番外編 モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その13
村からの火の手を確認し、急いで丘から駆け下りようとするが、そこで更なる異常に気付く。
村の入り口には派遣兵士の詰め所が建っている。
そこで派遣兵士達は交代で村の警備をしているのだ。
今も村の入り口には派遣兵士が見張りに立っている。しかし、その様子がおかしい。
遠目ではあるが、俺の見たことのない兵士だった。
それだけであれば、たまたま俺の見たことない兵士が見張りに立っているということで納得できたかもしれない。
しかし、その立ち姿は妙にだらけた様子で、それが俺に違和感を感じさせた。
派遣兵士は中心街での厳しい訓練を乗り越えて職務につく、いわばプロフェッショナルである。
その派遣兵士が夜間の見張りとはいえ、あのようにだらけた姿をしているのは少しばかり異様だ。
加えて、もし村で火事が起きているのだとすれば、何故彼はのんきに見張りなどしているのか?
この村の派遣兵士は通常4名しかいない。
火事など起きれば、4名が総出でも手が足らない筈なのだ。
積み重なる違和感。俺は丘の上に身を潜め、更に様子を探る。
見張りの兵士は相変わらず、だらけた様子で見張りを続け、火事場に向かう様子はない。
加えて気が付いたが、村も異様に静かだった。
確かに既に日は暮れたが、まだまだ深夜というには早い。
いつもであれば、まだ村人も出歩いているし、火事など起きれば様子を見に行くことぐらいするだろう。
しかし、今の村は見張りに立っている兵士以外に行き来する人の姿が見られない。
これは確実におかしい。
これは何かしらの事件だ。
そう考えた俺は正面から村に入るのを辞め、森を通って村はずれの教会まで向かうことにした。
この村は元々、森を開拓して作られた村らしい。
その為、現在でも正面以外の三方はほぼ森に囲まれた状態だ。
俺は夜の森をくぐりぬけ、村の奥の教会を目指す。
連日の魔獣狩りで慣れていることもあり、今や俺にとってこの森は勝手知ったる庭のようなものだ。
夜闇を苦にすることなく、俺は一気に森を駆け抜けた。
森の中から様子を窺う。
教会も静まりかえり、外からは人の気配が感じられない。
いつもであれば、食事を終えた子供達が室内で遊んでいるくらいの時間帯なのだが・・・
周囲にも人はいない。
意を決して教会の中に入る。
教会の中も静まりかえっていた。
しかし、たたみかけの洗濯物や冷めてしまった夕食のスープがそのまま放置されている。
ただ出かけたというには不自然だ。
よほど慌てて出かけたか、もしくは・・・
「ベネット神父!レティさん!誰かいませんか!」
俺は小声で呼びかけるが返事はない。
「タツマです。今帰りました!誰かいませんか?」
俺は教会内を歩きつつ、呼びかけを続ける。
やはり誰もいないか、そう考え始めたとき、どこかでガタりと物音が聞こえた。
物音がした方に足を運ぶ。そこは厨房だった。
中を窺うが、やはり誰もいない。
さして広い厨房ではない。どこかに隠れ潜むのは難しいだろう。
しかし、不思議とそこには人の気配が感じられた。
俺は魔術【感覚強化】をつかう。
強化するのは聴覚だ。
俺は目を閉じ、耳をすませる。
静まりかえった教会。聞こえてくるものといえば教会の外の風の音ばかりだった。
それでも更に聴覚を強化していくと、不意に俺の耳が風とは異なる音を感知する。
風の音よりずっとか細く、どこか不規則で連続的なその音。
それは誰かの呼吸音だった。
音を追って厨房に入る。
音は床下から聴こえていた。
そこで俺は思い出す。
転移からまもない頃、教会の家事を手伝ったときに聞いた話だ。
「厨房は狭いので、保存食は地下の保管庫に閉まっている」と。
俺は薄暗い厨房の床を見て回る。
確か厨房のどこかにあった筈だ。
それは程なく見つかった。
厨房の簡易机の脇。そこの床に取っ手のようなへこみが見られる。
俺はそこに指をいれ、力を込める。
微かな重みと共に正方形上の板が床から持ち上がった。
おそらくこれが出入り口をふさぐ蓋だったのだろう。
厨房の床にぽっかりと地下への入り口が開く。
俺は魔術の灯りをともし、中を窺う。
元々、食料の保管に使う程度の場所である。
地下室というほど大したものではなく、むしろ「床下収納」とでも呼んだ方が適切な広さの狭い空間だった。
入り口で灯りをともし様子を窺う。
普段あまり使うこともないのか、ものはそれほど置かれていない。
地下を照らしていると、再びガタりと物音が聞こえた。
やはり地下からだ。
俺入り口から地下へと降りる。
地下はまともに立てない程、天井が低いので俺は身を屈めるようにして様子を伺う。
部屋の隅を照らしたとき、そこにかすかに動く影を見て取った。
俺は身を屈めたままそちらに向かう。
俺が近づくにつれ、その動きは顕著なものとなっていく。
「・・・いや・・・こないで・・・・・・」
怯えた弱々しい声が聞こえる。
聞いたことのある声だ。
俺は灯りを強め、そこを強く照らし出す。
相手はびくりと身体を震わせながらこちらを向く。
「レ、レティ・・・さん?」
「え・・・タツマさん・・・あぁ・・・よかった。」
俺のことに気が付いた彼女はすぐさま俺の方に寄り、抱きついて幼子のように泣き始めた。
よほど何かに怯えていたのだろう。
緊張の糸が切れた彼女はその後もしばらく落ち着かず、俺の胸に縋って泣き続けた。
しばらく泣き続け、ようやく落ち着いたレティさんに俺は疑問を投げかけた。
「レティさん。何があったんだ?村の一部では火の手が上がってるのに見張りの派遣兵士は動こうともしない。その上、村人の姿も見えないし、教会も空っぽ、これはどういうことなんだ?」
俺の問いに彼女は再び顔を俯かせる。
そして搾り出すように答えた。
「・・・・・・村に野盗達が攻めてきたんです。神父様も子供達も皆捕まってしまいました。お願いです。タツマさん。皆を・・・村の皆を助けてください!」
突然の事態。
それに頭がついていかず、俺は呆然とした顔で彼女の言葉を受け止めていた。




