番外編 モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その23
タツマの現状は今だかつてない程の危機だった。
「地竜」の強い弱いの問題ではない。
己の空手が通じない相手。それこそが最大の危機だった。
タツマが野盗達を相手に勝ちを収めることができた理由。
それは、タツマの実力以上に空手・・・・・・武術という概念の存在が大きい。
タツマの身に付けた技や戦略は「武術」の存在しないこの世界では恐ろしいまでに威力を発揮する。
効率的な力の運用。
間合いの取り方、測り方。
虚実を織り交ぜた動きに、相手の心理を逆手に取った戦略。
それらを活用することで、タツマは戦場の主導権を己が手で握り、時として圧倒的な多勢、不利な状況さえも覆す力を振るうことが可能なのだ。
しかし、それも相手が人間であればこその話だ。
言うまでもないが空手を含め「武術」とは人間相手の戦いの為に磨き、積み上げられてきた技術だ。
過去の武道家、武術家の活動を紐解けば、動物相手に勝負を挑んだ者も多少はいる。
しかし、それはあくまで「腕試し」やある種の「パフォーマンス」としてのものであり、彼らとて何も動物相手の技を磨いていたというわけではない。
つまり、少なくとも既存の武術に竜と戦う為の技など存在しないのだ。
それでも鉄熊までならば、まだ対応もできた。
戦闘時の鉄熊は二本足で立つことも多く、まだしも人間相手の技術を応用する余地もあったからだ。
しかし、地竜は違う。
その姿はまさに大きなトカゲ、より詳細に例えるならばイグアナの方が形状としては近いかもしれない。
四つ足で歩き、長い尻尾を持っている。
その武器は足の鋭い爪であり、振り回される尾、そして巨大な口内に無数に存在する鏃のような牙だった。
まず四つ足の時点で「投げ技」、「崩し技」の類は使えない。
人体の構造から大きく逸脱した体の形状の為、「関節技」も使えない。
そもそも、人間ではなく竜である。人間相手の「駆け引き」、「戦略」を用いたところで、それがそのまま当て嵌まる保障などどこにもない。
唯一まともに通じるのは「打撃」だが、これも難しい。
地竜の表皮は堅い鱗に覆われており、生半可な打撃では到底通らない。
結局のところ有効なのはこの世界の冒険者、魔導師が行っているような、ひたすら強い力、強い魔力をぶつけるという単純な戦法だけだった。
そうなるとタツマの置かれた状況は極めて不利なものになる。
タツマも平均よりやや上回る程度の魔力は持っている。
しかし、それはけっして突出したものでも、圧倒的なものでもない。
従って、地竜にダメージを与えるにはそれなりに魔力を錬る必要があり、それがタツマの動きから普段の精彩を奪った。
そもそも、竜との戦い方など知る由もないタツマである。
その動きは自然、「相手の攻撃を避けて、隙を見て強く殴る。」そんな単調なものにならざるをえなかった。
野盗達との戦い、それは言ってみればタツマの持つ常識が彼らに勝利した、そういう風に言い換えることもできる。
そして地竜との戦いはいわば、異世界の常識がタツマを追い詰めた。そういう状況と言えた。
喰らいついてくる牙を横跳びにかわす。
すかさず踏み込み、地竜の横顔に強化した拳を叩きつける。
連打を決めたいところであるがそれは許されない。
つい先程までタツマのいた空間を地竜の爪が刃のように薙ぐ。
すんでのところでかわし、どうにか事なきを得る。
地竜の様子を伺うが大したダメージは感じられない。
表皮の堅さは勿論、踏み込みの浅さもその原因であろう。
この先、百発,二百発と突き続ければ話も別だが、その前にタツマの体力と魔力が尽きるのが先であろうことは疑うべくもない。
この時点で数発の打撃を受けている地竜だが、その様子に堪えた様子は見られない。
一方、タツマは一瞬一瞬が綱渡り。
一撃の代償としてごっそりと体力と精神力を削られる。
両者の差は圧倒的と言えた。
「どうしたんだい?『勇者様』?逃げてばかりで地竜を倒せるのかい?魔術は使わないのか?伝説の聖剣はどうした?」
ガストンの嘲笑が聞こえる。
彼にとってこの戦いは格好の見せ物といえるのだろう。
ガストンは無論、空手も武術も知らない。
しかし、持ち前の洞察力で見抜いていた。
勇者の戦い方は今まで見たことないものであり、確かに強力だ。
だが、それはあくまで対人に特化したものだということを。
「そうそう。俺から倒すっていうのはやめた方がいいぜ?別に俺を殺したって地竜が消えるわけじゃないからな。親を殺されてかえって怒り狂うのがオチさ。それとも逃げるかい?それは良いかもなぁ?でも、そうなったら村と村人達はどうなっちまうんだろうなぁ?」
タツマはガストンの言葉に答えない。
ひたすらに地竜の攻撃をかわし、攻め続ける。
タツマに無視された形となるガストンだが、その心情はかえって愉快だった。
十数名の野盗を倒し、自分の計画を失敗に追いやった勇者。
その勇者がなす術もなく逃げ回り、そして遠くない未来惨めに果てる。
その光景は想像するだけでガストンにたまらないほどの愉悦をもたらした。
ガストンは愉快だった。
逃げ惑う敵の姿が。
これから訪れる己の勝利が。
彼の哄笑は鳴り止まない。
あふれ出る喜悦は抑えられぬまま、夜の森へと響き渡る。
故に彼は本当の意味でみていなかった。
己の敵の姿を。
その眼光の先を。




