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第十五話 告白


◆ ◆ ◆ ◆


 ビャクは少女向け恋愛マンガを自力で読みおえた。その恋愛マンガに感銘を受け、うんうんと大きく二度うなずいた。字を読むことにまだ慣れてないにもかかわらず、読みづかれなど微塵も感じていなかった。

 夕飯を食べおえたばかりの祐喜のもとに向かう。


「祐喜ぃー」


 祐喜はビャクの姿を見るや、危険を察したかのように身を構えた。


「字が読めるようになったんだから、本は自分で読むんだぞ。きょう、おれはくたくたなんだ」

「それよりさー。祐喜、好きな人いる?」

「はあ?」


 呆気にとられた祐喜の顔を、じっと観察する。


「ねえ、葉月とつきあってみれば?」

「ったく。バカいうな」


 かったるそうな顔で祐喜が答えた。


「じゃあ、穂香とは?」

「誰がつきあうか」


 今度は即答だった。

 他人のリアルな恋愛が見られない……。ビャクはガックリとうなだれた。

 しかし祐喜と穂香のことについて、ふと思いだしたことがあった。

 先日、霊道門が現れたとき、祐喜は魅夜との約束を破り、穂香の魂を狩らなかった。さらには魅夜の『穂香には近づくな』という忠告も無視し、きのうもきょうも穂香と楽しそうに話をしていた。

 うん、そっか。わかった!

 祐喜に顔を寄せた。


「やっぱりだね。穂香が好きなんでしょ?」


 祐喜は呆れ顔で目を細めた。


「穂香は単なる幼馴染だ。仲はいいがそれだけだ」


 しかしビャクはニヤリと笑った。

 これまでたくさんの少女向けのマンガや小説を読み、恋愛について勉強してきたのだ。恋愛マスターとなったビャクには自信があった。


「幼馴染って最強でしょ? よくあるパターンだもん」

「少女マンガじゃそうだとしても、絶対ありえねぇ。少なくともおれと穂香に限ってはな」


 そういわれても納得できず、祐喜の顔をじっと黙視した。

 祐喜が小さく息を吐く。


「しょうがねえな」


 祐喜が穂香のことを話しはじめる。



 魅夜がおれに憑いたのは五年と数か月前。小四のときだ。霊宿しとなったおれはクラスの連中から気味悪がられていた。寄ってくる奴なんていなかった。だから孤独だった。

 だけど穂香だけは違ってた。あいつは普通に接してくれた。誰にでも優しいんだ。穂香はそういう奴だ。穂香に好意を抱くのは自然なことだ。穂香には恩を感じている。だからおれの場合、特別な恋愛感情じゃねえよ。



「だ・か・ら、それで祐喜は穂香のことが好きになったんでしょ?」

「違う! ガキはさっさともう寝ろっ」


 祐喜が怒鳴った。


「普通の霊は寝ないんだもーん。魅夜は別だけどね」


 ビャクはそういい、大きなアクビをした。



 翌々日の二時間目の休み時間、ビャクは女子トイレに入っていく穂香を見つけた。トイレの前で待つ。まもなくして穂香がでてきた。


「穂香ぁー」

「あっ、ビャクちゃん。学校で姿を現しちゃマズいよ。霊宿しの先生や生徒たちに見つかったら大変だから。祐喜に怒られるんじゃないの?」


 穂香が慌てて周囲をキョロキョロする。


「霊だらけのこの学校じゃ、制服を着てない人がいたって、別に怪しまれることはないのかな。進学クラスの子にはいまのビャクちゃんが見えないしね。だとしてもやっぱり駄目。ビャクちゃん、こっちきて」


 穂香に手をひかれ、人気のない階段の踊り場へと連れられていった。


「急に現れてどうしたの?」


 ビャクは胸をワクワクさせていた。


「うんとね。祐喜とつきあって!」

「な、何をいってるの?」


 もう一度くりかえす。


「祐喜とつきあって」


 穂香は優しくニッコリと微笑んだ。そしてビャクの頭を撫でた。


「ビャクちゃん。人はね、『つきあって』と第三者からいわれても、『ハイ』とは簡単にいえないものなのよ。それに祐喜がいったわけじゃないんでしょ? 祐喜とあたしは単なるお友達。お互いに、いまのままで満足してるの。わかるよね?」

