「剣」じゃないんです。「サイ」なんです! 鍛冶屋ボリスさんの場合
本部 辰馬 25歳
職業 空手道場 経営
最近の悩み 魚を思う存分食べたい。
空手の技術体系の中には武器術も存在する。
「え?空手って素手で戦うものじゃないの?」と思った方。少し考えてみてほしい。
例えば仮に戦争が始まったとしよう。
あなたは銃を持ち、戦場に行かなければならない。
しかし隣をふと見ると隣の男は銃を持っていない。
あなたは「何故、銃を持たないのか?」と聞くだろう。
すると隣の男は自信満々に答えるのだ。
「俺は空手家だから素手で戦うぜ!!」
さてこんな男がいたらあなたはどう思うだろう?
ちなみに俺ならすぐに彼を連れて行く。
・・・・・・病院へ
まぁ、極端な例えかもしれないが昔の人だって同じである。命がけの戦いに出るのにわざわざ素手で戦う必要なんて無い。武器があるならそれを使って戦おうとする方が自然なのだ。
じゃあ素手の技なんて無駄かと言えばそれも極端な話だ。
素手とはつまり自分の身体である。それは四肢を切られでもしない限り、誰からも、どんな状況でも奪われることの無い人間の最終兵器なのである。
ちなみに日本の古流剣術なんかだと、剣術と一緒に素手で戦う場合の技なんかも弊習していたりするらしい。
やや物騒な話になったが空手にとっての武器の効能は戦いだけではない。
武器に習熟することで素手の技も磨くことができるのだ。
おそらく昔の人達は武器で戦うことと素手で戦うこと、両方を想定して自分の技を磨いていたのだろう。そうであれば素手と武器術の動きにある種の共通点を設けて鍛錬の効率化を図るのは自然な発想であったのかもしれない。
実際、武器の練習をしていると、思わぬところで素手の技に関して発見や気付きがあったりでこれがまた至極楽しい。
別に戦いがしたい訳ではない。
素手のケンカ、ましてや武器を持った戦いなどしなくていいなら一生しない方が誰にとっても幸せな筈だ。
それでも武器術の・・・空手の技を磨き続けるのはその受け継がれてきた文化がとても魅力的で、そしてたまらなく楽しいものであるからに他ならない。
せっかく入った空手の道だ。どうせならすみずみまで楽しみたいし、生徒達にも楽しんでほしい。
俺はそう思っている。
鍛冶屋 ボリスさん(人族)の場合
「てめぇ!!俺の作品のどこに文句があるってんだ!!!」
目の前の彼の怒声は俺の鼓膜どころか後ろの壁まで突き破らんばかりの大音声だった。
髪は白髪、顔には幾つもの皺が刻まれ、身体は俺の頭二つ分は小さいだろう。
しかし、鍛え上げられた上半身の筋肉と恐ろしいまでの迫力が彼にまるで巨人のような印象すら与えていた。
彼の名前はボリス。この村に住む鍛冶屋である。
頼まれれば日用品から武器までなんでも手がけるこの村に欠かせない人物だ。
その腕もけっして田舎の鍛冶屋というレベルではなく、その気になれば王都でも充分店を持てるほどの腕前で時折彼を訪ねてわざわざ中心街から訪れる客もいる程だ。
しかし、腕のいい職人は頑固者という傾向はこちらの世界でも健在らしく、ボリスさんもその例に漏れず筋金入りの頑固者である。そしてそれゆえに今俺はこうして彼から怒鳴られている訳である。
ことの起こりは数日前に遡る。
最近は以前より生徒の数も多少増え、その中にはそれなりに空手の動きが様になってきた生徒もちらほら見え始めた。
彼らにより高度な稽古を付けられるよう自分自身も更に腕を磨かねばと決意を新たにしていた俺だったのだが、そこで一つの問題に行き当たった。
それは「武器術」である。
俺が教わった空手では中級者からは素手の技と並行して武器の技も学び始める。武器の動きを学ぶことで更に自分の空手への理解を深めることができるのだ。
空手で使われる武器というのは実はかなり多岐にわたるのだが、俺が学んでいた空手では主に二種類の武器について稽古を行っていた。
