エンジェル・ウイングス「見つめて欲しい」
皆様、本日は5回話目ですが、検討の末、7話で『エンジェル・ウイングス』の回を最終回としました。
僕の短編で完結をしました『恋人になりたい!』と同じ回数になります。宜しくお願い致します。
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私はライヴが終わると控え室に急いで戻った。ヴィーナス・ホテルに戻る準備をするためだった。
帰り支度の準備をしていたら、梢ちゃんが控え室に入ってきて『これからメンバーとスタッフ、皆でアフターパーティー、軽めの食事に行くという話だけど、花梨ちゃんは参加するの?私は参加するよ。ねっ、花梨ちゃんも一緒に行こう!カニとかイクラとかウニとかが、山盛りで、しかも値段が東京よりも凄く安いお店が超たくさんあるんだとさーっ!ブべッ!あっ、鼻が鳴っちゃったねぇ。ムフフフフ!ヨダレが出る♪』と梢ちゃんに誘われたのだ。
梢ちゃんの屈託のない可愛い笑顔を見ていると心がホンワカとしてしまう。
『梢ちゃん、ごめんね!今日はクタクタになってしまったよ。ライヴで『シークレット』』の歌の時にさ、私ミスったでしょう?後の3曲で名誉挽回しなくちゃとばかりに力みすぎて歌ったら、ちょっと、バテたのよ。私らしくないよね。普段はリラックスして歌うのにさ。ごめんね。早めに休むことにするよ』と私は言った。
梢ちゃんは優しく抱きしめてくれて頭を撫でてくれた。
『そっか。休んだ方がいいね。花梨ちゃんの分のカニと、ウニと、イクラは私が代わりに食べとくよ。もちろん、おみやげ物を後で花梨ちゃんに持って帰るからね!』と梢ちゃんは言ってくれた。梢ちゃんは皆に私の状況を優しい言葉で伝えてくれると思う。私は梢ちゃんにだけではなく、ツアーのプロデューサーの尾上さんにも、ちゃんと伝えた。
『嬉しいです!行きたいんですけども、今日はクタクタなので、明日の二日目のライヴ後の食事会には必ず参加をします。すみません』と私は頭を下げて尾上さんに話した。
『花梨ちゃん、分かったよ。無理に参加して体の調子を悪くするのは良くないから、早めに休みなさいな。ギタリストの聖二さんも悪寒がするとかで、ホテルに直ぐに戻って寝るみたいだよ。聖二さんも明日のために休むそうだ。だから、花梨ちゃんも早めにホテルに戻りなさい。今、バタバタ倒れたら、ツアーそのものにも支障が出るからね』と尾上さんは言って了解してくれたのだ。私はホッと胸を撫で下ろした。
私は『ドキドキ札幌ホール』の裏口から出てタクシーに乗り『ヴィーナス・ホテル』へ向かった。
『ドキドキ札幌ホール』の1階のフロアではYさんのグッズを買いに約3000人近くのファンで溢れて、行列を作っていた。
200名程のツアースタッフによる手売り販売は大変な重労働だ。ライヴが終わった時間は午後9時58分。それから更に2時間近くもツアースタッフによる手売り販売の仕事をしなければならない。ありがたいことだと私は心から思った。
Yさんのサインが入った限定品のCDが飛ぶように売れていた。Yさんのサインが刺繍された黒のジャケットと黒のロングコートも高い服だが、売り切れとなったと後に話を聞いた。ロングコートの値段は…控えておこう。
ポスター、タオル、写真集や、ポストカード等がすべてのグッズが完売。
実は、こっそりと私の最新作のアルバム『ラヴァー』のCDもYさんの御厚意によって、なんと100枚も置かせて頂いた。涙が出るほど嬉しいとはこの事だ。
私は、Yさんや、バンドのメンバー、ツアーのスタッフや、ツアーの仲間、私の所属先事務所、大切な友達のためにも『どうかお願い致します。どうか1枚でも良いですから売れて欲しいのです!お願いします!』とタクシーの中で少しだけ目を閉じて祈っていた。
