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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その21

 周囲に野盗がいなくなったのを確認し、タツマはようやく息をつく。

 致命傷は負っていない。しかし、全身には無数の傷が刻まれていた。

 如何に勝算があったとはいえ、10名を超える野盗との戦い。無傷で済むはずもない。

 村人の逃亡を成功させ、野盗達も撃退できた。充分に満足のできる結果と言えた。

 タツマは魔術【自己回復】を発動させつつ考える。

 

 これまで倒した人数から察するに、もはや大部分の野盗は撃退できたようだった。

 これならば、後は村人と合流して朝を待ち、その上で隣村の派遣兵士に事態を報告すればいい。


 これで事態は概ね解決できた。

 そう考え、村人達を追おうとするタツマの背後で物音が響いた。


 パチ パチ パチ


 まばらな拍手。それに続いて足音と声が聞こえる。


「いや。大したものだ。まさか10人以上を1人で倒すとは。『勇者様』か・・・田舎の噂話も馬鹿にしたもんじゃなかったな。」


 振り向いたタツマの視線の先に1人の男が立っていた。

 男は倒れた野盗達を無感動に眺め、独り言のように言葉を続ける。


「しかし、変わった戦い方をするもんだ。これも異世界の勇者の力ってやつなのかね?」


 タツマは身構え、様子を伺う。

 すぐに攻め込まなかったのはあまりにも目の前の男の様子が無防備に見えたからだ。


「・・・・・・お前もこいつらの仲間か?」


「仲間っていうのとは少し違うな。俺は親玉だよ。あんた1人に見事にやられた間抜け達の親玉だよ『勇者様』。」


 自分が野盗団の親玉であるとこともなげに言い放つ男。

 その発言は少なからずタツマを驚かせた。

 数十人の野盗を束ねる親玉。

 それがどんな人間であるか、タツマも意識し、警戒していた。

 本来秩序とは無縁のならず者を統率し、従わせるリーダー。果たしてそれはどんな人物か。

 人並み外れた力を持つ歴戦の戦士か。

 強力な魔術を操る、大魔導師か。

 それともそれらを兼ね備えた傑物か。

 タツマもその人物との戦いを想定し、あれこれと予想はしていた。

 乱戦の最中もそれらしき人間がいないか注意を払っていたが、自分の予想に見合うほど突出した人物は見られなかった。

 その為、親玉がまだ控えているというところまではタツマの予想通りだ。

 しかし、その親玉の風貌はタツマの予想を大きく裏切るものだった。

 

 体格は大柄だが、巨漢と呼べるほどではない。

 むしろ印象的なのは突き出た腹と体中についた脂肪。

 手足は太いがおそらく筋肉ではなくそれも脂肪だろう。

 全身に脂肪をつけたその姿の印象はひたすら丸く、いかにも鈍重そうな様子だった。

 無論、魔術で強化すれば少々太っていても問題なく動けるのだろうが、それとこれとは話が別である。

 たとえ武術の存在しないこの世界でも戦いを生業にする者にはそれ相応の風格というものが感じられる。

 先程まで戦っていた野盗達の中でも何人かはそう言った風格が感じられる者もいた。

 しかし、目の前のその男からはそういった印象がまるで感じられない。

 仮に魔導師であったとしても戦いを生業にするならば、ここまでしまりのない体にはならないだろう。

 おおよそ戦う者の体ではない。

 それだけになぜこの男に野盗団の親玉など務まったのか、タツマにはそれがひたすらに不思議でしょうがなかった。


「あぁ、言いたいことは大体わかるよ。『本当にこんな奴が親玉なのか?』ってところだろ?よく言われるんだ。おかげでこいつらを集める時もやたらと疑われて苦労したもんさ。」

 

 困惑するタツマの表情を見て取ったのか、男はそんなことを口にする。

 10名を超える野盗を倒したタツマを前にしても、男には微塵の緊張も見られなかった。

 その堂々とした態度だけを見るならば、なるほど確かにトップの風格であると見えないこともない。

 しかし、タツマがいかに目を凝らしても、その男が数十人の野盗を従えるほどの何かを持っているようには到底見えなかった。


「今回の野盗捕縛作戦をきっかけにこいつらを自分の傘下に加えて、しかるべきタイミングで領外へ逃亡。数十人の手足となる部下、そして俺の頭脳と力・・・そいつを使ってチンケな野盗なんかじゃなくもっと大きい仕事を・・・なんて野望も一応持っていたんだが、まさか潜伏した村に『勇者様』なんてのがいるとはね。いやいや俺もついてないな。」


