21話 加齢なる戦士の両親 ※挿絵
~トシの故郷 『ラスク』~
人口自体はガゼットに比べだいぶ小規模であるが建築物同士の間隔が広く、
空を遮るもののない牧歌的な解放感に包まれた町である。
木材や土壁を主軸とした家屋、名物は町の中心から湧き出る謎の温泉、
人種の割合的には人間が最も多いがそれ以外の種族も多い、
「三つ目の魔女」といえば迷惑な厄介者として町でも有名であったが
そのミツメが幸いなことに負傷で目が隠れていたためバレる心配はなかった。
そもそも知られているのは名前だけでその顔を知る者はいないのだが・・
「ふぅ、やっぱこの町に来ると安心するわー」
町に着いたと同時にクロが気の抜けた声で大きく背伸びした。
「そうですね」
「ジャック先生!?」
直後に壮年の男がジャックを見るや否や声をかけてくる。
「え?」
「おぉ、ジャック先生ッ! 帰ってきたんですか!」
「えぇ、たった今着いたところですが」
そしてジャックの名前に反応した年配者が次々と集まってくる。
「ジャック先生 【しばらく休業します】と張り紙があったので心配しましたぞ」
「先生、帰って早々申し訳ないんじゃが明日一番に診てもらえんかのぉ?」
「わしもお願いします、やはりジャック先生に診てもらわんとどうも調子が・・」
「す、すいませんご迷惑おかけして・・ 明日は通常通りに営業しますので」
町の者達から頼られるジャックを羨望の眼差しで見ていたヨモギが呟いた。
「わぁ、あんなに皆から頼られるなんて・・ え? ジャックさんって先生なんですか?」
「先生っていうかお医者さんね、 仕事で体を痛めた人とかがよく来るのよ
結構評判いいのよウチの弟の診療所は♪」
「へぇ~」
「お、お待たせしました、
急に3日も不在にしてしまったせいで皆さんに余計な心配をかけてしまったようで」
「3日か・・ そうね、たった3日間だったのよね・・
たった3日でアタシの10代が・・ フ、フフ・・」
またしても自分の年齢プレートを眺めながら乾いた笑いに浸るクロ、
早々に去ってしまった10代という傷は思った以上に深かったようだ。
「さ、さぁ、まずは家でゆっくり休みましょうよ、 あ、フレアさんに用事があるんでしたっけ?」
「あぁそうだったわ、 トシ、さっそくだけどアンタん家行ってもいい?」
「母さんなら居ると思うけどまずは家で休んでろよ、夕飯時になったら呼びに行くから」
「え、いいの♪」
「でもこの前も御馳走になったばかりですし・・」
「いやいや、2人が来ると父さんも母さんも機嫌が良いからさ、
それに今から4人分の飯を作るのも大変だろ?」
トシがそう言って魔女姉妹へと目を向ける、
ミツメとヨモギは今日はクロ達の家に泊ることになっていたのだ。
「すいません私料理ってあまりしない方で・・」
「わ、私は、ほら、今は目が見えんから・・ いや~ 惜しかったの~
目さえ見えればこの私が絶品なる夕食を振る舞ってやれたんじゃがな~」
「「・・・」」
言葉とは裏腹に漂う自信のなさへ白い目を向けるトシとクロ。
「やっぱ先にアンタん家に行くことにするわ
御馳走になるんならなおさらね、何か手伝えることがあるかもしれないし」
「ん、そうか」
塔への運び込みは明日行う予定であったため、まず一行はトシの家へと向かうことにした。
魔女姉妹もこのまま街をうろつかせる訳にもいかないので勿論一緒である。
この町まではトシにおぶられて来たミツメであったが、
「街中ではおぶらんでくれよ、さすがに恥ずかしい」
「俺もそんな勇気はないよ、地元でそこらじゅう知った顔だらけだし・・
とりあえず手で引っ張ればいいか?」
「っ! そ、そうじゃな・・ 手を・・」
「さぁ 姉さんここからは私が先導するから手を貸して、」
ぎゅっ
トシへと差し伸ばしたミツメの手をヨモギが横取りする、
なまじ傭兵としての役目を全うしたため変な使命感が漲っていたのだろう。
「お、んじゃヨッちゃん、そいつをよろしくな」
「ハイ、おまかせを♪」
「・・・・気の利く妹じゃのう」
~トシの実家~
町の風景によく馴染んだ見る者を落ち着かせるような平屋、
家裏には小規模の広葉樹林が広がっており、周囲には簡易な造りの小屋と畑が見て取れる。
ガチャッ
「あら?」
「お!」
「ただいま~」
扉を開け、ちょうど姿が見えた両親へと挨拶するトシだったが――
「まぁクロちゃん、ジャックちゃん、いらっしゃい♪ 3日もどこ行ってたの?」
「おぉ2人とも帰ってきたのかい、家に行ってもいないから心配してたんだよ」
「す、すいません何も言わず不在にしてしまって」
「フレアさん、ゲンジさん、ご迷惑おかけしました」
