番外編 モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その20
マルクに続き、二人目の仲間も地面へと沈んだ。
もはや野盗達は確信した。
目の前の男――タツマこそが自分達の妨害をした男であり、この計画における最大の敵だということに。
野盗達は武器を振り上げ攻めかかる。
人質にしようなどと言う考えはもはや微塵もない。
この場で始末する。
野盗達の明確な意思の下、この夜 最後の戦いは野盗達とタツマ、その大乱戦から始まることとなった。
村人の護衛はリーゼロッテを始めとする、戦える人間に任せた。
タツマの役目は村人の逃亡を成功させ、そして襲い来る野盗達を撃退することだった。
野盗達の数は各個撃破でだいぶ減らしたつもりだったが、その数は今だ10名を越えていた。
それに対して己は1人。
楽な戦いではない。
しかし、それでもなおタツマにはいくつかの勝算があった。
一つはこの世界に『武術』が存在しないこと。
この世界の戦いは魔術に頼りすぎる傾向があり、技や戦術に対する認識と理解が乏しい。
先程の巨漢ももう少し間合いに対する理解と注意があれば、まだ善戦もできたかもしれない。
タツマにとっては珍しくもない技や戦術、それが彼らにとっては全く未知のものとして面白い程に引っかかる。
それが一つ目の勝算。
もう一つは彼らの戦い方。
魔術に頼る野盗達の戦い方は異世界から来たタツマの目からすると恐ろしく派手だった。
敵を焼き尽くす劫火。
地を這う、荒ぶる雷。
強化された拳は大岩すらも容易く砕くだろう。
それらは確かに脅威だ。凄まじい威力だろう。
しかし、一方でタツマは疑問に感じざるをえない。
何故、そんなものが必要なのか?
異世界からやってきたとはいえ、タツマの身体はこの世界の人間と大きく変わりはない。
身体的な意味合いで言えば、彼の身体は多少鍛えられているとはいえ、通常の人間の域を出ていないのだ。
つまり、彼の身体はいたって普通。
刃物で刺されれば死ぬし、鈍器で強打されれば充分死ぬ。
劫火も雷も岩を砕く拳も全てタツマからすればオーバーキルと言うほかない。
故に野盗達の戦い方はタツマからすれば滑稽極まりないものだった。
今もまさに魔導師装束に身を包んだ野盗がタツマ目掛けて魔術を放とうとしている。
【魔力視】で確認する限り、その力は強大。当たれば塵も残らないかもしれない。
しかし、それだけだ。
大きな力を振るおうとすれば、それが肉体的なものであれ、魔力によるものであれ、なんらかの溜めが必要となる。
その隙にタツマは相手の魔術の種類と軌道を見切り、肉薄し撃つ。
【身体強化】による強力を纏い殴りかからんとする男がいる。
振り上げられた拳に込められた力をもってすれば、タツマの頭は原型も残さぬほど容易く潰れるだろう。
しかし、狙いが素直すぎる。それでは攻撃する場所もタイミングも懇切丁寧にタツマに教えているようなものだった。
トラックにはねられれば人は死ぬ。
ならば、トラックにはねられない場所に移動すればいい。
例えて言うならばそれだけのこと。
攻撃の瞬間、半歩の踏み込みでタツマは危険域を脱する。
メジャーリーガーもかくやというド迫力の大空振りで野盗の身体は体勢を崩す。
タツマは僅かに手を添え、その崩れを増大させる。
大きく崩された野盗の身体は勢いのまま地面に倒れこむ。
次の瞬間、無慈悲な踵が彼の顔面に突き刺さり、その意識を暗転させる。
大きな魔力を振るうことに執心する彼らに対し、タツマの振るう力は常に最小限のものだった。
【身体強化】は常に必要最低限のみの強化。不要と感じれば、それすらも行わない。
移動も動作も野盗達のそれと比べれば恐ろしく小さい。
魔術に・・・・・・大きな魔力に頼りすぎるこの世界の人間は知らない。
