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第三話 バーサーカー症候群?


 鳥でもないのに祐喜の体が飛んでいる。ポリバケツと一緒に宙を舞う女子生徒の姿も見えた。道路の真ん中に落ちた祐喜は、なおも転がりつづけた。


「愚かだな」


 魅夜の冷やかな声が聞こえた。それからビャクの喜びの声も。


「祐喜ったら面白ぉーい」

「いててて。ビャクが変なこというから、コケちまったじゃねえかっ」

「えー。道端のポリバケツにつっこめなんて、あたしはひとこともいってないよ」

「るせっ! つうか、声をだすんじゃねえ。お前のことがバレちまうだろ」


 もっときちんと叱ってやりたかったが、その前に確認すべきことがあった。女子生徒は無事なのか。

 辺りを見回す。後方にひるがえると、白い大蛇がとぐろを巻いていた。大蛇が祐喜を凝視している。その刺すような鋭い視線は、まるで刃物のようだった。


「ヘビ? てか、こいつ、霊だな」


 とぐろの中に女子生徒を見つけた。具現化した白い大蛇の霊が、彼女を優しく受けとめていたようだ。これが彼女の憑依霊か。


「もう、邑塚くん。急にどうしちゃったの?」

「わ、わりぃー」

「まあ、怪我はないからよかったけど。でも後ろにレディを乗せてるときは、ちゃんと気をつけようよね」


 レディなんていう言葉は、昭和のドラマかマンガに使われるだけものだと思っていた。あるいはこの地域の方言か。とりあえず低頭した。

 頭をあげ、大蛇を眺める。


「それにしてもデカいなあ。それが憑依してるのか?」

「うん、そうだよ。しかもこの子は単なる大蛇じゃないの。シロヘビってね、ヘビの中じゃ霊力が最上級。たぶんキツネにだって負けないから」

「確かに強そうだ」

「名前はゴンっていうの。普通は名前って憑依したときに考えるものじゃない? でもこの子は最初から名前を持っていたんだ。珍しいでしょ」

「へえ、それって珍しいことか。確かに魅夜はおれがつけた名前だったな」


 しかしビャクについては、もともと名前があった。もちろんそのことは口にすべきではない。


「それにしても不思議なんだよね。シロヘビって昔から縁起がいいといわれているのに、どうしてゴンはヒトの魂を食べちゃう黒霊なのかなあ」

「おれはそういうの、さっぱりわからん。霊に関しちゃ、ほとんど何も知らないから」


 祐喜は巨大な霊を見ているうちに、尋ねてみたいことができた。


「あのさあ……」


 いいかけたところで、マイペースな彼女が話を遮った。


「そうそう、まだ名前いってなかったよね。あたしは遠間葉月。葉月って呼んで」

「じゃあ、葉月。聞きたいことがあるんだが」

「いきなり本当に呼びすて? もちろんいいけど。聞きたいことって何?」

「うちのクラスって、鬼の憑いた生徒もいるのか?」


 ビャクいったことが気になっていたのだ。


「感づいた? すごい、すごい、すごぉーい。うん、いるよ。さすがはテンが憑依してるだけはあるんだね」


 葉月という茶髪女子生徒は、目を見開いて感心している。しかし鬼に気づいたのはビャクだ。ビャクのことを明かせないため、否定しないでおいた。何はともあれこの学校に鬼がいるのは確かなようだ。


「そっか。一度でいいから、その鬼を見てみたいもんだ」

「憑依しているのは柿田くん。だけど柿田くん、教室ではずっと一人でいるんだ。それに最近休みがちで、きょうも学校にきてなかった」

「ふうん」


 ずっと一人でいる――。これまでの祐喜と同じだ。きっとこのさきも。

 葉月が馴れ馴れしいのも最初のうちだけで、どうせいずれは遠ざかっていくだろう。

 祐喜は自転車を起こした。


「今度は大丈夫だ。不注意なことはしない。懲りずにもう一度乗ってくれ」

「じゃあ信用する。でも次にコケたらハンバーガー、おごりだからね」

「ハン……? 安あがりだな」


 葉月を後ろに乗せ、ふたたび自転車を漕いだ。広々とした県道を快調に飛ばし、いよいよ神代町内に入った。

 小さなスーパーマーケットの前で自転車を止めた。


「ここまででいい。帰る前に買い物しかなくちゃならないから。ほら、そこの細い道から少し入ったところに見えてるのが、うちのアパートだ。きょうは助かった。サンキュー、葉月」

