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06.騎士様の心境や如何(いか)に

 明り取りや開け放たれた入り口から、まぶしい光が入り込んでいるが、人の少ないせいもあり、どこか暗く寒々しくすら感じる室内。いつも多くの人が行きかう騒々しい場所なせい、今日はやけに静かに感じられ、しんっという音すら聞こえそう。

 洗濯場の入り口を入ってすぐ右にある階段のそば、片肘ついて右手を胸に置き、騎士の礼をとるエドガード。それより頭の位置を下げるため、花束持ってぺたんと床に座ったティカ。そして、エドガードの後ろで入り口の枠に身をもたせかけ、困ったような笑いたそうな顔で見ている見知らぬ騎士。

 できればこの状況の解説を求めたいところだが、明らかに『騎士様が花束持って告白しにきました』以外のなにものでもない。理解はしている、好意も感じる、でも、どうしてだろう、ティカの頭が必死に拒否している。

 どうしろと、どうすれば、どういう意味が……おそらく、ここはぽぉっとエドガードの顔にでも見惚れ、頬を染めるべきシーンなのだろう。だが、ティカにとってはそんな物語ぶりっこよりも、お偉いさん2人に失礼のないようお引取り願うことの方が重要で、膝の上の花束をなんとかすることの方が大切で、とりあえず今すぐこの場から逃げ出したいところ。

 はじめはただしゃがんでいたのだが、腕の中の花束は思いのほか重くて、そうしてもいられなくなり、子どものように地べたに座りその膝の上。支えるのも大変なのだが、花もレースもあまりに高級そうで、床に放るわけにもいかない。

 そういえば、さきほどからあちらで覗き見している騎士が、あとで植木にハンカチをくくりつけろと言っちょったが……どうせそこにおるんじゃけん、まどろっこいことせんで、今、受け取ってくれんじゃろか……なんて、ティカはかなり失礼なことを考えてしまう。


 覗き見騎士に助けを求めようと、顔を上げたティカに、エドガードはさえぎるようにずずいっと顔を近づけてくる。

「私は、近衛騎士団隊長エドガード ・フォン・リグゼルドと申します」

ましたその顔は、実はつい先ほどまで仕事をしており、慌てて着替えて髭をあたり、今、ティカの持つ花束を入手して、すぐさまここに来たなんてことは、全くうかがい知れぬもの。

 甘い甘い花の香の向こう、感じるのは彼の汗の匂いか。ティカが昨夜のことをふと思い出し、頬が朱に染まりあがれば舞台は整ったようなもの。

 それに後押しされるように、おもむろにエドガードは口を開いた。

「どうか、私の恋人になって欲しい、もちろん……その……アレを前提として……」

ブッと、覗き見騎士が噴出した。

 前提にしたいアレというのは、結婚のことだろうか。恋人とかピクシーとか平気が言う口が、なんで結婚の一言に照れるのかがわからない。

 だが、ティカとしてはそんなことよりも、どこまでぶっとんじょりますかと言いたいところ。

 まぁ、祭りの日、城の裏手でピクシーに一目惚れしました~というとこまでなら、メルヘン過ぎる点はおいといてもよしとしよう。そのピクシーとやらがティカであることも、ティカ自身としては否定しておきたいながらも許容しよう。そこから一晩たって、速攻で花束持って告白……うーん、それもどうかとは思うが理解はしよう。だが、なんで、結婚までぶっとんでしまうのか。

 この人にとって、恋人づきあいは結婚を前提としないとありえないのか。それはどこの婚期を逃した娘さんじゃろかと言いたくなる。

 婚期など逃しまくったティカ自身は、全く焦っていないというのに、なんでこのもてそうなエドガードが焦っているのかが、ティカには理解ができない。

「いや、面白いけど、隊長、それは……」

「あぁ、もちろん、そのっ……私の叔父に話を通して、あなたのご……故郷の縁駄えんだあたりに話しを通しましょう」

そこでご両親と言わず、縁駄とにごすあたり、私が天涯孤独の孤児というのは調べがついているらしい。

 もちろん、城でそんな人間が雇えるわけがない。なので、実は副料理長の養女と言うことになっている。……あの方は、士爵ししゃくという、男爵准男爵よりまた一つ落ちる爵位を持っている。平民出の者で城に勤められるだけの腕を持つ料理人や技術者などが、一代限り受けらるものだ。それを利用して、城で身分がなく仕事がしづらい者全員を、自分の庇護ひご下においている。つまりは、実はあの人は、あれで子どもが30人近くいたりするのだ。