「それじゃ、もし祐喜がつきあってっていったら、つきあう?」


 穂香は優しい笑顔そのままに答えた。


「祐喜とあたしは、お、と、も、だ、ち」


 ――きょ、拒否かぁ。

 頬がふくらむ。


「んぐ、残念。つまんなーい」


 姿を消した。


「穂香ぁ、バーイ」



 祐喜の高校をでた。道路の向かい側にある付属中学へと飛んでいく。

 教室の天井裏で休み時間になるのを待った。授業中は声もだしてはいけないと、己真由からいわれているのだ。

 チャイムが聞こえるとすぐに、天井からおりていった。真由から見える程度にうっすらと姿を現す。


「真由ぅー」

「あら、ビャク。きょうはね、このマンガを持ってきたのよ」


 真由からマンガ本を受けとった。もちろん少女向けの恋愛ものだ。


「ありがとう」


 真由は白い歯をこぼして微笑んだ。

 ビャクは飛んで、真由の周りをぐるっと一回転する。


「どうしたの? ビャク、きょうはご機嫌ね」

「うん! あのね、真由。祐喜とつきあって!」


 真由の表情がこわばった。眉をぴくぴくさせている。

 黙ったままなので、もう一度くりかえした。


「祐喜とつきあって」

「はあ? 兄様を苦しめた邑塚祐喜さんと?」

「うん」


 たちまち真由は目を剥いた。


「じょ、冗談じゃないったら。黒霊宿しのゴミくずなんてお断りです!」

「もし祐喜がつきあってっていっても、つきあわない?」

「あたりまえです」


 ――祐喜、モテないなあ。

 頬がふくらむ。


「んぐぐ、残念。つまーんなーい」


 マンガ本を持ったまま姿を消した。


「真由ぅ、バーイ」



「よしっ、ならば最後の手段!」


 そういって高校に戻ってきた。祐喜の教室近くで、柿田を見つけた。巨体を揺すり、廊下を闊歩している。


「柿田ぁー」


 ビャクに気づいたようだ。互いにその場で足を止めた。


「お前は邑塚の白りょ……おっと、内緒だったな」


 柿田の視線が、ビャクの抱えたマンガ本に止まる。


「なるほど。あいつの趣味ではなかったのかもしれないな」

「えっ、なんかいった?」

「なんでもない。それにしても機嫌がよさそうだな」


 大きく首肯する。


「うん。あのね、祐……」


 話の途中だというのに、大きな柿田がしゃがみこみ、そっと頭を撫でてきた。


「おう、なんだ? いってみろ」

「……祐喜にこのマンガ、ちょっと持っててって伝えて」


 柿田にマンガ本を手渡した。


「了解だ。邑塚に渡しておけばいいんだな」

「ありがとう。バーイ」



 手ぶらになったところで葉月を探す。

 階段前で葉月を発見。しかし葉月は他の女子生徒たちとおしゃべりしていた。


「葉月ぃー」


 名前を呼ばれた葉月は周囲を見回した。

 彼女の前に着地する。


「あ、あたしを呼んだのは、あなた?」

「そうだよ」


 葉月に笑顔を向けた。

 女子生徒が葉月に尋ねる。


「葉月の知ってる子? 誰かの憑依霊のようだけど」

「さあ、記憶にないけどなぁ。あのう、あなたは……」


 ビャクは構わず葉月の手をひいた。


「ここじゃ駄目!」

「えっ、どこへ連れていくつもり?」


 葉月を屋上前まで強引に連れだした。


「あなた、誰に憑いてる霊なの?」


 周囲をキョロキョロと確認する。


「ゴン、いないね」

「ええ。ゴンはいつもどこかへいっちゃうからね。でもあたしを傷つけるようなことしたら、あとでゴンがあなたに仕返しにくるから」


 葉月は身を構えた。微かにその手足が震えている。

 対照的にビャクは目を輝かせていた。


「それよりぃー。祐喜とつきあって!」

「はい?」


 葉月は鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せた。そのまま固まって動かない。

 もう一度くりかえす。


「祐喜とつきあって」

「あ、あの。あたしが祐喜と? そ、そんなこと急にいわれても、その……」

「困る?」

「困るとかじゃなくて……」


 葉月は俯き、顔を赤らめた。


「もし祐喜がつきあってっていったらつきあう?」


 じっと応答を待った。

 しかし葉月は首を横にふった。


「そ、そんなこと祐喜がいうはずないから」

「それもそうだよね。祐喜が葉月にいうはずなかった」


