第36話 神々の泉
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第36話です。
ようやくミーミルの泉へと辿り着いたコウキ君達一行。
最後の戦いが、始まります。
「さて、そろそろお待ちかねのミーミルの泉に到着じゃ。ゆっくりとお話出来るのも、これが最後じゃろう。問題ないかの?」
そう言って、戦乙女スルーズ様は俺達の方へと振り向いた。不敵な笑みを浮かべているようにも見えるが、その表情の裏は緊張感に満ちている。この人のような常識外の力を持つ戦乙女にとっても、神と対決するなんて異常事態は体験したことがないのだろう。周囲のピリピリした空気が、俺達にも伝わってくるかのようだ。
「スルーズ、一ついいかい?」
隊列の中ほどに陣取っていたスクルドさんが、手をあげる。
「なんじゃの?」
「一つだけ確認しておきたい。アタイらが森の小屋で対峙した時、あの女神様は黄金の波で縛ってきた。アレをもう一度は喰らいたくないね。……対策はあるかい?」
ああ、アレか。
確かに、俺の記憶にもおぼろげながらに存在していたアレは。……まるで。
「うむ。それは恐らく……、神々が持つ神気にフレイヤ様の[操魂の権能]が付与されたオリジナルじゃの。元々、すべての神々は生まれもって神気を所持しておる。その効果は……、神々によって違うのじゃ」
そう。俺が黄金の宝珠竜となった時の[宝珠竜の暖光]とそっくりだった。相手の敵意を打ち消し、凶器を消し去る黄金の奔流。もしもう一度アレに捕らわれてしまったら、前回の二の轍を踏んでしまうのは確実だ。
「御託はいいんだよ、対策は無いのかい?」
この先が正念場だと理解しているのだろう。荒い気性を隠しもせずにスクルドさんが結論を急かす。
「……気合じゃ」
「「「はっ?」」」
えっ? それだけ?
「残念ながら、下界の者が神々に対抗できるなどと考えること事態が非常識じゃからの。だから気合じゃ、フレイヤ様の気迫に負けるな、気圧されるな。最後のその時まで挫けるな。わらわから言える助言としてはそんなものしかない。……後は、お主ら次第じゃの」
その場に一瞬、冷たい空気が流れ込んだような錯覚を覚える。この場にいる全員が再認識する。この先に待ち受けているのは、神だ。俺達は今から女神にケンカを売るのだ。それがどれだけ無謀なことか、俺以上にこの世界の住人である二人は理解しているだろう。
だが、それでもセッパ姉妹の反応は心強かった。
「……上等じゃないか、魔の森では散々コケにされたからね。お礼の一つも差し上げたいと思っていたところだったよ」
「いくら神様でも、何でもして良いわけ無いっすからね。エダ姉は、絶対に返してもらうっす!」
さすがは戦闘姉妹セッパさんである。今の言葉を聞いて、逆に戦意が増したようだ。俺の心からも不安が消え、なんとかなるような気がするから何とも頼もしい。
だが、この言葉で戦意を増すことが出来ない存在もいた。
「あの~。お願いですから僕を戦力に数えないでくださいね? パンちゃんは責任もって守りますけど、フレイヤ姉様に拳を向けるなんて後が怖すぎますぅ……」
その存在とはもちろん、最後尾から俺達の後をついて来ている豊穣神フレイ様だ。まあ、この人ほど戦意や殺気と言った類の感情を想像できない人も珍しい。
どこの世界でも女王様となった姉は怖いものなのだろう。弟なんて存在は弱いものなのだ。
もう懐かしい思い出となった日本での幼少時代を思い返す。実は俺にも姉が居るのだが、美しくも優しいお姉ちゃんなんて存在は物語の中でしか存在しない。俺の姉だって美しくはあるかもしれないけど、圧倒的な威圧感で俺の上に君臨していたもんだ。
まあ、この神様にやってもらう役目は一つだけだ。それだけはキッチリとやってもらわないと、……ね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きいとは言っても多少の閉塞感のあった洞窟の通路を抜けた俺達は、巨大ドームのような空間に広がる泉へと行き着いた。これまでの地熱に暖められた空間とは違う、なんともヒンヤリとした場所だ。
その空間の最奥には石造りの祭壇が鎮座しており、その中央には樹齢何千年なのかと思うほどの立派な巨木が立っている。苗木と呼ぶにはあまりにも立派な若き世界樹だ。
ミーミルの泉を縦断するように建てかけられた、石積みの橋を進んでゆく。その先には祈りの間なのだろうか? 女神フレイヤと戦乙女エルルが待ち受けている祭壇の下には、十分に動き回れるほどの広場があった。
俺達が祭壇下の広場にまで行き着くと、呆れたような顔で女神が口を開いた。
