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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第2章 ドベルグル皇国
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第31話 懺悔の告白

毎日投稿27日目。

第31話ですっ。

中盤、最後のヤマ場。スクルドさんの懺悔ざんげです。

やっと暗い話がこれで終了します。書くのが辛かった……。

次回から前向きなお話になりますのでご期待をっ!

 今、俺の視界には朽ちかけた床板しか映っていなかった。

 震え続ける足腰は、まるで俺の言う事を聞いてはくれない。それどころか鉛と化した頭だって持ち上げられる気がしない。今までの人生でこれほどの喪失感を覚えた経験などなかった。


 転生前の日本でも。転生してから、自分の身体が命を吸う化け物だと理解した時でも。


 俺の隣には共に笑い合える友や、大切な人が居てくれたから。


 これほど自分が一人ぼっちになったのだと自覚してしまったのは、初めてだった。


 それでも俺の瞳からは、涙が零れることはなかった。


 どうしてなんだろう? もしかして、俺はひどく薄情な人間だったのだろうか。


 そんなマイナス方向な思考ばかりが、俺の頭に浮かんでは消えてゆく。そんな俺の視界で、ボロボロの床にピチョンッ……と水滴が落ちる音がした。だが、明らかに俺の瞳から落ちたものではない。


「ごめん、……ごめんよ」


 出会ってから間もないけど、それでもこの人が懺悔の言葉を口にするのは初めてだ。その意外な姿を前に、それまで鉛のように重かった俺の頭も嘘のように上げることができた。


「す、すくるど……、さん?」


 そこには。

 まるで涙を流すことが出来ない俺の代わりとでも言うかのように、大粒の涙を床に落としている彼女の姿があった。



「……ねーちゃ?」


 時折、自分の顔に零れてくる涙に気付いたパンが、不思議そうな顔で彼女を見上げている。この子にはまだ涙の意味も分からないのだろう。けどそれで良い。物心がつく前なら、パンの心に傷がつくこともない。


「ごめん、……ごめんよ」


 先ほどと同じ台詞を、スクルドさんは繰り返す。けど、悪いのはスクルドさんじゃない。そんな当たり前のことは頭の回っていない今の俺にだって分かってる。

 もしかしたら、エダを助けられなかった事実を悔いているのだろうか? それだったら俺だって同罪だ。いや、もっと酷い。俺なんてエダが窮地に追い込まれていた時に、意識さえ無かったのだから。


「……スクルドさんが謝ることは無いです。むしろ、こんな事態になって意識を失っていた俺の方が……」

「そうじゃない……、そうじゃないんだ!」


 しっかりとパンを抱きしめながら、普段の飄々(ひょうひょう)とした表情からは想像も出来ないほどにスクルドさんは顔を真っ赤にしている。まるで事情が呑み込めない俺の前で、只々茫然と立ち尽くして。只々(ただただ)泣き崩れて。ひたすらに謝罪の言葉を繰り返している。


「アタイは、隠し事をしていたんだ。エダちゃんにもヴェルにも、……コウキ君にも」


 かくし、ごと?


「アタイは最初から、エダちゃんを犠牲にする作戦を立てていた。ウルズの命を救うために、戦乙女エルルが完全体になることを、望んでいたんだっ!!」


 はっ?

 ……一体、何を、言っているんだよ。


 スクルドさん。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 後にどんなに頭を悩ませても、俺はこの場の雰囲気を表現することはできなかった。

 悲惨、孤独、絶望。どの言葉を使ったって、スクルドさんの悲しみを、俺の虚無感を表現するには物足りない。それだけ今、この小屋の中は、巨大な悲しみに満ちていた。


 台所の方からゴトンと、何かが動く音がした。


「……どういうこと? スクルドねえ」


 ふらりと、ヴェルが立ち上がる。涙によって瞳を赤くした眼光は、ただ真っすぐにスクルドさんを射抜いていた。駆け出すような足取りでこちらに歩み寄ってくるヴェル。


「どうもこうもない、……言葉通りの意味さ」


 正面に立ったヴェルが、真っすぐにスクルドさんの顔を見上げている。


「ミーミルの泉にいけば、世界樹の苗木から蜜酒(ミード)を採取できれば! みんな、皆が助かるんじゃなかったの!?」


 その詰問するヴェルの声は悲鳴に近かった。いつもの口癖である「っす」も忘れ、いつもの天真爛漫さもかなぐり捨ててスクルドさんを糾弾している。

 こんなヴェルの姿は見たくなかった。このドワーフの少女には、いつも満面の笑みで大地を駆けていて欲しかった。


 それでも、俺だって真実を知りたい。知らなければならない。


「皇都レイキャヴィークから出発する数日前、……スルーズ様に言われたんだよ。ミーミルの泉に咲く世界樹の花は一輪のみだと。……救える命は、たった一つのみだとっ」


 もう色々な事実を突きつけられすぎて、頭がどうかなってしまいそうだった。この場に居る誰もが、スクルドさんの言葉を聞いて動けずにいる。


 そんな時間が、またしばらく続いた。


 ふと。

 立て掛け方が不十分だったのか、台所の方でヴェルの大槌がガタンと床に倒れた。それが俺達の金縛りのような硬直を解く切っ掛けとなり、再び時間が動き出す。

 この旅は、元々が万能の願望機を探すような都合の良いものではなかった。元々がドワーフの伝承から得た知識だ、(わら)でもすがるような想いから始まった希望への道だったのだ。そこまで都合よく、俺達の願望通りに進むはずがない。