一つは棒。
これは六尺棒と呼ばれる180㎝ 位の棒を用いた棒術である。
これについては問題ない。棒術のいいところは武器が至極手に入れやすいところである。
既に村に住む木こりの親父さんに頼んで自分用と将来生徒が使う用に数本作ってもらっている。
問題なのはもう一つの武器である。
こちらの武器は金属製で形状も特殊。従ってその辺で拾ってきたり、素人が作ったりするのは少々難しいものなのだ。
その武器の名前を「サイ」という。
サイとは短剣くらいの大きさの鉄の棒で持ち手のすぐ上の左右に金属性の鉤がついたもの・・・想像し辛ければ真ん中の突起だけ異様に長い三又のフォークを想像してくれるといい。
剣や槍と違って元の世界でも相当マイナーな武器ではあったが、ここ異世界ではやはり存在しなかった。いや、世界のどこかにはあるのかもしれないが少なくとも周囲の誰に聞いてもその存在は知られていなかった。
サイは両手に一本ずつ持って使う武器でその動き方もかなり特殊である。
しかし、鍛錬することによって棒とはまた違った効能をもたらしてくれるので、どうしてもこの世界でも手に入れたい武器だった。
そしてそれをリーゼに相談したところ、紹介してくれたのがボリスさんだった。
恐ろしく頑固だが腕は確か。この辺りの冒険者の武器作りなども手がけているので経験面でも問題ないだろうとのお墨付きだった。
すぐさま、彼の鍛冶屋を訪ね依頼をしたのが数日前。
二,三日程経ち、試作品ができたというので再度訪ねてみると、そこにあったのは鉤状の鍔を持つ一対の双剣だった。
これには俺も頭を抱えた。確かにサイは剣と形状が似ている。知らない人間であれば間違えることだってあるだろう。
俺はボリスさんに自分の説明が悪かったことを詫び、更に詳細な説明をした上で再度作成を依頼した。
自分の作品にケチを付けられたことに若干不満げな様子のボリスさんだったがこの時は不承不承作り直しを承諾してくれた。
そして更に数日が経ち、今日。試作品ができたと連絡があり訪ねてきたのだが・・・・・・
「いったい何が不満だって言いやがんだ!!えぇ!!」
ボリスさんの怒声は留まるところを知らない。
納得いかなければ手に持った金槌でこちらの頭を叩き割ると言わんばかりの剣幕である。
しかし、こちらとしても納得する訳にはいかないのだ。
何せ、今回目の前にあるのもやはり双剣なのだ。
確かに以前のものより頑健さは増しているようであり、なおかつ鍛冶の素人の俺が見ても感じ取れるほど凄みを感じる業物である・・・・・・しかし、これはサイではないのだ。
なんと説明をするべきか迷う俺に助け舟を出すかのように横合いから声が掛かった
「お父さん!駄目じゃない。タツマさんの話もちゃんと聞いてあげなきゃ!」
そして俺を安心させるように彼女はニコリと笑う。
彼女の名前はブレンダ。ボリスさんの一人娘である。
俺より頭二つ分低い小柄な体格は父親譲りであるが、それ以外の全ては今は亡き母親似だと村ではもっぱらの評判である。
人懐っこい笑顔に愛想の良い語り口。そして何より頑固親父もこの一人娘にだけは頭が上がらない。
この店は親父の腕四割、娘の笑顔六割で持っているというのはこの店の評判を聞いた全ての人からの言である。
「そんなこと言ったってオメェ・・・」
悪戯の見つかった悪ガキのように気まずげな顔を見せるボリスさん。
「まったく、もう!」などとため息をつきつつ、ブレンダさんはこちらに向き直る。
「タツマさん。父がいきなり怒鳴ったりしてすみませんでした。・・・でもこの剣は父が確かに丹精込めて作ったものには違いないんです。どうかご不満な点があるのであれば教えて頂けないでしょうか?」
こちらに詫びながらも父の仕事ぶりを伝え、不満な点についても確認する。
実にできた娘である。一体この頑固親父とどんな女性がくっつけばこんな娘ができるのか?女神か?
