第21話 灰かぶりの少女達と女神様
毎日投稿じゅうろくにちめっ!
第21話です。
今日はお休みなので早めの投稿となります。この週末でストックを増やしたい……。
視界が舞い散る灰で真っ黒になったり、真っ白になったり、とにかく忙しい。
しかし、意外と灰の海の感触は悪くなかった。まるで、雲の中に飛び込んだかのようだ。だが口に入ってくる灰の味は、最悪の二文字に尽きる。
私の新しい戦装束はドワーフ一の鍛冶師スズリさんの手によって、五感鋭敏化の特殊効果が付与されている。より遠くの物を見、聞き、嗅ぎ、感じることができる。この小屋の中に入る前にこの装束を顕現し、異常が無いか確認したのはそのためだ。
だがこの装束を身につけたがために、今の私は味覚さえも鋭敏化されている。スズリさん曰く食事に毒を盛られても簡単に判別できる優れものらしいが、今は暖炉で燃え尽きた灰の味を存分に味わっている。
「最悪ですっ、もう」
思わず悪態をついてしまう。
だが、決して大声を上げたわけではない。せっかくこんな思いまでして隠れ潜んだのに、炎竜に見つかってしまっては元も子もない。
そんな理屈を、生来の天真爛漫さで我慢できない子もいる。
「ぷはっ! 煙たっ、――っ!!」
「クォっ、――っ」
もちろん、ヴェルちゃんとパンちゃんだ。
私とスクルドさんはアイコンタクトさえ不要の見事なコンビネーションで一人と一匹の口を塞いだ。ちなみにスクルドさんはエダちゃん、私はパンちゃん。
「……静かにしなっ。もしバレたら、あんなボロい扉なんて一瞬で焼かれちまうよ」
スクルドさんが低く、小さい声で注意を促した。
ここは地下の灰捨て場なだけあって、音を吸収する布なんて有るわけもない。これくらいの声でも十分に聞こえる。こんな煤だらけの石部屋に炎竜の炎が来ようものなら、私達は全員こんがりとした、かまど焼き肉になってしまう。
しばらくの間、無音の緊張感がこの場を支配する。
あの咆哮の大きさからすれば、炎竜はもうすでにこの小屋の前に姿を現していても不思議ではない。ここが私達の正念場だった。
…………………………………………。。。。。。。
地響きが、地面が震える感触が、私の聴覚と触角に響いてくる。
……来た。
スクルドさんの方へ視線だけで、この状況を説明する。まだ知り合って日の浅い私達だけど、スクルドさんの感覚だって並じゃない。この視線だけで私が何を言いたいのか分かってくれている。本当に頼もしい人を味方に出来たものだ。
この関係を長く続けていくためにも、この窮地を脱しなくては。
「ウウウウウ……」
周りの皆には聞こえていないだろうけど、私には聞こえる。これは炎竜の唸り声だ。すぐそばに、あの怪物が居る。もし見つかってしまったら只ではすまない。
もし私だけなら、戦乙女の身体なら耐えられるかもしれない。だがいくら強くても、他の皆は私と違って下界の身体を持つ者だ。一方の炎竜は天界の住人ではないにしろ、この下界最強の生物。
たとえウルズちゃんとトキハちゃんを無事助けられても、スクルドさんやエダちゃん、パンちゃんを亡くしては意味がない。
(いざとなれば、私が炎竜の囮役をしなければ……)
戦乙女の私なら多少怪我を負っても死にはしない。みんなが負傷するより、何十倍もマシだ。
パンちゃんの頭を抱きかかえながら、灰捨て場の扉の下に陣取る。あの扉が焼け落ちたら、何時でも飛び出せるようにっ!
そんな覚悟でいる私に、予想外なところから予想外な衝撃が襲ってきた。
ぱこんっ。
「いたっ」
私の無防備な後頭部に、遠慮のない、だが優しい衝撃が走った。驚いて後ろへ振り返ると、スクルドさんの厳しい顔とヴェルちゃんの心配そうな顔がある。
一人で、無茶な真似をするんじゃないよ――!!
スクルドさんが瞳だけで私にそう、語りかけてくる。
さきほどから行っている視線すら合わせない意思疎通よりも、より強くスクルドさんの心の声が聞こえてきた。
その優しい平手打ちに、私の覚悟は心の中で音を立てて崩れ去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
…………もう、どれくらいの時間が経過しただろうか。
私の新しい装束の効果をもってしても、すでに炎竜の気配を感じることはできない。だが、それでも今だPTのリーダー的役割を担ってくれている、スクルドさんからOKの合図はでていない。
その理由は、私にも理解できた。
竜種という存在は、天界の神々にも匹敵するくらい不可思議な存在だ。先ほどから私が神経を研ぎ澄ましている以上に、竜種は不思議な感覚を持つ。
魔の森に入った私達が襲われたのだって、別に炎竜は待ち構えていたわけではないだろう。おそらくは、自分の寝床からでも私達が魔の森に侵入したことを感知したのだ。
慎重に、慎重を重ねるくらいで丁度良い。
かの最強種と渡り合うには、それくらいの覚悟と冷静さが必要だ。
ふと、灰捨て部屋の天井を見上げる。
普通の人なら見えないほどの暗さだけど、今の視覚が強化された私なら壁石に染み付いた煤の濃淡まで見分けられる。まあ、今そんな細かな違いが分かっても意味は無いのだけど。
自分の意味の無い行動にため息を付いていた私だったのだけど、ふと、ある場所に違和感を覚えた。
――――部屋へと戻る扉が……、変わっている?
