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エンジェル・ウイングス「ラヴィン・ユー」

活動報告でもお話をしましたが、恋愛小説集の『エンジェルウイングス』の回は、5話までの物語と決定を致しました。改めて宜しくお願い致します。本日は第3話です。


私は息を止めて美月を見つめていた。


『なぜあの人が「エンジェル・ウイングス」に来たのだろう?まさか!?私を追跡してきたのかな?そんな訳ないか…。また胸が痛くなってきた。高鳴りが止まらないでいる。私はどうしたのかな?気になっているからなのかな?』私は、あの人に惹かれている自分を、周りに気付かれたくない、という変な葛藤と、あの人に惹かれているはずは絶対にない!、という変なプライドの間で、心が板挟みになっていた。


「お〜いっ!花梨、私をじっーと見て、どうしたの?」と美月は私の顔の前で手を振りながら言った。


「今の人は『エンジェル・ウイングス』のお客さん?」と私は落ち着いて言った。


「そうだよ。うちの常連さん。ねぇ、花梨、花梨ちゃん。前、私が電話で『花梨に似ている男』と言った人は、あの人のことだよっ」と美月は声を落として私の耳元で囁くように言った。


「美月、本当!?あの人がそうなの?ふーん。へぇ〜。あっ、そうなの?あの人がアレなの?へぇ〜。…。あっ、そう?なるほどねぇ〜。あの人だったのか。あっ、そうなの?ふーん。へぇ〜、そうだったの…」と私は言って戸惑っていた。隠しきれていない動揺が自分の顔に出ている。私は明らかに浮き足だち、落ち着きを見失っているのを完璧に把握していた。私はココアを飲み干した。


「花梨、顔や耳たぶが凄い真っ赤だよ〜」と美月は私の耳たぶを触りながら言った。


「酔ったかもしれない。飲みすぎたのかもなぁ〜?」と私は上機嫌で言った。


「そんな訳ないでしょっ。花梨がココアで酔ったら、そんなの世界で初めての快挙になるよ」と美月は冷やかしながら私に言った。


美月はネルドリップで丁寧にコーヒーを淹れていた。私は手際よく淹れる美月を静かに見つめているうちに、美月と積もる話をゆっくりしたい!という強い衝動に駆られていた。


愛理(えり)ちゃん、このコーヒーを二番テーブルのお客様に御願いします」と美月はアルバイトの愛理ちゃんに言った。


「はい。分かりました。」と愛理は頷くと慣れた動作でコーヒーを運んだ。


私は学生時代の頃のように、美月と、ずっと朝まで何でも話していた頃の気持ちが、今も自分の中に変わらず残っている事が嬉しかったし、懐かしい感情が急激に甦っていた。



私はスマホを取り出して時間を見た。午後4時35分。そろそろ会場に向かわなければならない時間だ。


「美月、来たばかりだけどもさ、もう行かなくちゃならないんだわ。この辺で失礼するよ。また明日宜しくね!今晩、午後11時以降なら電話も大丈夫だからさ、電話を頂戴。あの人についての詳しい話や、情報を、ぜひとも聞かせてよね。ココアをどうもありがとう!美味しかったよっ!」と私は言って500円を美月に渡すと立ち上がった。


直ぐ様、美月は500円玉を私のポケットに入れて返してきた。私は頬を膨らませて「美月!ちょっと!私、困るよっ!(困惑)」と言って怒った顔をしながら美月を見た。美月はエプロンで手を拭いた後、首を軽く左右に振ると優しく頷いた。


「花梨!こういうことは遠慮しなくて良いのっ!!」と今度は美月がわざと怒った顔を作って私に言った後、屈託なく子供のように笑った。


「ねっ!花梨。遠慮しないで大丈夫だって!花梨、そこまで送るよ。CDをどうもありがとう!ねぇ、花梨、新作のアルバムを店の中でジャンジャン掛けても良いのかい?それとも、まだマズイのかな?」と美月はCDを眺めて言った。


「美月ちゃん、ありがとう!ぜひ、そうしてもらえたなら凄く嬉しいよ!!『ラヴァー』を宜しくお願い致します!私の大事な大事な子供たちだからね!」


「わかった♪任せてよ!掛けまくるよ〜っ。ムフフフ。愛理ちゃん、ちょっと外すけど、宜しく頼むね」と美月はアルバイトの愛理ちゃんに言った。


「はい。わかりましたぁ〜。花梨さん、頑張ってくださいね!応援しています!花梨さん、良かったら、サインと写真を1枚ずつ御願いできますか?宜しくお願いします!」と愛理ちゃんは照れながら微笑んで言った。


愛理ちゃん。なんとか勇気を振り絞って言った言葉だというのが熱く伝わった。私は「構いませんよ。どうぞ」と頷いた。


「愛理ちゃん、良かったじゃん!!言ってみるもんだよねー!」と美月は口を大きく開けて笑った。


私はカウンターの椅子に座ると愛理ちゃんを手招きした。愛理ちゃんの顔が真っ赤に染まっていた。

「美月、写真をお願いします」と私は愛理ちゃんの肩を組んで言った。


愛理ちゃんは美月に自分のスマホを手渡した。美月はカメラ撮影を設定していてピントを合わせていた。愛理ちゃんからストロベリーの香りがしてきた。ボディーソープの匂いのようだ。


