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序話Ⅱ ミヤとビャク


 霊道門と呼ばれた六つの柱は消え、邑塚祐喜は帰宅の途についた。歩きながら目をこする。もう深夜一時を過ぎていた。田舎道に街灯はなく、月の光だけが頼りだった。


 カタ。カタ。カタ。


 小さな物音に祐喜は足を止めた。周囲を見回す。また歩きはじめた。


 カタ。カタ。カタ。


 物音は鳴りやまない。それどころか近づいてきている。

 気のせいだ。空耳だ。何かの間違いであってほしい。


「ミヤ。ミヤ」


 祐喜はささやいた。

 背後を見るのが恐ろしかった。ふり向いてはいけない。ふり向くな。もしふり向いたら、見えてはならぬものが見えてしまう。


「ミヤ。ミヤ。ミヤ」


 呪文のように繰りかえす。しかし何も変わらなかった。

 祐喜は走りだした。後ろを見たくない。


 カタ、カタ、ガッ、ガッ、ガッガッガッガッ。


 物音も追ってくる。覚悟を決めて後ろを顧みた。

 いた――。

 化け物が見えてしまった。

 しかも駆けてくる。背丈はヒトの倍はあろうか。やたらと長い四肢を持った骸骨だ。ひときわ長い右手中指に、鎌形の爪が生えていた。

 骸骨の怪異が咆哮する。


 祐喜は走りに走った。怪異の爪先が背中に触れた。

 すぐ後ろまできている。もう追いつかれそうだ。疲労も限界にきている。しかし休んではいられない。生死の問題がかかっているのだ。さらにピッチをあげた。

 骸骨の怪異はなおも追ってくる。とうとう長い手が祐喜を捕らえた。がっちりと上腕を掴んでいる。祐喜は大声をあげた。


「ミヤ。ミヤ。もう一度でてきてくれ。ミヤ!」


 骸骨がカクカクと顎を鳴らす。

 祐喜は叫びつづけた。


「ミヤ、どうしてでてこない。また消えたまま、どこかへ遊びにいったのかよ」


 今度は呼びかける相手を替えた。


「ビャク! ビャクはいるんだろ」


 するとどこからか、幼げな声が聞こえた。


「いるよ。祐喜に憑依してるんだもん、ずーっといたよ」


 しかし姿を消している。


「じゃあ、なんとかしてくれ」

「なんとかって?」

「コイツを倒してくれ」


 祐喜はシャレコウベを指差した。


「ケンカ? やーだね。暴力は振うものじゃなくて見るだけのものだって、いつも祐喜にいってることじゃないか。でも応援はするよ。さあ、祐喜、がんばって」

「ちょっと待て。どう、がんばりゃいいんだ」

「大丈夫、大丈夫。相手はたいして強くないから」

「おれは普通の人間だぞ。化け物に勝てるか」

「あたしは祐喜の実力を認めてる。祐喜なら勝てるよ、たぶん」

「何がたぶんだ。化け物相手にヒトが勝てるか!」


 骨の怪異は白い息をはいた。祐喜はそれを吸ってしまい、咳きこんだ。


「ゴホッ、ゴホッ。くそっ、掴まれた手がしびれてきた。もう駄目だ。奴の霊気のせいか、意識も朦朧としはじめた」

「仕方ないな。それじゃ特別に手助けというか、ヒントをくれてやるね。だけど今回だけだよ。いい? 金輪際こういうことはないから」

「わかった。いいから早くしてくれ」

「ほら、そこに武器が落ちてる。それをうまく使ってごらん。わりと互角に戦えるんじゃないかなあ」

「武器だと? 本当か」


 いわれたとおりに足もとを探した。しかし武器らしきものは何もない。さらに広範囲を見回してみる。

 光の剣、魔法の鉾、炎をまとうモーニングスター……。そんな都合のいい武器など転がってはいない。足もとにあるのはただ一つ。空っぽの酒瓶。


「まさか、これのことじゃないだろうな?」


 ビャクからの返事はない。現実問題として『落ちている』ものはそれしかなかった。祐喜は藁を掴む気持ちで右手を伸ばした。しかし上腕を掴まれているため、屈むことができない。それならばと、片足をつきだした。酒瓶を内側に蹴る。転がってきたところをうまく足の甲に乗せ、真上に蹴りあげた。それをひょいっと右手でキャッチ。

 そして不安そうな目で、空っぽの酒瓶を見つめた。


「ビャク、ビャク、ビャク!」

「もー、うるさいなあ。今度は何?」

「本当にこんなものが武器になるのか。普通の人間でも化け物に勝てるっていうのか」

「ないよりはずっとマシさ。さっき祐喜は自分を普通の人間だって表現してたけど、普通じゃないところが一つあるじゃないか。祐喜は霊に憑依された人間だよ。祐喜にはじゅぶんな霊力が備わってる。握った酒瓶に霊力を注ぎこんでごらん。そうすれば祐喜の霊力が、酒瓶の表面をまとうことになる」

「どうやって注ぎゃーいいんだ」

「どうって、普通にさ」

「それじゃわかんねえ。ちゃんと説明しろ」

「ケンカの手助けはここまで。あとは自分でどうぞご勝手に」

「おい、ビャク、ビャクーっ」


 何度も呼んだが、応答はなかった。しぶしぶ酒瓶を強く握りしめ、意識をそこに集中する。しかし酒瓶の形に変化は見られなかった。顔を真っ赤にしながら、ありったけの力を手に込めた。

 やはり何も変わらない。こんなやり方では駄目らしい。試しにエスパーになったつもりで念じてみると、かえって状況は悪化した。怪異によって上腕がますます強く締めつけられていく。痛みに顔をゆがませた。さらには首にも手をかけられてしまった。もだえ苦しみつづける。徐々に抵抗する力がなくなっていく。そのうちに怪異と向かいあう恰好になった。ここで酒瓶を高くふりあげる。えーい、ダメもとだぁ!