極小にまで絞り込まれた力の恐ろしさを。
空手に限らず、武術の行き着く先、それは徹底した省エネ主義である。
派手な大技、息もつかせぬ連撃。確かにそういう技も武術には存在する。修行もする。
しかし修行の先、極めた先に存在するのは極限まで無駄を削ぎ落とした「一撃」である。
剣術の達人は絶妙の「機」を見切ってただ一太刀にて勝負をつける。
過去、大陸の武術家には牽制の一撃で敵を絶命させる者すらいたという。
空手の理想もその例外ではない。
無論、今だ歳若く修行中の身であるタツマがその領域に立てる筈もない。
しかし、そこは異世界の技術である『魔術』がその足りぬ力を埋める。
身に付けた経験と骨身に刷り込まれた『技』と『型』が攻めるべき好機と場所を見極めさせる。
それでも今だ修行及ばず足りない力をタツマは【強化】で補う。
【強化】により補われる『感覚』と『力』。
魔術を駆使することによりタツマは擬似的ではあるものの達人の領域までその力が押し上げられる。
そうなれば『武』を知らぬ野盗達をあしらうことなど至極容易いことであった。
加えて野盗達もまたタツマと同じ刺されれば死ぬ、殴られれば死ぬ人間である。
そこに余分の威力など必要ない。
必要な箇所に必要な分の力のみ加えてやれば充分に撃退は可能なのだ。
そして、これはタツマ自身も自覚のないことであるが、彼のアドバンテージは他にもある。
それは戦闘中の彼の姿。
武器も持たず、【身体強化】すらしないタツマの姿。
これは地球の常識に置き換えるならば、戦場を全裸で闊歩するにも等しい行いだった。
無防備というのも愚かしい。敵どころか障害物にもなり得ない弱い存在。
しかし、タツマはその状態から野盗達に対し、致命打を与えていく。
それこそがタツマの持つ『武』の力なのだが、野盗達は当然そんなこと知る由もない。
故にタツマの戦い方は野盗達にとって、この上なく不気味で不可解で予測のできぬものであった。
加えて、タツマの戦い方はこの世界の常識からすれば恐ろしいほどに静かだった。
劫火、雷、岩をも砕く強力・・・
この世界の攻撃は強力であればあるほど、その存在感もまた強くなる。
しかし、タツマの攻撃は最低限の【強化】のみ加えたほぼ生身の攻撃。
派手な攻撃魔術の飛び交うこの世界の戦いに慣れた野盗達にとって、タツマの攻撃は無音にも等しかった。
それこそが野盗達を更に困惑させ、見張りの野盗を抵抗すらさせず撃退せしめた要因でもあった。
武器を振り上げた野盗達がタツマ目掛けて殺到する。
経験と【強化】された感覚は移動するべき場所、打つべき場所を教える。後は最小限に【強化】した拳足でそれを打つ。
基本的にはその繰り返しであった。
時に立木に身を隠す。
音もなく行動し、夜闇の中で見え隠れするタツマの姿は野盗達からすれば幽鬼の如きものであった。
時に密集した野盗達の中に自ら飛び込む。
自分以外の全てが敵であるタツマとは違い、野盗達は多数であることが災いする。
味方の巻き添えを恐れて強力な魔術は放てず、攻撃を強行しようとした者がタツマではなく味方を傷つけることもあった。
この場にいる野盗達はそれなりに荒事慣れした玄人である。
けっして弱いわけでも経験が足りないわけでもない。
しかし、それはこの世界の中に限っての話だ。
自分達の常識にない、全く異質な戦い方をするタツマの前に彼らはもはや素人も同然の状態であった。
翻弄され、困惑し、そして討たれる。
一人、また一人と討たれ、混乱は更に増大する。
何名かは武器を捨て、悲鳴をあげて逃げ出した。
彼らには正体不明のこの男がそれこそ魔物染みて見えたのだろう。
一人討たれ、一人逃げる度に多数という唯一の有利すら消え去っていく。
それから程なく、タツマの周囲に夜の静寂が戻る。
静かな森の中、その場に立っているのはタツマだけだった。




