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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その19

 野盗達は裏口より駆け出した。

 もはやガストンの指示を待つまでもない。

 皮肉なことに今こそまさに野盗達の心は一つとなっていた。


 人質に逃げられる。

 それは誰の目にも明らかな計画の破綻だった。

 逃げ出した村人は当然自分達のことを訴えでようとするだろう。

 そうなれば、いずれ領主の合同軍にも自分達のことは知れ渡る。

 そうなればこの計画もおしまいだ。


 潔く諦め、今すぐこの村から撤退するという手もある。

 しかし、今は大規模捕縛作戦の真っ最中である。

 思わぬところで領主軍と鉢合わせる可能性だって0ではない。

 領外へ逃げるにせよ、領主に自分達のことが伝われば当然、近隣の領へも知らせはまわるだろう。

 いかに領ごとに警察組織が独立しているとはいえ、野盗団の領外逃亡ともなれば当然、他領の領主も警戒するに決まっている。

 その結果、訪れるのは安息の地を失った隠者の如き逃避行となるだろう。

 その生活の悲惨さ惨めさは想像するまでもない。

 故に野盗達は走る。


 まだだ!


 まだ、取り返せる!


 逃げた村人全てを捕獲するのは野盗達にとっても難しい。

 しかし、全てを捕らえる必要はない。

 ある程度の村人・・・・・・女、子供であればなお望ましい、それらを捕らえ人質とすれば再び村を手中に収めることだって可能だろう。

 故に走る。

 致命的な失敗の挽回を賭け、野盗達は逃げていく村人目掛けひたすらに走った。



 裏口から逃げた村人達は村の入り口ではなく、森の方へと逃げ込んだ。

 行く先には次第に木が増え、いまや林といった状態だ。

 事前に村の下調べを済ませてあるとはいえ、地の利は村人にある。

 入組んだ林の中では木々に遮られ、ともすれば村人を見失いそうになる。

 見失わない為には必死で村人の背を追うほかなく、回り込んで挟撃するといった策を弄する余裕も野盗達にはなかった。

 一方、村人も散らばって逃げるということはできない。

 確かに入組んだ木々は彼らの逃亡を助ける。

 しかし、いかに森の浅い部分であるとはいえ、下手をすれば魔獣と遭遇することだってありうる。

 そうなれば、戦えない者はもちろん、戦える者だって戦っているうちに野盗達に追いつかれかねない。

 よって魔獣の襲撃を防ぐ為にも、魔獣を寄せ付けぬよう一塊での逃亡を余儀なくされていた。


 野盗と村人、その追跡と逃亡はおおよそ直線の軌跡を描くように進んでいった。

 いかに強化された身体といえど野盗も村人も走る速さは一様ではない。

 走る距離が長くなるほどに速い者は先んじ、遅い者は遅れていく。

 野盗の中で先頭を走っているのはマルクという男だった。

 比較的歳若い野盗でひょろりとした長身の持ち主だった。

 力はさほどでもなく、頭もけっして回る方ではないが、その長い足によって生み出される速力は他の野盗達と比べても抜きん出たものがあった。

 マルクは他の野盗を引き離し、みるみるうちに村人との距離を縮めていく。

 夜闇の中、とうとう村人達の姿が射程距離へと入った。

 村人達の後方を走るのは、年寄り、子供を抱えた親、女、子供。

 どれも人質に取るには好都合な者ばかりだ。

 足への強化を更に強め、今にも村人目掛け飛び掛らんとした時、マルクはそれに気が付いた。

 マルクと村人の間に立つ1人の男。

 中肉中背、まだ歳若い男。

 武器らしきものは持っていない。

 それどころか【身体強化】すら行っている様子がない。


 逃げ遅れた村人か?


 マルクがそう考えるほどに彼は無防備・・・だった。


 予定と違うが構わない。まずは1人。


 そう考えるほどに与し易い相手と見えた。

 全身を強化し、その男へと飛び掛る。

 その男は今だ【強化】をした様子はない。


 やった!


 確かな手応え。

 安堵と満足。

 そして、マルクの意識は闇へと沈んだ。



 後ろに続く野盗達は思わず足を止めた。

 逃げ遅れた村人らしき男に飛び掛ったマルク。

 次の瞬間、マルクは一瞬垂直に持ち上がり、そして大地へと崩れ落ちた。

 崩れ落ちたマルクの向こうに見える一人の男。

 武器を持たず、大きな魔力も感じない。

 その外見だけを見れば、逃げ遅れた村人としか思わないだろう。

 しかし、今目の前でこの男がなにか(・・・)をしてマルクを倒した。それはまぎれもなく事実であった。


 こいつが見張りを倒した男か?


 野盗達は警戒し、様子を伺うがどうしても信じられない。

 如何に目をこらしても武器らしきものは持っておらず、如何に【魔力視】をこらしてもその男の身体にはごく僅かな魔力を纏っているのみだった。

 その程度の魔力を纏ったところで大した強化は得られない。

 逃げていく村人達の強化の方がよほど強いくらいだった。


 村人?