ブレンダさんの仲介の元、改めてサイについての説明を行う。
形状、素材、使用の用途・・・できる限り詳細に彼らに説明を行う。
一通り説明が終わったところでボリスさんがフンっと鼻を鳴らす。
「なんでぇ。要は攻撃と受け両方ができる武器ならいいんだろ!だったら見てろ!!」
言うなり双剣の内の一本を思い切り金床に叩きつける。
大きな金属音が鍛冶場に響き渡る。
音が止んだ後、恐る恐る剣の様子を見てみると剣は折れていないどころか傷一つついていない。
「どうよ!見たか!切れ味だってそんじょそこらの剣じゃ及びもつかない位鋭いんだ。いったいどこに不満があるってんだ!」
どうだ見たかと言わんばかりに胸を張るボリスさん。
確かに素晴らしい剣だ。もし俺が剣士であったのなら喜んでこの剣を受け取っただろう。しかし・・・・・・
「すみません。素晴らしい剣だとは思いますがやはりこれは「サイ」じゃないんです。それにサイにはそもそも刃はついていないんです。」
この言葉に再びボリスさんの怒りに火が灯る。
「刃がいらないだと?馬鹿にしてんのか!てめぇは武器を作れっつったんだろうが!!それを刃はいらないなんて俺のこと馬鹿にしてやがんのか!!」
ボリスさんのあまりの怒りっぷりにさすがのブレンダさんも声をかけられないようで、困ったように俺とボリスさんも見ている。
しかし、ボリスさんの怒声を浴びつつもようやく俺は悟った。
これもまた元の世界と異世界の文化の違いなのだと。
この世界には「武術」という概念がない。
しかしそれは決して技という一面だけではないようだ。
俺はこの世界に来てから冒険者、兵士、野盗などの犯罪者・・・いわゆる戦いを生業にする人々をそれなりに見てきた。そしてそこで気付いたことがある。
この世界の武器の種類は元の世界に比べると恐ろしく少ないのだ。
俺がこれまでこの世界で見てきた武器は剣、槍、棍棒、弓矢・・・せいぜいそんなところだ。
剣や槍は多少大小に違いはあれ、どれも形状に大きな違いはない。
弓矢はあってもクロスボウはない。
当然だ。武の技を磨くという発想がないのだ、その為に道具を工夫するという発想も当然無いに決まっている。
この世界の人達にとって弓や鈍器以外で武器と呼べるものはすべからく刃を有したものなのだ。
これではボリスさんを一概に頑固とも攻められない。
いくらこちらが形状や用途について詳細に語っても、それらは全て「刃物である」という前提の元つくられるのだから。
しかし、そうなると困った。
既に言葉では説明し尽くした。それでもこの状況なのだから、この上言葉を重ねても彼の怒りに油を注ぎ、店を追い出されるのが関の山だろう。
ボリスさんの怒声に困りつつ目を泳がせていると、店の奥の作業机に目が止まった。
作業机の上には作りかけなのか、失敗作なのか十字架状になった鉄の塊が二つほど無造作に置かれている。
あれならば・・・本物と多少勝手は違うかもしれないが代用品くらいにはできるだろう。
更に怒声を浴びせようとするボリスさんの前に手を差し出し、
「すみません。お怒りはごもっともかと思いますが、一度俺の演武を見て頂けませんか?」
怒りの機先を制され、一瞬押し黙るボリスさん。
その隙を突き、奥の作業机から目当ての鉄塊を二つ取り上げる。
親子そろってそんなもので何をするんだと顔に疑問を浮かべている。
構わず俺は呼吸を整え、演武を開始した。
今回行うのは型ではなく、空手の稽古で言えば基本稽古に近い。
これは少しでもサイの動きを二人に見てもらうためだ。
まずは右手のサイを剣のように持ち、目の前の仮想敵の頭目掛けて振り下ろす。
ここまでは剣や普通の鈍器と同じだ。しかしサイが特殊なのはこれからだ。
頭に打ち下ろしたサイをクルリと手のひらで半回転させ柄の台尻が相手に向くように持つ。
