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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その18

 予想外の知らせは野盗達の思考をしばらく停止させた。

 しかし、さすがにと言うべきだろうか。

 最も早く立ち直ったのはリーダーであるガストンだった。


「すぐに現場へ案内しろ!あと水系の魔術が得意な者は俺と来い!他の者はここにとどまって見張りを続けろ!」


 即座に周囲に指示を下し、現場へと駆け出す。

 ガストンの顔は今までとは比較にならない程、緊迫した様子だった。

 派遣兵士や冒険者からなんらかの抵抗、反撃を受けることは彼とて計画に織り込み済みだ。

 それ故に見張りが何者かに襲われたと聞いた時もさして慌てることも無かった。

 彼が最も恐れていたのは反撃ではない。村の異変を外部に悟られることだ。

 数十名からなる野盗集団。村に駐在している派遣兵士、冒険者を相手どるには充分すぎる戦力だ。

 しかし、もし村の異変を外部に悟られ、それが合同軍に知れてしまうようなことがあれば話は別だ。

 数百名からなる領主の合同軍の前では数十名の野盗集団など紙くずより儚い。

 だからこそガストンは「外部に異変を悟らせない」という点を何より優先して計画を立ててきた。

 そういう点で考えるならば、火事など思いつく限り最悪のアクシデントだ。

 火事が起きれば、煙や火の手から村の異変に気付かれる可能性だってあるかも知れない。

 だからこそ、襲撃の際も焼き討ちはもちろん炎系の魔術も極力控えさせた。

 それでも起きてしまった襲撃の際の小火は野盗達の手で直々に消火した。

 小火を引き起こした手下については、処刑こそしなかったものの充分に叱責し、改めて以後このようなことのないように手下全員に強く言い聞かせた。

 彼等とてガストンが容赦ない処罰を行う人間であることはこれまでの行動で充分に理解している。

 その上、いまや計画も佳境。まさか煙草の消し忘れで小火を起こすような真似などよもやすまい。

 火事の原因はわからない。

 しかし、一刻も早い消火の為、ガストンは現場に向け、全力で疾走した。



 火災の現場は村はずれの古い材木置き場だった。

 今はあまり使われていない場所なのか、材木は野ざらしで無造作に放置されている。

 おそらく野ざらしになっていたことで雨水などの水分を多く含んでいたのだろう。

 発生する煙の割りに火の回りは遅く、ガストンと魔術を得手とする数人の野盗達によって、ほどなく火は消し止められた。

 状況が落ち着いたところで第一発見者である歳若い野盗に状況を確認する。

 何でも村を見回っていた際、村はずれで煙が立ち上っているのを見かけ、慌てて報告にきたとのことだった。

 すぐに報告に走った為、周囲の確認はできなかったようだ。

 期待していたような情報は得られなかったが早期に鎮火できたのは何よりだった。

 おそらく状況から考えて火を放ったのは件の冒険者だろう。

 火を放った意図は明確だ。

 どうやら相手は悪戯に戦うだけの猪武者ではないらしい。

 こちらも相応に手を打っていく必要があるようだ。

 そんなことを考えつつ、ガストンは発見者である歳若い野盗に労いの言葉をかけようとするが、その言葉は背後からの怒声により言い終えることもできぬままかき消された。


「この役立たずが!おい!てめぇらまだそいつは近くにいるはずだ!草の根わけても探し出せ!!」


 背後で大物ぶった幹部格の野盗・・・コンラッドと言っただろうか、その彼が怒声を上げつつ周囲に指示を下している。

 あぁ・・・こいつも来てたのか。

 そんなことを内心考えたところでガストンは違和感に気が付く。


 てめぇら?


 ガストンは嫌な予感を感じつつ背後を振り返る。

 コンラッドは相変わらず大物気取りの様子を崩さぬまま十数名の野盗達にあれこれと怒声を投げかけている。

 

 十数名。

 これは村長宅にいた野盗の過半数だと言える。


 ガストンは恐る恐る訪ねる。


「・・・おい。人質の見張りがどうした?」


 ガストンの言葉にコンラッドは振り返る。


「ああ、問題ねぇよ。ちゃんと5人ほど見張りには置いてきたぜ。」


 「抜かりはない」とでも言わんばかりのコンラッドの様子にガストンは思わず眩暈を感じる。

 それなりに手下もいる野盗だったから幹部役も任せていたが、まさかここまで頭の回らない奴だったとは・・・

 たまらず、コンラッドの自信満面の顔を殴り飛ばす。

 殴り飛ばされたコンラッドは顔に困惑と怒りの表情を浮かべるが、そんなものには構わずガストンは大声で周囲に指示を下す。


「今すぐ屋敷へ戻れ!これは陽動だ!」


 何人かの野盗はハッとした顔で慌てて屋敷へと駆け出す。

 一方、コンラッドを含め何人かの野盗は今だピンとこない表情のまま屋敷へと向かっている。

 ガストン自身も駆け出しながら内心で後悔をする。

 仲間選びにはもっと知性を考慮すべきだったと。



 火災の現場は村はずれの材木置き場。

 火をつけたのは野ざらしで水気を大いに含んだ材木。

 こんな場所にわざわざ火をつけたのだ、よもや焼き討ちが目的だなどということはある筈もない。

 まぁ、村人の救出が目的なのであれば焼き討ちなどする筈もないのだが・・・

 相手がどれほど計画を読んでいるかはわからない。

 しかし、相手は少数で目的は村人の救出。

 それを考えれば相手の行動の意図もおのずと読めてくる。

 まずは村の各所に散っている見張り番達を各個撃破し、野盗側の人数を削る。

 それによって動揺を誘い、すかさず火災という騒動を起こす。

 村に留まっている以上、当然野盗達も事態の確認に向かうだろう。

 その隙を突き、あわよくば人質の奪還。

 それが無理ならば事態の確認にきた数人を討ち、次の機会を狙う。


 なにも目新しい策ではない。むしろ極めて凡庸な策だ。

 それ故にガストンもそれを読んで、現場の確認には最大戦力である自分が向かい、人質の見張りには充分な人数を残すことで対応できる筈だった。

 彼にとって予想外だったのは敵の策ではない。

 よりにもよって自分の味方がそんなことすら考え付かないほどに馬鹿だった・・・その一言に尽きる。

 単独であったとはいえ見張り達を周囲に気付かせぬまま抵抗も許さず撃破してきた手練れだ。

 たった5人の見張りでその相手に対抗できるか?

 できるというならば、それはあまりにも楽観的だ。

 

 ガストンは走る。

 自分の考えが杞憂であることを願って。

 相手の行動に先んじられることを願って。


 屋敷に辿り着いた時、その光景はまさしくガストンの予想通りだった。当然、悪い方向に。

 正門の見張りは大の字になってのびている。

 他の4人も負傷の状況に差はあれど、全員気絶もしくは戦闘不能状態にされた上で転がされていた。

 広間を確認するも、そこに人質の影はない。


 開け放たれた裏口。

 その遥か向こうに駆けて行く村人達の姿。

 ここに至って、ようやく全ての野盗が自分達は出し抜かれたという事実に気が付いた。

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