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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その16

 村の入口、ダグラスは数度目のあくびと共に苛立ちを噛み殺す。

 派遣兵士の服を纏っているが、それには似つかわしくないけだるげな立ち姿。

 彼もまた村を襲った野盗の一人だった。

 早数時間に及ぶ見張り仕事、にもかかわらず来るはずの交代はいまだに現われない。


「酒でも喰らって寝てんじゃねぇだろうなぁ・・・」


 本来であれば自分から出向いて文句の一つも言いに行きたいところではあるが、今の自分の役目を思えば、そうもいかない。

 ダグラスは元冒険者だった。しかし依頼人を守るより、依頼人から財産を強奪した方が早いと気が付いた時、彼は冒険者を辞め、野盗へと堕ちていった。

 そんな経歴の彼である。その性格は刹那的かつ短絡的な快楽主義で、本来であれば「真面目さ」や「職務への責任」などというものからは最も縁遠い男だ。

 そんな彼がそれでもさぼらず見張り仕事に従事している理由は明確だ。

 「我が身の安全」、そして「恐れ」、その二つだった。


 ダグラスは元々数名の仲間と一緒に仕事を行う、小さな野盗集団の一人だった。

 道行く行商人、旅人達を襲い金品を強奪し、日々を自堕落に過ごしていた。

 しかし、そんな彼に危機が訪れる。領主先導による大規模な野盗狩りだ。

 近いうちに行われるという野盗狩りの情報を元冒険者としての伝で聞き、ダグラス達は恐れ慄いた。

 大規模な野盗狩りが行われるのはこれが初めてではない。

 彼自身も冒険者時代に立身出世を夢見て参加したことがある。

 あいにくと出世はもちろん手柄を立てることも覚束なかったが、その時の光景は今でも覚えている。

 領主の号令の下、派遣兵士と冒険者の合同軍、全体で約数百名に及ぶ人員が街道から予測される根城までくまなく探査を開始するのだ。

 野盗団の人員など10名もいれば充分な大所帯だといわれる。

 対して合同軍の数百名。比較するのも愚かしい戦力差だ。

 兵士と冒険者による即席の連携、けっして精度の高いものではないが、圧倒的な人数はそんな些事をたやすく踏み越えて野盗達をしらみつぶしに捕らえていった。

 次々と捕らえられる野盗達、無論捕らえられただけで終わる筈もない。

 捕らえられた彼らに待ち受けているのは尋問という名の拷問。そこで根城、活動範囲、仲間達の名前や素性、おおよそ思いつく限り全ての情報を吐き出させられる。

 情報を吐かされ搾りかすのようになった彼らをいよいよ処刑が待ち受ける。

 悪ければ死刑、軽くても十年以上に及ぶ僻地での強制労働。

 その運命は捕まった野盗全てに一切の温情も無く待ち受けているだろう。


 以前はダグラスも野盗を捕まえる側だった。しかし、今度は捕まる側だ。

 捕まった野盗達の悲惨な末路も充分に知っている。

 しかし、僅か数名の仲間でこれに対抗するなど不可能。

 では逃げるか?それも困難を極める。

 関所を通らぬ領内外への出入りはそれ自体が重罪だ。

 うっかり捕まった挙句、野盗であることまでばれれば、その先の末路など想像することすら恐ろしい。

 仮にうまく領外に出れたとしよう。そこでも更に過酷な未来は待ち受けている。

 野盗稼業もただ人を襲うばかりではない。

 土地勘と冒険者時代に培った情報、伝、それらをフルに活用して日々活動しているのだ。

 それが土地勘のない領外で同じように活動ができるか?答えは否だ。

 派遣兵士や冒険者の活動範囲もわからない。活動を始めた途端に彼らと鉢合わせる可能性も充分にある。

 そもそも土地勘がないので商人や旅人の通る道筋もわからない。

