第30話 現実逃避
毎日投稿26日目。
第30話をお送りします。
今回は錯乱したコウキ君の心情を表現するため、彼の思考が二転三転します。
ちょっと読み取りづらいかとは思いますが、ご了承ください。
目の前の出来事が本当に真実なのか、アタイは自分の頭を疑い始めていた。
確かに、怪しいと思ってはいた。
滅多に人が近づくこともない魔の森の中心部に存在した、熊人族の男達が一夜の宿にするためだけの作業小屋。その空間すべてが異常な雰囲気に包まれていたのだ。
まず最初に怪しかったのは作業小屋の周囲に広がる庭先。つい最近、誰かが来たかのように雑草が綺麗に刈り取られ、整備されていた。
次に怪しかったのは作業小屋そのもの。アタイ等が炎竜の魔の手から逃れるため、灰捨て場に隠れている間に小奇麗な貴族風別荘に早変わりしていた。
トドメはアタイ等のことをまるで覚えていないコウキ君。まるで長年付き添った夫婦かのように、この別荘の女主人と仲むつまじく暮らしているじゃないか。
これほどの変異が立て続けに起きれば、怪しいなんて話でさえない。怪しいを通り越して冗談かと思ったほどだ。
それなのに、ヴェルやパンちゃんはあっさりこの女主人に懐きはじめた。パンちゃんは無理もないとしても、ヴェルに関しては我が妹ながら頭が痛くなる。もうちょっと警戒心ってものを持ってもらいたいもんだ。
でもしばらく滞在してみると、なるほど。二人がこの魔女に懐くのは、本人だけの責任とは言いがたいと思うようになったのだ。
なんというか……。この感覚を表現しづらいのだが。この別荘の空気が、とにかく甘ったるいのだ。
まるでこの偽りの新婚夫婦の空気が、別荘全体に伝染しているかのように。もう、妙に暖かく甘ったるい空気がアタイ等の緊張感を解きほぐしてゆく。あのエダちゃんでさえ、敵地であるココで居眠りするほどだった。
こりゃあ、アタイだけでもしっかりしないとね。と再度、気合を入れなおしたものだ。
だがここまで用意周到に舞台を用意した魔女は、中々尻尾を見せてこなかった。随分と用心深いじゃないかね。
と、あの時は思っていたのだが。
今になって考えてみると。アレは女神フレイヤの余裕がなせる、お遊びの劇だったのだと痛感させられた。あのクソッタレな女神様は、自分が主人公となった劇をただ楽しんでいただけなのだ。
熊人族の肉を食べさせたのも、おそらくアタイ等の反応を楽しむためだろう。その証拠に、エダちゃんが肉の正体に気付くと、森の魔女はアッサリと女神フレイヤという正体を暴露させた。
まるで不意打ちするまでもない、とでも言いたいかのように。
そこから先の出来事に関しては思い出したくもない。まったくもって情けないことに、アタイとヴェルは何の役にも立てなかった。
あれだけエダと、何よりも熊人族の幼女となったパンちゃんが、コウキ君を目覚めさせるために奮闘したというのに。ただ、その光景を見守ることしか出来なかった。
あの戦場はもはや、下界の人間が入り込めない領域にまで昇華されていたのだ。戦乙女としての力を爆発させ、その一撃に全てを籠めたエダ。そして、その攻撃を避けもせずに無効化させてしまった女神フレイヤ。
天上の戦とは、正にコレのことか。
アタイは呆然とその光景を見つめ続けるしかなかった。
女神フレイヤの手が、エダの胸の中に消え。
彼女の魂を抜き取る、その時まで。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なん、だよ。……一体。何言ってんだよ、スクルドさん」
エダが、……死んだ?
スクルドさんの口から出た言葉を、俺の脳はしっかりと受け入れることが出来なかった。
信じられない、信じたくない。
そんな言葉が、俺の白濁とした意識の中でぐるぐると駆け巡っている。
だって、エダは強い。
それは俺自身が誰よりも良く知っている。シグムント王と対峙した時も、戦乙女ヒルドと対峙した時も。彼女は幾多の苦難を前にしても、俺と一緒に乗り越えてきた。
今回だって、最後は皆で一緒に笑い合うんだと。そうなる未来は確定しているのだと。俺はそう信じていた。
「嘘、なんだろ? きっと、あの台所辺りに隠れているんだろ? ……こんなドッキリ、趣味が悪すぎるぞ?」
スクルドさんは何も答えない、口も動かしてくれない。なんだよ……、スクルドさんの演技力は分かったから。さっさとネタバレタイムにしてくれよ。
この事態を信じられない俺の耳に、遠くから嗚咽を漏らす音が聞こえてくる。この声、臭い。ああ、ヴェルのヤツか。……あの正直者が、これほどまでに迫真の演技を見せるなんて。
もしかして、本当なのか? 嘘なのか? ……俺の望む答えなんて分かりきってるだろ?