我が子のでかい図体など見えていないかのように、クロとジャックへの挨拶のみが返ってきた。
「さぁ中へどうぞ、母さん、2人の分もお茶菓子を」
「ハイハイ♪ 待っててね、今、甘いトーキビ団子作るから♪」
「いえ、そんなお構いなく」
「ちょっと挨拶に来ただけですから・・」
クロが唯一しおらしくなってしまう相手がトシの両親であった。
数年前、ジャックと共にこの町へと流れついた幼いクロ、
親もなくアテもない2人に実子と変わらぬ愛情を注いでくれた若い夫婦、
クロとジャックはこの2人に言葉では表せぬほどの恩を感じていたのだ。
今では実子以上に溺愛されてしまっているため少々戸惑いもあるのだが・・
「あ、なら手伝いますよフレアさん」
「あらそう? ならお願いしちゃおうかしら」
「ほら、ジャック君はこっち来ておじさんの話し相手になってくれ」
「あ、ハイ」
招く側、招かれる側、互いが心から寛げる暖かな和が広がっていた。
実子のトシを置き去りにして――
「・・・・」
「のう、目が見えんからよく分からんが、 ここはオマエの家なのか?」
「クロさんの家と間違えたんじゃないですかトシさん? ・・トシさん?」
魔女姉妹がトシへと声をかけるが返事がない、
普段から大雑把に扱われてはいたがまさか死に欠けるような旅から戻った後に両親から無視されるとは思っておらず、
トシは声を失い呆然とするしかなかった。
そしてヨモギが顔を覗き込み、
「トシさん? あれ? 泣いて――」
「ハハッ 泣いてないよ うん・・泣いてないよ・・」
今にも消え去りそうな声が儚く響いた。
「ん? あらトシ、居たの?」
「居たよ、最初から・・」
「おぉ、トシも居たのか・・ おや?」
両親がようやく我が子を視認できた頃、父ゲンジがトシの後ろに見える魔女姉妹に気付く、
「トシ、後ろにいる方々は?」
「あぁ、ちょっと旅先で知り合った人達で・・」
少々緊張しながらヨモギが自己紹介をする。
「ヨ、ヨモギと言います、初めまして、お邪魔します」
そしてミツメも、
「うむ、私はミツ――」
妹がちゃんと偽名で名乗ったにも拘らず本名を言いかけたミツメに対し、
トシが肘で突きながら何かを訴えた。
「あ! その、ミ・・ミツという者じゃ、よ、よろしく」
「あらまぁ、こちらこそよろしくねぇ、私のことはフレアおばさんって呼んで頂戴♪」
「ワシはゲンジといいます、そこの筋肉モヒカンの父をしております
え~と、お二人はガゼットから来られたのですかな?」
初対面で緊張していたヨモギも2人の温和な雰囲気に強張りが溶けていく、
しかしこうなると思わぬトラブルを引き当てるのが彼女でもあり・・
「ハイ、トシさんにお店でご指名を受けまして」
「「!?」」
フレアとゲンジ、そしてトシの表情が固まった。
当然ヨモギは傭兵としての事を言っていたのだが、魔女と知らない2人にとって彼女は普通の少女、
目が4つあろうが華奢なヨモギから傭兵を連想する事はまずありえなかった。
その上ガゼットは様々な欲を満たす店が軒を連ねる地域一の娯楽街でもあり、
「私未熟で、その、お金を貰っている立場なのに色々下手なトコロもあって・・
トシさんに満足してもらっているか心配なんですけど・・」
「ちょ、ヨッちゃん!?」
ヨモギの発言ひとつひとつが逆にソッチ系の店を連想させざる得なかったのだ。
「それでも優しく私の身体を気遣いながら使ってくれているトシさんには感謝しています」
「か、母さん、父さん・・ あ、あの・・」
「あ、でもココに来る前、森での1戦ではペース配分とかが上手くいったんですよ♪ ねぇトシさん♪」
「あ・・ うん」
「「・・・」」
つい数秒前まであった和やかな空気が飛散した。
ヨモギとしては身体を張ってまで守ってくれたトシへの感謝を両親の前で告げたつもりなのだろうが、
それがかえってトシ〝達〟ではなく〝トシ〟と断定して連呼する事となり、
全ての誤解がトシへ集中する結果を生んでしまったのだ。
幸いな事があるとすればクロが炊事場へと移動していたため不在であった事、
そして全てを知るジャックが少し離れた所に居た事だろう。
最も彼もヨモギの言葉に固まってしまっていたのだが・・
「あ、あのな・・ この娘は、」
「トシッ! お前クロちゃんという者がありながらッ!」
「ア、アイツは関係ないだろッ いや、そうじゃなくて、」
「へぇ、何か言い訳が、いえ、言い残すことがあるのかしら」
「ッ! あ、あるに決まってるだろ、いいか、よく聞けよ」
後ろめたい事など何もない、落ち着いて話せば分かってくれる、
トシが慎重に言葉を選んで話そうとした瞬間――
