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金髪の綺麗な人



 何て綺麗な人なんだろう。流れるような金髪。お姫様のような顔。すらりと長い手脚。彼女とすれ違う度に、溜息が漏れ、頬が熱くなるのを抑えられない。もしここに宇宙人がいたならば、彼女と私を同じ人類だとは思わないはずだ。生き物としてのランクどころか、カテゴリーすら違う。

 ただ、そんな彼女にも、私との共通点が一つだけ存在した。退屈そうに、眠そうに歩く彼女は、いつだって。


 いつだって一人だ。











 学校に、自分のクラスに到着する。誰とも挨拶を交わさない。一人下を向いて席まで歩く。別に、下を向く必要もない。だって、誰も私の事なんか見ていないのだから。それでも、もし、もし誰かと目があってしまったらと考えると、靴の爪先を眺めずにはいられない。

 カバンから教科書やノートを出して、机に押し込む。窓際の私の席からは、よく外の景色が見れた。桜が綺麗。ほとんどの花弁が散ってしまっても、綺麗だと思えた。でも、そんな春色を見続けるのは何故か辛い。瞬きを二回する間に目をそらした。すると、廊下をあの人が歩いていた。

 金髪の綺麗な人。名前は知らない。何やら有名人らしいが、その理由を教えてくれる友達は私にはいない。

 彼女には噂も多いらしい。噂の内容もほとんど知らない。噂話をする友達がいないからだ。ただ、クラスの女子達が話をしていたのを漏れ聞いた事がある。

 彼女は、幽霊が見える。

 馬鹿げてると思った。幽霊なんていない。そんなもの見た事がない。この科学の発展した時代に、そんな非現実的な事を信じられる訳がない。所詮は噂だ。聞き流して水に流してあげるのが良い。

 そんな事を考えながら、朝のホームルームまでの時間を過ごす。黙って俯いて、先生が来るのをひたすら待つ。頬杖をつくことすら私には許されていない気がして、両手を膝に置いたまま息を殺していた。







 私には友達がいない。ずっとではない。中学の時はちゃんと友達がいる普通の女の子だった。それが、高校に入って激変した。とは言え、その理由は恐ろしく単純だ。高校入学前、私は事故にあって、学校開始から一ヶ月間ずっと病院で過ごした。晴れて怪我が治って学校に通ってみたら、もうクラスの友達グループは出来上がっていて、私の入り込む隙間がなかった。それだけだ。そこからは、一人きりで過ごす時間が増えた。

 朝登校して、黙って授業を受けて、黙って休み時間を過ごして、黙って下校する。美しく単純極まりないルーティンだ。

 だが、そんな私にも、転機が訪れた。

 ある日、帰りのホームルームが終わり、クラスメイト達が学校から帰って行っても、私は一人教室に残っていた。

 酷く疲れていた。頭が重い。身体が重い。何より、心が重かった。目を瞑ったら楽になれる気がして、机に突っ伏せて目を閉じた。

 どれくらいそうしていただろう。外で練習している部活動の声を聞きながら、眠りに似た気持ちで闇の中に座っていた時。

 不意に、私の頭が撫でられた。それは、とても優しくて、温かい手だった。少しだけゴツゴツしていて、男子の手だとすぐに分かった。誰だろう。何故、私の頭を撫でているのだろう。ただ不思議で、目を瞑ったままでいた。その手は私の頭を、まるで愛しているかのように撫で続ける。どうしてか怖いとは思わなかった。ただ、その温もりが心地良くて、その手が離れるまで、ずっと私は眠っていた。

 それから、私は毎日教室に残るようになった。誰もいない教室で、窓際の席で机に倒れる。木の冷たさを頬で感じながら、瞼を落として、待つ。すると、彼がやってきてくれる。

 その手はいつも、私の頭を撫でてくれた。時折私の髪の毛をすくってくれた。おでこに指を当ててくれた。優しく優しく、宝物のように私の頭に触れる手が、心地良くてたまらない。落ち着く。浄化されているような気分だった。私の中に溜まった嫌な物、醜い物を全て洗い流してくれる。

