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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その32(完)

 事件の夜から一週間が経った。


 ガストンを倒した俺は、アルフを抱えて村人との合流に向かった。

 道中、アルフに聞いたところ、逃げる途中で転んで村の人達とはぐれ迷子になっていたらしい。

 森を潜り抜けると村近くの街道に出る。

 そこにリーゼロッテさんと数名の村人達が待っていた。

 大半の村人は解放された派遣兵士に先導されて隣村まで避難していた。

 リーゼロッテさんと他数名は今まさに俺の加勢に向かおうとしていたらしく、アルフを抱えた俺を見て

大層驚いていた。

 俺が逃がした村人達は途中野盗や魔獣に襲われることなく、無事街道まで出てこれたらしい。

 目論見通り、野盗達はうまく引き付けることができたようだ。

 野盗はあらかた倒したことを伝えるとリーゼロッテさん達はさらに驚いていた。

 普段、余裕ありげなリーゼロッテさんの驚く顔は割りと新鮮で、それが少しばかり可笑しかった。

 なにか言おうとしたのだが、生憎俺の記憶はそこで途切れている。

 あとで聞いた話だと、その場で急に倒れたようだ。



 気がつくと次の日の晩。

 俺は教会のベッドで目が覚めた。

 極度の疲労による気絶。それが倒れた理由だ。

 この目覚め方ももはやお馴染みである。

 いつかのようにベッドの傍にはリーゼロッテさんとベネット神父が控えている。

 今度は俺が状況を聞く番だった。

 

 曰く、野盗達は皆、重傷,気絶した状態で村と森の中を転がっていたということだ。

 捕らえた野盗に吐かせたところ、何名かは逃げたようだが、幹部格を含め大半の構成員捕らえることができたらしい。

 彼らは事件の翌昼にやってきた領主の合同軍に連行されていったとのことで、そこで更なる尋問と処罰を決める裁判が行われるらしい。

 

 野盗達の捕縛は既に片付いたようでこの事件に関してはほぼ解決したとのことだった。

 しかし、ここまで話したところでリーゼロッテさんとベネット神父が声を潜めて聞いてきた。


 「森に倒れていた地竜はお前が倒したのか?」と。


 別に隠す必要もないので素直に頷いた。

 ついでに野盗団の首領 ガストンが使役する魔獣だったことも伝えたのだが、2人はなにやら難しい顔で黙り込んでいる。

 一度2人は部屋の外に出ていった。

 扉の向こうから話し声が聞こえたことから察するになにやら相談をしているらしい。

 しばらくして、2人は再び部屋の中に入ってくる。

 ベネット神父は相変わらず難しい顔をしているが、それに構わずリーゼロッテさんは言った。


 「しばらくは外出を控え、おとなしくしているように」とのことだった。


 解せぬ。

 理由を聞いたが、状況が落ち着いたら話すということで教えてくれなかった。

 普段ならもう少しつっ込んで聞くところであるが、何分その時の俺は疲れきっていた。

 無理を課した身体は節々が痛み、正直まだまだ寝足りない気分だった。

 疑問よりも休息への誘惑が勝り、俺はさしてつっ込むことなくその日は再び眠りについた。

 次の日目覚めてからも、たまに庭に出る以外は1日の大半を教会の中で過ごすこととなった。

 そんな日がしばらく続き、今日で事件から一週間。

 リーゼロッテさんから呼び出され、俺は彼女の店に出向くこととなった。



「身体の調子はどうだい?」


「一週間も休みましたからね。もうすっかり健康体ですよ。」


 そもそも、疲労を除けば特に大きな怪我なども負っていなかった。

 三日も経った頃には教会で大層暇を持て余していたところだ。


「そうかい。それは何よりだよ・・・」


 そう言うとリーゼロッテさんは姿勢を正す。

 真っ直ぐ俺に向き直ると、これまで見たことがない程、真面目な表情で俺と向き合う。


「モトベ タツマ。今回の一件、本当にありがとう。あなたのおかげで大きな被害が出ることなく、この村は救われました。村を代表して私からお礼を申し上げます。」


 唐突な感謝と深々と下げられた頭に俺は戸惑う。

 

