デウス・エクス・マキナ
「デウスエクスマキナ。知ってる?」
突然、真剣そうな声で少女が言う。
「デ、デウス……マ…なんちゃら?ゲームのモンスターにそんな名前の奴がいたような。神話か何か?」
スマホを触りながら適当に返す。
だいたいゲームに出てくるのは神話の神様とか伝説の某である。オーディン!とかゼウス!とかそんな感じだ。
そういえば暫くゲームをしていない。少し前まではずっとしていたのに。
「デウスエクスマキナ。機械仕掛けの神様って意味。神話と関係はないよ」
「へえ」
神話ではないのか。それならなんでゲームのモンスターになっていたんだろうか。製作者の考えはよくわからない。それっぽければいいのか。
ぼうっとスマホを見続けていると、目の前から消えた。
「え?何すんだよ」
「話を聞いて、お願い」
顔を上げると、俺のスマホを握りしめて真剣な表情をした少女が目に入った。
その迫力に押され、姿勢を正す。
少女は軽く咳払いをすると口を開いた。
「いい?デウスエクスマキナは演出の仕方の一つなの」
デウスエクスマキナ。
直訳すると、ラテン語で「機械仕掛けから出てくる神」。その昔、舞台上の装置から神と見立てた物や人を出したことから。
どうしようもなくこんがらがった状況を絶対的な力で解決してしまう方法。
その絶対的な力はその時々によって変わる。神であったり、王様や貴族といった権力者であったりする。
「日本で言うと水戸黄門かな?この紋所が目に入らんか〜って奴。あと、ちょっと違うけど夢落ちもそうなるのかな。全部夢でしたよってね」
平たく言えば、ご都合主義な展開のもの。
伏線も何もなく突然出現して、ハッピーエンドにしてしまう。
全知全能の神にできないことはない。
国一番の権力者に逆らう人もいない。
誰よりも強い勇者は死なないし、絶対に勝つ。
俺は語り続ける少女をただ見つめていた。
少女が何を言いたいのか、俺は全くわからなかった。
とりあえずスマホを早く返してほしい。
今もまだ少女の手の中にあるスマホは、ミシミシと嫌な音を立てている。緊張しているのか、少女は指が白くなるほど強く握りしめていた。
電源が入らないと言っても大事な持ち物だ。壊されたくない。
「ご都合主義はあんまり好きじゃない」
「そうだね。確かに出来レースで先の展開が見えちゃうから、お話としては面白みがないしね」
世間話をするように話す少女。
でも手だけは震えていた。
それを見て、どんどん気分が下がる自分に気づいた。
「それでも、私はいいと思うの」
にっこりと笑う少女。
もっと気分が下がった。まるで俺が馬鹿みたいだ。
「ご都合主義で、幸せならいいと思うんだ」
言い聞かせるように言う少女。
俺は少女から目を逸らして、ゆっくりと静かに深呼吸をした。まるで少女は大人みたいだ。
「別に誰かを楽しませるための人生ではないもの。物語みたいだけど、物語じゃないんだから」
少女の言葉はとても正しかった。
ぐるぐると頭の中で何かが回って気持ち悪い。唾を飲み込んでも特に変わらなかった。
少女はそんな俺の近くに座った。
「だから。……だからね」
少女はその言葉を何度も繰り返し言った。
少女を見ると、眉間に皺を寄せて悩んでいた。
道に迷った子供みたいな表情をしている。
「だから、えっと、だから」
少女は困った顔をして俺を見た。
きっと俺も似たような表情をしているだろう。
少女と俺は暫く見つめあって、少女はぽつりと言った。
「私、嫌いじゃない」
何度か瞬きをして、少女は頷いた。
そして微笑んだ。
「私は君のこと嫌いじゃない」
嬉しそうにそう繰り返す少女に、顔が歪むのがわかった。色んなものが壊れて溢れる。
それでも少女は笑顔のまま何度も繰り返す。
「嫌いじゃない、嫌いじゃないんだ。うん、やっとわかった。もやもやしてたことがすっきりしたよ」
よっこいしょと少女は声を出して、俺の隣に移動してきた。
俺が落ち着くまでずっとそこにいた。
少女は俺を責めも、怒りもしない。その権利は十分にあるのに。
俺を嫌いではないのだと喜んで、ぐしゃぐしゃな顔をした俺を見て笑っている。
それに少しだけ救われた自分がいた。
ちょっと説明。
「デウスエクスマキナ」という言葉を使いたいと思ったのが始まりでした。
結果は以上のとおりです。
いかせなかった設定はあらすじにぶっ込んで昇華。
ご都合主義みたいな存在の自分が嫌いな男の子とそんな男の子を嫌いじゃない女の子が、ちょっと歩み寄った話になっていればいいなと思っております。
最後まで読んでいただきありがとうございました。