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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その24

 「武道」とは何か?


 心身を鍛え、己を高みへと至らせる人間形成の道か?


 強気を挫き弱きを助ける正義の道か?


 それとも、それらは全て欺瞞。ただひたすらに戦いの法を求める殺生、修羅の道か?


 その答えは武道に携わる人間の数だけ存在し、一概にどれを正解、不正解などと決めるのは甚だ無意味な行いだと思われる。

 しかし、タツマの・・・・・・本部 辰馬にとっての「武道」とは何かと問うならば、それは極めて単純な一語によって語り得る。


 武道とは『積み重ね』である。


 それが本部 辰馬の考える武道の本質だ。

 そこに善悪も精神も存在しない。それらはあくまで武道を修行する個々の人間が目指し、追い求めるものであり、武道そのものはただひたすらに積み上げるものだと彼は考えている。


 日々の鍛錬の積み重ね。


 日々の思考、工夫の積み重ね。


 連綿と続く歴史。その中に存在した先人達の積み重ね。


 その積み重ねから学び、己もまた積み重ねていくことこそ、彼にとっての武道だった。



 「地竜てき」に己の空手が通じない。

 それは、脅威である。苦境である。危機である。

 タツマはその現状を充分に理解している。

 しかし、その上で思う。


 だからどうした?


 己の空手が通じない。

 ならば、どうすれば通じるかを考え、工夫し、目的に手が届くまで積み重ねればいい。

 それでも通じない。

 ならば、受け継がれてきた先人達の積み重ねを踏み台とすればいい。

 己一人が戦うのではない。

 本部 辰馬が空手をもって戦う以上、それは自分の学んだ空手そのものが戦うということだ。

 

 地竜は強い。

 しかし、それはあくまで「個」である。

 タツマも「個」であるが、その戦いは「個」ではない。

 そこにはタツマ自身の鍛錬、工夫、先人の重ねてきた技術と知恵がある。

 弱き自分が己より強いものを積み重ねた技と知恵で打倒する。

 それを可能と信じたものが武道である。

 そしてタツマは己の武道を信じている。

 故に、タツマの脳裏に「諦め」の文字はなかった。



 タツマは己の知る限りの地竜の情報を思い出す。

 かつてギルドで教えてもらったものだ。

 「竜」と呼ばれる魔獣はこの世界に複数種類存在する。

 しかし、それらの共通点は、外見がトカゲに近いものであること、他の魔獣と比べ強い力を持っていることくらいで、その形、生態は種類によって大きく異なる。

 その中にあって地竜の特徴を挙げるならば。


 火は吹かない。


 空は飛べない。


 ここまではタツマにとって与し易い。

 しかし、


 力が強い。


 竜種の中でも強固な外皮を持つ。


 それらの特徴がタツマを苦しめる。

 加えて言うならば、空を飛べないとはいえ、その動作は敏捷。

 けっして油断はできない。


 地竜を倒す際のセオリーとしては、多人数でかかり物量で外皮を突破すること、もしくは高威力の魔術を駆使して消し飛ばすことなどが挙げられる。

 何年か前、この村の近隣でとある冒険者パーティーが地竜を倒し、Cランクになった例があったそうだが、その場合は前者の方法で打倒したとのことだ。

 しかし、タツマは現状一人。その方法は無論使えない。

 ならば後者の方法はどうか?

 タツマは攻撃魔術を使えない。そういう意味ではこの方法も不可能だ。

 しかし、魔術ではなくともそれに匹敵するだけの威力を用意できるならばこの方法は可能であると言える。


 タツマは地竜の隙を窺い打撃を打ち込む。

 込められた魔力はタツマの感覚で最大出力の半分。

 次の行動に支障をきたさない範囲では最大の出力だった。

 強化された筋力によって放たれるそれは、まさに拳大の銃弾とでも呼べるものだった。

 しかし、地竜に堪えた様子は見られない。

 全く効いていないというわけでもないだろうが、少なくとも眼に見えるほどのダメージは感じられない。

 連打を入れようにもすぐさま反撃の爪がとんでくる。

 ならば、魔力の出力を上げればどうか?

 最大出力で打てば、およそ倍の威力の打撃も打てるだろう。

 しかし、果たしてそれで地竜を撃退できるか?