「い、いや別に俺が勝手にやったことですから・・・それに今日までお礼は色んな人から言われてますし・・・」


「そうもいかないよ。こういうものはけじめだからね。それにあたしは早々に囚われてほとんど何もできなかったんだ。なおの事、こういうことはしっかり言わなきゃいけないだろう。」


 元宮廷魔術師であったリーゼロッテさんの存在は野盗達にとって最重要人物としてマークされていたようだ。

 襲撃で人質を取るや否や、すぐに野盗達はリーゼロッテさんの元へ赴き、人質を盾に投降を求めたようだ。

 膨大な魔力を持ち多彩な魔術を操る彼女はこの村で唯一地竜と対抗しうる存在と認識されていたようで、それだけにその対応は最も早く進められ、結果彼女は抵抗する間もなく投降に応じるほかなかったようだ。


 しかし、彼女はこの世界における俺の恩人だ。

 その彼女に頭を下げられるというのは、何ともむず痒い心持ちだった。

 程なく彼女は頭を上げ、話を続ける。


「まぁ、今日来てもらったのは御礼を言う為っていうのもあるけど、他にも色々と説明や報告をしなきゃいけないことがあったからなんだがね。」


 俺にとって気になっていたのはむしろそっちの方だった。

 事件は無事に解決したのか?被害はどの程度だったのか?

 俺はそういったことについて現状、ほとんど把握していない。

 把握しようにも村人と合流してすぐに俺は気を失ってしまったし、その後も一週間大人しくしているよう当のリーゼロッテさんから言いつけられたからだ。

 そもそも何故一週間も大人しくしている必要があったのか?確かに聞きたいことはこっちとしても山ほどあった。



 まずは事件の顛末。

 教会でも聞いたように数名の逃亡を除けば、村を襲った野盗のほとんどを捕らえることができたようだ。

 村への被害も多少の損壊、派遣兵士を始めとする一部の村人に多少の怪我はあったものの死者や重傷者を出すことなく事件は終結したらしい。

 こればかりは人質を盾に迅速に村を制圧した野盗達のおかげと言えるのかもしれない。

 とは言っても、それはあくまで結果的にそうなったというだけであって野盗かれらのお手柄という訳ではない。

 捕らえられた野盗達は現在中心街にて尋問の毎日であり、それが終わればその大半が10年以上の懲役、あるいは辺境での強制労働という運命が待っているとのことだった。


「―――それで、野盗団の首領 ガストンのことだけど・・・・・・」


 首領であったガストンの罰は当然他の野盗達よりも重い。

 現在は独房に隔離の上、尋問。

 それが終われば死刑と決まっているらしい。


「・・・まぁ、奴に関しては早く死刑になった方が本人の為かもしれないけどね。」


 ガストンが受けた傷は他の野盗に比して遥かに重いものだった。

 リーゼロッテさんが領主の兵から聞いた話によると、内臓破裂及び背骨の粉砕骨折。

 魔術をもってしても治せない重傷はガストンを今も苦しめているらしい。

 常時、治癒魔術をかけながらの尋問はさながら地獄絵図とのことで、今やガストンはむしろ処刑の日を心待ちにしながら中心街での尋問の日々を送っているとのことだ。


 リーゼロッテさんの口調がやや言いよどんだのは、ガストンの現在いまがあまりにも悲惨なものであった為かもしれない。

 この人は普段の余裕ありげな様子とは裏腹に随分と気の優しいところがある。

 そんな彼女と出会ったからこそ今の俺があるわけだが、その優しさが今は少しばかり彼女の心を痛めさせているようだった。村を襲った野盗とはいえ哀れに思わずにはいられない程、ひどい状況なのだろう。