 その手の温かさを求めて、今日も私は学校に残る。








「知りたい?」


 今日も窓際の席で、あの人を待っていた。また私の頭を撫でてくれるのを期待して、机の上で眠っていた。そんな私に、闇の中から声をかけてきた人物がいた。あの、金髪の綺麗な人だった。


「知りたいって、何を?」


 その人は、闇の中でより一層輝いている。動くことのないその表情は、よく出来た人形のようだった。


「あんたの頭を撫でるその人を」


「……」


 気になっていないと言ったら嘘になる。一体誰が、こんな私に温もりを与えてくれているのか、何度も不思議に思った。でも、ここで目を開くと、もう二度とこの人と会えない気がして、確かめることが怖かった。


「あんたが目覚めない限り、そいつは毎日あんたを撫でてくれるよ」


 やっぱりそうか。なら、私はずっとこのまま……


「そして、ずっと死ねないまま、この学校に囚われていくことになる」


 始め、彼女が何を言っているのかきちんと頭に入ってこなかった。死ねない? 囚われている? あまりに不可解なその言葉に、首を傾げて眉根を寄せる。そんな私に、彼女は丁寧に教えてくれる。


「そいつはね、ある女の子に告白したくて、それでも出来なくて、とうとう寿命を終えてしまったヘタレ。かつての想いびとにあんたを重ねて、そうして毎日現れるの」


 その、突拍子もなく根拠も分からない話は、とても納得出来るものだった。何故か私の心にすとんとはまって、確信になる。


「じゃあ、私が目覚めないとこの人は、ずっと幸せになれないの?」


「そうだね」


「それは、辛いな」


 この人は、こんな私に温もりをくれた。優しさをくれた。そのおかげで、私は生きる力を持てた。今日を頑張り、明日を願う人間になれた。そのお返しを、してあげたい。もし私にそれが出来るのならば。


「そう思うなら、目覚めてあげて。でも、覚悟して」


「覚悟?」


「うん。そいつは、とっても醜いよ。長い間そこに縛られてたから、色んな物が欠けてる。それでも、大丈夫?」


 欠けてる。醜い。でも、そんな事はどうでも良かった。どうでも、良かった。


「そう。なら目を開けて。そいつを見てあげて」


 そう言って、金髪の綺麗な人は闇の奥へと歩き去ってしまった。

 私はその背中が見えなくなるまで見送って、そして、ゆっくりと落ちた瞼を押し上げた。

 私は、初めてその人を見た。その目に、私の目が映り込む。


「う……あ……」


 その人は、左半身しかなかった。右手は焼け落ち、右脚は爛れ、顔の右半分は、空洞になっていた。その左目が、怯えていた。私を見て、怯えていた。それを、その左手を、私は握った。


「ありがとう。いつも私を慰めてくれて。いつも私を励ましてくれて。あなたのおかげで、私は一人じゃなかった。あなたの手の温もりで、私は立ち上がることが出来たの」


「あ……す……」


「なに? 教えて。ゆっくりで良いから」


「す…………ぃ……」


 言葉ではなく、心で受け取った。その片目を、私は見つめ返した。


「私も、好き。今までありがとう」


 そうして、その人は消えた。私の手に温もりだけを残して。私の心に、その瞳を残して。

 私は、少し泣いた。








「おはよう」


「ん、おはよー!」


「おはよう、影原かげはらちゃん」


 今日も、私は皆と挨拶を交わす。当たり前に話をして、笑って、また話す。そんな、いつかもう忘れてしまったかのような日常が、この手に戻ってきていた。


「あ……」


 そんな私が、あの金髪の人とすれ違った。今日も朝陽を受けて輝くその髪に、誰もが見惚れている。彼女と私が並んでも、同じ人類だと気づける宇宙人は少ないはずだ。

 すると彼女に、背後から男の子が声をかけた。小柄なその子は一年生のネクタイしている。前を歩く彼女が、その足を止めて、男の子が隣に並ぶのを待った。

 私と彼女には、ただ一つ共通点がある。

 

 お互い、もう一人ではない。



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