一瞬、見間違いではないかと我が眼を疑ってしまう。
けど、決して見間違いなんかじゃない。この灰捨て場に飛び込んだ時は古ぼけて穴さえ開いていた扉が、今見ると綺麗に塗装されたカバの木の板が隙間なく張られた新品のような扉へと変わっている。
「……スクルドさん、こちらへ」
「ん、なんだい? 念のためにもう少し……っ!」
異常に気づいた私は、スクルドさんを呼び寄せる。……どうやらスクルドさんも気付いてくれたみたいだ。
「……どういうことだい?」
「分かりません。私だって、つい先ほど気付いたのです」
「外の庭といい、突然貼り変わる扉といい。この小屋は幽霊屋敷かねえ?」
おどけながらも、スクルドさんは難しい顔を見せながら考え込んでいる。たっぷり数分間は思考の海へ潜っていたのだけど、決意したかのように顔を上げた。
「よし、外へ出てみよう」
ヴェルちゃんを解放して、ゆっくりと外へと通じる扉へ近づいてゆくスクルドさん。どうやら一番手を買って出るつもりらしい。
「待ってください。先に私が行った方がっ」
私の頑丈さならどんな不足の事態が起きようとも、最悪の事態は避けられる。そう思ったのだが、ニヤリとした笑顔で止められてしまった。
「こういう時に先陣を切るのが、年長者の役目ってね。お姉ちゃんに任せなさいっ」
そう頼もしく宣言すると、スクルドさんは扉を押す手に力をこめた。
灰捨て穴から脱出した私達は、その先の光景を受け入れるのにひどく時間をかけてしまった。
なぜならあれほど猟師の作業部屋という表現が似合っていた小屋の中が、まるで貴族の別荘のような豪華な内装へと変わっていたからだ。
あれだけホコリが積もっていた暖炉が勢いよく薪を燃やし、穴だらけの床は先ほどの扉と同じくカバの木の板ですっかり綺麗に張りかえられている。
いや、そんな次元の話じゃない。
いくら綺麗に改装したからといって、ただの作業小屋がこんなに立派な部屋に変貌するはずがないのだ。
「あら? 今日は面白いところからお客様がいらっしゃったわねぇ」
全身を灰だらけにした私達の耳に、とろけてしまうような甘い声が届いた。
とっさに距離を取ろうとしたスクルドさんだったが、背後は高級そうな窓の着いた壁があるだけだ。この広くない部屋に逃げ道など何処にもありはしない。
「アンタ、誰だい?」
スクルドさんが短く、そして簡潔に問いただす。この質問は私達全員、共通の疑問だ。だが目の前に現れた女性は気分を害した様子もなく、朗らかに答えた。
「始めまして、私の名前はヘイズよ。私達の家にようこそ、可愛らしいお嬢さん達」
ニッコリと微笑みながら自己紹介をしてくれたヘイズさんに、私達は呆気に取られてしまった。まるで敵意がない笑顔だ。いや、敵意がないなんて話でさえもない。この人には私達を警戒する心が一切、ない。あちらからするならば突如、部屋の中へ進入してきた不審者であるというのに。
「あらあら。貴方達、灰捨て場で遊んでいたの? ダメよ? せっかくの可愛らしい顔だ台無しだわ」
そのヘイズさんの声は、幼いわが子を想う母親の声そのものだ。ゆるくウェーブがかかったセミロングの黄金の髪は、離れ離れになってしまった相棒を思い出させる。
その美貌だって、とてもこの世の女性の美しさとは到底思えない。白磁陶器のような真っ白な肌に、大きく真っ赤な瞳。悔しいがスタイルだって私如きが対抗できるレベルを遥かに超えている。こんな状況でなければ女神様だと思い込んで跪いていただろう。
……くそっ。私は自分の体形を見下ろしながら、静かに敗北を悟った。
「変な場所からの突然の訪問を、どうかお許しください。私の名はエダ=ヴォルヴァ=ジャーリと申します。どうかエダとお呼びください」
「あらあら、ご丁寧にありがとうね。エダちゃん」
とりあえず、目の前の御方に敵意は感じない。
私の名乗りにも穏やかな笑顔で迎え入れてくれている。ならば無用な争いは避けるべきだ。私に続き、他の皆も次々と自己紹介を済ませていった。
全員の自己紹介が終わると、ヘイズさんは自身の胸の前で手を叩き指示を出してきた。
「さあさあ、まずはお風呂に入りなさい? 綺麗になったらお近づきの印に、私自慢のシチューをご馳走しちゃうわよー」
そうヘイズさんに言われて、今の自分達がどんな有様になっているのかを改めて思い出す。せっかくスズリさんが新調してくれた戦装束も、灰の海に潜っていたせいで酷い有様だ。髪だって灰に水分を吸われてしまってカサカサだし、大掃除の最中でもこれ程までにはならないほどに身体中が汚れている。
さすがにこの格好は恥ずかしいし、この綺麗な部屋に灰を散らすのは申し訳ない。
「お言葉に甘えさせて頂きます……」
「はい、どうぞ甘えてくださいな」
恐縮しながらも私が口にした言葉に、このヘイズさんという女性は楽しそうに言葉を返してきたのだった。
最後までお読み頂き有難うございました。
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