 ――まあ、当然か。

 頬がふくらむ。


「んんんぐ。やっぱ脈ナシ……。残念っ」

「えっ? 脈ナシって?」


 そのまま姿を消した。


「葉月ぃ、バーイ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、どういうことぉー」


 ――やっぱり本命は穂香だよね。難しいな。



 その日の昼過ぎ。校内をふわふわと徘徊し、屋上まで浮遊していった。

 フェンスに腰をかける長い黒髪の女がいた。細身の体と美しい横顔は、同性でも見とれてしまうほどだった。


「あれっ、魅夜ぁー。こんなところにいたの?」


 魅夜の視線がビャクを捕らえた。


「おや? ビャクだったか。ずいぶん、しょげたような顔だが」


 しょげているのは、フラれまくった祐喜のせいだ。

 ビャクはフェンスの上に尻をつけ、魅夜に並んだ。


「ねぇ、いつ祐喜のところに戻ってくるつもり?」


 魅夜はぼんやりと遠い山々の翠微を眺めた。


「戻るかどうかはわからない。少なくとも当分の間は戻ることもあるまい」

「どうして? 祐喜が黒霊宿しとしてだらしないから?」


 魅夜の髪が風に乱される。


「そうかもしれない。ただ、それだけではない。少々探ってみたいことができたのでな」

「探ってみたいこと?」

「面白そうなものを見つけたのだ」

「ふうん。見つけたって、穂香のバーサーカーに関することとか?」


 魅夜の目がキリッと鋭くなった。


「わかるか? ふむ、そのとおりだ。ここ最近、穂香の動きを観察していて少しわかったことがある。穂香に憑いているのは、霊とはまったく別物のようだ。不思議なことに、その憑きものが発しているのは霊気でない。その異様な気の流れは遥か遠くからでもあり、また近くからでもあり……」


 熱心に語っているが、その話を遮る。


「なんだか魅夜らしくないね。正義の味方ごっこなんて。それをつき止めてどうするの? 祐喜に褒めてもらうつもり?」


 魅夜は瞬時に眉をつりあげ、力強く否定した。


「ふざけるなっ。そのようなことはない。わたしは……」


 むきになって弁解を始めるつもりのようだが、そんな話には興味ない。フェンスの上に立ち、歩きながら話題を変えた。


「ところでさぁー」

「な、なんだ?」

「祐喜のことだけど、どうして穂香に告白しようとしないのだろうねえ。恥ずかしいのかなあ」

「……」


 魅夜は何も答えない。

 黙ったままの魅夜にがっかりする。ぼうっと空を見あげた。


「祐喜が穂香と恋愛でもすれば面白くなるのになあ」


 黙然としている魅夜の顔をもう一度確認する。


「ねえ、魅夜も一緒に祐喜のお手伝いしない? 穂香と恋愛までうまく発展するようにさ」


 ここで魅夜がやっと重たい口を開いた。


「それはならない」

「どうして?」

「祐喜はすでに告白済みなのだ」

「えっ?」


 魅夜の意表を突くような言葉が、一瞬信じられなかった。卒倒しそうなほど衝撃だった。大きく身を乗りだし、再度確かめる。


「祐喜が? 穂香に?」

「うぬが祐喜に憑依する数ヶ月前のことだ。もうじき三年も経つのだな」

「で、で! どうなったのっ」


 話の続きが聞きたくて堪らない。胸をドキドキ高鳴らせ、顔を魅夜に近づける。

 魅夜は躊躇するような表情も見せるも、こうなったビャクは絶対に引きさがらない。とうとう観念したようだ。


「穂香は祐喜に詫びを入れた」

「ひゃっ!」


 思わず大声がでてしまったが、両手で口を塞いだ。


「だから穂香については、そっとしておいてやれ。祐喜もいろいろあったのだ。古傷を掘りかえすでないぞ。あの泣き顔を見るのは忍びなかった。恋だとかの本をたくさん読んだのなら、ビャクにも理解できるだろ?」

「祐喜、やるじゃん!」

「よいな? いま話したことは何があろうと、祐喜に内緒だぞ」

「うん!」


 両手を組みあわせ、青々とした上空を、祈るように仰ぐ。

 祐喜がねえ。祐喜がコクったりフラれたりするの、あたしも見たかったな。あたしが憑くわずか数ヶ月前か。んーーーー、残念。

 ここで、ふと思いだしたことがあった。


「あっ、やばー。たいへん、たいへん!」


 大急ぎで祐喜の教室へと向かった。




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