、手を出すことは出来ない。余りにも危険だからという理由でだ。
たっぷりと数分の時間をかけて祭壇の上にたどり着いた豊穣神は、泣きそうなほどに顔を歪ませ始めた。それまでの緊張から、姉の元へとたどり着いたという安心感へと切り替わったからだろう。
「ね、ねぇさまぁ~……」
もちろん今も、彼の手には俺の牙から作り出された[炎巨人の剣]がある。だがあまりの恐怖のためか、指先までも痙攣していて今にも落としそうな有様だ。
「ご苦労さま。まったく、アンタがもうちょっとシャキっとするなら私も安心できるんだけどね」
「うぅ~……、でもぉ」
「まぁ、今回はよくやったわ。まったく、生まれたてで良かったわよ。――貸しなさい」
まるで貶したのか褒めたのか分からない会話を交わした後、女神フレイヤはその剣を受け取とる。
すると、
「ねっ、姉様っ!?」
自分から受け取った剣をどうするのかと不安そうに見つめていた豊穣神は、自分の姉である女神の奇行に悲鳴をあげた。
それは、祭壇の下に居た俺達にも十分見える光景だった。
あろうことか。女神フレイヤは炎巨人の剣を、自らの首に押し当てたのだ。
俺は慌てて戦乙女スルーズさんの方へ顔を向ける、天界の戦乙女である彼女なら、女神の意外な行動を説明してくれるかもしれないと期待したからだ。
「ほんにもう、フレイヤ様は無茶をなさる……」
その声色は心配が半分、そして憧憬の念が半分といったところだろうか。俺がもう一度、祭壇の上を見上げた時には。
炎巨人の剣から放たれていた灼熱の炎は、サッパリと消え去っていた。
「ほらっ、後はアンタの仕事よ? たまには豊穣神らしいトコ、見せなさいよねっ!」
「……うっ、うん」
そう言って女神は鎮火した炎巨人の剣を突き出すように、豊穣神へと手渡した。敵側である俺でさえ心配してしまった女神の首には、焼けどの跡さえない。そんな姉である女神から恐るおそる剣を受け取ると、祭壇の奥に聳え立つ世界樹の苗木へと身体を向けた。
世界樹の苗木なんて呼ばれているが、俺から言わせれば有り得ないほどの巨樹だった。なんとなく屋久島にある縄文杉を彷彿とさせる大木だが、成木となった世界樹が比較の対象では相手が悪すぎる。
俺がこの世界に来た直後に見た世界樹は、視界の割合でいえば空が三で世界樹が七だった。比較的近くで見たとはいえ、数十キロは離れていたはずだ。これは遠方の樹木を表現する方法では有り得ない。もう一度言おう、空が三で世界樹が七だ。
そんな世界樹の苗木から、一本の枝が祭壇に向かって垂れ下がっている。
その枝の先端に。
まるで、この神々が降臨する祭壇に献花しているかのように。
一輪の花が咲いていた――――――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この世界樹の花を、どう表現したら分かりやすいだろうか。
決して向日葵のような大きな花ではない。かといって、タンポポのような雑草の中に咲く控えめな花でもない。あえて表現するならば、何とも、自然界には有り得ない鉱物的な花だった。
雌しべや、種を作り出す子房が本来あるはずの花の中心部が、まるで宝石のような鉱物となって虹色の光を放っている。それだけでも不思議だというのに、花びらに至っては……あれは水晶だろうか。
菱形の形状をした水晶が六枚、俺は花びらなんだと主張するかのように、中央の宝石にくっ付いている。しかもその中に……、樹液のような黄色い液体が溜まっていた。
「下界の住民が、この世界樹の花を見るのは初めてでしょうねえ。この花びらの中に溜まった樹液が日の光を浴びて中央に集まった時、神々の蜜酒は完成する。でもね、私は別に蜜酒が欲しいわけじゃないの。本当に欲しいのは、この花」
そう言いながら、女神フレイヤは優しい手付きで世界樹が咲かせた花を撫でていた。
「でも貴方達が欲しいのは花が枯れた後に精製される蜜酒でしょ? だ~か~らっ、この花をチップとして提供しましょう♪」
「……えいっ!」
女神フレイヤが楽しそうに宣言すると同時に、炎巨人の剣を天高く振り上げた豊穣神フレイが、世界樹の枝木に向けて勢いよく振り下ろした。
キィンッ――――!
まるで金属を切断したかのような甲高い音が鳴ると同時に、どう聞いても植物が床に落ちたとは思えないカツンという音が祭壇の床を鳴らした。
「……ちょっと、フレイ。斬るにしたって枝を長くしすぎ! この先、元の長さまで伸びるのにどれだけの時間がかかるか分かってるでしょ!!」
「うう……っ。だって、世界樹の枝を切るなんて初めてだから……」
予想外の箇所で枝を切断してしまったらしく、姉である女神が弟である神に向かって文句を垂れている。確かに、花の付け根から伸びた枝は50cmほどのところで鋭利に切断されていた。その切り口は木の枝というより、鉄筋の切断口のようだ。
「まったく、使えない弟よね。……ふぅん。まあ、良いでしょう。ほら、持って行きなさい?」
「……う、うん」
そう言うと、豊穣神は大事そうに世界樹の花を胸の中に抱き締めて、祭壇を降りてきた。正直、この女神様が何をやりたいのかサッパリ理解できない。自分の目的である世界樹の花をわざわざ俺達に渡すなんて、一体何を考えているんだ?
