月の砂漠に沈んで行く蒼
笑ったアイネがぼそぼそと何かを呟くと、薔薇を投げ入れた献火台の炎が、勢いを増して空高く燃え上がる。
それは赤と青のドラゴンの形になり、時々人となりながら、物語のように移り変わる。
その顛末は、ドラゴンと争った人類だったが、最後は互いに手を取り合って、幸せに生きていくというものだった。
「どうだクライネ、凄いであろう」
「アイネちゃん電気以外にも操れたんだ〜、今度2人きりでみっちり……」
「黙れ兎」
「万年発情期みたいに言わないで〜」
嫌がるアイネの腕を掴みながら、ヨルムは本当に楽しそうに接する。
私は物語の感想を聞かれたが、入る隙も無く、静かな揺らぎに戻った炎を眺める。
つい最近まで何もかもどうでも良くなっていた筈なのに、こんなにも満ち溢れていて良いのだろうかと、突然不安と恐怖が襲い掛かってくる。
私のせいで村が災厄に襲われていないだろうか、今まで人身御供になった人たちは、生の終わりを受け入れて犠牲となったのに、私だけこんなにのうのうと生きていて、本当に良いのだろうか。
そんな事を1人で考えていると、アイネの首を絞めた時の様な、酷く冷たいものが胸に下りて来て、辺りの景色の色が消える。
音が消えて、感覚が消えて、更に視界が真っ暗になり、最後には心まで消えそうになる。
「遊ぼ……遊ぼ……一緒に遊ぼ」
突然頭に鳴り響いた幼い子どもの声が、意識を何処か遠い所に引っ張って行く様で、抵抗すら許さないそれは、圧倒的なまでの絶対だった。
「笑えクライネ、そうすれば太陽も顔を出す筈じゃ。ほら笑え」
その声を切り裂くようにアイネが目の前で笑うと、冷たいものが温かい何かに包まれて、胸が突然キュッと締まって、笑顔が零れてしまう。
突然戻った五感に体が驚き、思わず腰が抜けてしまう。
「何をしておる、さっさと立たぬか。月に炎が吸い込まれてくぞ」
「次は青色が行くよ〜」
月の真下にあった炎を見ると、沈んで行く月に向かって、砂漠のようになっていた山に落ちる。
ぴったりに沈んだ月と炎が消えると、月の反対側から太陽が登って来る。
「この日は少し特別でな、太陽が長く留まる日なのだ。祭りはこの日が本番だ、おぬしらは見て回って来い」
「クライネちゃん行ってらっしゃ〜い」
「あの、アイネさんは」
「私はもうそんな歳でもない、ヨルムとジャンヌとアリスとおぬしで楽しめ」
「私も同じ歳だよ〜アイネちゃん」
「成長しておるのは体だけであろう、頭は幼い頃のままだ」
「酷いよ〜アイネちゃん」
さっきの事もあり、一緒に居てくれたら助かるが、疲労が蓄積しているアイネを連れ回すのも気が引ける。
ヨルムもジャンヌもアリスも居るし、大丈夫かという結論に至り、宿まで一緒にアイネと歩く。
その間にヨルムには2人を探してもらい、見つけたら宿で落ち合うことにした。
「本当に太陽が顔を出しました、凄いですねアイネさんは」
「ん? 何か言ったかの?」
「何でもありません、さぁ宿に行きましょう」
小さな声で呟いたのが幸いしたのか、アイネには聞こえていなかったみたいで、何とか誤魔化す事が出来た。
「わざわざ落ち合うのか、共に探せば早いだろう」
「私はアイネさんが倒れないように見張りです。またどこかに消えてしまうでしょ」
「私は迷い子か。おや、あんな所に猫が。んん……愛いのぅ」
「何処ですか?」
アイネが指さす先で黒猫が道を横切って行き、その後ろを2匹の子猫がついて行っていた。
「アイネさん、猫を見に……行きましょう」
視線を猫からアイネに戻したが、既にその姿は隣に無く、作っていたナイフの完成品だけが落ちていた。
また一瞬目を離した隙にやられたと、悔しい気持ち半分、これだけを落として消えた事による不安が半分あった。
「クライネちゃ〜ん」
いつもの服に戻っていたヨルムは、ゆるふわな顔をいつもより引き締めて、珍しく真面目な顔で走って来る。
「アイネさんが消えてしまいました、どうすれば良いか分からなくて。このナイフだけが落ちてました」
「不穏な気配を感じて来てみれば〜……相当不味いですね〜」
「なにか知ってますか?」
「嫌な予感はしてたんですけど〜、やっぱりロキですかね〜」
「揃っていましたか」
走って来たジャンヌとアリスは、お祭りムードから一転して、完全に武装をしていた。
「ジャンヌってせーじょって言う人なんだって。悪い人の気を感じたから、一度宿に戻ろって話してて、そしたら2人に会ったの」
「何かが起こっていますねヨルムさん。アイネさんの姿がお見えになりません」
疑心を確信に変えたジャンヌは、布の巻かれた槍を握って、街の外に歩き出す。
付いていったアリスに続くが、ヨルムはその場から歩こうとしない。
「ヨルムさん?」




