1
チャイナ・ミエヴィルの短編「ジェイクをさがして」をところどころ参考にしています。
なぜきみは消えてしまったのだろう。
あの日、ぼくはビデオゲームで遊んでいた。きみも幾度となく遊びにきたあの部屋で。どんよりとした曇り空のくせに、いやに暑くてね。部屋の窓を開けっ放しにしていたんだ。どうせ、ユンファも外に出たいってニャーニャー騒ぐだろうし、ちょうどいいかなと思って。
ときどき、穏やかな風が部屋に流れ込んでくると、そのたびにゲームを中断して窓の外に目を向けたのを覚えているよ。たぶん、ゲームに集中できていなかったんだと思う。なぜか気になったんだよね、外が。
コゲラが鳴いたんだ。ギィって古い扉がきしむような特徴的な鳴き声。コゲラのことは覚えているかい?
かなり前にきみと近所の公園に鳥をみにいっただろう。まったく乗り気でないきみを説得したぼくの言葉、バードウォッチングとは殺生をしない狩りだ、これはぼくの人生の中でもかなりの上位に入る名言だと思う。ハードコアなFPSプレイヤーだったきみが、この言葉で鳥をみることに少なからず興味をもったと僕は確信しているよ。
公園に向かう途中、すれ違うひとすれ違うひと皆が、ぼくらの首から下げた双眼鏡を訝しげな表情でみていたね。なにせ、ぼくら二人とも鳥をみにいくっていうより泥棒の下見といった方がしっくりくるような風貌だったから。ぼくは胸まで届く長髪で、クリムゾンの革のボア襟ダウンベストの中に黄色と紫のフランネルシャツ、ロールアップした少し太めのジーンズに馬革のワークブーツ、きみはといえば、ところどころ表面の禿げたライダースジャケットにやたらと細い破れだらけの薄汚いジーンズとドクターマーチンの8ホールブーツ(きみのオールドスクールなパンクスタイル、ぼくは嫌いじゃないぜ)、それにスキンヘッドとまあこれだけでも普通のひとは近寄りがたい雰囲気だっていうのに、首筋からはふくろうのタトゥーが睨みをきかせていたんだからね。
イチョウの立ち並ぶ公園内のジョギングコースに、家族連れやジョガー、アマチュアテニスプレイヤーなど、いってみればぼくらとはあらゆる意見の合いそうにないひとたちがごった返しているのをみたきみは、軽く舌打ちして、心の底から湧きあがってくるような嫌悪を顔いっぱいにあらわしながら、ぶっとばしてやりてぇ、そういった。
あの光景をみれば、きみが不満を隠そうとしないことがぼくには予想できていたし、きみは解ってくれていると思うけど、ぼくも概ねきみと同じような感想を抱く人間だ。だから、忘れないでくれよな。あの公園に向かったのはきみが近場で済ませたいといったからだよ。
ジョギングコースから外れて雑木林に立ち入ると、さして距離は離れていないというのに、さっきまでの喧噪が嘘みたいに遠くに聞こえて、ぼくはなんだか身が引き締まるような気持ちになったのを覚えているよ。木々のざわめき、小鳥のさえずり、落ち葉を踏みしめるぼくらの足音。
爆音のパンクロックもいいけど、こういうのもたまにはいいだろう?とぼくはいった。少し得意気に聞こえたかもね。
うん、悪くない、でもおれには似合わねえな……
きみはちょっと恥ずかしそうにいった。あの時は何もいわなかったけど、ぼくもきみにまったく同感だったよ。
きみときたら鳥をみつけるのがほんとに下手くそでさ、ぼくが、あそこのクヌギ、上の方の枝にヤマガラがいるよ、なんて教えてあげても、きみは、どこだよいねえぞ、なんて呻きながら双眼鏡をあっちこっちに振り動かすだけなんだもの。
きみはきっと点でみている、面でみるんだ、世界の一部になっちゃだめだ、世界から一歩離れるんだ、そうしたら視界のどこかで何かが動く、それが鳥だよ、ってね。ぼくのあやふやなアドバイスがどれだけきみの役に立ったかどうかは知らないけれど、そのすぐ後にきみはみつけたんだ。コゲラをね。
この世界になにが起きているのか、きみがどこに消えてしまったのか、ぼくにはわからない。わかるはずがないんだ。だらだらと書いているこの手を止めたら、ぼくはどうなってしまうんだろうな。