明日の午前中には何枚売れたのかが分かる。
私は周りの人達の暖かい助けによって生かされているのだ。自分一人の力では決してない。プロになれたのもそうだ。思い上がりを早くに捨てて良かったと心底思っている。勘違いをしてしまい、傲慢になり人間性が変わってしまうアーティストやミュージシャンなどが山ほどにいる。
この業界では非常に多いので困った実状だ。
『彼らは人の助けや思いやりや感謝の気持ちを感じない人間なんだ』と私は見ていて強く思った。彼らの顔つきの変化は残酷なもので、デビュー直後の初々しさとは大きくかけ離れていき、急激な変貌を遂げるのだった。それは、本当に痛々しいほどに変ってしまう。分かりやすく言うと、欲にまみれた顔つきは下品だという一言に尽きると思う。
私は生き方を間違えると歪んだような、ズル賢いような狡猾で奇妙な顔付きになってしまうんだなぁと見ていて本当に痛感していた。
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「ドキドキ札幌ホール」から「ヴィーナス・ホテル」まで、タクシーで行けば、目と鼻の先にある距離なのだけど、金曜日の夜ともあって、道路が混雑し車がかなり渋滞していた。私は食事会の席を外して、真っ直ぐヴィーナス・ホテルに戻ることに、少し後ろめたい気持ちもあったが、自分の体の声を優先する事が大事だ。休息をすることに妥協は許されないと思っている。
プロともなれば尚更で、体調管理も仕事のうちに入るのだ。今よりも無鉄砲な若い頃には(今も十分に若いけれどもね)、二日酔いでもガンガンライヴで走り回ったり、シャウトをしまくって歌っていた。「浅はかだよなー」と今では後悔している。変な形で身を削ると、将来に響きかねないからね。
私はホテルの部屋に着くと急いでカーテンを閉め、汗を流すために服や下着を一緒に脱いで、全裸のままでお風呂のお湯を入れた。
私は冷蔵庫に行き炭酸水を取り出して飲んだ。鏡を見てニッコリと微笑んた。目尻に小じわと小さなシミを見つけてしまった。「あれ!?気付かなかったよ。くそっ!ケアをしないと」と私は小さく吠えた。
私は体を隈無く見た。乳房や腰周り、お腹の肉付きとヒップの上がり具合をチェックした。腰に手を当てながら回すストレッチを繰り返しする。「よし!太っていないはず!」と何故か体重計があったので5日ぶりに乗ってみた。「あっ!?よーし!決まったぜーい!ヤバいぜ!フフフフ」2キロも減っていた。私の場合はライヴをした後は、必ず体重が1〜2キロは落ちるのだ。今日も大丈夫だったので嬉しいよ。
私は胸の張りを見た。胸を触って大きさをチェックしてみた。「張り、大きさはオッケーですっ!まだ垂れてないぜ。よーし!大丈夫だ!」と私は鏡に向かって笑顔でピースをした。
私は来月の12月8日で27歳になる。残酷な日付の誕生日だ。ジョン・レノンの命日に歳を重ねるこの慈悲なき罪深さ。
『自分を恨めしく思うのは誕生日のせいだ!と考えるのは良くないよな。憂鬱な気持ちになってしまうのは悪い。心にも絶対に良くないよね』と自分に言い聞かせた。
私は頭や全身を洗うと湯舟に浸かった。気持ちいい、良い湯加減だ。
ヴィーナスホテルのお風呂場は広かった。お風呂や床にはカビが繁殖しない最新式の素材が使用されていた。照明の落ち着いた明かり具合がロマンチックな雰囲気を醸し出していた。1人で入るにはもったいない作りのお風呂だった。しかも、札幌は天然の温泉が出る所なので、このお風呂も天然のお湯が出ていた。
