エンジェル・ウイングス「クリスマスイヴ」
今日で「エンジェル・ウイングス」の回は無事に最終回を迎えました!どうもありがとうございました♪最終回が大変でしたが、全体的に気に入っています。「エンジェル・ウイングス」を読んでくれてありがとうございました!次回はコンパクトな恋愛小説になります。
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『次のニュースです。今日の夕方の午後6時頃、Dビルのロビーで高杯寺豆さん(50歳)が下半身を露出した疑いで、公然ワイセツ罪で逮捕されました。
目撃者の方の証言によりますと『突然、自分で脱ぎ出して、「トイレは何処だ?トイレに行きたい!」と喚いてから横になって眠りました。その後、柄の悪い外国人5人がズボンを脱がしてマジックでお尻に何か書いたのも見ましたよ』との事です。
高郷容疑者は『記憶にない』と言っていますが警察は高郷容疑者に対して露出した経緯についての詳しい犯行動機を調べる模様です』――――――――――――14
私は華深君がやったわけではなくてホッとした。
所属事務所のスタッフ二人がエンジェル・ウイングスで録音と録画をしてくれたので、音声と画像に華深君の声や姿が少し入っていると連絡があったばかりだ。
『花梨があれだけの騒ぎにも動じずに歌を歌いきった事に、プロフェッショナルな魂を感じたし、凄く良かったし、感動したよ!』と録画を担当した高岡さん、カメラを担当した高木さんは電話で言っていた。
言われてみれば、いつになく大丈夫だという安心感があったし、気持ちに余裕がある事に気付いていた。華深君が傍にいて、私を守ってくれたからかもしれないと思う。華深君はどうして私を守ってくれたのだろう?なんであんなに私に優しくしてくれるのだろう?
音声には子供の声を真似た華深君のカン高い声、映像にはスプーンに当たったシーンや、華深君が酔っぱらいを担いで行くシーンが記録されているという。殴り倒した部分のシーンは運良く画面から離れていた位置であったので、切れていたとの事だった。不思議な偶然だ。
私は『映像を早く見たいです』と高木さんに言ったら、『明日のYさんのライブ前に楽屋で少し見せる。ただし、編集したいので、要点の部分だけしか見せられないからね』と言った。私は了解と答えた。
Yさんのライブは昨日よりもパワーが増していて素晴らしいライブになった。珍しくアンコールを3回も歌った事でお客さんのハートを鷲掴みにした。明日が最終日。もっと良いライブになるように頑張りたい
時刻は午後11時5分。美月からの電話が来る時間帯だ。スマホが鳴った。
『美月、待ってたよ!』
『ライブお疲れ様でした!花梨ちゃん♪』
『ありがとうございます♪美月ちゃん♪』
『花梨、明日、午前10時にエンジェル・ウイングスで華深君が待っているよ』
『えっ!?』
『来るんでしょう?』
『はい…分かったッス』
『はっ?』
『行きやすよ!』
『花梨は緊張すると言葉が面白くなるよね』
『そうかな?』
『エンジェル・ウイングスでのライブもご苦労様でした。本当に大変なライブだったけど、うまく言って良かったね!ちゃんと歌いきったしさ。あの酔っぱらいは逮捕されたって、さっきニュースで出ていたよ。バカな奴だね』
『見たよ。あの酔っぱらいはアルコール依存症みたいだね。内心、慌てたけれど華深君が助けてくれなかったらどうなっていたのか分からないよ。ライブが上手くいったのは華深君のおかげだと思うし、美月や見に来てくれたお客さんのお陰だよ』
『「ミニアルバムが欲しいです!」と言っていたお客さんが多かったよ。そこで花梨に相談だけどさ、エンジェル・ウイングスでも売りたいから花梨の最新作『ラヴァー』を300枚ほど注文したいのよ。うちのカフェで販売したいんだけど。どう?良いかい?売り上げたら速攻で花梨にお金を送るからさ。300枚で足りなくなったら更に200枚注文したい』