写真を撮り終えると、愛理ちゃんは手に持っていたスケジュール帳を開いた。私は油性ペンを受け取ると素早く自分のサインを書いて愛理ちゃんに渡した。


「花梨さん、本当にどうもありがとうございます!感激です!今日の日は絶対に忘れません!」と愛理ちゃんは言ってサインを眺めた。


「愛理ちゃん、こちらこそ!今後も応援をヨロシクね!」


「花梨さん、最新作の3枚目のアルバム『ラヴァー』は、来週の月曜日が発売日でしたよね?私、必ず買いますよ!」と愛理ちゃんは嬉しいことを言って頭を下げた。


「愛理ちゃん、本当にどうもありがとう♪」と私は笑いながら言った。


私と美月は「エンジェル・ウイングス」の扉を開けて、エレベーターの前まで、ゆっくりと歩いた。


美月はエレベーターのボタンを押した。エレベーターはゆっくりと上がってくる。


「花梨、元気そうで取り敢えず安心たわ。音楽も順調に活動しているしさ。プロになって3年目。本当に良かったね!花梨が本格的に活躍するのは、これからよ、これから!今は、大事な時だし、焦らずにいこうよ。世に出るには、正しい形での切っ掛けだったら、何だって良いのよ。パクりや打算的なことや、人の足を引っ張ったり、芸術を冒涜することさえしなければね。パクりや悪さをして、味を占めた奴等はいつかバチが当たるよ。立ち直れなくなるほどの不幸の連鎖が続く強烈なバチがね!


世に出るために大事なのは、純粋な気持ちで芸術に向き合って敬意を払うことなんだよ。花梨は正しい道を歩いているんだからね。正しい行いをしているんだからね。ちゃんと、お天道様が花梨を見ているもんなのよ。花梨は大丈夫。大丈夫だよっ!」と美月は私を強く抱きしめて、体を揺すりながら頭を撫でて言った。私は嬉しくて泣いていた。


「美月、これからライヴなのにさぁ、目を腫らしたら困るじゃないかよーっ!グスン、グスン、グスン」と私は鞄からハンカチを取り出して涙を拭いた。


「花梨〜!何も泣く必要はないのによっ!グスン、グスン…うっ、うぇん。花梨、ごめんねっ。全然、泣かすつもりはなかったのにさぁ。ブホッ、グエッ、グスン、グスン…」と美月は、もらい泣きをして大粒の涙を流していた。


エレベーターが到着して静かに扉が開くと、あの人がギョッと驚いた顔をして立ち尽くした。彼は私たちを交互に見比べていた。



「ビックリしたよ!美月さん、なんで泣いてるんですか?あなたも…なんで泣い、あれっ!?あんたは、いや、失礼。君は、さっき札幌駅でお逢いした方ですよね?ほら、乗車券の?」と彼は何度も必死にジャンプをして、乗車券を取った時の動きを披露しながら私に言った。


「その節は、本当にどうもありがとうございました。大変、助かりました」と私は彼に、少しだけたけど、素っ気なく言って頭を下げてから、エレベーターに乗り込み、1階のボタンを連続で押した。


「美月、じゃあ、また今夜ねっ!電話を待っているからね!」と私はエレベーターの扉が閉まる瞬間まで美月に言った。


美月は手を振って頷いていた。扉が閉まると、私は大きく深呼吸をした。


私の心に入り込んできた素敵な人。あの人の驚いた顔を思い出しながら、もう一度私は深く深呼吸をした。エレベーターが1階に降りるまでの間、私は悩んていた。



『あの人を見ると胸が痛むのは、一体なぜだろう?いけない、いけない!私は別れたばかりなんだぞ!でも…、凄くあの人の事が気になるのよ…。どうしたら良いのかしら?……。ねぇ、どうしたらいいの?』と私は自問自答をしていた。


私は1階に着くと、頭を切り替えてから運転手に行き先を告げてタクシーに乗り込んだ。


「エンジェル・ウイングス」から「ドキドキ札幌ホール」までタクシーだと7、8分くらいの時間で着く距離にあったが、今は冬だし、時間的にも渋滞と重なる恐れもあったので、約15分以内には着くだろうと考えていた。


時刻は間もなく、午後4時50分になろうとしていた。


スマホを見ていると電話が鳴った。マネージャーの佐智子からだ。


「運転手さん、ちょっとだけ電話を良いですか?」


「ええ。どうぞ、どうぞ。構いませんよ」と運転手は笑顔を浮かべて言った。感じの良い運転手さんだった。


『花梨、もう少しで始まるけど大丈夫?これから、衣装を合わせるから5時頃には来てね。その後、6時からリハーサルを40分ほどやって、全体での写真撮影をするよ』と佐智子は一気に話した。


『分かりました。今から10分以内で到着します。後で宜しくお願い致します』と私はスマホを持ちながら丁寧に頭を下げて言うと電話を切った。


窓の外を見ると優しい雪が微笑むように舞い降りてきた。『クリスマスまで、あと少し…。早いなぁ』、と思いながら私はタクシーのラジオから流れてきたミニー・リパートンの『ラヴィン・ユー』に耳を傾けていた。ミニーに対しては愛惜を思わずにはいられない。


私はあの人の素敵な笑顔を心に思い浮かべていた。僕を思い出して欲しい!、とばかりに何度もジャンプをする姿が滑稽だったけれども、凄く愛しかった。




つづく


ありがとうございました!

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