私は肩にお湯を掛けながら、ライヴで見たあの人の深い眼差しを思い浮かべていた。女を見る男の目。欲情した目で見るのではなくて、燃えるように情熱的な男の熱い瞳で見つめられていた。見つめられると女としての実感や喜びが生まれるのだ。男に見つめられることは、すべての女の願いだと思う。女は男がいないとダメなんだと思う。女は男が必要なんだと思う。
あの時の私は、『あの人にずっと見られていたい』と思っていた。『私のすべてを見て欲しい』とまで思っていた。あの人は決して目を逸らさなかった。あの人の綺麗で一途な瞳が、心から嬉しくて、凄く愛しくて、喜びを感じていた。
『私は、あんな瞳で彼を見れていたかしら?卑しい目をしていなかったかしら?』と私は思った。
『また胸が痛い。切ない鼓動をしている。恋は突然やって来るとは本当の事なのね』と私は思った。
お風呂から上がり時計を見ると、午後11時15分だった。そろそろ、美月から電話が来る頃だ。私は軽めの夜食を食べながら、スマホをいじった。特に変わったニュースはなかった。
持ってきた読み掛けの本を見ることにした。
電話が鳴った。
『もしもし?』
『花梨、あたすぃ。プリティーエンジェルでグラマーな美月ちゃんですっ♪』
『あはははは!美月ちゃ〜ん、待ってたよ〜!』
『ライヴ、本当にお疲れ様でした。どうだったの?』
『うん。珍しくミスった』
『あら、花梨らしくない』
『ちょっと動揺したんだ』
『なんでさ?』
『最初は、全然、気づかなかったんだけどもさ、ライヴにあの人が来ていたんだよ。しかも前列の席で、顔がはっきり見える場所にいたから驚いたのよ』
『そう言えば、さっき、コーヒーを飲みにお店に来てくれた時さ、「これからライヴに行くんだ」と言っていてね、コーヒーを早飲みして、パンケーキを早食いして、むせながら慌ててエンジェル・ウイングスを出たわ。花梨がカフェを出た10分後にはね。まさかYさんのライヴだとはね』
『美月、あの人に私の事を何か言ったの?』
『いや、何も言わない。言う前にカフェから出たんだもん』
『ふ〜ん。あの人は凄いハンサムだよね?美月、あの人の名前とか他に何か知っているの?』
『うん。知っているよ。花梨知りたいの?』と美月はいたずらっ子のように焦らし始めた。
『えっ…、いや、まぁ、知りたいかな?知りたい』
『恋をしたんだね!』
『そうだと思う。変?』
『全然、変じゃないよ。運命の恋は一瞬で訪れてしまうものなのよ。札幌駅で取ってくれた乗車券は恋の乗車券なんだよ!』
『上手い表現だね。恋の乗車券。あの人の笑顔にやられた。胸が痛かったの』
『名前は、華深君28歳』
『華深君か。私より2つ年上なんだね。ウフフフ。仕事は何をしているの?』
『アーティストだよ。絵を描いたり小説を書いたり。少しだけ音楽もやっているみたいだよ。花梨、ファッション雑誌の『ヒップ』って知っているよね?』
『女性のファッション誌の『ポップ』の男性版でしょう?』
『そう。あれで音楽のコラムも書いているのよ。単行本にもなっているよ』
『アーティストかぁ?正直、アーティストはもう懲り懲りなんだけどなぁ…』
『花梨、華深君はそんな人じゃないよ。ボランティアをしていてね、「札幌の街を綺麗にしてみせる!」とか言って、夏は脱水症状ギリギリになるまで、すすきのから大通公園までゴミ拾いをするし、冬はお年寄りのために屋根の雪の除雪をしたり、幼稚園の子供たちに絵も教えているのよ』
『凄い活躍ぶりだね。美月は前に私に似ていると言っていたけど、何処が似ていると思うの?』
『ウフフフ。なんかね、言っている事とか、やっている事とかが似ているのよ』
『?』
『雰囲気もね。ウフフ』と美月は言って笑った。
私は眠くなってきたので、美月に『また明日ね!』と言って電話を切った。
私は微睡みながらベッドに入ると、すぐに眠りに落ちていった。
つづく
ありがとうございました!次回は6話目です。