その持ち方のまま下段を払う。これは空手の下段受けと同じ動きであるが前腕がサイに隠れてガードされている為、防御力、攻撃力共に素手の時とは段違いのものになる。
下段払いの後、左手に持ったサイの台尻側で相手のみぞおちを突く。これは空手の正拳突きの動きをそのまま応用できる。
両手を引き付け、相手の胸目掛け、台尻による諸手突き。
すかさず両手ともに持ち替え切っ先部分で左右の鎖骨を打ち砕く。
その後も切っ先で払い、刺し、台尻で突き、受け、時には上下逆さに持った状態で打ちかかったりもする。
サイは形状こそ剣と似ているが攻撃力という面では刃が付いていない分、大きく劣る武器である。
しかし、サイの真価はそこではない。変幻自在、千変万化の融通無碍の動きこそサイの剣に勝る大きな利点であり、真価である。
刃の付いた武器では実行しえない自由な使用方法、そしてその動きは素手の空手の動きをそのまま使うことができ、空手の技を活かしたまま武器を用いることができるという空手家にとって最高の武器の一つである。
その後も身体の赴くままに技を振るい、一通りの動きを見せ終えたところで俺は演武をやめた。
二人はしばらくポカンとした顔で見ていたが、不意にボリスさんが呟く。
「それが「サイ」の動きか・・・確かにそういう動きをするなら刃は邪魔にしかならねぇだろうな・・・・・・」
さすがは腕利きの鍛冶師だけに演武の動きを見ればサイに求められる要素も自ずと理解ができたらしい。
そして彼は頑固ではあるがけっして傲慢な人間ではないのだろう。こちらの意図を理解した今、これまでの行いを恥じ入るようにじっと押し黙っている。
気まずい沈黙はしばらく続き、そして、
「ニイちゃん。すまなかったな・・・金は返すからこの仕事は他所に持って行っちゃあもらえないか?客の要望も汲み取れないようじゃあ俺に仕事を請ける資格なんかねぇ・・・隣の村に俺の知り合いで腕の確かな鍛冶師がいるからそいつに頼むといいさ・・・」
彼は客にも頑固だが自分の仕事にはそれ以上に頑固なようだ。
己の間違いを認め、ただただ恥じ入る彼はさっきまでとは一転、その体格よりなお小さく見えた。
父親のそんな姿など見たことなかったのか、ブレンダさんもなんと声を掛けていいかわからず、困惑した顔でオロオロとボリスさんの傍に寄り添うばかりだった。
すっかり意気消沈した鍛冶屋親子。しかし俺の答えは既に決まっている。
「お断りします。」
俺の言葉に驚いたような顔を向ける親子。
「ボリスさんは自分には仕事を請ける資格がないと仰られていましたが、俺はあなただからこそ俺のサイを作って欲しいんです。」
これは掛け値無しの本音だ。
心が決まったのは今日の試作品を見たときだ。
最初の試作品も充分見事な双剣だった。しかし、今日の双剣はそれ以上の出来だった。
「サイ」という武器が分からないなりに必死で俺の希望を汲み取ろうとしてくれたのだろう。刃が付いている以外は俺が思い描くサイの形に極めて酷似しているし、その頑強さに至ってはさっき見せてもらった通りだ。
「俺は職人ではありませんが、空手という技術を売って生活をしています。俺にも技に対する誇りはあるし、納得できない仕事は引き受けたくない。自分の仕事に自信と誇りを持ち、真剣に引き受けようとしてくれたあなただからこそ俺の依頼を受けて欲しいんです。お願いします。追加で料金がいるなら支払います。俺と俺の道場のためにどうかもう一度「サイ」を作ってください。」
深く頭を下げて彼に頼み込む。
再びの沈黙。
「・・・ハンッ。若造が聞いたような口を利きやがって!!」
ボリスさんの声に顔を上げると彼は俺に背を向け黙りこんでいた。
しまった、余計なことを言ってかえって怒らせたか。
そう心配する俺の横からブレンダさんがこっそり耳打ちする。
「凄いですねタツマさん。あんな嬉しそうなお父さん久しぶりに見ますよ。」
えっ。あれ喜んでるの?