そんな俺達の困惑を感じ取ったのだろうか。ようやく準備が終わったとばかりに、女神様が改めて口を開いた。
「言ったでしょ? ゲームよ、げ、え、む♪ これで私の手には貴方の望む、相棒の魂。そして貴方達の手には私の望む世界樹の花がある。これがチップの代わりってワケ」
「俺とエルルの戦いで賭けをしようってか? 随分、気前のいいことで……」
「ふふっ、心優しい女神様に感謝することね。なんならその枝は別の事に使ってもいいわよ? まあ、それにはどっちにしろ、私の持つチップが必要でしょうけどね?」
まるで全てを見透かしたかのような、女神様の笑みが俺達を見下ろしている。なるほど、世界樹の花と一緒に豊穣神様まで返してくれたのは、俺達の思惑を見破っているからか。
ならば、後は自分の力を信じて戦うのみ。
改めてスズリさん作の魔剣を構えなおした戦乙女エルルの前に、俺達は立ちはだかった。
「宝珠竜よ。戦いの前にまず、コレを仕舞えい」
そう言って、スルーズ様が俺の牙から顕現した炎巨人の剣を近づけてくる。すると、まるで消えて無くなるかのように、俺の口には一本の犬歯が戻ってきた。
「勝手で悪いがの、この剣は危険じゃ。到底、今のお主では扱いきれんし、使ってはならぬ」
その声は今まで聞いたことがないほど、重いものだった。さきほど、この戦乙女様が口にした言葉は掛け値なしの真実なのだと実感する。本当に、扱いを間違えれば世界が崩壊するほどの危険性が、この剣にはあるのだろう。
それに加えて、スルーズ様が俺に近づいたタイミングで耳打ちをしてきた。
「……それに、我等はこの一騎打ちには参加できぬぞ? 良いか、勝てぬまでも、どうにか女神様からアレを取り出させるのじゃ。そうしなければこの作戦の成功もありえん」
「うん、解ってる。俺は俺で、何とかしてみせるさ。それより、スルーズ様の方も頼むな?」
「誰にモノを言うとるか。わらわとて、可愛いウルズの命を救いたいのは一緒じゃ。……まかせておけっ!」
それだけを言い放つスルーズ様、そしてセッパ姉妹が俺の傍から離れる。それを追うかのように豊穣神様も慌てて彼女達の後を追いかけ始めた。
「……そろそろ、相談事も終わったか?」
しびれを切らしたのか、彼女達の離脱とほぼ同時に戦乙女エルルの剣先が突きつけられた。小声で耳打ちしていたから声まで聞き取られてはいないだろうけど、何か悪巧みしているのは遮蔽物の無いこの空間ではモロバレだ。
「おおっ、わるい悪い。……待たせちまったな」
「それに関しては構わん。だが、一切の手加減など期待するなよ? 宝珠竜」
「俺としては、もう一人の相棒でもあるアンタの肌を傷つけたくないんだけどな……」
俺の言葉にエルルの表情がピクリと動く。別に侮辱するつもりなんて無かったのだが、そう思われてしまっただろうか。
「……甘いことを。私は別に貴様達の味方になった覚えなどない。アイツにも言ったのだがな。あくまでも私は、この身体を取り戻すために協力していたに過ぎんと」
「それでも、だ。アンタはあの、戦乙女ヒルドとの戦いにも強力してくれた。俺にとってはアンタも大事な相棒だ」
俺の言葉に一瞬、躊躇いのような表情を彼女が浮かべたような気がした。いや、俺の気のせいだろう。彼女は正真正銘、天界から降臨した戦乙女だ。直接の主である女神の命より、俺達を優先するなど有り得ない。
けど、それでも。
俺達の心は通じ合っていたと信じるのは、自意識過剰だろうか。
「そう……、信じたいのなら信じるが良い。私には、長姉であるブリュンヒルデ姉様から命じられた使命がある。こんなゴタゴタなどさっさと済ませ、ミズガルズの管理者として戻らねばならないのだ。――――覚悟っ!」
そのエルルの一声で、俺達の一騎打ちは始まった。
まったく、その口ぶりも彼女そっくりだというのに。本人はまったく気付いていないようだ。俺は改めて、両の腰に刺した二本の小太刀に手をかける。
シャリンッ、という音と共に鈍く光る二本の刃を抜き放つ。あんな世界の破滅を導く剣などではない。これが今の、俺の愛刀だ。
お互いの首に光る金銀のネックレスが、チャリンと鳴り響く。それはまるで、戦闘開始のゴングのようだった。
もう少し待っててね、エダ。
今、――――助けるからっ!!
最後までお読み頂き有難う御座いました。
ストック次第ではありますが、11月1日から一週ほどお休みを頂くかもしれません。
ちょいと海外旅行へ行く予定がありますので……。