「へえ、邑塚くんちってあそこかあ。黒霊クラスって、他県からきて一人暮らししてる生徒が多いけど、もしかして邑塚くんもそうなの?」

「いいや、一応県内からだ。でも一人暮らしっていうのは正解だ」

「一人暮らしかあ。羨ましくも思えるけど、本当は大変なんだろうな。それに寂しくなるし」

「どうだかな」


 転校により一人暮らしを始めてから、まだほんの三日目にすぎない。しかも祐喜には二体もの憑依霊がおり、実際のところ一人暮らしという感覚はまるでなかった。特にビャクのせいで家の中は常に騒がしい。


「そうだ、邑塚くん。あしたもチャリに乗せてあげようか? 朝、学校へいくとき、迎えにきてあげるけど」

「いいや、大丈夫だ。チャリ通学の登録はきょう済ませた。おれもあしたから自分のチャリを使える」

「なんだあ、そっか。漕いでもらえると楽だったのに」


 葉月はペダルに足を乗せた。しかしその足をまた地面におろすのだった。


「邑塚くん。いいこと教えてあげようか」

「いいこと?」

「うん。絶対内緒だよ……といっても、たぶんウチのクラスのほとんどが知ってることだけどね」


 葉月はじらすように口をぎゅっと閉じた。


「何だよ。早く話してくれ」


 さっきまで無駄なまでに明るかった彼女が、まるで別人のように険しい面持ちとなった。


「昔っからうちの学校って、たまに生徒が失踪するんだ。特に黒霊クラスの生徒が」

「はあ? 失踪?」

「嘘だと思うでしょ? でも本当なんだ。この噂は内緒だよ。あたしが話したなんて絶対にいっちゃ駄目だから。じゃーまた」


 葉月は笑顔で手をふり、そのままいってしまった。


「じゃあ」


 遅れて発した祐喜の声が、葉月の耳に届いたかどうかは不明。

 葉月の去ったあと、祐喜はビャクを叱った。


「ビャク、いいか? 人前で喋るなら、もっと小さい声で喋ってくれ。さっきは葉月にお前の声が届いてなかったようだったが、お前のことが学校の誰かにバレたら大変なんだからな」

「はーい。でもあのとき祐喜がコケたのは、祐喜のせいでーす」

「……」


 そこへ若い女の姿をした魅夜がすうっと現れた。


「祐喜に話がある。うぬがポリバケツにつっこんだのは、ビャクがわたしの胸のことを話したときのことだ。まさか、わたしをそんな穢らわしい目で見ているわけではあるまいな? もしわたしに発情するのであれば、うぬの体を八つ裂きにしてくれよう」


 魅夜の人差し指の爪が細長く伸びる。祐喜の喉元に触れた。冷たく鋭い爪が喉の表皮を滑る。明らかに威嚇だ。


「おれが動物の霊なんぞに発情するかっ。バカバカしい」

「よかろう」


 魅夜は爪をひっこめ、姿全体も消した。祐喜は溜息をついた。

 ――なんかもう疲れた。



 その日の夕方。祐喜は何気なくテレビをつけた。

 ニュース番組で奇妙な事件を報道している。不可解な映像が流れると、祐喜は画面にぐっと顔を近づけた。その事件のタイトルは『バーサーカー症候群発症?』というものだ。思わずツッコミたくなる病名に、祐喜は何度もタイトルの字幕を読みかえした。視聴率稼ぎか?