 下手をすれば、野盗をやる前にのたれ死ぬ可能性すらある。

 行くことも退くこともかなわない。

 ダグラス達にできるのは捜査の網にかからぬよう祈ることだけだった。

 だが、そんなダグラス達に声をかけた者がいる。

 それが今のボスだった。


 名前はガストン。それが彼の名前だ。

 元Cランク冒険者にして、これまで幾度もの派遣兵士、冒険者の追撃をかわし続ける領内で最も名の知れた野盗の一人。

 彼は己の有する特異な技を用いて略奪しごとを繰り返す、野盗達の間ではもちろん冒険者ギルドでも賞金をかけられるほどの有名人である。

 当初、接触してきたガストンに対し、ダグラス達は疑いの目を向けた。

 仕事をやりやすくする為に名前や経歴を偽るのはこの業界ではよくあることだからだ。

 しかし、目の前でガストン本人であるという疑いようのない証拠を見せ付けられ、ダグラス達の疑いは瞬く間に解消されることとなった。

 そうして改めて彼の話を聞いたところ、彼が持ちかけてきたのは提案だった。


 曰く、「自分の配下につけ、そうすればお前らをこの危機から救ってやる。」


 唐突な提案はダグラス達を困惑させた。

 確かに略奪しごとをするにはある程度の人数も必要だ。

 しかし、それも多すぎれば各自への分け前も減る上、行動する上でも目立ち過ぎる。

 それ故に野盗達にとって仲間を増やすという行為はさほど意味のある行為ではないのだ。

 まして今は大規模な捜査を目前に控えている。この上、目立つような真似は自殺行為ではないか?それがダグラス達の偽らざる感想だった。


 困惑するダグラス達を前にガストンは笑みを浮かべつつ己の計画を話し始めた。

 まず、ガストンもダグラス達が考えるようなことは当然理解している。

 従って、ただいたずらに人数を増やそうとしている訳ではなかった。

 彼が声をかけているのは元冒険者、元派遣兵士、なかでも過去に今回のような野盗捕縛作戦に参加したことのある面々だった。

 ガストンの計画はこうだ。

 まず、集めた野盗達と各自の情報、経験を統合し、捕縛作戦の活動範囲、警戒箇所についての予測を立てる。

 捕縛作戦に際し、冒険者と兵士の合同軍はまず中心街に集められ、そこから拡散及び捜査を開始していく。

 合同軍は領主が動かせる規模としては最大級の人数であるといえる。

 しかし、その行動は物量にモノを言わせたしらみつぶしの行動であり、行動の傾向自体はそれほど複雑なものにはなりえない。

 過去の参加経験と最近の自分達の略奪の活動範囲、それらを照らし合わせれば、充分に先読みすることは可能だ。

 そうして、合同軍の捜査が最も薄い場所として選ばれたのがこの村だ。

 中心街から遠く、駐在の派遣兵士は僅か4名。

 大した特産品があるわけでもなく、周囲は魔獣の生息する森に囲まれている。

 まごうことなき田舎の村であるが、ガストンにとっては理想の場所と言えた。


 作戦の次の段階はこの村を占拠すること。

 通常の野盗達であれば、さすがにそこまでの大仕事などできるはずもないが、ガストンの元に集まった数十人に及ぶ人員と事前の下準備があればそれもけっして不可能ではない。

 村を襲って占拠し、捕縛作戦が終了するまでの数日間、自分達も村人を装い捜査から身を隠す。

 そもそも人の往来の少ない田舎である、村人が入れ変わったところで露見する危険も少ない。

 行商人や冒険者がやってくる可能性はあるが、その時は「今、村に疫病が蔓延している」とでも言っておけば強いて村に立ち寄ろうともしないだろう。

 それでも、なお村に入ろうとしたり、怪しむ者がいるならば、その時はそいつも捕らえるなり、始末するなりしてしまえばいい。乱暴な手段ではあるが数日間であればさして怪しまれることもないだろう。