『美月…』私は涙ぐんで言った。
『花梨、泣くんでない。私も好きな良いアルバムなんだから積極的にアピールしていかないとね!』
『うん。事務所に聞いてみるよ。美月、ありがとう。それよりもお金は大丈夫なの?あまり無理しなくて良いんだよ』
『そんな心配はいらないのよ。波に乗っているときには素直に乗りなさい!』
『はい。なんだか美月は私のお姉さんみたいだよ』
『ブビッ。鼻が鳴ったよ』
『ねぇ、美月。華深君は彼女とか好きな人はいるのかな?何か聞いている?』
『いないよ。1年前に別れたという話は聞いたけど』
『彼女、いないんだぁ。ふ〜ん。あっ、そうなの。美月、彼女さんは一体どんな人だったんだろうね?』
『彼女については詳しく聞いていないから、分からないなぁ〜。花梨、華深君が好きになったの?』
『うん。好き』
『絶対にお似合いだよ。美男美女のカップルだね。応援するよ』
『ありがとう、美月。明日、宜しくね』
『遅れないようにね』
『美月ありがとう!おやすみなさーい!』
『おやすみ〜!』
私はお風呂に入ってから寝ることにした。 私は湯船に浸かりながら華深君の事を考えた。
不思議な人。子供の声を真似たり、スプーンを投げたり、酔っぱらいを一撃で気絶させたり、自分と同じ背丈の男性を軽々と担いだり。間一髪で、ジャンプをして乗車券を取ってくれたり、凄くハンサムで笑顔が素敵で優しい人。
私は華深君が好き。大好き。愛していると思う。いや、すでに愛している。彼の事だけを考えてしまう。
明日はYさんのライブ最終日。終わったらすぐに東京へ帰らなければならないから、華深君に私の連絡先を教えたい。私を忘れないで欲しい。
『もうどうしようもないくらいに好き。心から好きな人ができた。お母さん、本物の恋が私のもとに訪れたよ。幸せな偶然の重なりで彼に出逢えた。好き。私は華深君が好き。好きになってしまった。本当に華深君が好きです。好き。好き。愛している』
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エンジェル・ウイングスに着くと華深君がステージの真ん中でギターを弾いていた。美月が私に頷いてから「花梨、ココアでいい?」と言った。
「うん。ありがとう」
突然、華深君は私にウインクをすると深呼吸を1つしてから「メイビー・アイム・アメイズド」全力で歌い出した。『愛しい女よ、僕はただの寂しい男なのかもしれない』と心の叫びを愛するリンダに向けて歌うポールの姿。ポール・マッカートニーの最高傑作の1つ。名曲中の名曲。私の大好きな歌。私は鳥肌が立っていた。
華深君は黒のコートを身に纏い、エピフォン・カジノを弾きながら真剣な表情で全身全霊で歌っていた。この歌はビートルズのファンの間でも究極のラブソングの1つに挙げられている隠れた名曲。
真冬の午後5時頃、ポールが誰もいない部屋で1人でピアノに向かって暖炉の火を見つめているうちに、時間や時空を越えた愛の感覚に陥り、暖炉の炎とリンダの美しい笑顔が心に重なって浮かんできた瞬間に、この歌が突然、現れた。
ポールは歌詞と曲が一気に浮かんだ事に戸惑いつつも、テープレコーダーの録音ボタンを押してから歌った。なんとか無事に吹き込めた。ポールは繰り返し繰り返しこの歌を制作のために歌った。
私の脳裏にはビートルズが解散間際で打ちひしがれた孤独なポールの後ろ姿が浮かんでいた。曲を書いているポールの背後には、いつの間にかリンダがいて、ポールを見守るように見つめていた。