よくよく見ると白髪頭からとび出た彼の耳は真っ赤である。照れているのか?
どうしたものかわからず立ちすくんでいるとボリスさんから声が掛かる。
「フンッ。そこまでいうんじゃ仕方ねぇ。しょうがねぇからその仕事引き受けてやるよ。後、追加の料金はいらねぇ。・・・勘違いすんじゃねぇぞ!!これは俺のプライドの問題だからな!!」
実にテンプレートなツンデレである。美少女でないことが悔やまれる。
その後、彼とは再度サイについて打ち合わせを行い、翌日には新たな試作品が完成していた。
今度の試作品は形状、重さ、振り心地、全て非の打ち所のない見事なサイだった。
俺はボリスさんに礼を言い、改めて俺と生徒用に全部で十組のサイを彼に依頼した。
そして更に数日が過ぎ、十組のサイが完成したと聞き、俺は再びボリスさんの鍛冶屋に訪れた。
俺が鍛冶屋のドアを開けると、まるで待ち構えていたように声が掛かる。
「おぅ、タツマ!!遅ぇぞ。早くこっち来い!」
言葉遣いこそ荒いが今日のボリスさんは満面笑顔で上機嫌な様子だった。
互いの誤解が解けて以降はそれなりに良好な関係が築けているとは思っていたがここまで上機嫌な彼は初めて見た。
「そうですよ。タツマさん!早く早く!」
ブレンダさんまでこの調子だ。彼女が笑顔なのはいつものことだが今日の彼女は心の底から溢れんばかりの笑顔だ。
戸惑いながらも店に入ると作業机の上には無数の黒いサイが並んでいた。
試作品も見事な出来だったが完成品はそれにも勝る素晴らしいできばえだった。
しかし・・・一つ気になることがある。
「すいません。サイが九組しかないようなんですが・・・」
その言葉に「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに彼らの笑顔が増す。
「おおよ。作ったサイの内の一つがとびきり出来がよくてな。てめぇ用にとっておいてやったんだよ。」
その言葉を待っていたようにブレンダさんが奥から包みを持ってくる。
「タツマさん、これですよ。見てください。」
彼女の言葉に俺は包みを開け中身を確認する。
確かに素晴らしいサイだが、形状、重さは他のサイと大きな違いは見られない。
しかし一つ気になるのはその色だ。
僅かではあるが片や金、片や銀色の光沢を放っているように見受けられる。
使っている材料は他と変わらないようなのだが・・・
「いいから。とにかくそいつを外で振ってみな!」
ボリスさんの勧めに従いサイを持って外に出る。しかし何で外に出る必要があるのか?
外に出た後、試しに銀色のサイの柄を持ち軽く振ってみる。
すると――
突如として巻き起こる豪風。
その豪風は俺の振りに従うように奔り、
そのまま遥か先の立ち木に当たってその幹を大きく揺らした。
・・・・・・・・・なに?これ・・・・・・
呆然と親子を見やる俺だが、そんなことはお構いなしにボリスさんは更に勧めてくる。
「ほら、ボケっとしてねぇでもう片方も振ってみな。」
半ば流されるように金色のサイを軽く振る。
振った後にうっすら金色の軌跡が残った気がした。
不思議に思いやや強く振ると――
サイの振りに合わせて迸る雷。
雷は唸りを上げつつサイに纏わりつき、
その余波だけで地面さえも黒く焼き焦がした。
・・・・・・ねぇ。ホントなにこれ?
