祈っていた
仕立屋に入ったアイネを追って同じ店に入ると、顎に手を当てて浴衣をまじまじと見た後、店主の呼び掛けが耳に入っていないかのように固まり、頷いて出口に体を向ける。
急いで掛けてあった生地の後ろに隠れて、外に出て行くアイネに見つからずにやり過ごす。
「失礼しました」
私の方を不思議そうに見ていた店主に頭を下げ、急いで店から出てアイネを尾行する。
街の外に出たアイネは、周りに人が居ないのを確認して、翼を広げて森目掛けて飛翔する。
逃がさない様に走って追い掛けるが、夜闇に紛れたアイネを見失ってしまった。
アイネが飛んでいった方向からズレずに走り、夜の暗い森に入ると、前方から大きな音がして、木と木が擦れ合う音が、森の奥から聞こえた。
それはアイネと出会った時に聞いた音で、木が倒れる音だと確信した。
音がした方向を記憶して走ると、案外容易くアイネを見つける事が出来た。
薙ぎ倒した木を口に咥えて、大きな爪を自分の鱗に引っ掛ける。
バキバキと音を立てて鱗が浮くと同時に、アイネの呻き声が上がる。
口に咥えていた木が折れてしまい、今度は代わりに自分の尻尾を咥える。
鈍い音が響いた後、アイネが地面に倒れ込んでぐったりとする。
声を掛けようと足を動かした拍子に足下の枝を踏んでしまい、パキッと乾いた音を立てると、アイネが素早く頭を持ち上げ、喉を鳴らして威嚇を始める。
「私の命が狙いなら今すぐ立ち去れ、さすれば命だけはくれてやろう」
見つからない内に急いで森の外に駆け出して、街の門を潜って宿に駆け込む。
部屋のドアを開けて前も見ずに部屋に入ると、何かにぶつかって尻餅をつく。
「あらあら〜、ごめんなさいねクライネちゃん。あれ〜、アイネちゃんに泣かされちゃったの〜?」
「違います。ある意味そうですけど、あの人、私なんかの為に鱗を剥がして。私が浴衣を着たいって言ったから」
「あらあら〜、随分と愛されてて羨ましいわ〜。私には電気しかくれなかったのに〜、でも、時々くれた褒め言葉とかは嬉しかったかな〜」
「何を言っているんですか、それは凄く痛みが生じるものだって言ってたじゃないですか!」
「でもねクライネちゃん、男の人はそんな痛みを身に降りかからせても。女の子に喜んで欲しいって思うのよ〜、それだけクライネちゃんに魅力があるって事は、ラッキーって思うべきなのよ〜。私も何人もの人が言い寄ってきたけど、アイネちゃんが好きって言ったら。皆勝負を挑んで負けていったのよ〜」
ひとりズレた世界に居るヨルムは、頬に両手を添えて、そんな想い出に浸る。
ラッキーなんて気になれないで居ると、ガチャガチャと音を立てて開いたドアから、綺麗な紅の浴衣を持ったアイネが現れる。
「どうだクライネよ、また私の鱗で作ってみたのだ。ははっ、良い出来だとは思わぬか?」
笑顔なアイネを見て、ついさっき目の当たりにした森で苦しむアイネの姿を思い出すと、素直に喜べず、複雑な気持ちになる。
「何じゃその顔は、私の鱗を二枚も使ってやったのだ。ほれ、有難く着るが良い。送り火と2回目の祈り火には間に合うであろう。迎え火は朝に終わってしまったからな」
「アイネさん、何故私を食べないのですか。生贄として貴方に捧げられた者ですよ、私は……」
「そう言えばおぬしは髪が短いな、少々幼く見えてしまうが丁度良かろう。髪を結って服に合わせてみると……」
「アイネさん!」
「今はまだだ。私にも夢がある、遠い昔に会った少女のウェディングドレス姿が見たくてな。その日まで私は人を喰わん、人喰らいではなく、堂々と会えるようなままが良い」
そう言ってヨルムに浴衣を渡したアイネは、部屋から出ようとして足を止める。
「私は送り火の広場に居る、その浴衣で来てくれぬか? 着付けは頼んだぞヨルム。漸く夢が見つかったんだ、これから先が楽しみじゃな」
そう言って出て行ったアイネはドアを閉めるが、何故か直ぐにドアを開けて戻って来る。
入口で立ち止まってから長い髪を手で束ねて、ちらっと私たちを見た後、恥ずかしそうに苦笑してから、ドアをまた静かに閉める。
「可愛いわ〜、ああ言う抜けてる所。髪が靡いてドアに挟まったみたいね〜、綺麗な髪を昔から大切にしてるもんね〜」
浴衣を鼻に押し当てながら、くねくね気持ち悪い動きをしているヨルムの肩を叩いて止めて、ヨルムの牙によってボロボロになったワンピースを脱いで、新しく作ったであろうワンピースを着る。