 野盗達は視線を男から村人へと移す。

 一度は目前にまで捉えていた村人の姿が再び遠くなっている。

 

 いつまでもこの男に構っていられない。


 そう考えたのだろう。

 1人の野盗が男目掛けて飛び掛る。

 その野盗は身長ではマルクにやや劣るものの、その頑強な体躯はマルクの比ではなかった。

 右手には蛮刀を持ち、飛び掛りつつ大きく振りかぶる。

 どこか不気味なその男を人質にとるのは諦めたのだろう。

 彼は諦めると同時に排除に取り掛かった。

 やや単純ではあるが、この状況において彼の判断はけっして間違いではない。

 目的を邪魔するものは速やかに取り除く。

 彼の切り替えと判断力は充分に賞賛に値するものといえるだろう。

 

 故に彼の間違いはその行動ではない。

 相手と彼我の実力差。

 その二つであった。



 蛮刀を振り上げ迫る巨漢。

 同じく男も踏み込み彼我の距離を縮める。

 互いの距離が約四歩分の間合いとなった時、男の動きがほんの僅かに加速した。

 もし【魔力視】で様子を伺っている者がいたならば、男がその瞬間、【身体強化】を発動させたことに気が付いただろう。

 しかし、その【強化】はまだ野盗達にとって問題視するに値しない極微弱なものでしかなかった。

 そこが勝負の分水嶺。

 もし巨漢が男の意図を正しく理解することができていれば、その結末もあるいは変わったかもしれない。

 この場において男が【身体強化】に求めたのは「速さ」ではない。「強さ」でもない。

 求めたのは「間合いの誤認」であった。

 未強化の状態から至近距離での極僅かな強化。

 もしこれが急激な強化であったならば、話はまた違った。

 巨漢もまた相手を警戒し、対処することができたかもしれない。

 しかし、現実に起きたのは強化とも言えない程の極僅かな変化。

 その微弱な変化を巨漢の意識は「取るに足りないもの」として注視することがなかった。

 それこそが男の狙いであり、巨漢の敗因。


 人は無意識の内に「予測」をする。

 それは戦いに限らない。

 例えばキャッチボール。例えば誰かとの握手。

 飛んでくるボールの位置。差し出される相手の手。

 人は無意識の内、辿るであろう未来を予測し、それに目掛けて行動を行う。

 誰に教わることでもない。

 大人であれ、子供であれ、人が生きていく中で極普通に、当たり前に行っていることだ。

 しかし、それは時として致命的なエラーを引き起こす。

 相手が下手くそで投げられたボールが予想もしない方向に飛んだら?

 握手を求めてきたと思った相手がその実、握手ではなく腕時計を見ようとしただけだったら?

 戸惑いはしないだろうか。

 予測と現実の錯誤は時に人の思考を困惑させ、混乱させる。

 つまるところ、巨漢と男の戦いもそれと同じことであった。

 

 斬りかかる巨漢。

 彼は無意識の内に相手を斬るべきタイミングを計る。

 しかし、その目論見は直前に急遽瓦解する。

 己の予測よりほんの僅かに速く間合いを詰める相手の動き。

 これが急激な加速であったなら彼も認識を修正できた。

 しかし、強化されたともされていないともとれる微弱な変化。

 それが彼に認識を修正させぬまま行動を続けさせる。

 違和感を抱えたままの行動が最後の瞬間となって致命的なエラーを叩きだす。

 予測と現実の食い違い、それが巨漢の意識に僅かな困惑を生む。

 時間にして、ごく一瞬でしかない逡巡。

 しかし、戦いの場においてその迷いは致命のものとなった。

 巨漢の逡巡を突き、男は更に間合いを詰める。

 蛮刀の間合いから己の間合いへ。

 その時には巨漢も己の失策に気付くが既に遅い。

 男は右拳を突き出す。

 適切な狙いと型。そして最小限の強化。

 魔獣相手ならいざ知らず、人間相手にはこれで充分だった。

 狙いすまされた拳は巨漢のみぞおちに突き刺さり、その巨体をくの字に折り曲げる。

 特大の苦痛に喘ぐ巨漢。 

 それを尻目に男は余裕を持って左の掌底で巨漢の顎をかち上げる。


 頭を揺らす強い衝撃。

 薄れていく意識の中で巨漢は場違いな笑い話を思い出す。


 下調べをしていた仲間から聞いたのだ。

 「この村では最近、なんと『勇者様』が現われたのだ」と・・・・・・

 巨漢はその話を聞いて吹き出した。仲間も無論信じてなどいなかった。こらえきれぬとばかりに2人で大笑いをした。

 田舎者の馬鹿げた噂話だ。そう言って笑った。

 その『勇者様』は何ていっただろうか?

 そう・・・たしか、タツ・・・マ・・・・・・


 巨漢は大地へと崩れ落ちた。

 

 

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