もはや言葉もなく呆然とする俺の脳裏にふと昔リーゼから聞いた話が蘇ってきた。
この世界には魔剣というものが存在する。
魔剣とは強い魔力をその身に持った剣であり、一振りすればある剣は劫火を巻き起こし、ある剣は周囲を凍てつかせ、ある剣は対峙した敵の生き血を一滴残らず吸い尽くしたとされている。
種類はあれどもその威力は全て強大の一言。王族から冒険者まで多くの人間にとって垂涎の的となる品である。
魔剣が出来る要因は未だ完全に解明されておらず、腕の良い鍛冶師とその魔力、それに大気中の魔力の濃度、鍛錬する武器の素材・・・その他諸々の条件がうまく噛み合ったとき初めて出来上がるものとされている。
その為、その価値は莫大なものであり、物によっては豪邸一軒と引き換えにしてもなおお釣りがくるほどの価値を持つという。
その為、一部の王族、貴族、冒険者の間では魔剣を持つことは一種のステータスであり、鍛冶師にとって魔剣を鍛えることは生涯の誉れとされているのだそうだ。
なるほど・・・これで彼らの喜びっぷりにも納得がいく。
「へへ。サイなんて初めて作ったが、もしかしたらこりゃ俺の最高傑作かもしれねぇな。」
笑顔を浮かべ、誇らしげに言うボリスさん。
「ね!タツマさん!凄いでしょ!」
興奮を隠しきれない様子で父親の偉業を語るブレンダさん。
・・・確かに、確かに凄いのだが、これは・・・・・・
今の彼らの顔には自分達の仕事に対する誇りと喜びが満ち溢れている。
そんな彼らに対して俺は・・・・・・
ある日の道場にて。
俺はひとしきりの動作を演じサイの一人稽古を終える。
やはりボリスさんのサイは素晴らしいものだった。
形状、重さのバランス共に非の打ち所がなく、まるで手に吸い付くように扱え、思わず自分の腕が急に上がったのではないかと錯覚せんばかりのものだった。
今はまだ生徒達には触れさせていないがこれがあればこの先、俺も生徒もより充実した稽古を行うことができるだろう。
俺はそのことに満足しつつ黒いサイを棚にしまった。
あれ以来、俺は生徒用として受け取った黒いサイを自分の稽古に使っている。
そしてあの金と銀のサイ――【荒ぶる風神の爪牙】 (命名:ボリスさん)は道場の上座の壁に飾られている。
ボリスさん達には丁重にお礼を述べた上で、このサイは守り刀ならぬ守りサイとして道場に飾らせて欲しいと伝えてある。
ボリスさんは「道具は使ってこそ意味があるんだ!」とかブツクサ言っていたが、その顔を見る限り満更でもない様子だった。
しかし、正直困った。
一振りしただけであんなことが起きるサイなんてとてもじゃないが稽古で使えない。
かといってあんなに喜んでいるボリスさん達に、「こんなの使えないよ」なんてとてもじゃないが言えない。言ったら今度こそ冗談抜きに金槌で頭を叩き割られるだろう。
かといって武器として使うにしてもその辺の魔獣や野盗相手に使うにはあまりに威力が大きすぎる。
魔王退治にでも行くのなら話は別かもしれないが、俺は「勇者」でも「英雄」でもなく只の職業空手家である。
そんな予定もなければ、するつもりもさらさら無い。
いっそ売れば結構なお金になるのだろうが(なお、ボリスさんは当初の見積金額通りに譲ってくれた)、ボリスさん達の手前そんなことも到底出来ないし、する気も起きない。
道場の壁を飾る魔剣――正確には魔サイを見やりながらつくづく思う。
・・・・・・ホント、どうしようあれ?