万華鏡
ポッカは魔法使いの子どもですが、まだ魔法が使えません。
魔法使いのパパとママが仕事にいっているあいだ、ポッカはおばあさんと二人でお留守番をしています。
雪が降ってきそうな昼さがりの空の下。
ポッカが家のまえで、ぽつんとうずくまっていました。
そこへおばあさんが帰ってきました。
おばあさんは一本の筒をだいじそうにかかえています。
「こんなところにいたらカゼをひいちゃうよ?」
おばあさんはポッカが心配でした。
「カゼなんかひくもんか」
おばあさんはポッカをみあげてにっこり笑い、筒をかかげてみせました。
「それはなぁに?」
筒を指さし、ポッカは不思議そうにたずねます。
「これかい? これはクルクル、キラリだよ」
おばあさんは、筒をとおめがねのように目にあててみせました。
筒には行儀よくならんだ三色のしまもよう。
おばあさんが筒をくるくるまわすと、緑、黄色、赤のもようがくるくるとまわります。
おばあさんはポッカに筒を差しのべていいました。
「ポッカものぞいてみるかい?」
実はポッカのおばあさんも昔は魔法使いと呼ばれた人でした。
――なにがみえるんだろう?
ポッカは「うん」と、筒をうけとって、コロコロ手の中でころがしました。
筒の上にはまぁるいガラスがはめこまれ、中がのぞけるようになっています。
ポッカはためらうことなく、ガラスに目をあて中をのぞきこみました。
おばあさんはすかさずウィンクをパッチン。
するとどうしたことでしょう。
むぎゅうぅぅ――むぎゅりん――すっぽん!
ポッカの体はすっぽりと、筒の中にすいこまれてしまったのです。
アッと思う間もなく、ポッカは長い下りのさかみちをお尻ですべっていたのでした。
ポッカのまわりに強い風がふいていて、色のついたかけらがクルクルクルクル――飛びまわっています。
よぉくみるとかけらは、五角形、六角形の色がついた雪の結晶でした。
「なんで? どうして、筒の中にこんなに長いさかみちがあるの!?」
はじめはびっくりしましたが、ポッカは魔法使いの子、不思議なことには全然平気な子。
ポッカはすぐに急降下のスピードに乗って大はしゃぎ。
「イヤッホォー! キャハッハハ~ アワァワワォゥー!」
ポッカは、歓声を上げながら長い坂道をすべっていきました。
お尻が痛くなるくらいすべっていても道の先はまったくみえません。
大きなカーブ、ちいさなカーブがいくつも続いているからです。
下り坂はぐる~りぐる~ん、グルグル曲がるストローを大きくしたトンネルさながらでした。
ポッカの周りに、色あざやかな結晶が、次から次へと降ってきます。
それをながめているうちに、ポッカはちょっぴり悲しいことを思い出してしまいました。
すこ~しまえ、ポッカが大好きなだった近所のレイラおねえさんがお嫁にいきました。
クリーム色のドレス、オレンジ色の髪かざり。
お姫さまのようなレイラが、白い手ぶくろをはめた手で、ポッカの頭をぽぽぉんとなでたとき……。
たくさんの花びらが、レイラとレイラが腕を組んだ男の人の上に、次から次へと舞い落ちてきたのです。
その時のポッカは、泣きそうな顔でレイラを見上げ、ゴシゴシと目をこすって笑うのが精いっぱいでした。
結晶は花びらではなかったけれど、ポッカには同じようにみえ、思い出してしまったのでしょう。
レイラとお別れした時を思いだし、歓声をあげていたポッカは急に黙りこんでしまいました。
「どうしたの?」
どこからか急に声がしてポッカはまたまたびっくりです。
あたりをキョロキョロながめたら、ポッカの肩に落ちたピンクの結晶がモゾモゾしています。
「いま、はなしかけたのはきみ?」
ピンクの結晶は、「そうだよ」と小さなジャンプをしてみせました。
「ねえ……ここはどこなの?」
ポッカはピンクの結晶にそう聞きました。
「あら、おばあさんからきいてなかったの? ここは、クルクル、キラリの中よ?」
「うん、おばあちゃんもそういってた。でもね、ぼくが知りたいのは、この先がどこかってことなんだ」
ですが、ポッカの質問に答えることなく、六角形のピンクの結晶はモゾモゾニュルニュル――六つの角が動き出し。
一角が一つの頭に、四つの角は二本ずつの手足に、最後の角は一本のシッポに。
それはまるでいたずら好きな小人さん。
ピンクの結晶がピュピュピューと口笛を吹くと、他の結晶たちも同じように小人に変わっていきました。
「せーの、はい!」
ピンクの結晶が嬉しそうに叫ぶと、小人たちはダンスを踊るように手足をクネクネさせ……ピョコンとジャンプ!
