エンジェル・ウイングス 「恋にふるえて」
クリスマスまでに愛を見つけようよ。
会いたかった。
ずっと探し求めていた。
私の運命の人。
私の好きな人。
本物の恋。
真実の愛。
私の愛しい人。
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『エンジェル・ウイングス』
1
初めてあの人に出逢った日の事を、私は今でも鮮明に覚えている。
雪は11月から12月にかけてが一番美しく降ってくるものだと本当の意味で知ったのは、今年になってからのこと。
私はこの10年間、世界中を駆け回ってきた。旅人だからと言いたい気持ちは山々だけども私の仕事はミュージシャン。音楽の勉強のために世界を見てきた。
私の好きな音楽はロックやポップス。ブルースもレゲエもダブも聞いたけど、ロックだけが私の心を掴んで離さない。
私が見た中でも最高の雪は、パリの雪。ロンドンの雪。札幌の雪。ニューヨークの雪。5都市。
すべての街に共通するのは、芸術に寄り添った街だということ。アートと融合した街。豊かな感性を持つ人々が多く住んでいる街。街全体がエネルギーに溢れていて生き生きとしているということ。
私はセンスのある生きた街に夢中になっていた。
私は自然も好きだけど、自然の脅威から命や体を守るために作り上げてきた都会、街が好きだった。
人間の叡知の結晶が街にはある。人との関わりが薄い都会の無関心さには馴染めないけれども、都会は希望を胸に抱いて、溢れんばかりの情熱を持ち続けている人が、たくさんいるのを私は知っている。
私はヒット曲はまだ無いけれども、デビューしてから3年目のプロのロック・ミュージシャン。少しずつだけれども知られるようにもなってきた。メジャーな存在ではないし、まだまだ未熟だけれどもね。プロにはなれたけれど、向こう見ずで突き進んでいた、あの頃のエネルギーを取り戻したくて、恋しくて、懐かしくて、ストリートミュージシャンに戻ることがよくあった。
私は肩まで伸ばした髪を金髪に染めていて、隠すためにロングヘヤーのカツラ、丸いサングラス、革ジャンを身に付けて、それなりに変装をしてから、そっと歌いに街に行った。
私はミュージシャンYさんのコーラスとして参加をしていた。
コーラスとは、歌い手の孤独な戦いに心から寄り添うためにあるのと、観客、メンバーやスタッフの力を借りながら、愛の波動を音楽に乗せるようにして歌を皆に届けること、皆を守りたい、愛を届けたいという強い思いが原動力。
コーラスでもっとも大切なことは『感情』を込めて歌うことにあると思う。
これがコーラスの極意。神髄。
私が中学生の頃に、音楽の女教師がこう言った。
『感情を込めて歌を歌うなよ!!冷静に淡々と歌え!分かったな!!譜面通りに音符に合わせて歌うこと!!音符がすべてだよ。楽しむなんて二の次だよ!ミスさえしなけりゃ音楽は良いんだから。ミスは絶対許されない!!わかったね!!』とバカな教えを言った女教師がいた。
嫌な女だった。イライラしてばかりで、いつもヒステリックで気分にムラがあって、気まぐれな教師だったので、生徒全員から嫌われていた。
女教師は『大人になれば私の教えが正しいことが必ず分かる!』とまで言い切ったのだ。恐ろしいのにも程があるとはこの事だ。
今となってはこれは教えですらないと絶対に断言できる。 なぜって?