 キャスターがニュースを読みあげている。


「きょう夕方六時頃。○△県○△市の繁華街で三人の男が暴れていると、警察に通報がありました。男たちは意味不明な言葉を叫び、付近の家の壁や電柱などを手当たり次第、素手で破壊しているとのことでした。すぐに警官が駆けつけましたが手に負えず、あとから駆けつけた別の警官が、持ちこんだ特別製の網を重ねて使用し、ようやく捕らえることに成功しました。この三人の男に関して県警は、最近多発している新病の通称『バーサーカー症候群』である可能性も含め、政府特別専門機関と共に調査していくと発表しました」


 画面に映る三人の男の顔には、モザイク処理が施されていた。彼らの怪力ぶりはプロレスラーも顔負けで、駐車してある四トン・トラックを片手で軽々と横倒しにしてしまうほどだった。

 腕を組んで考えた。あの尋常ではない力はいったい何だ? いわゆる火事場の馬鹿力的に、筋肉のリミッターがポーンと解除でもされたのか。だけどヒトが素手で家の壁を壊せるものなのか。


「どうした、祐喜。面白い番組とかやっているのか?」


 祐喜の右横からテレビ画面をのぞくのは、若い女の姿をした魅夜だった。

 それからもう一人、祐喜の左横からもテレビをのぞきこむ少女がいた。やや短めのツインテール。あどけない顔立ち。見た目の年齢は十に達するかどうか。ヒトに化けたビャクだった。

 ビャクが映像を見てはしゃぐ。


「わー、何これ。へんなのー。お祭り?」


 祐喜の顔のすぐ両側には二つの憑依霊の顔。


「ちょっ、お前ら。顔が近い!」


 祐喜は二人の頬を、両手で左右に押しやった。

左側では魅夜が祐喜の手をピシャッと弾く。


「うぬ、何をする!」


 右側ではビャクがふくれっ面で祐喜を睨んでいた。


「祐喜、テレビの独りじめはズルい!」


 しかしそのふくれっ面は、すぐにいたずらそうな顔へと化した。


「あっ、わかった! あたしたちに照れちゃったんでしょ? ねえねえ。祐喜ってば、いっっっつも女の子二人に囲まれてどんな気分? ムラムラっとかするの?」

「しねえよ。たまにゃ一人で平和にまったりしたいって気持ちならば、いままさにむらむらと湧きたってるけどな。だいたいお前らどっちもヒトじゃないだろ。霊に女を感じることなんか絶対にありえねえ。しかもビャクはガキんちょだろ」

「なんだかそのいい方むかつく。いまの言葉、絶対忘れるな」


 そういってビャクは祐喜の腕に噛みついた。


「いてぇ! やめろ、放せ」


◆ ◆ ◆ ◆


 その日の深夜。

 魅夜はいささか気が立っていた。姿を消したまま祐喜に何度も呼びかける。だが祐喜はなかなか起きようとしない。それならばと魅夜はテンの姿を現した。前足で祐喜の体を揺する。


