番外編 モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その25
優れた突きとは何か?
空手において基礎ともいえる「突き」。
しかし、そこに求められる要素は数限りない。
間合い、タイミング、狙い、当て方、身体操作・・・・・・
要素は数あれど、一般的に最も注目されるのはやはり「威力」だろう。
空手に限らず、打撃を用いる武術を修行する者ならば大抵は求めてやまない要素である。
しかし、修行者が求めてやまない「威力」であるが、物理的には極めて単純な形で決定される。
「威力」とは、つまるところ「速さ」と「重さ」の掛け算である。
従って、体重の重い者は軽い者より強い打撃を打ち、銃器で例えるならば僅か数グラムの銃弾がその速さ故に人体を貫く恐るべき兵器となり得る。
古今東西、どのような流派、武術であれ、こと「威力」というものについては神秘は存在しない。
皆、何かしらの形で「速さ」もしくは「重さ」をつくり、その「威力」を生み出していると言える。
それは異世界においても例外ではない。
タツマが使用してきた、魔力で【強化】した拳。
これも別に魔力そのものが何かしらのダメージを与えているわけではない。
魔力によって、身体能力を強化し、「速さ」を増す。
それによって結果的に威力を【強化】しているのだ。
魔力によって速さを【強化】した拳。
事実それは生身では到底出せない程の速力を誇り、同時に威力も生身では達し得ない程に高められている。
しかし、地竜を前にしてその速い拳は無力にも等しかった。
如何にその拳が速く、銃弾の如きものであったとしても、銃弾で戦車は倒せない。それが事実だった。
仮に更に「速さ」を増すことができれば、それによって打倒することも可能かもしれないが、現状のタツマの魔力ではそこまでの【強化】は到底望めなかった。
「速さ」で打倒できない地竜。
ならば手立ては?
その手立ては一つだった。
奇策にて地竜の懐へと潜り込む。
それは今だかつてない程にタツマが地竜へ肉迫した瞬間でもあった。
「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込みゆけばあとは極楽」の言葉ではないが、地竜に肉迫した今この場所こそが地竜を討つ最高の位置取りでもある。
しかしそれは転じて、地竜の反撃を最も受けやすい場所でもある。
加えて言えば、仮に反撃を逃れたとしても、そう何度も来れる場所ではない。
「竜」と呼ばれる魔獣の知能はけっして低くない。
同じ方法で接近しようとすれば、十中八九で次は見破られ喰いつかれるだろう。
故にこれは最後の好機。
元より、これが通じなければタツマに他の手立てはない。
背水の陣にてその一撃は放たれた。
「速さ」で勝てない。
ならば残る要素は「重さ」しかない。
しかし、人間であるタツマと地竜。その重量の差は比べるまでもない。
魔術を用いたところでその差を覆すことはできない。
ならば、不可能か?
否
覆す手立てはタツマの身に付けた「武」の中にこそあった。
魔力により【強化】を施す。
速力も【強化】しないわけではないが、その優先順位は低い。
むしろ注視すべきは他にある。
タツマの知る限り、強い突きを放つならば、アプローチとして二種類の方法が挙げられる。
一つは全身を鞭の如く使い、それによって「速さ」を得て、それによって打つ。
これは先程までのタツマの打撃に近い。
事実、タツマも【強化】した上で全身を連動させ突きを放っていた。
これによって生み出される「速さ」は凄まじく、まともに当たるならば人間は勿論、魔獣とて充分に撃退できていただろう。
しかし、今回は相手が悪かった。
地竜の強固な外皮。
それはタツマの生み出した「速さ」では貫くことが敵わなかった。
ならば、もう一つのアプローチとは何か?
それは、己を一つの塊の如く扱い、その「重さ」によって打つ。
突きとはとどのつまり腕を相手にぶつけるという攻撃方法だ。
しかし、腕とは人体の中にあって比較的軽い部位でもある。
「蹴りは突きの3倍の威力を持つ」などという話もあるが、その理由も足が腕よりも人体の中で重い部位であることがその理由の一つとして上げられる。
野球のボールが時速50キロで飛んできてもたいした脅威ではない。
しかし、そのボールがボーリング用のボールだったら?
その威力はもはや兵器といっても過言ではないだろう。
つまり重いものを如何に瞬間的に相手にぶつけるか。それも突きを放つ上での一つの課題であり、アプローチ方法であると言えるのだ。
その方法が全身を一塊にする。いわゆる「身体の締め」である。
突き出す腕の動きを阻害しないようにしながらも同時に己の身体を締め、固めていく。
固めることによってその拳の重さは腕の重さだけではなくなる。
使う人間の錬度にもよるが熟練した者が行うならば、打突の瞬間その拳は使う人間の体重そのものの重さを持つこととなる。
確かに「速さ」を重視した突きに比べれば、速力では格段に劣るかもしれない。しかし、そこに込められた「重さ」という意味では前者とは比較にならないほどにこちらが勝る。
どちらが優れているという話ではない。
しかし、地竜という強固な外皮を持つ敵とあたって、タツマはこの打法に全てを賭けた。
タツマと地竜。
互いの呼吸音すら感じ取れる超至近距離で一人と一匹は対峙する。
地竜は唸りを上げ、タツマは気合を迸らせる。
夜闇に響く決着の号砲。
その大音声に対して決着の瞬間は極めて静かに、いっそ無音にすら近かった。
タツマと地竜、二つの影が夜の森で重なり合う。
一瞬でありながら永劫の如き静寂。
そして敗者は大地に音を立てて崩れ落ちた。