「ビートルズの音楽にはすべて感情を込めたんだ。感情を込めて歌うことが何よりも一番大事なのさ。音楽は心で感じる事が大切なんだよ」とジョン・レノンが言っていたのだから。
「音符ばかりを追い掛けていたら大事なものを見失うよ。音楽は楽しむことなんだ。何よりも大事なのは愛さ。音楽はLOVEなんだ」とポール・マッカートニーが言っていたのだから。
私は音に支配されて音楽をやりたくはない。音を心で感じて自由に音と戯れていたい。私の魂と音楽が1つになるようにしたい。それが私の目指す音楽。音楽は愛と自由を意味することなのだから。
あの女教師は乾ききっていて、死ぬまで何も感じないままでいるんだと思う。息苦しさを覚えるし生きた心地がしない人生で惨めな女なんだと思う。
人生を出し惜しみする教師の典型。
売れっ子のYさんは今、全国ツアーの真っ最中で日本各地を回っていた。
11月28日にフロンティアの北海道、札幌にライヴで行く事になっていた。
北海道はアメリカに似ている。札幌の冬は、どちらかと言えばパリとニューヨークの冬に似ていた。
私はパリに3年、ニューヨークに5年、ロンドンに2年間住んでいた。
Yさんのライヴは11月28日から3日間行われる予定で夜の8時からの開演。私はスケジュールを開いた。
2日目の夜は5時から6時の間、少しだけ時間が空く予定なので、私は5時半頃に30分だけライヴをしようと決めた。
場所は狸小路3丁目の隣にあるDビルの5階にあるカフェ。この時間帯は仕事帰りの帰宅途中の人や、観光客、学生でいっぱいのはずだ。
Dビルにあるカフェは高校の時からの親友、美月がオーナーのお店で、カフェの中にあるスペースで歌わせてもらう手筈を整えたので間違いなくその時間に歌える事になっている。
札幌での滞在時間はYさんのライヴの最終日が終わると直ぐに東京に帰らなければならないので、時間はほとんどない。私自身のライヴも間近に迫っていた。
美月のカフェには飛び入りみたいな感覚で歌うと理解してくれたなら話は比較的に分かりやすいと思う。
先日、私は美月に電話をした。
『美月ちゃん、バタバタしてごめんねぇ 』と私は美月に言ったら、
『こっちもバタバタしているから気にしないでね。あはははは!』と美月は笑って答えた。
『私は近いうちに、美月のカフェで歌いたい。落ち着いたら本格的なライヴをしようと思っているのよ』と私は話した。
美月のカフェの名前は
エンジェル・ウイングス。
天使の翼。
美月は高校と東京の大学で一緒だった。出逢ってすぐに意気投合。
美月は昔から北海道や札幌に憧れていて、卒業してから僅か1年で引っ越してしまったのだ。
私は、最近、同じミュージシャンの彼と別れたばかりだった。
彼はアマチュアで、プロを目指していたのだが、中々上手くいかずにいてヤケ気味になっていた。
私も微力ながら力を貸していたのだけど、彼は私の努力を快く思わず、それに対しての反発や嫉妬や妬みへと変わっていき、私に辛い仕打ちや辛辣な態度をするようになっていった。
結局、同業者同士は上手くはいかないのだ。お互いが見えすぎるから。
私の恋人だった人は嫉妬深くて人を縛り付けるタイプの男だった。
お互いのために良くないと話し合って3年の付き合いで別れた。
『花梨、花梨に似た男の子がよくうちのカフェに来るよ。常連さんなんだけどね。花梨、見てごらんよ。会いにおいで!』と美月は2週間前に電話をしてきた。
『美月ちゃんよ…、別れたばかりだし、今はそんな気がないのだよ。もう恋愛はしない。もう恋愛も男も懲り懲りだし、ずっと一人で生きるよ』と私は興味なく言った。
『花梨、そんな悲しい宣言、私は受け入れないよ。寂しいこと言わないで良いからさ時間が出来たらおいでよ。待ってるからね!』と美月は明るく言った。 『美月には会いたいから近いうちに札幌に必ず会いに行くよっ!!』と私は甘えるように美月に言った。
私は近くにYさんのツアーライヴがあることを伝えて、自分もコーラスで参加することも教えた。
『そっか、札幌には、あまり居れないのか…。時間がないんだねぇ…。OK! 分かったよ! 楽しみに待っているからねっ。花梨、花梨に似ている男の子はね、本当にハンサムな男の子なんだよ〜!』と美月は言ってムフフフフと笑った。
私に似ている男の子? はて? どうなることやら…。
――――――――――――2
11月28日。札幌は寒かった。何度訪れても、新鮮な気持ちになれる優しい綺麗な街。恋が叶う街とも言われているだけあって、周りは若いカップルだらけだった。
年老いた夫婦が手を繋いで歩く姿が多くて、やけに目立っていた。
私は今日から3日間、全身全霊を懸けてYさんのライヴに取り組んでサポートしていく。全力で歌う。
私は札幌に到着と同時に美月に電話をした。