それをみたポッカが笑います。
「そうそう、ここじゃ楽しまなくちゃ! だってここはクルクル、キラリなんだから」
クルクル、キラリがなんなのかポッカにはまったくわかりません。
わかりませんでしたが、今度は結晶たちが、楽しいリズムで歌いだしたので、ポッカは笑わずにはいられません。
六角形の結晶はシッポつき、五角形の結晶はシッポなし。
36色のクレヨンのように、彩り鮮やかに並んだ小人たちは腕を組んで足を交互に上げながら歌います。
坂道はまだまだ続きます。
グル~ングル~ンと大きな輪っかの道をポッカはすべり続けました。
ラインダンスをする人形たちは空中でクルンとまわったりジャンプをしたり。
いつの間にかポッカも一緒に歌っていました。
その間も坂道は終わることなくポッカのお尻はどんどん熱を持っていきます。
ポッカが笑っていられたのもそこまででした。
坂道は急に真っ直ぐな直線に! その先は真っ暗でなぁんにも見えません。
「うわあぁぁ――!」
ポッカはぎゅっと両目をつぶり、両手を前に伸ばしつかむものを探しましたが、なぁんにもありません。
やがてポッカのからだは一度ぽ~んと宙に浮かび――どっしん!
熱かったお尻が痛くなりました。
ひらいた目の前におばあさんが立っていたのでした。
クルクル、キラリはまたおばあさんの手の中に。
ポッカは目をパチパチさせていいました。
「あいたたた……おばあちゃん!」
「おかえり、ポッカ」
ポッカは家のまえで四つんばいになっていたのでした。
☆ ☆ ☆
夜になり雪が降りだしました。
今夜もポッカはおばあさんと二人で夕食です。
おばあさんはポッカの大好きなクリームシチューをかき混ぜます。
クルクルクルクル、甘いにおいは部屋中に広がってポッカのお腹をくすぐりました。
テーブルの上にはカゴいっぱいのホカホカ白パンとはちみつのビン。
「ポッカ、レイラのおみやげは気に入ったかい?」
ポッカはふわふわな毛糸で出来たパンツをはいてニコニコしています。
「うん!」
レイラはポッカに毛糸のパンツを、おばあさんにクルクル、キラリを送ってくれたのです。
毛糸のパンツは擦りむけた真っ赤なおしりを暖かくつつんでくれました。
硬い木の椅子に座っても厚いパンツがあるので痛くありません。
「お腹が空いちゃった。シチューはまぁだ?」
「ほぉら、できたできた。さあ、食べようか」
大きなシチュー皿には五角六角の色とりどりの野菜がたくさん入っていました。
「いただきます!」
ポッカはスプーンを手に元気にあいさつしました。
「はい、めしあがれ」
お腹が空きすぎて待ちきれなかったのか、ポッカの前に白いパンくずが落ちています。
おばあさんはそれを見逃しませんでした。
おばあさんがウインクをすると、スプーンを持ったままポッカは――
むぎゅうぅぅ――むぎゅりん――すっぽん!
お皿の中にすいこまれてしまいました。
(おしまい)