第32話 頼りない豊穣神フレイ
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第32話となります。
このお話でもう一人の神様が御降臨されます。
お姉ちゃんの気が強いご家庭は、弟君はこんな感じになるかと……。
「そうか。すべて打ち明けたか……」
「……ああ」
この古ぼけた小屋の玄関から入ってきた戦乙女スルーズさんは、スクルドさんの告白を聞いてそう一言呟いた。腹の奥から搾り出すように、告白を終えたスクルドさんは顔を下へ向けたまま見せようとはしない。その光景はまるで神様に懺悔しているかのようだった。
「しかし、それならば……。うむ、まだ奇跡は起こりうるかもしれんぞ?」
斜め下の床へと視線を向けながら考え込んでいたスルーズ様の言葉に、俺達はハッと顔を上げてしまう。
「エダはっ、エダは助かるんですか!?」
思わず飛び出した俺は、スルーズさんの小さな肩を掴んで、激しく揺さぶってしまっていた。
「こっこれ、まずは落ち着かんかっ!」
「こんな状況で落ち着けるかっ! エダも、ウルズちゃんも、トキハも。みんな、皆が助かる道があるのか!?」
俺の興奮は止まらない。先ほどまで絶望の奥底まで落とされていたのだから、尚更だ。
「だから落ち着けというにっ! 先ほども言ったがあくまで奇跡じゃ。……その意味は分かるの?」
「ああっ、確率は低いって意味だろ? でも、でも道はあるんだな!? 全てがうまく行く、奇跡の道がっ!!」
「ええいっ、落ち着けというのが分からんかっ!!」
「――――ぐえっ!」
俺の興奮に付き合いきれなくなったのか、スルーズ様が俺の顔面にアイアンクローをかましてきた。おいおい、この技ってプロレスでは見せ技じゃないのか!? マジで痛いぞ!?
頭がっ、俺の頭蓋骨がっ! ミシミシ言ってる!?
大人と子供と言っても良い位の体格差があるというのに、俺はスルーズさんの右手から脱することも出来ない。あだだだだっ!
「分かった、分かったから! 落ち着くからっ!」
「まったく、目上の者は敬うものじゃぞ」
俺が降参のポーズと取ったところで、ようやくスルーズさん、いやスルーズ様は解放してくれた。これは、ホントに人間という存在の力を超えているぞ? 今だ鈍痛の響く頭部を抱えながら、目の前でふんぞり返るスルーズ様を仰ぎ見る。[力と強さ]を象徴とする戦乙女。それがこの人なのだと、変な形で思い知った俺だった。
「じゃあ、改めて。スルーズの考えを聞かせてくれるかい?」
「そうっす! 冗談だったらミズガルズに移住するっすからね!?」
「まったくだ。それに、そちらの少年もぜひとも紹介してもらいたいね」
俺の横でセッパ姉妹が腕を組んで苦言を呈している。俺とて気持ちは一緒だ。スルーズさんに掴みかかったのは俺の失敗だったけど、眼の前に希望をチラつかされたのだ。これ以上待つ余裕なんて色んな意味で無い。
この作業小屋に設置された古ぼけた木製テーブルに、これまた古びた木の椅子に腰掛けて、俺達は作戦会議を始めていた。
けどその前に確認しなければ気になって仕方が無い存在がいた。そう、スルーズ様は一人で来たわけではなかったのだ。
彼女の後に続いて小屋の中に入ってきた少年は、俺達の剣幕にビクビクしながらも椅子に座って縮こまっている。なんとも気の弱そうな少年だ。。
「まあ、当然よの。だがわらわ以上に態度には気をつけるのじゃぞ? この御方はの……」
そこまでスルーズさんが言葉にしたところで、俺は対面に座る少年に注目した。黄金の短髪に、真紅の瞳。それに俗世離れした宝石まみれの衣装。どう考えても普通の少年とは思えない。俺だけじゃない、ヴェルもスクルドさんも、更に言えば俺の胸の中にいるパンも。全員の視線がこの正体不明の少年に集中している。
「スルーズぅ……」
俺達の視線に気後れしたのか、少年は泣きそうな顔でスルーズ様に助けを求めている。そんな少年を見た火の国の戦乙女様は、情けないと言わんばかりの表情で自己紹介役を買って出てくれた。
だがその直後にスルーズ様が紹介した少年の名前に、俺達は再び驚くことになる。もう、気持ちの浮き沈みが激しすぎて疲れてしまいそうだ。
「此方の御方はな。お主等が先ほどまで対峙していた女神フレイヤ様の兄弟神、豊穣神フレイ様じゃよ」
えっ? 神様? このなんとも気弱そうな子が?
