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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その22

 冒険者 ガストン

 今でこそ野盗に身をおとしたが、元はCランク冒険者。

 領内外を股にかけて活躍するそれなりに名の知れた冒険者であった。

 彼の名を高めたのは『魔獣使い』という極めて稀有なその特性。

 加えて、彼が使役する魔獣、『地竜』は極めて強力な魔獣であり、それがより一層彼の強さと存在を世間に知らしめることとなった。

 しかし、ガストンと言う男は元来けっして特異な人間というわけではない。

 事実、人生のある時期まではあくまで平凡な冒険者の1人に過ぎなかった。

 彼を変えたのはある偶然の出会いからだった。



 ガストンは領内の寒村の生まれだった。

 幼いころからそれなりに聡明で周囲の子供達と比べると抜きん出て鋭い部分があった。

 もし、彼が町の子供であったなら、その頭脳により磨きをかける道も辿れたかもしれない。

 しかし、彼が生まれたのは村人のほとんどが農業に従事する農村。彼の父もまた農夫であり、息子に学問よりも早く畑を耕せるようになることを望む男だった。

 持って生まれた頭脳を活かす道もないまま、彼は幼くして父を手伝うようになる。

 表向きは大人しく従うガストンであったが、なまじ聡明であるが故にいつも鬱屈した想いを抱えて過ごしていた。


 転機となったのはある冬のこと。

 流行り病が村を襲い、彼の両親もまた帰らぬ人となった。

 通常であれば悲しみにくれるところであるが、彼は違った。

 彼が感じたのは解放感。

 自分を押さえ込んでいた両親の死に、彼は心から安堵した。

 彼は両親の葬式も終わらぬうちから、家にある金品全てを持ち出し、村を飛び出した。

 村を飛び出し、故郷の村から遠く離れた町で彼は冒険者となった。

 彼はそれなりに聡明ではあったが、その出自ゆえに学がなかった。金もなかった。

 学も金もない者が成り上がる手段として、冒険者という選択は極めて妥当なものといえた。

 彼の心は未来への希望で満ちていた。

 

 邪魔する者は誰もいない。

 思う存分自分の力を振るい、成り上がるのだ!