 しかし、それに対して自分でも意外なほど俺の心境は平静であり、一切の動揺も覚えなかった。

 ガストンを生き地獄に送った当の本人であるにも関わらずだ。

 いや、むしろ俺はガストンを討った瞬間、殺すつもりで奴を突いていた。

 他の野盗に対しても同様だ。

 俺は彼らの命に対して微塵の配慮もなかった。

 考えていたのは村人を助ける為の効率のみ。その結果、野盗かれらが死のうと生きようと全く頓着していなかった。

 むしろ動揺するとすれば、まさに己の心境こそが恐ろしかった。

 自分は確かに空手を――武道を修めている。しかし、それでも元の世界ではただの一般人であった筈だ。

 喧嘩くらいはしたこともある。しかし、好んで人を傷つけようとしたことは無いし、最後の銀行強盗達の一件を除けば人を殺めた経験も無論ない。

 そんな自分が何故ここまで平静でいられるのか。

 

 ここが自分にとって異世界だからか?

 それとも、銀行強盗達を殺して何か箍が外れたのか?

 

 どちらであるにせよそんな自分こそが心底恐ろしい。

 確かに武道の本質は「戦いの技術」だ。

 しかし、人を殺すことに躊躇しないことが正しいのかと言われれば、それにはいささかの疑問を覚える。

 この世界は元いた俺の世界と比べて、ずっと危険が多く、人の命の価値もずっと危うく、そして軽い。

 元の世界では武道は「使わない」ことこそが美徳だった。

 しかし、この世界で生きていくからにはそうはいかない。

 この世界で生きていくかぎり今回のようなことがまた起きるかもしれない。

 その時、自分はどう応ずるべきなのか?

 命を奪うことの是非は?

 「しかたがなかった」という言葉に逃げたくは無い。

 たとえその答えがどんなものであれ、この世界で生き、武道と関わって生きていく以上は真摯に向き合い、結論を出さなければならないことだろう。

 


 ・・・・・・などと考え込んでいたら、だいぶリーゼロッテさんの話を聞き逃していたらしく、話は別のことに移り始めていた。


「―――と言うわけで事件はこんな感じで収まったんだけど、一つあんたに報告しなきゃいけない重要なことがあるんだ。」


 そんなリーゼロッテさんの言葉に考え込んでいた俺の意識が再び彼女に向き直る。

 しかし、事件が無事に解決したと言うなら今更なんの報告があるというのだろうか?


「このことはあんたもしっかり覚えていておくれよ?いいかい?今回の事件は『とある冒険者達』によって解決されたんだ。」


 ・・・・・・正直、よくわからなかった。

 別段、手柄を誇る気もないが、どうしてまたそんな話になったのだろうか?


「別にあんたの手柄を横取りしたって訳じゃないよ?・・・・・・それともあんたが「勇者」になりたいって言うんなら話は別なんだけどねぇ?」



 つまりはこういうことらしい。

 合同軍の到着によって野盗達は捕縛、事件は解決。

 ここまでは問題なかった。

 しかし問題となったのは森で倒れていた地竜の存在だ。

 野盗達の首領 ガストンが地竜を使役することは一部では有名な話だった。その強さも当然伝わっている。

 

 ならば、誰がこの地竜を倒したのか?


 合同軍に参加している高位の冒険者達の中でも地竜を撃退できる者などごく僅かだった。それだってあくまでパーティーを組んで複数であたると言う前提の下でだ。

 派遣兵士が捕らえられ、駆け出しの冒険者しか残っていなかったこの村で果たして誰が倒したというのか?