私はかなり落ち込んでしまった。自分はプロの歌手なのに、華深君のように突き抜けた輝きを放つ歌声に、人の魂を揺さぶる歌声に強烈な衝撃を受けていた。『心に届ける歌とはこの事
なんだ』と私は思っていた。私はまだ歌手と名乗るのは無理かもしれない。
華深君が歌い終えると私は大きな拍手をした。華深君はマイクに向かって『ありがとう、ありがとう!センキュー♪センキュー♪オーディションの発表は明日の午後9時に判明します。あらかじめ、審査委員の美月さんには賄賂を渡していますので、確実に合格の鐘を貰えると既に知ってもいるのです。御生憎様です』とユーモアのある言葉を言ってから、頭を掻きながら照れて笑った。華深君の言葉に、私の他にいた何人かのお客さんがドッと笑い声をあげた。
華深君はカウンターに座るとココアとパンケーキを注文した。私もパンケーキを頼んだ。
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「華深君、歌が上手いんですねぇ。
美月から音楽も少しやっているとは聞いたけれど、どんな音楽をしているの?」
「60年代の音楽をコピーしたバンドを組んでいる。楽しんでやっているだけだからね」
「凄く上手だったので驚きました」
「プロの歌手に誉められたら天にも昇る気分だね。ありがとうございます!」
「本当に素敵でした。「メイビー・アイム・アメイズド」の選曲も渋くて良かったですよ」
「あの歌は凄いよね!ポールの最高傑作だと思う。ビートルズ・バージョンがあれば良かったのになぁ〜」と華深君は片目を閉じて、指を鳴らして悔しいそうな顔をした。
「ビートルズが好きなんですか?」
「好きを越えてイカれていると言っても過言じゃないね。一日中、ビートルズの事しか頭にないからね。髭を剃っている時でも、ビートルズの歌が頭に浮かぶからね」
「本格的に音楽はやらないの?」
「う〜ん、やらない。はははは。音楽は大変で過酷だし、音楽は神に選ばれた人がやるものだからね。僕は選ばれなかった人の方だからさ」
「そうかな?才能があるのに、もったいないよ」
「音楽はね、才能があるだけじゃ無理なんだ。才能があっても人の心に伝わらない、届かない音楽をいつまでも永遠に作り続けている音楽家がいる事実も確かにあるんだよ。運やタイミングや人との出会いや関わりで成功していくものだし。才能だけでは無理なんだ。でも才能がなければ成功はしないんだよ」
「それが現実だよね」
「確かにね」
「人の心に届く音楽と、つまらない、退屈な音楽、その違いは何なんだろうね?華深君はどう思う?」
「解放だろうね」
「それはどういうこと?」
「自分を無くしてまでやり過ぎるな!という事かな。ロックで説明するよ。ロックとは愛の理念で成り立っている新しい音楽なんだ。まだね、誕生してから62年だからね。原型のブルースから数えたら大体120年以上はあるかな?抑圧からの自由、束縛からの自由、拒絶や排除や差別からの自由などがロックなんだ。愛と自由と平和を与える事がロックの使命でもある。
ロックを更に、アート、芸術の高みの域にまで導いたのがビートルズなんだ。ビートルズがもたらした最大の貢献は『愛がすべてだ』と愛の歌を届けた事に尽きるよ。ビートルズは薄暗い世界に光と希望と色彩を与えたという事実がある。歌に愛があるか、ないか。愛の差だろうね。《愛があるか無いかの違い》だね」
「なるほどね。職業としての音楽家の存在と、『絶対に世界を変えてやる!』と心に強い信念を持ち、優れていて選ばれた音楽家の存在との違いとも言えるかもしれないね」と私は率直に言った。
「それは真実だね。面白い考え方だね」
「天才たちが新しい世界を常に切り開いてきて、私達に新しい価値観を教えてくれると言えるかもね」と私はため息を吐いて静かに言った。