「やっときたぁ~。もうっ、待ちくたびれちゃったわよ? あらっ、何? その可愛らしい格好は。見た事もない装束だけどお祈りでもしに来たのかしら? 巫女服でしょ、それ」
まったく文化の違う衣装ではあるが、一種の神聖さは感じ取れたのかもしれない。俺の新しい和風な戦装束を、フレイヤ様が今度は笑いながら見つめている。
「ご名答、こちとら異世界人なもんでね。神様を歓迎する儀式のイロハも分からないんだ。なもんでいっそ、俺なりのお迎えをしようと思ってね」
先ほどまで、あれほど女神を挑発するなと言っていたスルーズ様も、俺の言葉には無言を貫いている。もう敵対行動を取らざるを得ないのは分かりきっている。ならば、今からでも気合負けするわけにはいかない。
「それはそれは、ご丁寧にどうもぉ。でっ? その殺気満々の態度で歓待するのが、貴方の世界では普通なの?」
「そんなわけ無いだろ。まあ、強いて言うなら傍迷惑な神様が降りて来ちまった時かねぇ……」
「ふふっ、言うわねえ。ますます貴方が欲しくなっちゃった……。ああっ、早く天界で貴方達を愛でたいわぁ」
ゾワッ、っと俺の身体に鳥肌が立つ。この女神様は同姓愛者なのだろうか。顔は絶世の美貌のくせして、その性格はどう見ても美しいとは言いがたい。
そんな舌戦を続けていると、後方に居る弟の豊穣神フレイが心配そうに口を開いた。
「フレイヤ姉様。もうこれ以上、下界に干渉しちゃうと本気で怒られますよぉ!」
「アンタは黙ってなさいっ! と言いたいトコだけど、……分かってるわよ。私はただ、お気に入りの子と世界樹の花を持って帰りたいだけ。これ以上、私自らが手を出すことはしないわ」
その進言は、彼の精一杯の愛情をこめた言葉だったのだろう。意外にも女神フレイヤは、大人しく聞き入れてくれる。
もしかすると、戦わずに済むのだろうか?
そんな淡い期待が、俺達一行の中で僅かに浮かんだ。だが、そうは問屋が卸さないらしい。
「で~もぉ。……私自ら手を出さなきゃ良いのよねっ。この場は貴方に任せるわ。――エルル」
「――フレイヤ様。私は……」
前方の俺達から、すぐ脇に控えている戦乙女エルルに女神の視線が移る。そう、今までの戦いが証明しているように、神々とは違って戦乙女には下界に干渉する権限を持っているのだ。文字通り、天罰を下すための権限を。
「まさか、イヤとは言わないわよね?」
「……っ。…………御心のままに」
戦乙女エルルに、情欲に満ちた女神の眼光が襲い掛かる。あのエルルですら、この女神には逆らえないのだ。改めて、自分達がどんな存在と対立しているのか思い知る。
――ゴクリッ。
誰かの、喉を鳴らす音が聞こえた。
この場で言葉を発しているのは、全て天界の住人だけだった。スクルドさんやヴェルだって必死に己の心を叱咤しているだろう。それでも、この場に両の足で立ち続けるのは並大抵の精神力じゃ成しえない。この一件が終わったら、死んでも天界の事情に首を突っ込みたくは無いものだ。
戦乙女エルルが、俺達に向けて歩を進め始めた。天然の岩石が作り出した祭壇へと続く階段を一歩、また一歩を降りてくる。
その顔や身体は、エダのものと寸分の違いもない。間違いなく彼女の身体は、俺の相棒の身体だ。
だが[戦乙女の鎧]を身に纏った彼女の聖気量は、二人の意識が混在していた時とは比べ物にならない。間違いなく彼女は、真の戦乙女として覚醒しているのだ。
この場は俺とヴェル、そしてスクルドさんの三人で迎え撃つしかない。果たして勝てるだろうか。いや、そもそも俺はエダの身体に傷を付けられるのだろうか?
死闘の前兆とでも言いたいのか、妙な静けさがミーミルの泉を支配していた。
ただ一つ、戦乙女エルルの足音を除いて……。
俺達と同じ広間にたどり着いた戦乙女エルルとの間には、10mほどの距離もなかった。
腰を落とし、どんな状況にも対応できるように眼前の戦乙女のみに意識を集中する。勝てるかどうかじゃない、勝つのだ。勝って、また俺達の平穏の日々を今度こそ取り返すのだ!
次の彼女の一歩で、戦端が開かれる。
この緊迫した空間で、俺はそんな直感を感じ取った。俺とてこれまでの戦いを生き抜いて来たのだ。戦闘の空気をいうものを覚えたのかもしれない。
ゆっくりと、腰の両側に指した二本の小太刀に手をかける。
チキッ――――。
俺の腰から、小太刀の鯉口を切る音が鳴り響いた。
その音が戦闘開始の合図となる。
戦乙女エルルと俺、双方が飛び出そうとした、その時。
「――エルル、……待ちなさい」
他ならぬ女神フレイヤの静かな、そして凜とした声が、俺達の激突をさえぎった――――。
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