 そんな疑問が合同軍の中で瞬く間に広がった。

 これを予想し、危機を覚えたのがリーゼロッテさんとベネット神父だった。

 もしこれを解決したことが判明すれば、それは大きな功績となる。

 しかし、単独でそれを行ったとすれば全く話が変わる。


「以前あんたに言ったね?「王都での保護か補助金の申請かどちらかを選べ」って。でもね、それはあんたが一般人だったらの話さ。」


 地竜の単独撃破と村の救出。

 この功績はあまりに大きすぎる。

 もしばれれば、俺は間違いなく「勇者」として認定されてしまうのだそうだ。


「あんたが「勇者」となったら話は別さ。あんたの選択肢は元の世界への送還か王都での保護、そのどちらかしか選べなくなってしまう。」


 曰く、「勇者」とは救世主であるのと同時に元の世界で言うところの「兵器」と同じような認識らしい。

 ただの一般人であればともかく、兵器ゆうしゃをその辺に管理せず放っておくなどとんでもないことなのだそうだ。

 確かに自由に過ごした結果、犯罪者にでもなられたら手がつけられないとそういうことなのだろう。


「もしあんたが「勇者」として王都に行ったとするよ?まぁ王都で良い家に住んで贅沢な暮らしだってできるかもしれない。でもね、その代わり死ぬまで王都の役人に管理されて自由に過ごすなんてことは叶わないだろうね。言ってみれば王様が保管している「兵器」みたいな扱いさ。あんた、そんな生活したいかい?」


 冗談じゃない。

 保護を受けて暮らすよりなお悪い。

 危険物扱いされながら暮らして、ことが起きれば良いように使われる。

 そんな人生はまっぴら御免だ。


「そういう訳でね、あんたが倒れてから合同軍がくるまでの間に村で話をしたのさ。」


 話というのは要するに口裏合わせのことだ。

 曰く、村を救ったのはたまたま村を訪れた『とある冒険者達』である。

 『とある冒険者達』は現地在住の冒険者 タツマの援護の下、地竜を撃退。

 事件後、礼を言おうと探したがその『冒険者達』の姿は既になかった。


「あんたから話を聞くまでは地竜討伐については半信半疑だったけど手を打っておいて正解だったね。ただ、あんたが起きた時には既に合同軍が村に到着していて、詳しい話をしている暇もなかったからね。だからあんたには教会で大人しくしていてもらったのさ。」


 つまり、地竜討伐の功績は全て『とある冒険者達』に押し付けた形になるらしい。

 随分ずさんな作り話に聞こえるが、それでも地竜を単独で討伐したという話よりはまだ説得力もあるらしい。


「でも・・・・・・村人みんなで口裏を合わせるなんてできるんですか?」


「そこはまあ問題ないよ。あんたは「勇者」でこそないけどこの村の恩人には違いないからね。ほとんどの村人は快く了承してくれたよ。まぁ中にはへそ曲がりや口の軽い奴もいるかもしれないが、それも数人程度ならせいぜい与太話扱いされるのがオチだろうさ。」


 「それにね・・・」リーゼロッテさんは一息置いた後、再び言葉を続ける。


「事件の前から村の皆も少し反省してたのさ、自分たちが「勇者様」、「勇者様」って騒ぎすぎてあんたに嫌な思いをさせてたんじゃないかって。特にベネットの奴やレティのお嬢ちゃん、あと・・・エミリアって言ったかね?ギルドの若い子、その辺は特に気にかけていたみたいでね、色々回りにも働きかけていたみたいだよ。」


