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出稽古へ行こう   〇〇〇〇さんの場合①

本部モトベ 辰馬タツマ

職業 空手道場 経営

最近の悩み いつも敬語で喋るのは結構疲れる。



 子供に武道を習わせるお題目として「礼儀作法が身に付く」というものがよく挙げられる。

 武道をやることで本当に子供達に礼儀作法が身に付くかはさておき、俺個人としては武道をやる人間が礼儀作法を身に付けることについては大賛成である。

 別にこれは「精神修養」とか「人間教育」といった高尚な意味合いからではない。

 武道家として極めて実利的な理由からである。


 ちなみに話は少しそれるが、武道で教わる礼儀作法というのはある意味、結構 慇懃無礼なものだったりする。

 例として挙げるならば、頭を下げる時は相手から目を逸らさない、床に膝や手をつくとき時は必ず片方ずつつける。

 これらがどういう意味かお分かりだろうか?

 目を逸らさないのは相手が急に襲ってきても対処できるようにする為。

 片方ずつ膝や手をつくのは両方一度につこうとすると、その時一瞬無防備な状態ができてしまうのでその隙を作らない為。

 他にも細々あるし、俺の知らない作法もまだまだあるかとは思うが、要するにこれらは相手の奇襲を警戒しての用心の意味も備えている。

 あえて言葉にすると恐ろしく疑心暗鬼な印象を受けるかもしれないが、個人的にそれは「礼儀」というものの一面を的確に突いているのではないかと思う。


 武道とは本来、自分の命を守る為のもの――いわば護身術である。

 仮に世界で一番強い武道家がいたとしよう。

 しかし、その武道家に世界で二番目と三番目の武道家がタッグを組んで奇襲してきたらどうだろう?

 よほどの実力差が無い限り、その世界一の武道家はやられてしまうのではなかろうか?

 仮にその二人すら倒せるほど強くなったとしよう。今度は世界で二番から十番までが徒党を組んで襲ってきた。さぁどうなる?たぶんやられるだろう。

 仮にそれすら倒せるほど強くなったとしよう。次はそいつらが全員銃で武装した状態で襲ってきた。さぁどうする?

 極端な例ではあるが、人間は無限には強くなれない。

 それに対して「敵」というものはどれだけ乗り越えても、いくらでも強くなりうるのだ。

 百歩・・・いや一億歩譲って仮に自分以外全ての存在を打倒できるほど強くなったとしよう。さぁどうなる。めでたしめでたしか?

 たぶん虚しいだけではなかろうか。もっとぶっちゃけた言い方をするならば、何でそんな疲れることをせねばならんのだろうか。

 強くなればなるほど面倒な状況に陥って、自分も不幸になる・・・そんな強さに何の意味があると言うのだろうか。


 だからこその「礼儀」である。

 相手を打ち倒せば打ち倒すほど厄介な状況になる。ならば最初から敵など作らなければいい。

 相手を慮り、怒らせず、不快にさせず、仲良くはならないまでもお互い敵視し合わない程度には良好な関係を保つ。

 そうすれば面倒かつ厄介な争いの連鎖に巻き込まれることも無い。

 これ程、労力の少なく、実利的な護身術が他にあるだろうか?


 無論、生きていればそれでも避けきれぬ窮地というのも存在するかもしれない。そういう時こその「武」であり、そういう時だけに使うべきなのが「武」なのだろうと俺は思う。


 極力、人を害さず、害されず心穏やかに生きられる為の道具。自分の教える武道がそういうものであってくれるなら俺は嬉しい。





 出稽古というものがある。

 これは武道などにおいて他所の道場に教えを乞いにいくこと、もしくは逆に頼まれて指導をしに行くことがこれにあたる。

 今回の俺の場合は後者である。

 道場にも最近生徒は増えてきたがそれでもそれだけじゃまだまだ十分な収入とはいえない。

 時には道場を出て、依頼された先へ指導に向かうのも立派な職業空手家としての仕事であり、収入源である。

 ありがたいことに俺が過去に指導した人達からの口コミもあり、最近ではちょくちょくお声を掛けて頂ける様になった。

 無論、なんでもかんでも受ける訳ではないが、それでも収入源が増えることは実にありがたい。

 そういう仕事を引き受けることでまた次の仕事、新たな生徒の入門のきっかけになるかもしれない。

 空手道場とはいえ、収入を得る以上は経営努力と営業努力は怠ってはならない必須事項である。


 今回俺が向かうのはある意味、俺のこの世界での古巣とも呼ぶべき場所である。

 村の郊外にある一般家屋よりやや大きく、柵で囲まれた広い庭を有する建物。

 ここが今日の目的地だ。

 俺は久しぶりにその入り口に立ち、ドアに手を掛けた。


「いらっしゃいませー」


 広い室内の奥に位置するカウンターから俺に向けて声が掛かる。

 俺は片手を上げてその声に答え、カウンターに向けて歩き出す。


「ん?・・・あれ?タツマさんじゃないですか?どうもお久しぶりです!」


 カウンターの女性は俺に気が付き、改めて声を掛けてくる。


「最近全然来てくれないじゃないですか~。みんな結構寂しがってますよ。薄情なんだから。」


 言葉とは裏腹に彼女は親しみのこもった顔で俺を迎えてくれた。

 赤毛の長い髪にカッチリとしたデザインのここの制服。

 そして人懐っこい目に親しげな口調。

 ここに来るのはご無沙汰だったが、彼女にどうやら大きく変わりはないようだ。


「すみません。最近は道場の方が結構忙しくて・・・なかなかこっちには来れなかったんです。」


 近況を伝える俺に更に彼女が言葉を重ねる。


「ずいぶんセンセイが板に付いてきたんですね。ここに来てた頃はもっと砕けた喋り方だったのに。ここでは昔みたいな喋り方で良いんですよ?」


 彼女とは一時期、毎日のように顔を合わせていた。確かにその頃はもっと喋り方も砕けたものだったかもしれない。


「ありがたいですけど、今日は仕事ですからね。まぁ一応けじめってことで。」


「相変わらず真面目ですねぇ。じゃあこちらも気を取り直して・・・」


 コホンと咳払いをして彼女が姿勢を正す。


「この度はお越し頂きありがとうございます。既に依頼内容はギルド長よりお聞きかとは思いますが、再度こちらより依頼内容をご説明させて頂きましょうか?」


 先程までの砕けた調子から一転、たちまち理知的な印象に変わる彼女。

 切り替えの早さも相変わらずらしい。

 俺は彼女に説明は不要である旨と依頼を受ける旨を伝える。


「かしこまりました。それではCランク 冒険者 タツマ様、今後の詳細な予定をご説明させて頂きますので奥の部屋へどうぞ。」


 そういって彼女は俺を先導し、奥の談話室まで案内を始める。


 ここはこの村の冒険者ギルド。

 そして彼女はここのギルド職員でエミリアさんという。



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