あの日、コゲラが鳴いた。ぼくはゲームパッドのポーズボタンを押して、開けっ放しの窓へと近づいていったんだ。何度もこの部屋に遊びにきているきみに質問。ベランダの手すりのすぐ前に1本のイヌビワの木(みるも無惨に剪定されていて、高さは2メートル半ってところかな)があるのを知っていたかい? ぼくは知らなかった。自慢じゃないけどぼくはこの部屋に6年も住んでいるんだぜ! 毎日、ベランダに出て煙草を4、5本は吸うし、何日かに1回は洗濯物を干したりもするし、道を挟んだ向かいの家の猫たちに手を振ったりすることだってあるというのに、自分の部屋のベランダの前に木が立っていることをぼくは知らなかったんだ。
その木に、ぼくにとっては初めてみる木に、コゲラがいた。ぼくとコゲラとの間は2メートルも離れていなかったんじゃないかな。きみにとってはピンとくる話ではないかもしれないけれど、野鳥がこんなにすぐ近くにいることなんて、滅多にないんだ。
ぼくは夢中になってコゲラのドラミングをみていた。キツツキのドラミングっていうのはなんでこんなに魅力的なんだろう。きみだって、あの日、自分がみつけた地味で小さな鳥が、リズミカルに木を突いているのをみたときは、興奮しただろう。
どれくらいコゲラをみていただろうな。ほんの短い間だった気もするし、おそろしいほど長い時間が過ぎていたような気もする。いまとなっちゃどうでもいいことだけれど。コゲラは短くギィッと鳴いて、アパートの前の道を沿うように飛び去っていった。それでおしまい。変な話、ぼくはその時に、きみを見失ったんだと思う。
なにかがおかしいことに気づいたのは、日もだいぶ落ちて、そろそろ部屋のあかりをつけようかとした時だった。まず、知らぬ間にゲームがオフラインになっていた。まあ、きみも知ってのとおり、ぼくがオンラインプレイをすることは滅多にないから直接の不便は感じなかったけど、解除したアチーブメントの日付が記録されないのは、なかなかの問題だ。急いでオンラインに繋げようとしたけど、これが全く繋がらない。経験上、こういう時はゲームを止めてしまうに限る。日が変わって、朝になれば何ごともなかったかのようにサインインできるものだ。
次に、ケーブルテレビのスポーツチャンネルをつけてみた。目当てのプロ野球の試合開始にはまだ早かったから、なにかモータースポーツでもやってればいいな、なんて思いながら。
画面にはなにも映らなかった。正確には右上にビデオ1という表示だけを映していた。地上波に変えてみたり、テレビや周辺機器をあれこれいじってみても結果は一緒だった。おかしいな、そんな言葉が自然と口をついた。実際、なにかがおかしかった。
違和感。よく聞く言葉だ。ぼくも多少はそれを感じたことはある。例えば、彼女がカラーコンタクトレンズの色を変えたとき。職場の掃除のおばちゃんがいつもの人と違うとき。いつの間にか、近所に更地ができていたとき。大抵の場合、軽い違和感をおぼえた後すぐにそれの正体に気づく。だけど、そのときはそれがなんなのか、少し考えてみてもわからなかった。しばらく考えてもわからなかった。部屋の真ん中で立ち尽くして、なかば焦りながら結構シリアスに考えてもまだわからなかった。
突然、キッチンの冷蔵庫のモーターがブーン、とうなった。はっとしたよ。そして、気づいたんだ。さっきから、いつからかはわからないけれど、かなり長い間、車の音がしていない。車どころか、人の声、足音、普段は外から聞こえてくるその全てが、ないんだ。
なんだそんなことか、そう思ったよ。だって、そうだろう。元々ぼくのアパートが面している道は車も人もそんなに通らないし、たまたま誰も通らない時間が続いたってそれほど不思議なことじゃない。そうだろう?
そうじゃなかった。ぼくにはわかっていた。拍子抜けした振りをしたって、ただの偶然で話を済ませようとしたって、ぼく自身を騙せるわけがなかった。