 それを聞いた時、俺は顔から火が出そうだった。

 周囲の人がそれほど気にかけていてくれたのにも気付かず、俺は勝手に「色眼鏡で見られている」の何のと周囲に壁を作り、早く村を出ようなどと考えていたのだ。

 恩知らず、視野狭窄も甚だしい。

 勝手に壁を作って勝手にいじけて・・・これじゃあまるで子供だ。「武道で心身を鍛えてます」などと口が裂けても言えやしない。

 今更ながらいかに自分が周囲の人に恵まれていたか、如何に自分勝手だったかを思い知り、俺は内心で強く反省した。



 そんな俺の様子に気付いているのかいないのか。

 リーゼロッテさんは特に俺の様子につっ込むこともなく、その後も話を続けてくれた。

 内容としては口裏を合わせる上での作り話の詳細についての説明。

 近日中にはギルドにて中心街から派遣されてきた領主直属の役人に事件について報告する必要があるとのことで、その為の準備として説明は極めて綿密かつ詳細に行われた。

 なお余談ではあるが、俺は「とある冒険者達」に協力した一人として、冒険者ランクの昇格が内定しているらしい。

 昇格すれば晴れてDランクとなるのだが、その前の役人への説明を思えば嬉しさよりも気の重さのほうが先に立った。


 概ね、報告や打ち合わせも終わりリーゼロッテさんとの会話が止まった。

 窓から見える景色がだいぶ暗くなり始めている。もうだいぶ長く話していたようだ。

 そんなことを考えていると不意にリーゼロッテさんが俺に問いかけた。


「ところで前にも聞いたけど、あんたはこれからどうするつもりなんだい?」


 唐突と言えば唐突な問いかけ。

 しかし、事件前は俺を大いに悩ましていた問題でもある。


「事件も落ち着いたし、もうしばらくすれば領主に補助金の申請もしに行けるだろうさ。それにあんたは今や

Dランクの冒険者になるんだ。もうどこへ行ったって充分自分の力で生きていけるよ。この村に留まったっていい。他所の村や町に行ったって充分やっていける。ないとは思うけど、気が変わったなら王都で保護を受けることもできる。・・・・・・そんな中であんたは今後どうやって生きていくつもりなんだい?」


 リーゼロッテさんの言うとおりだ。

 俺はこの世界に来た頃の俺じゃない。

 無論、何でもできるわけじゃない。

 しかし、全く無力というわけでもない。

 今の俺はこの世界で1人の人間として充分生きていくことができる。

 だからこそ俺は向き合わなければいけない。

 

 これから俺はどうしたい?


 どうやって生きていく?