 そして、作戦の最終段階は領外への逃走だ。

 この村を潜伏先として選んだのは先に言ったとおり、捜査の影響がもっとも薄いと思われる場所だからだ。

 しかし、利点はそれだけではない。もう一つの利点は森だ。

 この村と森は隣接する領との境界付近に位置している。

 深い森と山を抜けたその先は隣接する他領だ。

 通常であれば見張りの厳しい境界であるが、魔獣達の生息する深い森の中ということもあり、人間による監視は極めて薄い。 

 数日間を耐えしのぎ、作戦が終了し混合軍が中心街に戻っていくタイミングを見計らい、一気に逃走を開始する。

 この世界の警察組織は国家レベルの犯罪でもない限り、領ごとに独立して取り締まりが行われている。

 つまり、領外へ出てしまえば、彼等も罪に問われることはなくなるのだ。

 これで残る問題は領外へ出た後の生活と森の踏破だ。

 これらの問題については全てガストンによって解決が可能だ。

 そして、それこそがガストンから他の野盗達に提供する報酬でもある。


 まず、領外での生活。

 ガストンは冒険者時代、隣の領でも幾度と無く仕事を行ってきた。

 冒険者もCランクにまで達すると、領と領をまたぐような依頼も多数こなすことになる。

 それゆえにガストンは隣の領の土地勘もそれなりに持っている。

 従って、彼と今後も行動を共にするならば、隣の領でも野盗をすることは充分に可能なのだ。

 それどころか、参加する野盗の数を考えれば、もっと大きな仕事に手を染めることも可能かもしれない。

 彼等は罪を帳消しできるだけではなく、隣の領で新たな生活を始めることすら可能なのだ。


 そして、森の踏破。

 魔獣が多数生息する森は通常、野盗、冒険者にとっても危険な場所であるといえる。

 しかし唯一の例外はガストンだ。

 彼の持つ特異な能力を持ってすれば、野盗達は一匹の野獣とも遭うことのないまま、森を踏破することも可能だろう。

 ガストンと行動を共にする限り、これは全く障害となりえないのだ。


 ダグラスを含め野盗というものは要するに法に反するならず者である。

 本来であれば、誰かに頭を下げることも手下扱いされることもまっぴら御免の筈だが、目前の危機を回避できて、なおかつ新たな生活のお膳立てまでしてくれるというのならば話も変わってくる。

 ガストンに声をかけられたほぼ全ての野盗は彼の提案に乗り、軍門に下ることを了承したのだ。

 とどのつまり、そういった事情からダグラスは退屈な見張り仕事を柄にもなく真面目に行っている。

 ガストンは確かに彼等に救いの手を差し伸べた。しかしそれはけっして善意からではない。

 甘い飴もチラつかせるが、必要とあれば容赦のない鞭・・・いや処刑を下す男でもある。

 事実、配下になった野盗の中には真面目に仕事をこなそうとしない者、ガストンに代わり頭目に躍り出ようとする者も何人かいたが、そういった者達は例外なくガストンの力によって処刑されていった。

 

 曰く、「役に立たない者は必要ない」


 容赦のない処刑は野盗の集団にある種の規律と恐怖をもたらした。

 「身の安全」と「ガストンへの恐怖」、その二つが野盗達の法だった。

 故にダグラスも内心不満を抱えつつも見張りはサボらない。

 彼の主な任務は外部からの訪問者への対応。

 疫病などを理由にうまく追い返せればよし。

 追い返せなければ、所定の場所まで案内した上で仲間を呼び、そのまま袋叩きに始末する。

 極めて単純な仕事ではあるが計画を遂行する上で欠くことのできない仕事だ。

 しかし、今や夜更け。

 この田舎の村をこんな時間に訪ねてくる者などまずいない。

 サボることのできない極めて退屈な仕事。

 いまだ現われない交代に苛立ちを募らせつつ、再びあくびを噛み殺す。


 そうして更にしばらく待つうちに背後で足音が聞こえた。

 かさり、かさりと地面を踏む小さな足音。

 見張りの為、強化していたダグラスの聴覚は聞き漏らすことなくその音を拾い上げる。

 ごく自然に歩むその音はいたって静か。

 仮に逃亡を図る村人の足音であればもっと急いで動く筈だ。

 仮に反撃を試みる為にやってきた者ならば、当然【身体強化】を掛けて向かってくる筈なのでこんな静かな足音になるはずもない。

 おおかた、ようやくやってきた交代の足音だろう。

 

「おい!遅ぇぞ・・・」


 振り向き声をあげようとしたダグラス。

 その瞬間、彼に僅かな衝撃が走る。

 ダグラスの視界は一瞬、星空を捉え、そしてそのまま暗転した。

 

 村の入り口はダグラスが見張っていた時と変わらず、ただただ静かだった。

 

 

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