「それは確実に言えるね。ビートルズで言うとだね、ジョージとリンゴは凄い天才なんだよ。だけどね、ジョンとポールは、更に、とてつもなく物凄い次元を越えた天才なんだよね。4人の天才が集まって出来たバンドがビートルズなんだ。誰もが求めているシンプルな言葉で「愛が一番大切なんだよ。愛がすべてなんだよ」と、あの4人に真剣に言われちゃったらさぁ、ひれ伏すしかないし、愛の姿に膝まづくしかないじゃない。とても太刀打ち出来ないし敵わないよね。
何故あれほどまでに素晴らしい音楽を作れたのか?4人は音に束縛されていないのも大きいね。中には音に支配されていて、音の顔色ばかりを伺う音楽家もいるからね。音に顔があるかどうかは知らないけどさ」と華深は言って笑った。
「申し合わせのような、形式だけで中身がなくて過去をなぞるばかりの音楽や、教科書通りの音楽理論は、「いらない」とジョンとポールは思っていた節もあるんだよ。ビートルズは4人とも楽譜が読めなかったのも大きい。読めなかった事で、自由に音をイマジネーションして広げることができたからね。
目に見えないもう1つの世界を見せてくれるような感じかな。ビートルズの音楽はね。
そう言えば、ジミ・ヘンドリックスも楽譜が読めなかったよ。たぶん、ボブのディランもね。ビートルズは楽譜が読めないのに、あれだけのコーラスを作るのだから本当に凄すぎて嫌になっちゃうよ。変化を恐れないのもビートルズの凄い所なのさ」と華深は嬉しそうに笑いココアを飲んだ。
「大事なのは失敗やミスを恐れないこと。プレイしている時に間違えたって素敵なんだよ。ミスも大事な音なんだよ。『間違えたって良いじゃない。機械じゃないんだから』というフジコヘミングの言葉は最高だよね!
ミスばかりに聞き耳を立てて、揚げ足を取るような形で音楽を批評したり評価したりするのは粗捜しみたいで嫌だな。楽しむことや幸せを感じる事が大切なんだ。音楽は心で感じる事が大事なんだよ」
「私はどうしたらいい?」と落ち込みかけていた私は言った。
「花梨ちゃんはそのままで良いよ。センスがあるからね。ある意味、技術はセンスを越えられないからね。《自分の音、サウンドを持っている》花梨ちゃんは、サムシングもあるから大丈夫だよ。花梨ちゃんは感覚的に表現する能力が高いから素敵だよ!専門家やインテリは、感覚的というのを一番恐れているからね。僕は花梨ちゃんの音楽が凄く好きだよ!」
「ありがとう!」と私は嬉しくて視界が開けたように感じた。
私は華深君の音楽の造詣や感性の鋭さに畏敬の念を持ち始めていた。あれだけ素晴らしい歌の才能がありながら、音楽をしないというのは実に惜しいと思う。本物の才能があると思う。華深君には本格的に音楽をして欲しいので、私の事務所の社長やスタッフにも相談してみようと思う。
華深君は先ほどの話の中に出てきたジミ・ヘンドリックスやボブのディラン、(ボブ・ディランの事だけどもね)もかなり専門的に詳しいようだった。華深君は、まだまだ何かを知り尽くしているみたいだった。私は華深君に強い好奇心と興味が、俄然、更に湧いていた。「知りたい、彼のすべてが知りたい」と思っていた。
「まだ時間は大丈夫?」と華深君は時計を見ながら言った。午前11時50分になっていた。
「ええ」
「札幌の街へ繰り出そう」と華深君は笑顔で言った。たまらない。この笑顔を独り占めにしたい。私だけに笑顔を見せて欲しい。
私は美月と笑顔でエンジェル・ウイングスの扉の前で別れた。
私たちは黙ったままエレベーターを降りた。
1階のロビーに着くと、酔っぱらいの無様な姿が頭に浮かんだ。私は吹き出しかけていた。華深君が肩を竦めて倒れていた場所を無言で指差すと私は声をあげて笑った。
私たちは、タクシーに乗ると、ミュンヘン・サッポロ市inクリスマスというイベントがある大通公園へと向かった。
