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05.花束は如何(どう)するべきか

「なんでこんなとこに……」

なんとも豪勢ごうせいな朝食を終え、また、なにやら作り始めた副料理長を置いて、ティカは洗濯場に急いだ。

 食器はいつもの通り、流しに放りっぱなし。いつもなら、ほかの人の食器もあって気にならないそれが、今日はやけに気になって、後ろ髪を引かれる思いで洗濯物置場に急いだ。

 なぜだか今日は、時を知らせる鐘が鳴らない。でも、感覚としては、いつもより洗濯物置場へ行くのが遅れている気がする。掃除がいつもの倍かかった気がするのだから、それも当然と言えよう。

 だけども、洗濯物置場に行っても、そこには誰もいなかった。奥の方を覗き込んでも、いつもなら忙しそうに、はがしたてのシーツを広げ、汚れのチェックをしている人たちの姿もない。それでも、今日ティカが洗濯する分がかごに収まっているし、×マークがついているので、コレを洗濯すればいいと分かるから問題はない。

 文字の読めないティカのため、ティカのものには×マークがついている。ほかの人の分にはその人の名前が書いてあるのだが、ティカのように学のないものはマークで識別する。いつもならそのマークも埋まらんばかりに洗濯物で溢れているのだが、なぜだか今日は、ティカの分だけがポツンと置いてあって、ちょっと寂しげだ。

 ティカたち下働きの者が洗濯するのは、主にシーツやクロスや使用人たちの衣類だ。貴人の衣類などは使い捨てか別の場所で管理されている。特に水場下働きでも下っ端の方であるティカの籠には、男性用衣類などの汚れが酷く多少手荒に扱ってもいい物がくるのが常である。

 おそらくこれは、料理人たちの衣服であろう、明らかに落ちそうにない汚れがわんさとついている。

 洗濯場について、まず取り出すのは針と糸だ。洗濯場は四階構造になっている。一階はテーブルやお裁縫道具が置いてある部屋で、汚れの検分や裁縫などを行う。そうして地下の水場で水洗いし、二階で染み抜きや漂白や糊付がなされ、三階で熱風乾燥させられる。

 染み抜きや干し広げは別の人が担当するので、ティカたちは水洗いするだけでいい。だが、ほつれていては洗っている最中に破いてしまう恐れがあるし、弱い場所には先に補強が必要になる。なので、洗濯で一番初めに行うのは裁縫で、ティカも不器用ながらに弱い部分を縫いとってゆく。また、汚れがある場所には、マークとして赤い糸で縫い取りをしておいて、染み抜きの人への連絡代わりとする。

 ティカはあまり器用なほうではないので、ちょっともたつき縫い目もがたがたながら、なんとか縫い取り作業を終えて地下へと向った。

 地下は、石をくりぬいてつくったようないかつい造りで、石の階段を下りれば、微妙に傾斜した床があり、左右に6つづつ四角くくりぬかれている。その下を、水がザァザァと流れている。その、入り口すぐの、下流の水場がティカの位置だ。

 まず、洗濯物を一枚一枚その水にバシャバシャさらして桶に入れたら、粉セッケンを振って足で踏みまくる。とことん踏んで踏んで踏んで……汚れた水を捨てたら、もう一度、踏んで踏んで踏んで洗う。

 洗ったら一つ一つ汚れを確かめて、はじめに調べた汚れのあった場所が綺麗になっていたら、マーキング用の糸を外して、綺麗にすすいでギュッツギュッと絞り、籠に戻して上に持っていく。

 上では普段は染み抜きのための漂白剤が煮られているのだが、今日はその熱すらも落とされたまま。さらにその上の階は広げられた洗濯物が熱風にさらされているものなのだが……今日は、めずらしくひんやりとしていた。もちろん、人が1人もいない。

 こんなことは珍しいが、まぁ、自分の仕事がちゃんと終わればそれでいいのだと、ティカは特に気にもしないで、籠を所定の場所に下ろし階段を下りた。

 今日は洗濯物も少なかったか、人がいないせいで集中できたか、いつもより早く終わった気がする。まだお昼にはちょっと早いが、午後の仕事まで休憩が取れるとうきうきした。

 そんなタイミングで、声がかけられたのだ。


 おそらく近衛騎士なのだろう、くすんだような金色の髪を後ろで無造作にまとめ、笑うように細められた緑の瞳が真っ直ぐにティカを見つめる。整ってはいるのだが、その柔和な表情から、近所のお兄さんというか……優しく頼れるお兄さん風というか、親しみやすい感じがある。

 白地に青いラインが襟に袖に刺し色として施された上着を着込み、すらっとした紺色のズボンを重ね、腰に剣を下げている。昨夜出会ったエドガードの正装姿に比べれば、肩や胸の勲章も少なく、シンプルではあるものの、鎧に比べれば頼りなさが見えて、これで本当に戦えるものなのかと少し不安になる。