 俺は意を決して口を開く。


「俺は――――」





 窓の外の景色をすっかり暗くなっている。

 夕暮れの日はもう半分以上山の向こうに沈み、村を夜闇が包み始めていた。


「おや?だいぶ話し込んでしまったねぇ。そろそろ――」


 帰宅を促そうとするリーゼロッテさんの言葉をさえぎってドアを叩く音が響く。

 どうやら誰かやってきたようだ。


「誰だい?お入り。」


 リーゼロッテさんの言葉にドアがゆっくりと開く。ドアの向こうにいる来客はとても小さい。


「タツマにぃちゃん。ごはんのじかんだよ!レティおねーちゃんが呼んできてって!」


 短い手足を元気よく動かしながら、その小さな来客は店の中へ入ってくる。

 アルフだった。

 アルフは俺の足元まで歩み寄り、裾を引きつつ「かえろう。かえろう。」と呼びかけてくる。

 幼子特有の裏表のない無邪気な笑顔。

 夕暮れの薄暗がりの中、その笑顔はおそらくは二度と会うこともないであろうユウジやタケシ、かつての自分の生徒達の顔と重なった。

 その記憶は俺の心に痛みと悲しさを思い起こさせる、そんな中俺は・・・・・・



「おぉ~アルフ迎えに来てくれたのか!ありがとうなぁ~」


 アルフを抱き上げ笑顔で礼を言う。

 抱き上げたアルフは嬉しそうにきゃあきゃあとはしゃいでいる。


「・・・・・・なんだい?しばらく見ない間に随分仲良くなったんだねぇ?」


 リーゼロッテさんは不思議そうな顔で俺とアルフを見ている。

 無理も無い。つい最近まで俺は極度の子供恐怖症だったのだから。


「ええ。最近思い出したんですけど俺結構子供好きだったみたいでして。」


「なんだい。そりゃ?」


 俺の返答にリーゼロッテさんは呆れ顔だ。

 アルフはそんな会話の中、我関せずと俺の腕の中ではしゃいでいる。



「じゃあ、今日はありがとうございました。」


「ああ。話の続きはまたにしようか。」


 別れの挨拶を交わし、店を出ようとしたところでふと思い出す。


「ああそうだ。よかったら今度一緒に食事でもどうですか?」


 唐突な俺の誘いにリーゼロッテさんは一瞬キョトンとした表情を浮かべる。

 しかし、すぐに気を取り直し、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ俺を見やる。


「なんだい?デートの誘いかい?」


 流し目をくれる彼女の顔はひどく艶かしい。

 以前であればこれだけで浮き足立っていたが、今は違う。


「いえいえ。今度この子達に俺がいた世界の料理を振舞うことになりましてね?それでよかったら一緒にどうかと思いまして。」

 

 しれっと答えた俺の言葉に彼女は肩を落とす。


「なんだい。随分と色気のないお誘いだね。それに妙に落ち着いちまって・・・少し前はもう少しかわいい反応を見せてくれたっていうのにねぇ。」


 つまらなそうに呟くリーゼロッテさんに俺はすました顔で答える。


「いい加減慣れましたからね。」


 これも嘘じゃない。

 しかし自分の記憶を完全に取り戻したことによって以前より落ち着いて物事に応じることができるようになった気がする。それだけ以前の俺は不安定だったということだろう。

 しかし、それ以上に自分の心境の変化という要因が大きいかもしれない。

 以前の俺にとってこの世界は異世界であり、そこに住む人々は異世界人でしかなかった。

 しかし、今の俺はこの世界を受け入れつつある。

 元の世界に未練や後悔がない訳じゃない。だが、それと同時にこの世界で生きていくことを前向きに捕らえ始めている自分がいる。

 そう考えると、目の前の彼女も「異世界の美女」ではなく、ごく身近な「村の仲間」そういう風に見方が変わってきているような気がする。

 考えようによっては以前より彼女に対する親しみが増した為と言えるのかもしれない。

 しかしまぁ・・・それについてはあえて言わない。自分からからかいのネタを増やす気もないからだ。


「まぁいいさ。そうだね・・・予定が合うようならあたしも寄らせてもらうよ。」


「ええお待ちしています。」


 彼女に背を向け、店を出ようとした時、背後から声が掛かる。


「それじゃあ、またね。タツマ(・・・・・・)。」


「―――ええ。それじゃあまた。リーゼ(・・・・・・)さん。」


 改めて挨拶を交わし、俺とアルフは店を出た。




 店を出ると日は完全に沈み、夜闇が村を覆っていた。

 アルフが転ばぬよう、手を引きながらゆっくりと家路につく。

 教会までは少し歩くが、道々アルフがあれこれと喋りかけてくるので全く退屈はしなかった。

 他愛のないことを話しつつ歩いていると程なく教会が見えてきた。

 窓の向こうには明かりが灯り、人影も見える。

 待たせてしまったかもしれない。

 そう思い、少し足を速めようとしたところでアルフから声が掛かった。


「ねぇねぇ。タツマにぃちゃん。あしたぼくに「からて」をおしえてよ!」


 その言葉に俺の足が止まる。

 以前にも投げかけられ、そして拒絶してきた言葉だ。

 俺はしばらく黙り、そして答えた。


「・・・・・・駄目だ。俺はアルフに空手を教えることはできない。」


 俺はアルフの願いをはっきりと拒絶した。

 「えぇ~~」とアルフが不満の声をあげる。への字に結んだ口元とやや潤んだ目がその落胆を如実に表している。


「俺は空手を教えられない。」


 更にダメ押しの言葉。

 アルフは俯いて目は更に潤んでいる。今にも泣き出しそうな顔だった。







「・・・・・・だけど・・・一緒に練習したいって言うんなら別に構わないよ。」


 アルフが顔を上げる。

 しかし、言っていることが理解できないのか、その顔は泣きそうな顔のまま固まっている。

 俺はしゃがみこみ、アルフと目を合わせながら言葉を続ける。


「俺はまだまだ未熟・・・・・・いや、空手が下手だからね。人にちゃんと「教える」なんてできないんだ。だけど、もしそれでもいいんなら・・・俺と一緒に空手をやってくれるかい?」


