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第六話 退学騒動


◆ ◆ ◆ ◆


 祐喜は学年主任の綿野に連れられ、理事長室へ向かっている。生徒たちの話し声が聞こえた。白霊クラスの者に相違ない。


「あの黒憑き、白霊六体もヤっちまったんだってよ」

「六体もか?」

「それじゃ、確実に退学だな」


 祐喜は怯えていた。

 学年主任の綿野が理事長室の戸を開ける。部屋の中で理事長が待っていた。理事長と面会するのは初めてだ。きっちりと整えられたグレーの髪に、センスのいいメガネ。きりっとした目が聡明そうだ。

 理事長は別に憤怒の念を顔にだしていなかった。呆れて怒る気にもなれないのか? まさか退学処分が決まったから、もう叱ることさえしないのか?


「さあ、そこにおかけなさい」


 理事長にいわれるがまま、綿野とともにソファーに座った。対面の理事長にまじまじと顔を見られている。表情に精一杯の反省の色をだした。いまはそれしかできることがない。


「邑塚くんにはテンが憑いているんだってね? これはまたすごい」

「はあ、まあ」


 理事長が笑っている。意外だ。まさか怒っていないのか?

 祐喜は恐縮した面持ちで猛省の意を述べた。

 理事長が大きく首肯する。依然として穏やかな顔だ。


「先に手をだしてきたのは白霊たちだったみたいだね。彼らにしてみれば自業自得のような気もするな」


 理事長は話のわかる人物のようだ。ならば退学はないと考えていいのだろうか。

 そう思いかけたところで、学年主任の綿野が険しい顔を向けてきた。


「理事長はああいっているが、キミは六体もの白霊を葬ってしまった。理解してるね?」

「……はい」

「相手が先にちょっかいをだしてきたからといって、仕留める必要はなかったのではないかな」


 しばらくの間、祐喜はひたすら低頭しつづけた。それでも綿野の厳しい口調は変わらない。


「さきほど理事長と相談した。校則に従って退学の判断をくだすべきか否かをだ」


 退学となるか否か……。緊張で鼓動が高鳴った。もしできることならば、両耳を塞ぎ、その先の言葉を聞きたくない。

 綿野でなく理事長がぼそっといった。


「しかし未来のある生徒に、退学はなかなかくだしにくいんだよ」


 それでは……?

 助かったということか。あしたもまたこの学校に通える。

 安堵した祐喜は涙が溢れんばかりだった。

 綿野が告げる。


「今回は特別措置だ」

「はいっ。ボクはまだ転校二日目ですが、この学校にまた通えること、心より感謝します!」


 祐喜はさっと立ちあがり、理事長と綿野のそれぞれに深々と頭をさげた。

 ところが……。

 綿野が首をかしげる。


「何をいってるのだ?」

「はい?」


 何をって……。

 まさか。胸の底からふたたび絶望感が湧いてきた。胸が苦しい。

 やはり退学なのか。


「とにかくだ。憑依霊を失った生徒は、本来ならば退学になるところだが、あの六人は理事長の計らいで、霊とは無関係の一般のクラスへ移ることとなった。くり返すが、今回だけの特別処置だ」

「は……」


 退学の危機に直面していたのは、白霊を失った六人のことだったらしい。

 綿野の話が続く。


「しかし彼らはこれからが大変だ。白霊ク……Fクラスと一般のクラスでは、学力がかなり違うからな。以前にも似たようなことがあった。EやFのクラスの生徒が一般のクラスに移ったはいいが、単位を取得できずに留年したり、卒業を諦めて自主退学を申しでてきたりと」