 いや、不安になるのは、その体格のせいもあるかとは思うが……エドガードと比べれば、その体格の差は歴然としており、背はおそらく彼と同じか少し高いものの、ひょろっとした優男ぶりなのだ。

「ティカちゃん、今日は恩赦おんしゃで午前中はお休みのはずでしょう? 普通、下町に出かけるなり、ゆっくり朝寝を楽しんだりするもんじゃないの? なんだって、朝から勤勉に仕事してるんですか……」

その騎士は、ティカの姿をじっと見た上で、そんなことを愚痴るようにこぼし、頭を抱えてため息をついた。

 近衛騎士のほとんどが、貴族の出だ。つまりは、名も知らぬ彼もまた、身分は貴族の子弟かそれに準じる者となる。なれば、ティカ程度の身分では、こうして対峙することすら失礼にあたる。

 かといって、明らかに自分を探しに来て、自分に語りかけている風の相手に、背を向けてはさらに失礼になろう。

 とりあえず、ティカは階段にまだ残っていた片足を下ろして壁際に寄り、頭を下げた。

「あ~そう、控えられちゃうと……まぁいいか」

ふと、その声、どこかで聞いたような……とも思ったが、ティカ程度の身分でそうそうお会いするような方ではないものだから、思わず気のせいじゃろなんてあっさり切り捨てておいた。

「……もし……もしも処理に困ったら、あそこ、あの植え込みの向こう側にハンカチを結んで待ってて、すぐ来るから」

ちろと覗き見れば、騎士は洗濯場の建物前広場の端にある、背の高い木のあたりを指差しているようだった。あんなところにハンカチを結んだところで、どこから見えるもんじゃろかと思うが、その向こうならばここから目隠しされて居心地も良かろうかと頷いておく。

 いったいなにの処理に困る可能性があるのか、なんでハンカチなんぞで合図せねばならぬのか、分からぬながらにその騎士が立ち去るのを待っていたが、その後ろから、さらに誰かが来る気配。

「何をしている」

との声は、昨晩聞き覚えた声だった。

 

 昨晩の正装はさすがに脱いだか、今は目の前の騎士と同様、少しシンプルな服装。だが、日の光の中に見る煌々きらきらしいかんばせは、思わず目をそむけたくなるほど。

 銀糸の髪は光り輝いているのかというほどにキラキラと光を反射しており、それよりも少し濃い色のまつげが陰さす青の瞳は、真っ直ぐにこちらを見据えている。

 暗くしても眉目秀麗とは思っていたが、明るく中にあってはまるでたくみの掘り出す彫刻のよう。神殿にある天使の面差しも、おそらく彼にはかなうまい。

 さすがは白銀の君と名高い騎士様といったところか。

 そんなお方が、両手いっぱいの花束を抱えているのだから、またすさまじい光景だ。それは、絵画のように背におぶうてせおってみんじゃろかとか言いたくなるほどに大量の花。

 白や薄桃色した5枚の花弁がふんわり広がるバラや、小さなユリやジャスミンの花が甘い匂いを放ち、綺麗なレースでくるまれている。その包みのレースだけでも、おそらくティカが一生暮らしていけるほどの価値があろう。

「これを、あなたに……」

呆然とそれを見ていたティカの元、エドガードは先に来ていた騎士の肩を押しやり近づいてきて、その目の前に膝を付く。

 しつこいようだがティカの身分はただの労働者、対してエドガードは騎士であり貴族。ティカは絶対に貴族の方々より頭を高くしてはいけないと言われているものだから、とっさに自分もその場に座り込んで頭を下げた。なんとも微妙な雰囲気が流れた気がするが、それはどうしようもないことなのだろう。

「もったいねぇこつ……」

いりませんがなと必死に丁寧な言い方で拒否しようとしたが、言い切る前にエドガードの後ろで、先ほどの騎士が盛大に合図を送っているのが見えた。

 手をひらひらさせながら、口元に指を突き立てている姿は、つまりはそれを言うなということだろう。さらには両手で何かを抱えるようなポーズの後、お願いしますとばかりに両手を合わせて見せる。

「……おおきんありがとう

たしかに、やる言うちょるもんをいらん言うたら失礼か……と、ティカはしょうがない下賜かしされたその豪華ごうかな花束をちょうだいせんと手を伸ばす。そっとティカの手の上に乗せられた花束は、だが、エドガードの手が離れた途端、うっかりよったってしまうほどに重かった。

 花も、一本二本ならば軽かろうが、こう集まってしまうと重量がある。十本二十本じゃきかぬだろうバラとユリの花の間に、ジャスミンが間を埋めているのだが、このまま部屋に持ち帰るのも大変そうなほどに重い。

 花はいい、綺麗だしいい匂いだ。でも、この量の花を、どうすればいいのだろうか。ここにおいておくわけにはいかないし、自分の部屋にも飾る場所なんてありはしない。思わずその処理に悩んでしまって、なるほど先ほどの騎士のセリフに納得がいった。

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