ミュンヘン・サッポロ市inクリスマスは人で混雑していた。札幌は姉妹都市であるドイツのミュンヘンと交流が深い。ドイツは環境の先進国でもあるので、札幌はエコ、クリーンな社会を目指すモデルとしてドイツから学びエコ活動を推進していた。
札幌はパリやニューヨークの冬に似ているし、北海道はアメリカに似た雰囲気があった。
大通公園には出店がたくさん並んでいて、クリスマスツリーやサンタクロースをモチーフにした絵ハガキや彫刻、縫いぐるみやキーホールダー、絵本がたくさんあった。
食べ物も豊富にあった。ドイツ産の魚や肉を使ったステーキやフィッシュバーガー、カレーライスやワインやコーヒーや三ツ星レストランから出店しているお店などもあった。
私はクリスマスツリーに見とれて、よそ見をしていたら滑って転びそうになった。華深君が素早く私の手を握りしめて転ぶのを防いでくれた。
私は顔が真っ赤になってしまった。顔を上げるのが恥ずかしくて「ありがとう」の大切な言葉を華深君に言えなかった。
気を悪くしたんじゃないかと私は華深君を見上げてみた。華深君は特に気にする風でもなく「大丈夫かい?」と言ってニコッと笑ってくれた。私は胸がキュンとなってしまい、体がとろけて、体がよろけそうになった。
私達はフィッシュバーガーを食べてホットミルクを飲んだ。
『このままずっと一緒にいられたら素敵だろうな』と私は思っていた。
【人を好きになるのに時間は関係ない】というのは本当の事だと思う。私の場合は僅か2日で華深君を好きになってしまったのだからね。こんな事は生まれて初めてだった。
「華深君が行きたいところはあるの?」
「友達のジーンズ・ショップに行きたいけどね。
「行ってみようよ!」
と私は鼻を啜りながら言った。
「止めとくよ。花梨ちゃんが行きたい場所に行こう」と華深君も鼻を啜りながら言った。
「う〜ん。あっ!!観覧車に乗ってみたい!!ビルの上にあるやつよ!!」
「ノルベサの屋上にある観覧車の事だね…」と華深君は少し声を落として言った。
「ノルベサ?」
「商業施設の事だよ」
「へ〜っ。行こうよ」
「いい」
「どっちの『いい』なの?」
「えっ!?あー、OKの方」
「よし!行きましょう!」と私はウキウキしながら楽しみでスキップを交えながら歩いた。華深君の足取りが重い気がするのは私の気のせいかしら。
「『すすきの』の近くにあるんだねぇ」と私はスマホで確認をしながら言った。
「う〜ん」と華深君は唸るように返事を返した。
「華深君、大丈夫?」
「う〜ん。大丈夫」と華深君は笑顔で言ったが、緊張で強張っているような笑顔に見えた。
ノルベサに着くと私達はエレベーターで屋上まで上がった。華深君が眉間にシワを寄せて目を閉じていた。屋上に着くと華深君が「よし!俺、頑張れよ!」と言ってから自分の頬を軽く叩いて気合いを入れた。
私達はノルベサに設置されているノリア(スペイン語で観覧車の意味)の場所を見つけて、私と華深君は自動販売機でココアを買って、ノリアに移動し、向かい合うようにして座った。
窓から見える昼間の札幌は灰色の世界だった。厚い雲に覆われた空からはグレー掛かった雪が風の影響で横殴りに降っていた。景色がモーリス・ユトリロが描く世界、雪の降る街角の絵に似ていた。
私と華深君はココアを飲んだ。華深君が体を固くしているのが分かった。本人は口に出していないけれど、華深君は高所恐怖症なんだと思う。
「華深君、大丈夫?」
「え!?」華深君は目が虚ろだった。
「高い所が苦手なのね」
「僕がかい?」
「ええ。緊張しているみたいだから」
「いやいや、高いところは問題ないんだ」
「でも汗ばんでいるよ」
「僕はね…せ、狭い所がダメなんだよ。花梨ちゃんは狭い所が怖くないの?後、綺麗な女の子と二人っきりというのも照れてしまうから、若干、苦手気味なんだよね」と華深君は私の目を見ながら言った。