頼むから、誰か、嘘だと言ってくれ――――。
この部屋に広がった無言の空気と嗚咽の響きが、いやおうなしに現実というものを俺に突きつけていた。この場に居る誰もが、絶望という二文字を顔に浮かべてうな垂れている。
それでも自然と、身体が動いた。茶色に変色した布団をどかし、自分の両の足で立ち上がる。そうだ、この身体は万全の状態だ。
なら、ならっ。
今からでも助けに行けるじゃないか。
俺には記憶がないけど、そんなに修羅場だったのならスクルドさんやヴェルが勘違いしてしまった可能性だってある。
ほら、そこの扉を開けたら。
元気な彼女が立っているかもしれない。
何時もどおり、困った顔で。
「今日もお寝坊さんですか? コウキ」
なんて言うんだ。それで俺が慌てて謝りながら朝食の手伝いに入る。うん、それが何時もの光景であり、俺達の日常だ。ヴェル達子供組が起き出すまでに、準備を進めないと。
「スクルドさん。ちょっとこの子をお願いしますね」
俺の胸の中で眠る、パンをスクルドさんに抱いてもらう。
「まちなよっ! ……何処へ行く気だい?」
何処って、なぜ彼女は当たり前のことを聞くのだろう。
「もちろん、薪拾いですよ。もうすぐエダが水を汲んできてくれるでしょう? なら俺は、俺の仕事をしないと」
そうだ、今日は珍しく早起きしたヴェルが獲物の肉を捌いてくれている。ほら、その台所奥で夢中になって作業しているだろ? いつもは寝坊して大慌てで行くくせに、珍しいこともあるもんだ。
やれやれ、今日は立場が逆転してしまったな。さあ、行こう。
あれ? 身体が前に進まない。
不思議に思って後ろを振り返ると、スクルドさんが俺の左腕を掴んでいた。
「……どうしたんですか? 早く準備しないと、いつまでたっても温かい朝ご飯が食べられませんよ?」
「…………もう一度、言うよ。エダは、エダちゃんはいない。水を汲みに行ったわけでも薪を拾いに行ったのでもない、死んだんだ。女神フレイヤに魂を抜き取られたのを、アタイ等はこの眼で見た」
またまた~。もう、その冗談は聞き飽きましたよ。
そもそも誰ですか? その女神様って。
とでも言いたげな表情を浮かべてみる。
だがそんな俺の偽りの仮面は、スクルドさんの悲哀な表情にかき消された。
「本当に覚えてないのかい。最後の一瞬、君は正気を取り戻したはずだ。見えてなかったのか? 君の隣に立つ、黄金の女神を」
俺の隣に立っていた黄金の女神様?
意識がわずかに現実の記憶を取り戻してゆく。楽しく、幸せな生活を送っていた。俺は、愛しい人と暖かくも幸せな生活を送っていたはずだ。
あれ?
その人って、エダだったか? 俺の隣に居たのは誰だ? その人が女神様だったのか? そういえば、パンも俺の足に抱きついてなかったか?
……それからどうなった?
俺は一体、何をしていた? エダの悲しい顔を見つめていなかったか? それで、彼女の胸から光り輝く何かが取り出されるのを、見ていなかったか?
それで、それで俺は。その女神の声を聞かなかったか?
「愛の女神様はお優しいから、敢闘賞のおまけをあげましょう♪ こっちの子は返してあげる。でもでも、後でちゃんと迎えに来るからお利口さんで待ってるんだぞ?」
それでそれでそれで――――。
――――グッ!?
俺の脳が唐突に拒否反応を起こした。
ダメだ、それ以上思い出すなと警告している。それ以上はお前が耐えられないと、この悲劇に心が耐えられないと。
さっきまで快調だった俺の体が震えだす。
思い出さなければならないと感じる俺の意思と、壊れてしまうから思い出すなという理性が、せめぎあっている。
それでもこれだけは思い出した。
俺の知るエダは、もういないのだと。そして俺はそんな彼女を、何もせずに見捨てたのだと。
頭が、痛い。身体に、力が入らない。
カクンとその場に膝をついてしまった。慌ててスクルドさんが手を差し伸べてくれる。でも、俺が待ち望んでいるのはこの健康的な褐色の手ではない。
あの白磁陶器のような真っ白な肌の、毛穴さえ見えないようなきめ細かな腕の、これまでいつも隣に居てくれた相棒の手を待ち望んでいるのだ。
俺達の冒険は、こんな所で終わってしまうのだろうか。
永遠に続くと思っていた、俺達の旅が。こんなところで。
そして今。
なんで、俺は涙を流すことさえ出来ないんだろう――――?
最後までお読み頂きありがとうございました。
この暗い雰囲気も明日のお話で最後です。ここで思いっきり凹んでもらって、それから立ち上がってもらいましょう!
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