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このとんでもない、とても奇妙で、到底ありえないことについて、きみならどう思うだろう。きみがぼくの立場だったらどう行動するだろう。それとも、きみもぼくと全く同じ状況に陥っていたりするのだろうか。
あの日、誰もかれもがいなくなり、ぼくだけが残されたことを、ぼくはすぐに理解した。常識やルールがぶっ壊れた跡を、ぼくはほとんど無感覚で眺めていた。それは、もしかしたらぼくときみが望んでいた世界であるのかもしれなかった。ぼくら2人とも、はずれ者だったから。空気を読めとかいうクソみたいな同調圧力には絶対に屈しなかったから。ぼくらはどこに行っても疎まれて、怖がられて、あるいは見くびられて、同時に表面的に尊敬されて、と思うと頭を抑えつけようとされて、わかったふうなことをいわれて、心ない言葉を浴びせられて、軽蔑の目でみられて、嗤われて、辱めをうけて、そんな全てに、ぼくらは暴言と暴力で対抗してきたから。だって、やつらがそれをすごく嫌がるって知っていたからね。相手を選んで弱いものをいじめることしかできない卑怯なやつらには、それがいちばん効くって知っていたからね。だからわかる気もするんだ。ぼくがこうなったのは。ぼくが世界からはじかれたのは。それとも、ぼくが世界をはじいたのかな。
だけど、それなら、なんできみが傍にいないんだろう。なあ、きみはどこにいるんだい? きみはどっちにいるんだい?
携帯電話なんて試す気にもならなかったから、ずっと放っておいたけど、ついさっき試してみたよ。きみに電話を掛けてみたんだ。もちろん駄目だった。そんなことは決まりきっていたことなのに、当たり前のことなのに。だってさ、国道に出てみなよ。走っている車が1台もないんだぜ? コンビニの駐車場に停まっている車は存在するのに、路上には見事に、なんにもないんだぜ? 走っている車ごと、つるんと表面を剥いてくしゃくしゃに丸めて放り投げたみたいにさ、なんにも、ほんとになんにもないんだぜ?どこに行ったってそうだ、誰もいない。いた痕跡もない。パッと見ふつうさ。電気だって通ってるしね。だけど、誰もいない。ほんと笑っちゃうほど静かだよ、ここは。だから、当たり前なんだ。きみに電話が通じないなんてことは。だから、ぼくはいままでそれを試してもみなかった訳でさ。それなのにさ、ぼくはいま取り乱しているんだ。ショックを受けているんだ。
しばらく、きみを探し歩いていたよ。厳密に言えば、歩きじゃなくて、きみのキャノンデールの自転車を貸りて、走り回っていたんだけど。いやあ、やっぱりふつうの自転車とは全く速さが違うね。ペダルを踏む足に力を入れれば入れるほどぐんぐん速くなるんだもの。驚いたよ。また、ほら、車も信号もなにもないからさ、好きなだけぶっ飛ばせるんだよね。気持ちいいなんてもんじゃないよ。
こんなふうにさ、ルールとか関係なく好き勝手に自由気ままに振る舞ってるってさ、ぼくらは思われてたんだよね。とんでもない話だけどさ。きみだっていわれたことがあるだろう。おまえは自分があっていいよな、自分をもってていいよなって。言葉で、あるいは視線で、態度で。時には嫉妬混じりに、時にはそれが最大限の賞賛であるというふうに、時にはたっぷりの悪意と皮肉でもって、いわれたことがあるだろう。でも、ぼくはそれが嘘だって知っている。全部が全部嘘っぱちだって知っている。ぼく自身が嘘の固まりだって知っていたんだ。
ぼくはね、ようく知っているんだ。なんでも知ってるマンなんだ。なんたって自分のことだからね。ぼくがあの手この手で自分を演出してきたことを知ってる。格闘技やって体を鍛えて、小さい体に精一杯の筋肉をまとって、デカールを貼りつけるみたいに、タトゥーを彫って、Tシャツの裾からほんの少しだけそいつを覗かせたりしてさ、威勢のよさそうなやつには積極的に目を合わせるようにして、最初は怖かったけど、だんだんただの癖みたいになっていって、もう相手が目を逸らすのが当たり前、みたいな?その一方で、ビデオゲームやボードゲーム、アメコミや特撮ヒーローもの、どれもこれも薄っぺらい知識と愛着しか持ち合わせていないくせに、サブカルチャーにも詳しいんだぜ、みたいな面して、アラン・ムーアやばくね? フランク・ミラーやばくね? ベセスダやばくね?ロックスターやばくね? クニツィアやばくね? ローゼンベルクやばくね? ディックやばくね? ヴォネガットやばくね? GGアリンやばくね? ミチロウやばくね? トッキュウジャーやばくね? ハートキャッチプリキュアやばくね? バス男やばくね? 狂い咲きサンダーロードやばくね? ミエヴィルやばくね? 宮沢賢治やばくね? ラヴクラフトやばくね? 一体、ぼくのどこに、それらのやばさを感じることのできる感性があるというんだ? ほらほら、その、やばさとやらを、説明してみろよ、一体全体、なにがそんなにやばいというのか、ぼく自身に、きちんと、ぼく自身が納得できるように、ぼくの知っている言葉で、だれかの受け売りじゃない言葉で、簡単な言葉で、説明してくれよ。なにがやばくて、なにがやばくないのか、そのへんのところから、はじめてくれないか、いや、はじめてくれませんか?ほかの誰が騙されたって、このおれだけは騙されやしねえぞ。おまえは、空っぽなんだ。不良性とオタク性とのギャップで皆の注目を集めようったってそうはいかねえんだ。おれはそんなもん絶対に認めねえんだ。おまえの嘘にはうんざりなんだ。なあ、おまえの嘘を1枚1枚、順番に丁寧に、剥いていったらなにが残るんだ?おれはそれが知りたいんだ。そこからはじめたいんだよ。