 アルフの目を見据え、真剣に問う。

 子供だからといっていい加減にはしない。言葉を選び、伝わるように真剣に問う。

 アルフはしばらく動かなかった。

 子供なりに投げかけられた言葉を真剣に理解しようとしているのだろう。

 やがて、言葉の意味を理解できたのか、アルフの顔が泣き顔から笑顔に変わる。


「うん!うん!するよ!ぼくいっしょに「からて」する!」


 そう言うとアルフは嬉しそうに教会へと駆け出していく。

 他の子供達に自慢しに行ったのだろうか。



 アルフが去り、一人残された俺はふと空を見上げる。

 空に浮かぶ無数の星を見上げながらこれまでのことを思い返す。


 一度死に、異世界で暮らすことになり、野盗と戦い、竜とも戦った。

 まるで御伽話だ。

 いや、それだけじゃあない。

 俺は死の直前、生徒を傷つけ、そしておそらくは人を殺している。

 祖父に憧れ、夢を目指し、その一方で色んなものを取りこぼしてきた。

 その結果、生徒を傷つけ、おそらくは多くの人を不幸にした。

 しかもその責任を取ることなく、当の本人は死に逃げして、今はのうのうと異世界で新たな人生を始めている。

 無責任、身勝手極まりない。

 どれほどの罵声を浴びせられたとしても文句は言えないだろう。

 こんな俺が人に何かを教えようなんて身の程知らずもいいところだ。



 全部判っている。

 だけどそれでも捨てられなかったのだ、忘れられなかったのだ。

 子供達のことも。空手のことも。

 だから俺は決めた。とことん身勝手になってやろうと。

 これは100%俺のエゴだ。

 贖罪や罪滅ぼしのつもりなど毛頭ない。


 俺はもう一度やり直す。

 今度は誰かの受け売りや物まねじゃない。

 自分の手で一つ一つ積み上げ、考え、探し出していく。

 空手の腕を磨くの当然だ。

 しかし、それ以上に考えるべきことは山ほどある。


 自分の目指す武道とは?

 自分は人に何を伝えられる?

 この世界での武道の在り方とは?

 人を殺めることの是非とは?

 犯した罪とどう向き合う?


 何もかも判らないことだらけだ。

 しかし、できる限り真摯にそして真剣に向き合っていきたいと思っている。


 そしていつか。

 今度こそ俺は胸を張って憧れを叶えるのだ。


 俺は職業 空手家になりたい。


 それがリーゼロッテさんに伝えた俺の答えだ。

 異世界でそれを叶えるのは元の世界以上に大変だろう。

 やるべきこと、考えるべきことは山積みだ。

 しかし、不謹慎かもしれないがそれを考えるのが楽しくてしょうがない。

 

 さしあたっては明日のアルフとの練習だ。

 どういう風に進めるかはまだ検討中だ。

 しかし、何からやるかはもう決めてある。

 全てをやり直し、最初に学ぶべきこと・・・


 正拳突き


 空手家としてはこれを置いて他に無いだろう。





 




 タツマは再び教会に向け、歩き始める。

 その表情はあれこれと考え込んでいるようでありながら、不思議と楽しげだった。

 彼にとっての平穏な日々はまだまだ遠い。

 しかし、彼は再び夢を目指し、第二の生を力強く歩き始めた。






本部  辰馬

職業 空手道場 経営(志望)


語ることなど何もない。

・・・だが、これから一つずつ積み上げていきたい。そう思っている。






モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々  了

 


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