なろう小説の依存症対策
「なろう小説は、有害だぞ!」
国家平和維持部隊の隊長らしき人物が、俺にメッセージを送ってくる。
俺は、周囲いっぱいを国家平和維持部隊に囲まれ、もはや逃げ道すらなかった。
俺は高名な大学病院の屋上で、なろう小説を排除しようとする国家平和維持部隊と戦っていた。
一緒に戦っていた、なろう小説作家のメアリー先生も、国家平和維持部隊のテンプレート禁止弾に倒れてしまう。
世の中のなろう小説作家は、もう俺一人だけだろう。
構築したバリケードはそう簡単にやられるものではないが、迫りくる国家平和維持部隊に対してはもう長くは持たない。なろう小説作品を積み上げてこしらえたバリケードの一部、『ハイファンタジー・ローファンタジー』が崩壊し始めた。なろう小説の花だが、この大勢の前には屈するしかないだろう。
いよいよヤバイな、俺はそう思いながら、『恋愛』成分入り催涙ガスを、部隊に投げつけて悪あがきをする。
どうしてこんな事になったのか、それは10年も前に遡る。
◇◇◇
10年前、世界中の人々は、なろう小説が大好きだった。世界では、なろう小説が真の文学として認められていた。
なろう小説を読む事は幸せだった。なろう小説を読むと、すばらしい冒険の世界や頼もしい仲間、魅力的なヒロイン達と過ごすことができた。作者の世界を冒険して、頭の中で妄想して、幸せを与えてくれる大変すばらしいモノであった。
しかしある日を境に、その価値観がひっくり返ってしまった。
なろう小説嫌いの学者が、『なろう小説の依存症問題』という論文を発表し、多くの学者たちが支持してしまった。
この論文によると、なろう小説から幸せを感じる事は、有害な脳内麻薬が発生してしまうという。なろう小説には、強い依存性と習慣性があり、タバコや麻薬よりも危険だと主張していた。
この発表により、なろう小説に対する世論は嫌悪に傾いていった。
なろう小説は、差別し始められていた。新しい作品が書籍化されなくなっていき、書店のなろう小説コーナーも縮小されていった。
マスコミによる印象操作により、なろう小説は最低で有害なモノと報道が続いた。
困ったことに、『禁なろう小説外来』なんて診療科が病院で作られてしまい、なろう小説の辞め方まで指導されるようになってしまった。
俺は、なろう小説を辞めるなんて、バカげた話だと思った。
なろう作家の俺は、なろう小説が大好きで、毎日作りたいし、読みたいと思っていた。
なろう小説の肩身が狭くなってしばらくした頃、とある医者が、とんでもない発表をした。なろう小説を読んだ時に、幸せを感じられなくする手術を考案したという。その名も、『なろう小説の依存症対策手術』だ。
医者達は国会議員へ働きかけて、なろう小説を禁止し、手術を実施する事を推奨する『なろう小説の依存症対策法』を、成立させてしまった。
真の文学と呼ばれていた、なろう小説がついに禁止されてしまった。
なろう作家たる俺は、なろう小説のポジティブなイメージを作品に込めて発表したが、まったくの無意味だった。なぜなら作品を読んでくれる読者が、殆どいなかったからだ。
そうしていよいよ、この手術を受けていない人間が、国家や世論に弾圧され始めていた。
なろう小説を禁止するために、国家平和維持部隊も結成されてしまった。
この法律に対する反対運動を起こしていた作家や読者達は、国家平和維持部隊に連れていかれ、なろう小説で幸福を感じなくなる『なろう小説の依存症対策手術』を実施されてしまった。
ついには国家平和維持部隊が、世の中に出回っていた、なろう小説の検閲まで始めてしまった。
俺の発表した作品も燃やされてしまった。世の中から、なろう小説は、殆どなくなってしまった。強いて言えば、なろう小説を批判した作品だけが、検閲を逃れ、生き残っていた。
そんな世知辛い世の中であったが、幸運な事になろう小説の隠れファンが、俺を匿ってくれた。
そのファンは、病院の院長先生であり、経営している病院になろう作家たちを集めて匿っていた。
なろう作家のメアリー先生ともこの病院で知り合った。病院でのメアリー先生との小説のやりとりは、大変楽しいものだった。メアリー先生に小説を発表し、感想をもらう。メアリー先生の小説を読み、評価する。なろう小説がそこにあった。
作家のメアリー先生と交流を重ねるうちに、作家として辛い話を聞いた。
それは、なろう小説の検閲の方法で、題名と最初と最後の一文だけを読んでいるらしいということだった。
確かに、なろう小説で幸せを感じられないのだから、中身を読まずに検閲するのかもしれない。それにしても、一生懸命書いた小説を、そんな風に検閲するなんてひどい話だと思った。
俺が病院で隠れて執筆活動に勤しんでいる間も、弾圧と手術は収まる勢いを知らず、日本国民の99%が、なろう小説で幸せを感じなくなった。
それでも俺は、なろう小説を愛していた。
そうしていよいよ、小説をこっそり書き続けた俺が、御用になる時が来た。
院長先生が国家平和維持部隊に、目をつけられていたようだ。院長先生はそのまま捕まってしまったが、俺とメアリー先生を屋上まで逃がしてくれた。
俺達が逃げ込んだ屋上には、大量のなろう小説が隠されていた。
◇◇◇
こうして、なろう小説でバリケードをこしらえて、国家平和維持部隊に対抗するに至る。
俺は国家平和維持部隊に、たくさんの幸せを感じさせてくれた作品群を投げつけるが、もう限界だ。
もうじき俺は、国家平和維持部隊に捕まってしまうだろう。
最後の時だ、俺には為さねばいけない事があった。
それは俺の最後の作品、――『なろう小説の依存症対策』と銘打った――、最後の一文を、書き切る事だ。
批判的で、しかも美しく。
ついに俺は、小説の仕上げとなる最後の一文を、大事にしている作品ノートに書きあげた。
「なろう小説は有害です。健康の為、読みすぎに注意しましょう」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
下の欄にございます評価ポイントを是非とも押してください。感想もお待ちしています。
次回作への励みになります。