 容赦なしとはまるで地獄だ。

 ここで初めて理事長の顔から笑みが消えた。


「邑塚祐喜くん。いいね? もう二度と他人の憑依霊を消しちゃダメだよ」


 このあとも綿野にみっちりと絞られるのだった。



 理事長室から廊下にでる。

 戸を閉めたところで、パッと少女が現れた。ビャクだ。


「お前のことは学校に内緒なんだ。あまりちょろちょろしないでくれ」


 ビャクは気持ち悪いほどニヤニヤしていた。


「あのね。この学校、面白いよ。いろんなヒトといろんな霊がいるよ。それとね……」


 嬉しそうに話している途中で、遠くから祐喜を呼ぶ声があった。


「おぉー塚ぁくんっ」


 ビャクはパッと姿を消した。やってきたのは遠間葉月だった。


「葉月じゃないか。こんなところで何やってるんだ。もう朝のホームルーム、始まってるんじゃないのか」

「朝のホームルームなんて、たいしたもんじゃないって。それより大丈夫だった? こっぴどく叱られちゃったんじゃないの?」

「ホント、まいったぜ」

「お疲れ様でござんしたっ。でも邑塚くんが白霊をバッタバッタとやっつけてたとき、あたし気持ちよかったぁー」

「ちょっと懲らしめるだけのつもりだったんだ。まさかあんな簡単に霊が消滅するなんて思いもしなかった。まあ、反省している」


 祐喜は首をすくめた。


「実は邑塚くんの暴れっぷり見て、ニュースでやってた『バーサーカー症候群』を思いだしちゃった」

「おいおい、それと一緒にしないでくれ」


 葉月とともに教室へ向かっていると、前方に見える資料室から、男子生徒がでてきた。片手には大きな地図。次の授業の教員から頼まれたのか。

 男子生徒と目が合う。おいおい、嘘だろ? その顔には見覚えがあった。切れ長の目を持つ少年――祓い師の兄だ。とっさに後ろへ跳ね、間合いをとった。さあ、何がくる。また数珠を使うか? 火の玉をだすか? それとも影縫いとかいう技を?

 ところが祓い師兄は構えるようすもない。


「おや、昨夜はどうも」


 一戦交えたことについては気にもしていないのか。祐喜は毒気を抜かれて茫然とし、「おう」と返すのがやっとだった。祓い師兄もそれ以上は何もいわず、通りすぎていった。

 祓い師兄の背中を見送っていると、ふと不安が横切った。彼には黒霊と白霊の二重憑きであることを知られている。ビャクに回復処置をさせたが、同じ高校の生徒だなんて思いもしなかったのだ。

 葉月が指先で背中を突っついてきた。


「邑塚くん。(つちのと)とは知り合い?」

「己? あいつ、己っていうのか」


 葉月はうなずいた。


「うん。同じ学年のAクラスで己恭介っていうんだ。祓い師だから、あたしたち霊宿しから見れば天敵だよ」

「あいつには、昨夜、霊道門に向かう途中で会ったんだ」

「霊道門? 祐喜くんちの近くに現れたのかぁー。うちの近所だともう三ヶ月くらいでてきてないな。それより己に何かされなかった?」

「いいや。別に」


 己が魅夜にボコボコにされたと答えるのは避けておいた。彼の名誉のために。


「運がいいよ。絶対に戦っちゃ駄目。黒霊にとっては相性が悪いんだ」


 勝ったんだけどな。


「忠告、どうも。とりあえず肝に銘じておく」

「まあ、己の方もね、学校には『霊道門が出現していないときは、黒霊宿しに手をださない』っていってるんだって。だから普段は大丈夫だろうけど、あまり近づかない方がいいと思う」


 階段に差しかかった。教室は三階にあるから面倒だ。踊り場までのぼると、そこに子供がいた。男の子だ。やや長めのまっすぐな髪。頬にはえくぼ。あどけない眼が祐喜と葉月を見ている。

 高校の校舎に小さな子供がいるわけない。だからすぐに誰かの憑依霊だとわかった。しかし白霊なのか黒霊なのかは不明。葉月は一瞥をくれただけで、特に気にしていないようすだ。媒体を離れて散歩している憑依霊と遭遇することなど、ここでは日常茶飯事なのだろう。祐喜と葉月が踊り場を通りすぎると、男の子の霊はすっと姿を消した。


「あっ、消えた」


 祐喜がつぶやいた。同時に、ふと思いだしたことがあった。前日の学校帰りに葉月から聞いた生徒失踪の話だ。


「あのさ、葉月」

「何、呼んだ?」

「聞きたいことがある。きのう、生徒が失踪したって話をしてくれただろ? 生徒がいなくなったのって、あの祓い師が原因じゃないのか? あいつ、あるいはその仲間が黒霊宿しの生徒を消しさったんじゃね?」

「うーん、確かにそんな噂もあるけどね」

「だろ? きっと黒霊宿しの命を奪うことに、なんの抵抗もないんだ」


 実際、祓い師は妙な術を使い、祐喜を焼き殺そうとした。じゅうぶんありえることだ。しかし葉月からでたのは否定的な意見だった。


「でも己の一族はね、黒霊相手ならばともかく、霊宿しの人々の『命』までは奪わないはずなんだ。怪我くらいなら負わせることもあるかもしれないけど」

「その話、根拠とかってあるのか」

「一族に命を救われた黒霊宿しの話とか、何度か耳にしているんだ。たとえば霊同士の衝突があったときなんかにね」


 そんなはずはない。おれを焼殺しようとしたあれは、なんだというのだ。

 もう一度考えてみた。本当に殺そうとしていたのか? 口では『殺めるのはやむをえない』といっていた。そう、口では。だいたいあの炎はヒトを殺傷させるだけの威力があったのだろうか。せいぜい火傷を負わせて、戦意をそぐ程度のものだったのではないか。冷静になってみると、そんな気がしてきた。