華深君に見つめられていると吸い込まれてしまいそうで私の方が怖かった。
観覧車が頂上付近に近づいてきた。華深君が腹式呼吸を繰り返して、少し落ち着きを取り戻しつつあるように見えていた。
「花梨ちゃん、もし良かったらでいいけどもね、僕の隣に座って手を握ってくれないかい?ヤバイんだよ」 華深君は顔が引き吊っていた。私は華深君の隣に座ると華深君の体を擦ってやり手を握ぎり締めた。
「華深君、大丈夫だよ。もう少しで終わるからね。華深君、ゴメンね。何も知らなくて。知っていたら行かなかった。言ってくれたらよかったのに…」
「花梨ちゃんが楽しみにしていたみたいだからさ。言えなかったんだ。こちらこそゴメンね。楽しい気分を台無しにしちゃったね」
「ううん」
「いやぁ、良い景色だ。爽快だよ!ヤッホ〜!」と華深君はカラ元気を見せて言った。
「フフッ」
「?」
「華深君は面白いね」
「花梨ちゃん、ありがとうね。落ち着いてきたよ」
「華深君?」
「うん?」
「手を握っても、いい?」
「良いよ」と華深君は優しい声で言った。
「華深君、私ね、今日のYさんのライブが終わったら東京に帰るんだ」
「そうか」
「華深君、また札幌に来たら会ってくれる?」
「会おう。僕が東京に行ったら会ってくれる?」
「いいよ」
「花梨ちゃんの連絡先を教えてくれる?僕のアドレスと住所と電話番号を今からメモ帳に書くからさ。書く間、手を握っていてね」と華深君は、まだ緊張した笑顔で言った。華深君はポケットからメモ帳とペンを右手で取り出すと右手でページを開いて右手で書き出した。書いている間、私の左手を強く握っていた。 私は華深君が愛しくてしかたがなかった。
「はい。どうぞ。連絡はいつでも大丈夫ですよ」と華深君は優しい笑顔を見せて言った。私もメモ帳に自分のアドレスや住所、電話番号を書いた。
「私もいつでもいいよ」と私は言った。
「花梨ちゃん、どうもありがとう。もう少しで観覧車も終わりです」と華深君は明るさを取り戻しながら言った。
「華深君、楽しかったです。こちらこそありがとうございます」と私は頭を下げて言い終えた瞬間に華深君が私の体を抱きしめた。
「華、華深君…」私は体の力が抜けていき華深君に身を委ねる姿勢でいた。
「花梨ちゃん、突然、ゴメンね。花梨ちゃん、僕は花梨ちゃんが好きだ」
「華深君…」 私は胸が激しく高鳴っていた。涙が出てきた。
「私も好きだよ」と私は精一杯の力を振り絞って言った。華深君は私の頭を撫でると頬を両手で支えて、優しいキスをしてくれた。甘いキスをしてくれた。心が溶けてしまいそうなキスをしてくれた。情熱的なキスで、愛のあるキスをしてくれた。私は甘美に酔いしれ、華深君の瞳に酔いしれていた。
「花梨ちゃんの傍にいたい。本当はいつまでもこうしていたいけどね、狭い場所では2度と会えないよ」と華深君は言った。
「フフッ。わかったよ。私も華深君の傍にいたい」
「音楽の世界で成功する2つの条件があるというのを知っているかい?」と華深君は真剣な表情を浮かべて言った。
「ううん。知らない」と私は首を振った。
「今度、花梨ちゃんだけに教えるよ」と華深君は初めて出逢った時に見せた笑顔を浮かべて言った。
「華深君、愛している」と私は華深君の耳元で吐息を漏らしながら言った。
「僕も花梨ちゃんを愛しているよ」と華深君は私を強く抱きしめて言った。
「花梨ちゃん、クリスマスイヴに会おうよ」
「いいよ。嬉しい。今年はホワイトクリスマスを過ごせるんだね」
雪が降っていて、雲が流れていき、静かな時間が過ぎていった。私は愛する人とめぐり逢えた。探し求めていた愛に出逢えた。
終
ありがとう!(*^ー^)ノ♪