「……そんな。じゃあ、全てがうまくいっても。ウルズがトキハちゃん、何方(どちら)かしか助からないってこと……?」


 スクルドさんの服にすがり付いていたヴェルの手が、ズルズルと落ちてゆく。やっと流し終えたヴェルの涙が、再び瞳の中で溜まっていった。


「……そうだ。どちらかしか助からないとなれば、この旅はここまで順調に来れなかっただろ。皆は必ず、迷う。悩む。決断できなくなる。そうなれば、二人共、助からない……っ」


 スクルドさんの拳から、真紅の液体が流れ落ちてゆく。すでに床に落ちていた涙と混ざり、薄れた朱色の水溜まりが広がっていた。血の涙とはこうやっても出来るのか、なんて頭のどこかで考えてしまう。この水溜まりは、彼女の嘆きそのものなんだ。


「でもっ!」

「……やめろ、ヴェル」


 それでもなお抗議の声を止めないドワーフの少女を、俺は静かな声で制した。


「コウキ(ねえ)っ!!」

「この決断で何より苦しんだのは、スクルドさんだ」

「……っ」


 俺だって納得したわけじゃない。でも。

 スクルドさんだって薄情な人じゃないんだ。ただ、感情を抑え込んででも理性で行動できる人なだけ。そして、俺達の中でそれが出来るのも彼女しか居なかっただろう。俺達はスクルドさんの強さに甘えてしまっていた。この優しくも強いドワーフの女傑の強さに。

 そんな彼女の強さに、これ以上甘えるわけにはいかないじゃないか――。



 しばらくの間、静寂が小屋全体を支配した。

 あれだけ騒ぎ立てたにも関わらず、スクルドさんの胸の中に居るパンは静かに眠り続けている。俺も随分、気持ちが落ち着いてきた。立ちふさがる問題が沢山ありすぎるが、俺はまだ肝心な事を聞いていない。


「エダの最後は、……見届けられたの?」


 俺はそれでも信じられなかった。あのエダが簡単に負けるわけがない。天上の、しかも9人しか存在しない戦乙女の一角なのだ。いくら相手が神とはいえ、納得なんて到底できっこない。


「殺されたと言うより…、さっきも言ったけど魂を抜かれたって感じだった。彼女の中に居たもう一人の戦乙女に覚えは?」

「ああ、戦乙女エルル。人間のエダではない、天界から降臨した本当の戦乙女の意思。それが彼女だ」

「そう……。やっぱり女神フレイヤの「それで貴方の目的は、達成されるでしょ?」って言葉は本当だったんだね」


 目的は達成された? そういえば皇都レイキャヴィークで戦乙女スルーズ様と初めて謁見した時に言っていた。


 癒しの象徴である戦乙女のそなたなら、本来の力を取り戻せば癒せるのではないか? と。


 つまりは、元々エダにはウルズちゃんとトキハを救える権能を秘めていたのだ。

 だがそれには戦乙女エルルが完全体となる必要があった。俺はエダに言ったものだ「変な事だけは考えるな」と。彼女の性格からして、自分を犠牲にしてでも彼女達を救おうと思いかねないからだ。


 けど、そこまでの結論になってスクルドさんの考えが俺にも読めてきた。つまり世界樹の蜜酒(ミード)が一人しか助けられないなら、一人(エダ)の犠牲で二人を助けようとしたのだ。

 あのウルズちゃんの性格からして、トキハを見捨てて自分だけ助かるなんて決断は出来ないだろう。仮に血毒病が完治したとしても、ウルズちゃんの心には姉の友人を見殺しにしたという十字架が生涯、残り続けることになる。それにエダならミズガルズに帰国したと言っても違和感はない。そんなスクルドさんの思いやりの(こも)った悲壮な決断を理解できた。出来てしまった。


 こんなところでも俺は日本人なんだなと呆れてしまう。どんなに悲しい現実でも、落ち着いてしまえば妙に冷静になれる自分がいる。

 スクルドさんにとって、第一に助けなければならないのはウルズちゃんだ。その順番だけはセッパ家の長女として、愛する妹を優先するのは当たり前。


 けど、……でもっ!


 八方塞がりな空気が周囲に立ち込める。

 スクルドさんが危惧した状況に、俺達はまんまと(おちい)ってしまった。誰かを犠牲にしなくては誰かを助けられない。でもその手段さえ、もう限られている。戦乙女エルルが覚醒し、女神フレイヤに連れ去られた今となっては、一人だけでも助けるために向かうしかないのだ。


 ミーミルの泉に。


 たとえ、最上の結果が得られないとしても。


 最悪の結論だった。でも、だからこそ。スクルドさんは今、この時に告白してくれたのだ。


 どうする? 何か別の道はないのか。何か…………!


 その時。

 沈黙を続ける俺達の耳に、ガタンッと建付けの悪い玄関の扉が音を届けた。


「――っ!」


 反射的に身構える俺達。もしかしたら、その女神とやらが戻ってきたのかと警戒する。

 だが、俺達の前に現れたのは――――。


「なんじゃなんじゃ。毎度毎度、お主等は会うたびに重い空気を出しておるな」


 この聞き覚えのある声、そしてどこか俺の故郷を思い出す口調。


「ス、スルーズ様?」


 このムスペルス大陸の守護者にしてドベルグル皇国の戦乙女。


 スルーズさんの姿があった。 

最後までお読み頂きありがとうございました。

このペースだったら今月中には2部2章が終わるかな。

ん? 一体、全何話になるんだ!?


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