「起きるのだ、祐喜」


 テンの姿の小さな魅夜は、寝ぼける祐喜に払いとばされた。部屋の壁を蹴ってUターン。もう一度、眠っている祐喜に向かっていく。


「祐喜!」


 優しいやり方では起きやしない。魅夜は牙を剥きだし、布団からでた祐喜の肩を目がけていった。


「ひぃー」


 悲鳴にも似た声をあげたのは、祐喜ではなく魅夜の方だ。

 魅夜は祐喜の両手に絡みつかれていた。鋭い牙が喉に達するよりも僅かに早く、寝がえりをうった彼の腕に体ごと包まれてしまったのだ。身動きがとれない。


「ならば祐喜、覚悟!」


 霊力にて祐喜の両手をふり払おうとしたその瞬間――。魅夜を抱きかかえる祐喜が、布団ごとゴロゴロと一回転半。最悪なことに、うつぶせの状態で祐喜の動きが止まった。


「つ、潰す気かぁー」


 下敷きになった魅夜は、いったん煙のように気化する。喉を狙いやすいよう、祐喜の顔の近くでふたたび具現化した。

 べちゃっ。魅夜の鼻先は、ちょうど祐喜の顎下。


「いやぁーーー」


 魅夜の鼻に祐喜のよだれが付着していた。


「殺す」


 眠っている祐喜の首筋に喰らいついた。


「うぉおおお」


 やっとのことで目を覚ましたようだ。

 魅夜の息切れはまだ収まらない。

 祐喜は歯形のついた首筋を手で押さえながら怒鳴った。


「おい、こら! おれを殺す気か」


 祐喜によって汚された鼻先を、前足で拭いながら怒鳴りかえした。


「祐喜がなかなか起きぬからだ!」

「何も咬みつくことはねぇーだろっ」


 こっちの苦労など知りもしない祐喜のセリフに、その体を爪で真っ二つにひき裂いてやろうかという衝動に駆られもしたが、ここはその感情をぐっと呑みこんだ。


「さあ、祐喜。霊道門が現れた。うぬの仕事だ。すぐにゆくぞ」

「霊道門が? 二夜連続じゃないか。いったいどうなってるんだ。とりあえず了解した。すぐ支度する」


 祐喜は櫛で髪をとかしはじめた。そして今度はパジャマから私服に着替えようとしている。


「むむむ。こんなときになんと悠長な……。祐喜、時間がない! ゆくぞ」


 魅夜はいらだっていた。着替える暇など祐喜に与えず、パジャマの後ろ襟をくわえた。そして強引に外へと連れだした。


「待て、おれにだって準備というものがある」

「黙れ、祐喜! グズグズするでない。霊道門が消えてしまう。走るのだ!」

「きょうはやけに気が荒いなぁ」


 するとビャクの声が聞こえてきた。


「ふふっ。きょうはね、魅夜も寝坊したんだよ。霊道門がでたのに、ぜんぜん気づかないでイビキかいてた」

「んじゃあ、魅夜が悪いんじゃん。魅夜が寝坊なんかしなきゃ、慌てる必要もなかったんだろ」

「うるさいっ」


 声を荒げた。祐喜がにやけている。


「へぇー。霊も、寝坊とかイビキとかあるんだな」


 すると魅夜に代わってビャクが答えた。


「うん。極めて異例なケースだけど、まったくないわけじゃないよ」

「わ、わたしは寝坊もイビキもせぬっ」


 霊道門へ向かいながら魅夜は、祐喜との昔の会話を思いだしていた。




 ――五年と数か月前。


『うん、いいよ。ボクに憑いても』

『本当によいのか? わたしはヒトに害をなす邪霊だぞ』

『いいよ。キミを手伝うためだったら、ボクもヒトに害をなすよ、年中無休でねっ』

『ほう、年中無休か。だがな、ヒトに害をなすのは霊道門が出現したときだけだ。そのとき以外は、わたしとてヒトに害をなすつもりはない』

『霊道門が出現したときだけ?』

『そうだ。現れたときだけだ。ヒトに憑く邪霊というものは、近辺に霊道門が現れれば、本能的にその場へと急がずにはいられなくなる。のどが渇いたときに水が欲しくなるようにな。霊道門に着いたら通りかかるヒトを待つ。ヒトが迷いこんできたら、その魂を狩る』

『狩るって食べること?』

『そう思っておけばよい。ただしヒトの魂に飢えたこの舌は、うぬが肉を喰らうときのみ充たされる。ゆえにうぬが必要なのだ』

『ボクがヒトを食べるの?』

『怖いか?』

『こ、怖くない。だってきょうからボクはキミの仲間だ』


 ふふふ。あの頃の祐喜は素直で可愛かった。いまではその面影もなくなってしまったがな。祐喜よ、あれから五年以上、一度として魂狩りは成功していない。どういうことだ?

 うぬとは相性が悪いのかもしれぬな。

 本当は怖いのだろ? ヒトの魂を狩るのが。『年中無休』とは、笑わせてくれたものだ。威勢がよいのはいつも口だけだ。

 わたしは人選を誤ったのかもしれぬ。

 昨晩も祐喜は失敗した。魂を狩れなかったのだ。




 地を走る祐喜に、魅夜はちらりと視線を送った。

 目が合ったところで、祐喜が自信に満ちた顔を向けてきた。


「きょうこそはやってやるぜ」

「きょうこそ……か」


 祐喜よ、そろそろ『きょうこそ』を卒業できぬものか?


「ん? 何かいったか、魅夜」

「いいや、何も。だが一つ問う。本気でわたしに手を貸す気があるのか?」

「当然だ。おれはお前と誓いを交わした」


 祐喜はいつもの如く力強く答えた。


「だが怖いのだろ? うぬと同じ人間の魂を狩るのが」

「怖かねえさ。魂を狩るのは、お前と誓いを交わしたおれの使命だ」


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