 彼は自分の輝かしい未来をけっして疑わなかった。

 しかし、彼は早々に挫折を経験することとなる。


 冒険者となり、ガストンは初めて自分の欠点を自覚した。

 一つは近接戦闘の不得手。

 彼は元々体を動かすことをあまり得意としていなかった。

 それは冒険者となっても変わることはなく、冒険者としての彼を悩ませた。

 身体能力は魔術で強化できる。

 しかし、体の動かし方、攻めや防御の勘、そういったいわゆる「才能センス」とでも言うべきものが彼には備わっていなかった。

 如何に懸命に武器を振り回しても、どこか動きに精彩を欠く。

 彼が自分の近接戦の才能の無さに気付くまで、さほど時間はかからず、近接戦闘を磨く道は早々に諦めることとなった。


 もう一つの欠点は攻撃魔術への適正。

 近接戦の不得手と比較すると、彼の魔力量はなかなかのものだった。

 しかし、攻撃魔術への適正は極めて乏しかった。

 冒険者として上を目指す上で攻撃魔術が使えないというのは大きな障害である。

 ましてや、近接戦に望みのない彼からすれば致命的な問題であった。

 彼は持ち前の頭脳をフルに活用して魔術を学び、その習得に勤しんだ。

 しかし、その結果は彼に多岐に渡る魔術知識を身に付けさせたものの彼に攻撃魔術を身に付けさせるには至らなかった。

 補助や回復魔術については充分な適正があった。

 従って努力を続ければ、優秀なサポート役になることはできただろう。

 しかし、それはけっして彼の望むところではなかった。

 彼の望みは他人を引き立てることではない。

 何より自分を高みへ引き上げることだった。


 両親という枷から抜け出したガストンの次の枷は「才能」と「適正」、その二つだった。

 しかし、それらの枷は他ならぬ自分に根ざしたものだ。

 いくらあがいても抜け出せぬ枷の前にガストンは絶望した。

 それからの数年の彼はどこにでもいる三流の冒険者として不遇の日々を過ごすこととなった。


 昨日と変わらぬ今日、さして変わりもないであろう明日。

 希望は閉ざされ、出口は見えず、鬱屈した想いだけを日々溜め続ける・・・

 ガストンの毎日はその繰り返しだった。

 そんな不毛の日々に終止符を打ったのはある依頼がきっかけだった。

 とある森で薬草を採取するという依頼。

 報酬はけっして良くないが、戦闘のできないガストンが受ける依頼は当時このようなものばかりだった。

 鬱屈した想いで仕事に取り掛かるガストン。

 しかし、その日は依頼の薬草がなかなか見つからず、次第に普段は入らない森の奥地まで足を運ぶこととなった。

 そして、彼はそこで発見した。

 薬草ではない。

 それは弱った地竜の子供だった。

 当時、子犬ほどの大きさであった地竜は森の奥地に弱りきった様子で倒れていた。

 周囲に親の姿は見られなかった。

 なんらかの理由で親から離れたのか、それとも他に何か事情があったのか。

 それは今もってわからない。

 はっきりしているのは弱った地竜の子供が森の奥に捨て置かれていた。ただそれだけだった。

 地竜の衰弱は激しく、そのまま放置していればいかに竜とはいえ、いずれ死んでいただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 ガストンがこれを助けたからだ。


 別に彼が慈悲深いわけでも仏心を出したわけでもない。

 理由はただの気まぐれと好奇心だった。

 思い出していたのはかつて魔術について猛勉強していた頃に得た知識。

 曰く、「魔獣にも刷り込み現象は起こりうる。幼少期から世話をすれば、飼い主を親と勘違いし、使役することもできる。」そのような記述であった。

 退屈な毎日に飽き飽きしていた彼はさして期待もせず、この地竜を拾い、世話を始めた。

 部屋に戻り、餌と魔力を与える。魔獣の成長には魔力が不可欠であった。

 退屈しのぎ以上の期待はしていなかったこの行いだが、彼の予想に反してこの目論見は成功した。

 最初は警戒していた地竜であったが、次第に手から餌と魔力を受け始め、次第には慣れ、ついにはガストンを親のように付き従うようになった。


 この頃から彼の立場は変わっていく。

 拾ってから1年。その時点での地竜の大きさは馬程度のものであったが、それでもこの地竜の活躍は目覚しいものがあった。

 たとえ、まだ成体でないとはいえれっきとした竜。

 それはけっして、その辺の魔獣に負けるほど弱い生き物ではなかった。

 しかもその竜はガストンを親と思い、忠実にその命令を聞く。

 攻撃手段のない主人に代わり地竜がそれを補う。

 これはガストンの弱点を補って余りあるものだった。

 ガストンは司令塔であり、地竜は兵隊。

 無類の強さを誇る地竜と元来、頭脳派であるガストンのコンビ。

 このコンビはたちまちその近隣で頭角を現していくこととなった。

 最下層だったランクはたちまちDランクとなり、領内外を股にかけて活躍するようになり、程なくCランクまで昇格を果たした。

 これは冒険者としては充分に成功者の部類に入る。

 しかし、ガストンはこれに満足しなかった。

 幼少期、そして冒険者になってから数年の鬱屈した日々は彼の野心と自尊心を極めて巨大かつ歪なものとしていた。


 まだだ!まだ足りない。

 俺はもっと上にいける。もっと偉くなれる。


 そんな欲望は収まることなく彼の中で渦巻き、その欲望に逆らわぬまま彼は活動を続けた。

 手柄と名誉に焦る彼は次第に際どい手段、危ない仕事にも手を染めていくこととなる。

 結果、彼は自然な流れでギルドの規則や法までも犯すこととなり、ついには犯罪者として逮捕を命ぜられる立場となった。

 捕縛に来た派遣兵士、冒険者を返り討ちにして逃走。

 彼は立派な犯罪者となった。


 しかし、それでもなおガストンの野心は収まらない。

 野盗にまで堕ちながらも虎視眈々と再び返り咲く時を狙った。

 逃亡生活を送る上で地竜の存在はあまりにも目立ったが、かつて得た知識がそれを解決した。

 太古の時代、『勇者召喚』に用いられた召喚魔術の知識の断片。

 特定の印をつけたものを、距離を問わず呼び出す【簡易召喚】の魔術。

 これにより地竜はガストンの望んだときのみ呼び出すことが可能となり、さらに彼の自由度と戦いの幅は広がった。

 もはや他の野盗は勿論、賞金狙いでやってくる冒険者達も彼の敵ではなかった。

 故にガストンは自分を疑わない。

 たとえ1人でも、自分の頭脳と地竜の力さえあれば、勇者とて敵ではない。

 その堅い自負が全ての仲間がやられた今になってなお、余裕を崩さぬ彼の自信の源であった。



 しかし、タツマはそんな彼の考えなど知る由もない。

 異世界からやってきた彼にとっては「ガストン」の名前すらも初めて聞くものだった。

 彼が考えていたのはただ一つ。

 


 ガストンは・・・正確には、「地竜」は自分の天敵である。

 この世界に来て、かつてない危機感。

 それだけだった。

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