『美月〜、到着でーす! 寒いよ〜』
『花梨ちゃ〜ん! 待っていたぞよ〜! 札幌へようこそ! 寒いでしょう? 花梨、あんた、まさか、前みたいに寒い格好、薄着で来ていないでしょうねぇ?』
『美月くん、大丈夫! 道産子製品のヒット作「アツッピ」(特殊な繊維を使用したシャツで、通常のシャツの3倍は温まるシャツ)を3枚に、タートルネックのセーターに、コートを羽織っているし。マフラー、毛糸の帽子で、完全防備よ! 前みたいにTシャツにGジャンだけなんてカッコは2度としないと誓うぜい!』
『分かったよ〜! 花梨はとっても偉い子ちゃんでぇーす! 良かった。ホッとしたよ。花梨、今から、エンジェル・ウイングスに来るの?』
『今はね、まだ札幌駅なんだよ。これからホテルに直行するから、夕方の5時頃に、ちょっとだけ、エンジェル・ウイングスに顔を出してからYさんのライヴに行くよ』
『花梨、何処のホテルに泊まるの?』
『札幌ヴィーナスホテルという所だよ』
『あっ! いいじゃんかよーう! お洒落なホテルだわ。アーティストやミュージシャンがよく利用するホテルで有名だね。了解しましたーっ! 待ってるよん!』
『美月、じゃあ、あとでね!』
『うん。こっちに来る時は、気を付けなさいよ。路面ツルツルだから滑るよ』
『ありがとー。分かりましたですっ! バイバイ!』
『バイバーイ』
私は駅のホームを見回した。雪が綺麗に降っているのが見えた。胸が踊る。
荷物を左手に持ち直して、乗車券をコートのポケットから取り出そうとした。
うまく取り出せない。地面に荷物を下ろして、ポケットをまさぐる。あった。体が揺れていて足が浮いているみたいだ。まだ汽車に揺られている感覚が体に残っていた。
「あ~っ! ちょいと、ちょいと!! ちょっとぉーっ!! 待ってぇ〜! マジでヤバい!! 止まれ!」と私は大きな声で叫んだ。強い風が吹いてきて乗車券を離してしまった。
私は取り戻そうと走って駆け寄り手を伸ばすが、乗車券は高く舞うように飛んでいく。
向こうからこちらに走ってきた男が、乗車券を目掛け手を伸ばして取ろうと高くジャンプをした。
男は綺麗なジャンプで見事に乗車券を上手くキャッチした。
上手く着地をしたが乗車券を濡れた路面に落としてしまった。
男は慌てて乗車券を拾うと、着ているコートの左腕に持っていって、濡れた乗車券を丁寧に擦って拭いてくれたのだ。
私は驚いて男を黙って見つめていた。こんな事をする人は初めて見た。男の左腕は黒い泥の跡がついて汚れていた。
私は申し訳ない気持ちになり胸が痛かった。改めて男の顔を見つめてみる。
とても綺麗でハンサムな顔に戸惑ってしまい、男の見せる子供のような無邪気な笑顔にかなりの動揺をしていた。
「はい、どうぞ。ごめんね。汚しちゃって」と男は照れながら私に言った。
「いえ、こちらこそ、すみません。コートを汚してしまったみたいで…。助かりました。どうもありがとうございました」と私は頭を下げて御礼を言った。
「いえ、なんともないですよ。このコートはもう8年目になりますから。ほぼ古着となりつつあるので」と男はハニかみながら言った。
「本当に大丈夫でしょうか? クリーニング代を出します」と私は財布を取り出して言った。
「大丈夫です。落とさないように気を付けてくださいね」と男は言って頭を下げると来た道を走って戻っていった。
私は彼の後ろ姿を見つめながら『光を体に纏って生きている人』という言葉か頭に浮かんでいた。
私の心をとらえて離さないという強烈な印象を残してしまった。魅力的で何か感じるものがあった。
私は幼い頃から一目惚れを信じていた。いつか自分にも一目惚れが訪れると信じ続けていた。
沸き上がるこの気持ちは一体なんだろう?
胸の高鳴りが止まらないでいる。胸が痛い。彼を見つけて情熱が生まれた。
彼は忘れられない笑顔を私に残して去っていった。
夢の中を歩いているみたいに体が揺れている。
汽車のせいもあると思うけれど、もっと舞い上がるような気持ちに近い揺れ方だった。
雪が綺麗に降っているのを見ると幸せを感じる。
あの男性は本当に優しくて素敵な人だった。
昔、鹿児島から出てきた大学の友達、優理から聞いた話を思い出した。
優理の父親が東京駅のベンチに座って新聞を読んでいたら、突然、見知らぬ男に新聞を破られて、「邪魔なんだよ!どけろ!」と怒鳴られたそうだ。
それが原因で父親は東京に住むのが嫌になったそうで、鹿児島に引っ越しをしてしまったという話だ。
乗車券を取ってくれたあの人と全然大違いだ。
私は何かが変わろうとしているのを感じていた。
涙が零れてきた。
私は声を挙げて泣きたくなっていた。
つづく
クリスマス以降も愛を見つけようよ♪読んでくれてありがとうございました!