「「「ええええええええええええええええええええぇ――――――!?」」」
久しぶりの悲鳴ではない大声が、この魔の森に響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どう言うことだい? この短い期間で二人も天上の神様に謁見するなんて……」
「もう神様はお腹いっぱいっすよぉ」
正におっかなビックリ、という言葉が二人の顔に表現されている。俺だって気持ち的には同じだ。ただ俺の場合、もう数人の戦乙女と出会い戦ってたりもするので、多少の耐性を持っているというだけの話である。
「うう、実はぁ……」
セッパ姉妹の剣幕に押されたフレイ様は、身体を縮こまらせながら口を開いた。
「「実は?」」
対面に座る俺の列から、セッパ姉妹の息の合った相槌が入る。
「フレイヤ姉様が勝手に下界に降りちゃったからぁ……」
「「降りちゃったから?」」
「ロキに責任取ってこいってぇ……」
なんとも話の進まない会話である。あ、ヤバイ。スクルドさんのコメカミに筋が……。
「ええいっ! まどろっこしいねぇ!! アンタも神様ならもうちょいシャキッとしな! シャキッとお!!!」
ドコンッ! とテーブルに拳を叩きつけながらスクルドさんが吼えた。気持ちは解るが、そんな事をしたらもっと話が進まないぞ? かと言って俺から宥めるような行動は起こさない。俺だってこの怒気を顕わにしたドワーフの女傑は怖いのだ。
「うえぇ~、するーずぅ……」
下界の信仰を受けるべき天上の豊穣神様が、となりの部下?である戦乙女に泣きついている。これで良いのか神様。まあ、あのフレイヤみたいな神様よりかはマシだけど。
「……はぁ。つまりはの、今回の一件は女神フレイヤ様の独断なのじゃ。他の神々はもちろん、大神様にとっても予想外の珍事だったというわけじゃの」
隣の豊穣神様に深いため息をついたスルーズ様は、事の経緯をフレイ神に変わって説明してくれる。
でも……。
「だからって、ハイすみませんでしたじゃ済まない状況まで来ているんだぞ?」
大事な相棒を突然奪われて、謝罪の一つで済ませられるわけがない。怒鳴りつける役はスクルドさんに取られたけど、俺だって内心は煮えたぎるほどに怒りを感じている。
「解っておる。だからこそ、フレイ様が御降臨されたのじゃ」
それだけを言って、スルーズさんは腕を組んで沈黙した。あとはフレイ神の出番らしい。
「フレイヤ姉様は、自分の気に入った魂を集めるのが趣味なんですぅ……。ホントなら[竜騎士の楽園]に向かう魂を誘うんですけど。姉様、どうやら待ちきれなかったみたいで……」
「以前から、あのエルルの中に居たエダという娘の魂に眼を付けていた。というわけじゃの」
俺達は呆然と二人の会話を聞いていた。じゃあ何か? かの女神様が気に入ったら強制的に天界へ連れて行かれるってか? そんなのただの拉致じゃねえか!
俺が怒気を顕わにするとスルーズ様はごもっともと頷き、フレイ神は更に身体を縮込ませた。
「事情は大体分かったっすけど、結局のところアタシ達はどうすればいいんすか!?」
最初から順を追って話していたスルーズ様達にヴェルが食い込んでくる。そう、結局のところエダが殺されたのも、ウルズとトキハどちらかしか助けられないのは変わらない。そろそろいい加減に、具体案に移って欲しいところだ。
「うむ。結局のところ、フレイヤ様からエダという娘の魂を取り返せば良いと。そういうことじゃな。わらわとて、戦乙女じゃ。本来の仕事は下界の勇者が天界へと昇る時、魂を[竜騎士の楽園]に導くこと。多少の魂の取り扱いには心得がある」
スルーズ様が実にアッサリと解決案を提示してくれる。だがそれは、言うは易く行なうは難しの典型例だ。相手は天上の女神様。しかもエダやスクルドさん、ヴェルが三人がかりでも手が出なかったという化物だ。そんな相手からどうやってエダの魂を取り返すというのか。
「でもでも、姉様が天界に昇ってしまったら終わりです。人の魂は決して下界に再度降りることは出来ません」
おどおどしながらも、フレイ神が焦るように口を挟んでくる。
「その強さゆえに、天界の神々は下界に干渉してはならない。これは大神が決定した絶対の決まりです。こうなったら、何としても何もなかったことにしなければならないんです」
それは俺達の希望にも合致した目的だ。俺達だって何としてもエダを助けたい。
「……フレイヤ様が今、何処に居るか分かるかい?」
先ほど怒鳴り声を上げてから、沈黙を守っていたスクルドさんがポツリと言葉を落とした。そう。俺達にだって残された時間は多くない。極夜の、明日の夜までにはミーミルの泉に到着しなければ蜜酒を採取できない。たとえ、ウルズとトキハ。どちらかしか助けられないとしても。俺達は行くしかないのだ。
「それに関しては話は簡単じゃ。フレイヤ様は無類の花好きでもあるでの、必ず下界に降りたついでとばかりに世界樹の花も摘み取って行こうとするじゃろうよ」
つまり、目的地は同じというわけか。
ならばどんな手を使ってでも、エダの魂を取り返さなければならないのだ。
決戦の舞台は、決まった。と言う事か。
俺達はスルーズ様、フレイ神を交えて、具体的な作戦の立案に入っていった。
エダの魂の救出方法、助けた後の対応、そして女神フレイヤをどう出し抜くか。時間は掛かってしまうが必要経費と割り切るしかない。俺達はもう二度と失敗できないのだ。
この旅を、なんとしてもハッピーエンドで終わらせるために。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
これにて2部2章の中編が終わりとなります。あとは解決編のみ。
50話くらいになる気がする……(汗




