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5周年記念掌編集

『雷鳴ノ誓イ』記念掌編

作者: 九条智樹


「ねぇミー君」


「嫌だ」


 内容すら聞かない即答があった。

 ――窓辺ですらじりじりと肌を焼くような日差しだったが、空調完備の教室内ではその猛威は振るわれない。そんな夏の昼休みのことだった。

 弁当を食べながら一切を拒否する高倉柊哉と、その態度にむぅっと頬を膨らませる鹿島メイとが睨み合っていた。


「まだわたし何にも言ってないよ?」


「お前の提案はろくなものがないから一切合切嫌だ」


「その全否定はさすがのわたしも傷つくよ!?」


 涙目になるメイをよそに、柊哉は黙々と弁当を食べ進める。――が、その程度であの鹿島メイがめげるはずもない。


「今日の夜、夏祭りがあるでしょ?」


「……なぁ、もう既に俺は拒否してるのに、その先に進める意味あるか?」


「二人でお祭り行こうよ」


「嫌だって言ってるだろ……」


 話を聞かなかった腹いせか、メイの方も一切話を聞こうとはしない。全く以て不毛なやりとり甚だしいが、これが柊哉とメイのいつもの光景だった。


「いいじゃんかぁ。可愛いメイちゃんのお頼みだよ?」


「カワ、イイ……?」


「そこで首をかしげないで!!」


 心外そうに異議を申し立てるメイだが、柊哉は半ば以上本気で疑問符を浮かべていた。

 彼らの職業はソレスタルメイデン。天装と呼ばれる超常現象を再現し、支配する特異な武装を手に治安維持を行う者だ。――正確に言えば、メイは既にプロ資格を有し、柊哉の方はそれを目指す一回の高校生ではあるが。

 そんな柊哉が覚えているメイの姿は、どれも彼女のブーツ型の主力天装――雷帝(らいてい)建御雷(タケミカヅチ)で戦うものばかり。流麗な舞いのような動きに見とれたことは少なくないが、根本的に可憐なのは『戦闘』であり、メイ自身への評価とは別物だ。


「あ、あれ、いつもの意地悪でなく、もしかして本気でミー君はわたしのことを……?」


「正直、子供の頃から一緒だし……」


「まさかの眼中にない!?」


 真剣にショックを受けたらしいメイが、がっくりとうなだれる。彼女の食べかけのパンまでしなびているようだった。


「……まぁ可愛いかはともかく、元気出せよ」


「うぅ……。ミー君が微塵も慰める気がない……。もうこれはこのまま泣き腫らした顔で授業に出てクラスメートに慰めてもらうしかない……」


「それ俺を悪者にする気だろ、お前……」


 若干の脅迫混じりの泣き言に、柊哉は辟易をため息で吐き出し、諦めて声をかける。


「分かった分かった、夏祭りに行ってやるから、元気出せって」


「ホントに!?」


 ガバッと顔を上げるメイの表情は、もう欠片の憂いも残っていなかった。――と言うより、そもそも嘆いていたこと自体が演技だった節がある。


「……乗せられた気がする」


「今さら撤回はナシなんだからね! 六時に駅前に集合ね!!」


 撤回の余地もなく言うだけ言ってメイは勢いよく立ち上がり自分の席へと戻っていった。


     *


「――で、その時間の前に俺を呼び出した訳か」


 祭りの屋台の傍でたこ焼き片手にため息をつくのは、月山(つきやま)貞一(ていいち)。柊哉やメイの幼なじみの同級生だった。


「わざわざ二人きりで行く意味もないし、だからってはじめから他のやつ誘うと文句出そうだし『さっきそこでばったり会った』という体で行こうかと」


「まーいいけどよ。俺もこのたこ焼きで買収されたわけだし。ただ、それでメイの機嫌が悪くなってもお前の責任でどーにかしろよ」


「分かってる分かってる」


 適当に答えて、柊哉は時間を確認する。まだメイトの待ち合わせには随分と余裕がある。


「男二人でもう少し遊んでいくか?」


「いーけど、全部お前のおごりな」


「……まぁ、今日はしょうがないか」


 責任云々は柊哉が、と言っているが、それでもメイがそれで納得するかは別だ。貞一にまで当たる可能性は低くない以上、それくらいは仕方ないだろう。

 それから、待ち合わせ時刻が近づくギリギリまで屋台を巡っていく。

 小学生くらいの頃はどれもこれも楽しそうで、美味しそうで、何時間でもいられそうなほど目を輝かせていたが、高校生くらいになるとそれも落ち着いてくる。

 何が目的であるでもなく、ただぶらぶらと歩く。


「お、射的あるな。やるか?」


「やらねぇよ……。あれどう考えても倒せないだろ」


「ソレスタルメイデンで射撃の訓練してるし、案外出来るかもしれねーだろ。それに、あの子すげー取ってるし」


 そう言って貞一が指さした先には、なるほど確かに山のような景品を脇に置き、店主が真っ青になるのも構わずパンパンとリズムよく的を倒し続ける少女の姿があった。


 ――と言うより。


「あれ、シノじゃん……」


 柊哉たちの同級生にして狙撃の名手がそこにいた。


「――あぁ、高倉柊哉。こんばんは」


 シノが柊哉たちに気付き挨拶をする。目線すら外しているというのにその状態で引き金を引き、放たれたコルク栓は見事ドロップの缶を落としていた。


「何してんだ、お前。夏祭り大好きだったのか?」


「嫌いではありませんが、それが目的ではありません。精度の低い銃の方が外的要因を大きく受けますから、狙撃の訓練になりますので」


「……それでこんなに景品取られちゃ、店も商売あがったりだろうな」


 なにせきちんとお金を払って射的の権利を買っている。何のイカサマもされていない以上文句も言えず、店主は泣きそうになるのを堪えながらコルク栓の行く末を見守るばかりだ。