「うおおおおおおおお」


 叫びながら瓶をふりおろした。

 ゴンと鈍い音。確かな手ごたえ。

 骨が砕けちった。祐喜の首を掴んでいた怪異の手だ。


「おおお!」


 祐喜は感嘆の声をあげた。空っぽの酒瓶をまじまじと見すえる。


「これって……。おれの霊力をまとったのか、すげえ。霊力をまとった瓶、すげえ」


 上腕にかかる手にも一撃を喰らわせてやった。粉砕までには至らなかったが、骨の手に亀裂が入った。ようやく上腕は放された。祐喜の体は完全に自由になった。怪異が後退する。祐喜もいったん距離をとった。酒瓶をぐるぐるふりまわす。


「霊力をまとった瓶、カッコは悪いがどれほどすげぇーんだろ?」


 試してみることにした。路肩の電柱にコツンと当てる。


「あ、割れた」


 普通のガラス瓶と変わることなく、ガシャンと割れたのだ。祐喜の手には酒瓶の首根っこのみが残った。大部分は見事に砕けちり、夜空の星くずのごとくアスファルト上に散在している。


「あの、ビャクさん?」


 ひらひらと酒瓶の首をふる。

 幼い声が返ってきた。


「あーあぁ、割っちゃったね」

「どういうことだ? 簡単に割れたじゃないか」


 話の途中で怪異が反撃にでる。長い腕を水平にふってきた。中指の爪が祐喜の腹部をひっかいた。


「いてぇーーーーっ。うううううううううう。無視しないでくれ、ビャク」

「そりゃ簡単に割れるさ。いくら霊力をまとったって、電柱からしてみれば、ただのガラス瓶でしかないんだからね。これが有効なのは怪異相手だけってこと。でも問題ない。祐喜にも勝ち目はある。あたしと魅夜に憑依されてるっていうのは、並みの人間じゃない証拠なんだから。あんな雑魚に負けるはずがない。じゃ、がんばって」

「待て待て待て。これからどう戦えばいいんだよ。ビャク!」


 返答はない。祐喜は呼びつづけた。


「ビャク、ビャク、ビャク」


 溜息をついた。たった一つの武器は、手に残った酒瓶の首。だがこれでも一応、霊気をまとっている。


「やけくそだ!」


 酒瓶の首を思いきって投げつけた。

 シャレコウベの顔面に命中。酒瓶はすべて砕けちった。武器となるものはもう何もない。はたしてダメージを与えられたのか?


 うまい具合に効いているようだ。怪異が片手で額を押さえている。怪異にも痛覚はあったのか。その手をだらりとおろすと、夜空に向かって咆哮した。

 祐喜も負けじと大声をあげる。


「うおーーーーーーー」


 すると怪異はまるで怯えたように後ずさりを始めた。

 祐喜がにやりとする。再度大声をあげた。


「うおーーーー、うおーーーー、うおーーーー、う……?」


 ここで首をかしげた。何かがおかしい。じっくり骸骨を観察する。

 おかしいのはシャレコウベの視線だ。まっすぐ祐喜に向いているわけではなく、ほんの少し右にズレているような気がしなくもない。この猛々しい雄叫びに、怪異が怯えたわけではなかったのか。だとすれば視線の先は真後ろ?

 ふり返ろうとした瞬間、大気すら震えるほどのすさまじい霊気が、背後からブリザードのように吹きつけた。思わず身を縮ませる。なんなのだ?

 ゆっくりとさりげなく後方のようすをうかがった。予想どおり何かがいる。暗色の靄に包まれているため、その輪郭はよく捉えられない。怪異はそれを見ていたのだろう。


魅夜(みや)か? 魅夜だよな?」


 そうであることを願った。

 靄が小さな獣の形を作る。


「やっぱり魅夜だった」


 祐喜は歓喜と安堵の入りまじった声をあげた。その間に怪異は身をひるがえし、走りにげていった。やがてその背中は消えた。


「あー、助かった。食われるかと思った」


 疲れがどっとでた。足に力が入らなくなり、地面に尻をついた。

 幼い声が、姿も見せずにいう。


「だね。もし魅夜があともう少し遅かったら、祐喜が食べられてしまうのを、目の前で見せられていたところだよ。いっつも魅夜は自由気ままにどっかへいっちゃうんだもん」


 魅夜と呼ばれた小さい獣は毛づくろいを始めた。


憑依媒体(よりしろ)から離れてどこかへいこうと、わたしの勝手だ。誤解するでないぞ。わたしは守護霊などではないのだ」


 首肯したのは祐喜だった。


「誤解なんてしないさ。じゅうぶん承知してるつもりだ。さっき大声で助けを求めたおれがいうのもなんだけど、見殺しにされたってそれはそれで仕方なかったと思う。まあ、多少の文句ぐらいは垂れたとしても、恨みはしなかっただろう。きょうのことは感謝するぜ、魅夜。だけどビャク、いつもどっかにいくのは、お前だって同じじゃねえか」

「だってあたしは忙しいもん。あれ? 魅夜、またいっちゃうの?」

「わたしも多忙なのでな」


 小さな獣は天高く舞いあがった。まるで月へとのぼっていくように。

 幼い声が耳元でささやく。


「新しいこの町、いっぱい星が見えるね」

「ここはかなりの田舎だからな。さて、明日は学校だ。早く家に帰って、すぐに寝なきゃ。転校初日から遅刻するわけにはいかないんだ」

「今度の学校は楽しいといいね」


次話から本編になります。

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