 何やら葉月の顔は嬉しそうだ。


「邑塚くんも、生徒失踪の話に興味持った?」

「いいや、興味なんてない。だけどそんなに失踪が続くのなら、よくマスコミとかが騒がないよな?」

「そりゃ、だってウチは恐ろしい霊たちの蔓延る学校だよ。記者も命がけになるでしょ? 仮にヒトが殺されたとして、霊などによる怪奇現象ならば、警察は立件なんてできない。その意味じゃ、どんな凶悪犯よりタチが悪いから。あとね、どっかから圧力がかかって、もみ消されちゃってるって噂もあるんだ」

「なんだよ、それ。怖ぇーなあ。ちなみに生徒の失踪について、学校側からのコメントってあるのか」

「ううん。そんなのない。ただウチの担任は『生徒の自主退学や転校がたまたま続いた年もあった』といってるけど、たまたま続いただけなんて絶対に信じられない」


 葉月の話を聞き、腕を組んで天井を見あげた。彼女は担任の話をまったく受けいれられないらしいが、祐喜はそうでもなかった。重なった偶然に対して、生徒たちが過剰反応しているだけだとした方が考えやすい。


「そんじゃさ、黒霊クラスの生徒はどれだけ減ってるんだ? 例えば入学から卒業までの三年間で二、三人程度だったら、少し気にしすぎだと思うが」

「二、三人なんてものじゃない。毎年、黒霊クラスには三十人以上の生徒が入学してるけど、卒業時には平均二十人前後にまで減ってるんだよ! 調べればすぐわかることだから」

「結構多いな。なるほど、それならば懐疑的にもなる」


 彼女はますます目に輝きを見せた。


「あとね、狐憑きの生徒ですら失踪してるんだ。狐の霊といったら霊力はトップレベルのはず。だからよっぽど恐ろしい霊力を持ちあわせた化け物や集団がいるに違いない」

「本当ならば厄介だな」

「そうそう。在校生だけの話じゃなくて、ここの卒業生も数多く失踪してるみたいだよ」


 葉月が平気で嘘をつくような人物には思えない。しかし推測が間違っているとか、ガセの情報を仕入れてしまったという可能性ならばじゅうぶんにある。

 ふたたび彼女に尋ねた。


「失踪したりさせられたりしたとして、その生徒やOBはどこへいったんだろうな」

「あたしなりにいろいろ調べてるけど、まだ掴めてないんだ」

「生きているのかな」


 葉月はたちまち表情を曇らせた。

 しまった、と思った。


「ごめん。おれ変なこといっちゃった。もしかして葉月の知りあいにも……」


 葉月の足が止まった。


「最近、柿田くんが授業にきてないの」


 柿田といえば鬼が憑依しているという生徒だ。祐喜は顔に笑みを浮かべた。


「たぶん大丈夫だ。鬼なら昨晩見かけた。ウチの近所に霊道門が現れたって、さっき話しただろ? そんときにヒトが馬鹿デカい鬼を連れてた」

「ほ、本当?」


 深くゆっくりと首肯した。


「嘘じゃない」

「鬼なんて滅多に遭遇するものじゃないから、きっとそれ柿田くんだ。よかったぁ」


 葉月はふたたび無邪気な笑顔をとり戻した。クラスメイト思いなのだろう。


「いい奴なんだな、葉月は」


 照れくさそうに首を横にふった。

 祐喜は思った。黒霊は確かに邪霊の一種なのだろうが、それでも黒霊宿しは普通の人間と変わらないのだ。


「転校二日目を迎えたばかりだというのに、この短い間でいろんなことを知ることができた。いままで知らないことだらけだった」


 鬼や祓い師の存在、黒霊宿しと白霊宿しのいざこざ、獣霊の序列……。それからこの転校がなかったら、魅夜がイタチではなくテンだったことも知らないままだった。


「うん、当然。だってここは普通の高校と違うから。この学校のこと、もっと知りたい?」

「まだ何かあるのか」


 葉月が肩を寄せてくる。


「うん。お姉さんがいろいろ教えて・あ・げ・るっ☆」

「やっぱりいい。遠慮しとく」

「冗談だよー」



 教室の前までやってきた。担任教師の耶馬がちょうど教室からでてきたところだった。たったいま朝のホームルームが終わったのだろう。

 耶馬と目が合った。ちょこんと頭をさげた。


「遅れてすいません。理事長と学年主任に呼ばれたもので」

「はい、聞いています」


 続いて葉月も。


「あたしも、つきそいで」

「それは聞いていません」

「ごめんなさいっ」


 葉月は次の休み時間に職員室へいくことになった。


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