 残念ながらそれは難しい。

 確かに倍の威力であれば、それなりに地竜にダメージを与えることも可能だろう。しかし、一撃で打倒できるほどかと問われれば、甚だ心もとない。

 加えて最大出力で放てば、確実に次の行動に支障をきたす。もし地竜が反撃をしてくれば、なす術もなく喰らうこととなるだろう。そうなれば一撃で戦闘不能にされても何ら不思議ではない。


 圧倒的に足りない。

 必要なのは威力。

 銃弾ではなく、相手の体を撃ちぬく大砲の一撃だった。


 タツマは考える。

 地竜を攻めながら、その攻撃をかわしながら。

 己の積み重ねてきた鍛錬と工夫を。

 先人が重ねてきた知恵と技を。

 戦いながらも己の中に存在する「武道」という名の山を分け入ってその答えを探す。

 ガストンの嘲笑が聞こえる。

 しかし、それは意識へと届くことなく締め出される。

 嘲笑も嘲りの言葉も今のタツマにとっては気にかける必要すらない些事だった。

 地竜と対峙しつつもその意識は必死で己の中の「武道」に埋没する。

 そして・・・・・・



 まとわりつく様に地竜の周囲を跳びまわっていたタツマが不意に距離をとる。

 ガストンは一瞬、逃げるつもりかと考えたが、そうではなかった。

 タツマは地竜とたっぷり距離をとった上で向き直る。

 その眼はまっすぐに地竜を捉えており、逃走の気配など微塵も感じられない。

 それだけにガストンは疑問に感じる。

 

 この行動の意味は?


 もし相手が魔導師であればその行動もわかる。

 しかし、近接戦しかできないタツマがわざわざ距離をとって何の意味があるのか。

 休憩かとも思うが、そう断ずるには不釣合いなほど、タツマの姿、眼光は力強かった。


 もしや、何か奥の手が?


 ガストンがそんな不安に駆られ始めた時、タツマは動き出した。

 

 タツマは走った。

 地竜目掛けてひたすら真っ直ぐに。

 正真正銘、地竜目掛けての最短距離をひた走る。

 その光景にガストンは一瞬呆気に取られ、そして嗤った。


 『勇者様』は気でも狂ったか?

 それとも、助走をつけて殴れば通じるとでも考えているのか?

 

 ガストンはこみ上げる笑いを禁じ得ない。

 ついには声をあげて笑い始める。

 それほどにタツマの行いは愚か染みていた。

 それはまさに自殺行為、いや自殺そのものと言った方が適切と言える行動だった。

 ガストンの笑いに混じるものは嘲りとまもなく訪れる勝利への確信だった。


 地竜はさすがに嗤いはしない。

 しかし、地竜かれから見ても、目の前の人間タツマの行いは愚行だった。

 己の口元目掛け真っ直ぐ走り寄る人間。

 それは自ら餌になろうとしているようにすら見える。

 もしそうだと言うならば否やはない。

 目の前の人間の期待に答えるべく、地竜は目の前の人間目掛け喰らいついた。


 

 嗤うガストン。

 喰らいつく地竜。

 主従ともに己の勝利を確信した次の瞬間、それは起きた。

 今まさに牙にかかろうとしていたタツマが次の瞬間、唐突に掻き消えた。

 獲物を失い、虚空を噛む地竜の牙。

 唐突に消えた獲物。

 その行方を捜して首を持ち上げ僅かに後ずさる。

 獲物はすぐに見つかった。

 それは地竜かれの顎下にいた。


 タツマの行動はタネがわかれば極めて単純なことだった。

 彼は喰らいつかれる直前、唐突にその身を地面へと伏せた。

 空手の型 クーシャンクーにも含まれるその動作。

 動作の意味は攻撃の回避と共に目晦ましの意味を含む。

 急激な上下の移動は夜闇と地竜自身の巨体に助けられ、地竜の目をもってしても、タツマが掻き消えたように感じさせた。 

 目論みは成功し、タツマは地竜に肉迫する。

 しかし、地竜の反応は早い。

 再び喰らいつかんと地竜の牙がタツマに迫る。

 この夜、最大級の危機がタツマに襲い掛かる。

 しかし、それはタツマが狙っていたことであり、この瞬間こそがタツマの最大の好機でもあった。

 

 迫る牙。

 それを迎え撃つように、タツマはその一撃を放った。

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