「う、うぅ・・ トシの両親よ、聞いて欲しい事があるのじゃ」
ミツメの嘘泣きと震える声が遮った。
「!?」
こちらはヨモギとは違い悪戯心100%である。
トシへの恨みは薄れてはいたが両親を前に慌てる姿が面白く、妹のつくった流れに悪乗りし始めたのだ。
「お察しの通り私ら姉妹はその男に金銭で買われた身、確かに良くはしてもらっております・・
しかし・・ しかしやはり買われた以上奉仕せねばなりませぬ、
当然の権利だとばかりに私らはその男のドス黒い欲求の捌け口として朝も夜も・・ うぅ・・
目の塞がったこの身では抵抗する事もできず・・ 幼い妹までもが・・
私はどうなっても構いませぬ、こういったことには慣れておりますゆえ、
じゃが・・ 妹だけは・・ 妹だけは・・ うぅぅ・・」
魔女とは思えぬ見事な大根演技。
ウチの親も流石にコレは信じないだろう、と呆れ顔を向けていたトシだが・・
「おい、冗談でも言って良い事とわグゥッ!?」
何か言っていた途中のトシを雑草の如く押し退け、母フレアが魔女姉妹を熱く抱きしめた。
「ゴメンね、もう大丈夫だからねッ! あぁ、こんな傷ついた娘や幼い娘にまで・・
安心して、あのバカは今すぐ捻り出すから」
「え?」
「あ、そうだ代わりにウチの子にならない? 絶対に幸せにするわッ」
「え゛!?」
そして父ゲンジが深刻な顔つきでトシの肩へと手をかける、
「トシお前、な、なんて羨ま、 けしからん事を・・ キサマッ それで父を超えたつもりかッ!」
「だから違うんだってッ ヨ、ヨッちゃん、もう一度事細かに説明をッ」
トシがヨモギに助け舟を求めたが返事が無い、
フレアの温かい抱擁に心地よくなり悦に入ってしまったようだ。
「~~♡」
その横では目が隠れているにも拘らず邪悪と分かる笑みを浮かべるミツメが、
「クク・・♪」
「あんの魔女めッ」
肩を握る手に力が入るゲンジ、そして眼鏡をクイッと上げながら詰問を続けた。
「トシ、どこまでだ?」
「何が?」
「あの2人とはどこまでヤッたかと聞いているんだッ!!」
「なッ!?」
変な興奮まじりの中年が激しく吼える。
「行為の内容次第では父としてキサマを屠らねばならん」
「ま、待て待て待て、本当に誰か俺の話を――」
「あの~」
「「!?」」
会話に入るタイミングが掴めずにいたジャックが恐る恐る手を上げると
フレアとゲンジは水を打ったように静まり返った。
「おぉジャック君すまない、見苦しいところを、」
「今から少し血が飛び散るかもしれないから、ジャックちゃんもうちょっと離れていたほうがいいわよ」
「いえ、そのですね・・」
その頃、炊事場では――
「なんかずいぶん向こうが賑やかね・・ っていうかフレアさん遅いな、何してるんだろ?」
前掛けの帯を結んだクロが待ちぼうけをくらっていた。
「――そんなこんなで、ミツさんとヨモギさんは自分達の仕事のため一時的に雇わせてもらったわけで
へ、変な目的のためでは決して無いんですよ」
ジャックに対して疑うことを全く知らない2人はこの言葉をすんなりと受け入れ、
あっという間にトシへの誤解は解けていった。
ヨモギを傭兵として雇ったと言わなかったのはそれを言ってしまうと自分達の呪いまで説明する必要があり、
変に心配をかけたくなかったからである。
「ほぅ、そうだったのか、 危うく嫉妬で息子に殴りかかるところだったよ、ハハッ」
「アハハ、人間にもてないから多種族の姉妹に手を出したのかと思っちゃったわ、
まー よく考えたらそんなことする度胸がトシにあるとも思えないんだけどねぇ」
「いやー ミツさんも人が悪い、おかげで変な妄想をしてしまいましたぞ」
「フフ、スマンスマン♪ あの男が狼狽えるのが面白くてな♪
あぁ、この目の負傷はそのうち治る程度のものじゃから気にせんでくれ」
「理由はどうあれカワイイがウチに来てくれておばさん嬉しいわ♡
ねぇ、私もヨモギちゃんのことヨッちゃんって呼んでもいいかしら?」
フレアが抱きしめたままのヨモギの頭を撫でる。
「ハイ、もちろんです♪」
すると、よほど嬉しかったのか顔が溶けたように弛緩していく・・
今やトシへの怒りは完全に消え去り、
ゲンジとミツメ、フレアとヨモギの笑い声が再び和やかな雰囲気を創り出していた。
唯一の被害者トシを除け者にして――
「・・・・」
「すいませんトシさん、止めるのが遅くなってしまって・・」
「いや、ジャックは悪くないよ、っていうかなんだコレ? なんで実家でこんなダメージくらってんだ俺は・・」
「トシさん? あれ? 泣いて――」
「ハハッ 泣いてないよ うん・・泣いてないよ・・」
今にも消え去りそうな声が儚く響いた。