 そういえば、あちらの騎士も、ティカのことを『ティカちゃん』と呼んだ、名前も出身もなにもかも知れているということなのだろう。

 ちなみに縁駄とは、ティカの故郷の取りまとめ役のようなものだ。もちろん、村長がその上に立つのだが、祭りや村の整備や仕事以外の、村の些事さじを取り扱う。たとえば井戸端の草むしりや道端のボロまぐそ掃除、仲人から子どもの世話までなにもかもが縁駄の役割だ。縁を結び無駄を行う、仕事を持たない者がその任でお礼程度の賃金を得る。よっぽど村長より仕事をしているだろうに、なぜだか無駄の駄が付けられた重役だ。

 ティカにも、父親代わりといえるほどに世話になった縁駄はいる。たしかに、父以外で結婚の報告をするとなれば、彼になるのだろう。

 だが、なんで、告白→恋人→速攻で結婚報告になるのだろうか。この、加速しまくっているらしいエドガードの頭を、ぶん殴ってでも止めてしまいたいところだ。


「とりあえず……その……わし……た、し……わたしに、否やはありゃません」

わしに拒否権なんぞありゃしませんがな、好きにしんさい……言いたいのはそれだが、とりあえず必死に丁寧な言葉を探し探しして答えれば、むしろその言葉をそのままに受け取ったエドガードの表情が、花ほころぶかのように笑み緩んでゆく。

 美形が笑うとこれほどまでの効果があるのか、なんだか純真な子をだまくらかしているような気がして、胸がチクチクと痛むのは無視しておこう。

 そうじゃなけぇ、また、あんたさんはいいように取り違えとるじゃろと思うのだが、それをどう訂正したものかわからない。

 おそらく、ちゃんとまっとうにティカとエドガードの心境を理解しているのだろう覗き見騎士は、壁の向こうに隠れてしまい、入り口からは震える背中だけが見える。

 ティカとしては、その覗き見騎士になんとかとりなしてもらい、エドガードともどもご退場いただきたいところだが、おそらくできないからこの状況となっているのだろう。そもそも覗き見騎士とて、エドガードが花束を持ってきたあたりから、阻止したかったができなかったのかも知れない。

「私の恋人と、呼んでもいいですか?」

嫌じゃと言っていいんじゃろかなんてこと、思わずティカの頭の端をかすめるが、じっと見つめるその瞳にほだされて、思わず頷いてしまった。

 どうやらティカは、今後エドガードの恋人という地位に立たされてしまうらしい。それは、明らかに自分の身分では過ぎたるものだが、身分が低過ぎるからこそ、拒否すらもできないとはどうしたことか。

 どうすることが正解であったのか分からぬままに、まずい事態に陥っているような気がする。だが、とりあえず見物人の覗き見騎士が楽しそうに笑っているのだから、いい見世物みせものにはなっているのだろう。

「でも、でも、仕事んときにきんさるいらっしゃるのは困ります。今は人がおりませなんだが、いつもは人目もありますけぇ。仕事中はどうか……」

「今は休みですよ~、みんなお休みなんですよぉ~」

「あいわかった」

後ろから覗き見騎士がなんか言っているが、休みとか言っても、ちゃんと仕事があるのだから、休んでいる暇なんてありゃしません。恩赦とかいう言葉を使って、実は休みの意味なのだなんて、終わってから言われたかてわかりゃせん。うすうす分かってはいたが、今日はみんなが休みをもらっていたとしても、仕事があるから仕事中なのだ。ティカはその言葉を無視しておいて、頷くエドガードの言葉にちょっとだけ安堵あんどした。

 とりあえずこれで、仕事中にいきなりエドガードが来るという恐れはなくなる。少なくとも、ほかの人も仕事している時分に、こうして会いに来られて注目されることだけはないわけだ。

「では、毎夜あの場所でお会いできますか?」

「いや、毎晩は困りますがな」

「では、せめて……今宵」

ではと食い下がる様子は、ちょっとだけティカの胸をときめかせる。こうしてわざわざ会いに来ているのだから当然だが、そのまま引き下がらぬほどには興味を得ていると思えば、嬉しくないわけがない。

 自分で拒否しておきながら、それじゃまどろっこいけんや~めたと言われぬことがいいだなんて、とんだ天邪鬼あまのじゃくだ。

 毎晩あの時分にあの場所で待たれるというのは、さすがに人通りのない場所とはいえ気が引ける。だが、恋に目がくらんだエドガードの懇願こんがんに、ティカは弱くあるらしい。

「あのすぐんとこがわったしの部屋ですけん、あそこおればいつでも顔ぐらいだせますがな」

むずむずするような心地にまみれながら、しょうがないからいつでもきんさいいらっしゃいと、しぶしぶながらに頷いた。

「では、もし、あなたが私に用がある場合は、私の執務室に」

代わりにとばかりにエドガードが言うが、ティカの身分から考えて、彼の執務室のあるあたりまで出入りできるわけがない。それがわかっていないのだろうが、否定してもしょうがないので、とりあえずあいまいに笑っておいた。

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