15.何等(なんら)後ろめたいことありませんが
お城から、白馬に乗った銀髪の騎士が現れた。
雄々しくも優美な白馬にまたがるのは、白銀の君と名高い美丈夫で、もうそれだけで絵になる。その煌びやかさたるや、出てきた場所が裏門でさえなければ、もっともっと美しい光景となっていたことだろうか。いや、場所が裏門だからこそ、間近ではぜる堀の滝とあいまって、幻想的な光景となっているのだろう。
手綱には金糸銀糸が織り込まれ、はみ金具すら花を模して複雑に曲げられたものが使用され、鞍の縁には銀飾りがついており、優美な姿が際立っている……飾り鞍一歩手前という具合である。おそらく、昨日のパレードで使われ、恩赦休みがあったせいで、普通の馬具が片付けられていたんじゃろうが、あまりに似合いすぎてもう、そのままずっと使っていたほうがいいじゃろと思えてしまう。
いつもは一つにまとめている髪も、振り分けいればさらりと背後に流れており、キラキラと光を反射してまばゆいほど。服装はいつもの騎士服ではなく、鮮やかな青の袖の大きく膨らんだ上着に、ぴったりと体のラインに沿ったズボン、騎士様と言うよりも貴族然とし過ぎていては、どこかちぐはぐな感じもするものの、そんなおかしさあっても一つ一つが整っていれば、充分美しく見えるもだと呆れてしまうほど。
その美しい光景は、自分に向かって来るのではなければ、素直に感嘆してため息なんぞつきたいところだ。裏門から一本道とはいえ、まっすぐこちらに近づく姿を見て、一瞬どこかに出かけるところかと楽観的な考えを持ちたく思ったティカだが、すぐさまその考えが甘いと頭を抱えてしまう。
エドガードの視線は、あまりにも真っ直ぐにティカを見つめており、さらには近くまで駆けつけてきては、その場で手綱を引き、馬を足踏みさせて止めた。
「エマニュエル神官のところの、ラウル殿ですね」
どうやら、エドガードはエマニュエル神官のことも、ラウルのことも知っていたらしい。
ちなみに、神殿関係者は神に仕える際に家名を捨てる……みな神の子となるからだ。そして、結婚が禁じられていない代わり、結婚相手も家名を捨てる。だから、エマニュエル神官にも、ラウルにも家名がない。あえて名乗るのならば、女神の名であるララだ。
この国の国教は豊穣と生命の女神ララをあがめる主教というもので、国民の大半が入信している。そして、城地下に大きな神殿がある関係上、城勤めの女性の大半に家名がなかったりする。すなわち、神官位を持つかその妻子という立場のものたちが多いのだ。そしてその際、独身者ならば女史、既婚者ならば婦人が付けられる。ちなみに、家名のないのが神の子なれば、田舎者はみな神の子なりという冗談があるのだが、ティカはその田舎者の方なので、女史や様は付けられる立場ではない。
ラウルとエドガードは、お互いに名乗りを上げて軽い挨拶を済ませた後、当然とばかりにエドガードがティカに手を伸ばしてくる。
「ティカ様、こちらへ」
「いや、だから、様はいらんち」
「……ティカ」
身分の差なら雲泥の差、全てにおいて完全に劣っているティカに対し、エドガードは対等以上の扱いをしようというのだから参ってしまう。その差し伸べられた手を取ってしまえば、まるでお姫様かなにかのようではないか、照れくさいどころか畏れ多くて逃げ出したい気分。
文句の一つも言おうかと顔を上げれば、なぜだかエドガードは、ラウルを睨みつけている。
若くは見えるが、ラウルも30後半だったはず。保護者としか見えぬ二人に、何をそんなに険悪な目を向けたものか。そもそもチビなティカとどでかいラウルとでは、実年齢は15歳の差なれど、よくて親子、悪くて柱にしがみつくリスにしか見えまい。
まぁ、恋人の嫉妬と思えばかわいいものだが、ちょっとそりゃ過剰じゃろと言いたいところ。対するラウルは、馬の体高の差も自身の座高の差もありて上から見下ろす状況なれば、どこか横柄にも見えるやもしれぬ。にらみ合うような両者の間、挟まれたティカはといえば、こりゃまいったと頭を抱えたくなるばかり。
しょうがないとばかり、状況打開のためだと覚悟を決めて、ティカがエドガードの手をとれば、そのまま絡めて引き寄せられた。
エドガードの手が支えているとはいえ、馬上での移動、しかも、当然だが馬同士が密着しているわけではない。ラウルが支えてくれるからいいものの、空に浮いた一瞬は生きた心地がしない。手を伸ばしたことに後悔したものの、すぐにその身は彼の手に導かれて鞍に腰を落ち着かせた。
とともに、おやと思う……鞍が違う。
当然といえば当然だが、ラウルの馬は巨馬だからか、それとも神殿騎士と城騎士の違いなのか、鞍の形状が全くちがうのだ。
ラウルの馬は、鞍の前方が跳ね上がっており、何のためかちょうど手が置ける杭のようなものが飛び出しており、お子様座りが苦ではなかった。逆に横すわりさせられたら、彼の足も杭も邪魔でうまくいかなかっただろう。
対するエドガードの馬は、前方のハネもなく出っ張りもなく、腰を落ち着かせれば横すわりができている。腹帯部分が広い代わりに、座面が短く深く、ラウルの時よりずっと、腰が密着する気がするのは気のせいか。彼の足の上を通す形で足を放れば、足の下に彼の体温を感じてしまう。つかまるところがないせいで、落ち着かぬ手が彼の袖に触れているが、それもまたなんだか気恥ずかしい。
なんじゃこりゃ、ラウルがお子様すわりさせてくれて助かった、これ、めちゃくちゃ恥じぃが! ティカが真っ赤な顔で胸中に混乱の言葉を重ねていれば、なにやら会話をしていたらしいエドガードが、そっと手をまきつけてくる。ますますいたたまれなさが爆発しそうになって、
「じゃまがい!」
思わずその手を振り払うと、ピキッと空気が凍りついた気がした。見上げれば、ショックを受けたとばかりのエドガードと、そのエドガードを睨みつけているラウルの姿。
「やっ、えっと、ちごうて……その……はじがい……えっと……ちこうて恥じいが……」
「……恥ずかしいので、もう少し離れて欲しいそうですよ」
ラウルが言った途端、ますますエドガードの表情が険しくなる。ラウルに指摘されたことが嫌だったのか、ティカが言った内容ゆえだか知らないが、苦々しくも頷いて、だがその手は離してくれる様子もない。
「といはいえティカさん、馬上ではその手を受け入れるべきでしょう。落馬などなさっては大変ですよ」
ティカが、エドガードが何かを言う前に、ラウルは柔らかな物言いでティカを促し、そうかとティカはおずおずとだが頷いた。
それもまた気に食わなかったらしく、エドガードの眼差しはますますきつくなり、眉の間にくっきりと縦皺が寄る。その表情は怖くはあるが、美形だとりりしくも見えてしまうのは気の迷いか。
「えろう世話んなった」
「いえ、ついででしたので」
「神官様によろしゅうと」
「わかりました」
「ではまた」
「またいつでもお越し下さい」
あたりまえの短い応酬でしかないのだが、エドガードが睨みつけているのでなんだか浮気現場を咎められてでもいるようだ。
「あぁ……先ほどの求婚話は、また、改めて……」
その一言がなければそれで済んだというのに、浮気確定という感じになってしまったのは気のせいか。
ティカを抱きしめる手が強くなったようだが、そんなもの気にもせず、ラウルは軽く片手を上げて行ってしまった……。