「……ほどほどにな」


「えぇ。――それと、先ほど駅の方で鹿島メイの姿を見かけました。あなたを探しているのでは?」


「……結構時間あるはずなんだが、早いな」


「それほど楽しみにしていたと言うことでしょう」


「それ、俺が着いていくのすげー怖いんだけど」


 とは言え、そんなことを言っていても仕方がない。いくら柊哉と肩を並べられるほどの強さがあるとは言え、女の子だ。あまり一人で放置してはいけないだろう。


「じゃあ、悪いけどあいつ迎えに行くから」


「えぇ、また」


 簡単な挨拶を交わし、柊哉はシノと別れて駅へと向かった。

 ふとそこで誰かとすれ違う。


「…………、」


 香水とも違う、よく分からない甘い香り。それはどこか懐かしく、けれど、詮索はせずにそのまま柊哉は歩いていった。



「……これで満足ですか?」


 面倒そうにため息をつくシノが、そのまま引き金を引く。

 コトンとまた景品を倒す彼女の傍に、人影があった。


「黙っててくれてありがと。優しいね、シノは」


 そのガラスのように透き通ったソプラノに眉根を寄せて、シノは僅かばかりの感情を乗せて睨む。

 黒髪の少女だった。そのガラス細工のような濃紺の瞳も、淡い桃色の唇も、空似すら許さないほどの絶対的な美しさを称えていた。


 斎藤(さいとう)(さおい)


 天装を用いる犯罪者――ファーレンの中で『王族狩り』という一派を率いた彼女が、何食わぬ顔で笑みを浮かべながら手を振っている。


「外に出られたのですね」


「司法取引って言うやつだね。まぁ色々と制約は多いけれど」


「……会わなくてよかったのですか?」


「いま会ったら柊哉たちも混乱するでしょう? まだ時期じゃないよ」


 そう言って彼女は曖昧に微笑む。


「それに、肩に背負ってたでしょ? それが見れただけで私は十分」


 彼女の視線の先には、もう柊哉の姿はないはずだ。だが、彼女はその姿を焼き付けているに違いない。

 高倉柊哉が肩にかけていたのは黒いバットケースだった。その中にあるのはおそらく、彼の天装である刀――雷帝・布都御魂(フツノミタマ)だ。

 一度は諦めかけたソレスタルメイデンになるという道。だが、それを背負っていると言うことは、また歩き始めたと言うことだ。


「……健気ですね」


「愛のために世界を敵に回すくらいだもの」


「……迷惑極まりないですが」


 呆れたシノの横で、葵は楽しそうに笑っていた。


「会えないけど、会わないけど、それでもまたみんなでこうして夏祭りにいるって言うのは、なんて言えばいいのかな。……うん、楽しいね」


 自ら手放してしまったその幼き日の光景を思ってから、儚げな笑みで彼女は夜空を見上げていた。



 夏祭りの待ち合わせとなれば、多くの人でごった返すのはもはや自然の摂理だった。

 これはメイを見つけるのも一苦労だなと、そう思っていた柊哉だが、それは杞憂に住んだ。


 一目で十分だった。


 薄紅色の浴衣の少女がいた。

 いつものツーサイドアップではなく、一つに編んでアップにした銀髪と、シャクヤクの柄のその浴衣がとても似合っていた。そこだけが、まるで別世界のような美しさを放つほど。

 見違えるようなその姿に見とれていた柊哉に彼女も気付いたらしく、その模様よりも華やかに笑顔を咲かせていた。

 カランコロンと下駄を鳴らし、鹿島メイは柊哉の傍に立つ。


「……あれ、なんで貞一がいるの?」


「俺は柊哉に誘われただけだ。文句は柊哉に言えよ」


「ミー君と二人きりっていう話だったんだけど。まぁいいか」


 存外あっさりと納得して、彼女は首をかしげる。


「それで、ミー君はぼーっとしてどうしたの?」


「……いや、なんでもない」


「わたしの浴衣姿に見とれちゃったかにゃ?」


「自惚れんな」


「扱いがひどい!!」


 ショックを受けるメイだが、それを訂正する気はあまりない。


「でも、なんで呆けてたの?」


「……まぁ正直、馬子にも衣装というか、見違えるなとは思った」


「ミー君はアレなの? いっかい罵倒を挟まないと満足に褒められないの?」


 不服そうにするメイはスルーして、柊哉は続ける。


「ただ、なんて言うかな。少し昔を思い出したんだ」


 こうして彼女の浴衣姿を見るのは、たぶん数えるほど。

 小学生くらいの頃に『みんな』で夏祭りに行ったのが最後だっただろう。

 それがどうしようもないくらい、痛いほど胸を締め付けるくらい、今にも泣き出しそうなくらい懐かしくて。

 だから、立ち尽くしてしまった。

 そんな柊哉の様子に慈愛に満ちた笑みを浮かべて、メイは呟く。


「…………また、みんなで来ようね」


「……いや、今年で十分だ」


 感傷に浸りながら、柊哉は少年らしくはにかんでみせる。

 柊哉がいて、メイがいて、貞一がいて、きっと、どこかに葵もいる。

 なんとなくそんな気がして、夏の夜の星空のように胸の奥が満たされていくようだった。


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