 明らかな失敗と敗北。

 しかし、口にしている言葉とは裏腹に男の顔には一切の悲壮感が見られない。

 まるで、少しばかり料理の味付けを間違えた・・・その程度の取るに足らないことのように目の前の男は語る。

 タツマにはますますこの男のことが読めなくなる。


「・・・降伏にきたって訳じゃなさそうだな。」


「それは勿論だ。元々、領外へ逃げるだけなら俺1人でもできたんだがね、この機会をうまく利用しよう・・・なんて欲をかいたのがいけなかった。まぁ、おかげさまで計画は大失敗だ。残念だが、俺1人で逃げさせてもらうことにするよ。」


 男の態度に一切の揺らぎは見られない。

 今しがた口にした逃亡の件も既に成功したものの様に語り、自分が捕らえられる可能性など微塵も考えていないようであった。

 そもそも何故この男が自分の目の前に出て来たのか。

 そこからしてタツマには理解ができない。

 目の前にやってきた以上、タツマにこれを見逃すという選択肢はない。

 逃げるならばのこのこ現れたりせず、自分の存在に気付かれる前に逃げればよかったのだ。

 それを何故、わざわざ姿を見せる必要があるのか。


「まあ逃げるにしてもだ。このまま逃げるのは色々と都合が悪くてね。野盗こっちの世界でも面子メンツって奴が結構大事なんだ、いくら『勇者様』が相手とはいえ部下全員やられておめおめ逃げましたなんてことになったらいい笑いものさ。だから土産代わりにあんたの首くらいはもらって帰ろうと思ってね。意趣返しってやつだ。まあ悪く思わないでくれよ。『勇者様』?」


 この言葉はさして意外でもない。

 わざわざ敵の前に姿を現して、降伏するのでなければ戦う以外に出てくる理由などないだろう。

 男の様子は変わらない。

 表情は余裕に満ち、自分が勝利するという未来を疑ってすらいないようであった。

 しかし、その自信の出所が皆目理解できない。


「・・・・・・やっぱりあんたは慎重だな。俺の部下もあんたくらい慎重だったらよかったんだがなぁ。」


 軽口を叩く男の姿は隙だらけだった。

 技も戦術も必要ない。まっすぐ行って一発突くだけで勝負は決しそうであった。

 しかし、けっして崩れぬその余裕がタツマを警戒させ、攻撃を躊躇わせる。


「慎重な『勇者様』にご褒美だ。少し俺の話をしよう。たしかに俺は武器を持っての切った張ったなんてのは大の苦手だ。ましてやあんたみたいに素手で敵と戦うなんて考えただけでも恐ろしい。どちらかといえば魔術の方が得意だが、攻撃魔術の適正は正直それほどでもないんだ。」


 近接戦闘が不得手で、攻撃魔術に適正がない。

 それはこの世界で戦う者にとって致命的であった。


「だが、俺には俺だけの特別な力がある。俺はそいつでCランクの冒険者まで成り上がり、野盗としてこいつらを従えてきたんだ。」


 そう言うや、男の周囲に魔力が満ち始める。

 タツマは【魔力視】で様子を伺うが、その魔力の動きはタツマがこれまで見たことのないものであった。


「さぁ、お喋りもこれくらいにして実演といこう。今宵の最後の見せ物だ。どうぞ存分に楽しんでくれよ。さぁ・・・・・・」


 周囲の大気に魔力が満ちる、【魔力視】ごしに見る魔力はもやのように空間を漂う。



ヒラケ】



 男の一言。

 それを皮切りに魔力の靄がその濃度を増す。

 一時、その靄は背景を覆い隠し、辺り一面に立ちこめる。

しかし、それもほどなくおさまり、森は元の風景を取り戻す。

 タツマは驚愕した。

 男の様子は変わらない。

 しかし、大きく変わったのは男の傍らの光景だった。

 何もなかった筈の空間、靄が晴れるとそこにはそれまで存在しなかった巨大な何かが佇んでいる。

 鋭い牙、巨大な爪、表皮は硬そうな鱗で覆われ、赤く輝く眼は夜闇の中鬼火のような光を放っている。

 大きさはトラックほどであろうか。

 タツマがこれまで地球でもこの世界でも一度も眼にしたことがないような巨大なトカゲ・・・・・・


 いや。トカゲではない。

 これはまさに・・・・・・


「さぁ、今更ながら自己紹介だ。俺はガストン。冒険者時代は『魔獣使いのガストン』なんて呼ばれていた男さ。そしてこれは俺の相棒の『地竜』だ。勇者様、英雄譚は好きかい?今夜は一つ『竜退治』って奴を俺に見せてくれよ!」


 哄笑するガストン。

 一方、突如現れた『地竜』に圧倒されるタツマ。

 異世界に来て初めて体験する竜との遭遇であった。

  


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