番外編 モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その12
その後も俺はひたすら魔獣を狩り続けた。
早朝に教会を出て、深夜に教会へ帰る毎日。
最近では子供達はおろかベネット神父やレティさんともまともに会話した記憶がない。
リーゼロッテさんの店に行くのも二日置き、三日置きと間隔は空いていった。
もうすでに【翻訳】の魔術は充分に定着している。いまだに通っているのは用心の為だ。
店に行っても魔術のかけ直しと近況の報告だけ済ませたら、すぐに店を出る。
あれ以来、彼女が例の話を持ち出すことは無かった。
しかし、それでも俺は彼女とまともに話す気が起きず、ここ数日は彼女ともまともに会話をしていない。
俺はままならない何かに八つ当たりをするように魔獣を狩り続けた。
「すみません。依頼完了しました。換金をお願いします。」
俺はカウンターでエミリアさんに声をかける。
このやり取りはもはや毎日の日課だ。
おそらく今の俺が一番会話をしているはエミリアさんだろう。
彼女は愛想の良い返事と共に報酬額の計算を始める。
これもいつもの光景。
しかし、俺はそこでふと違和感を感じた。
「・・・なんか、今日は人が少ないですね。」
ギルドの中は閑散としている。
職員の数はいつもと同じだ。少ないのは冒険者の数だ。
いつもであれば田舎の村とはいえ、多くの冒険者達が依頼の物色や交渉をしているギルドであるが、今日のギルドは俺を含めて数名の冒険者しかいなかった。
「何言ってんですかタツマさん?今ほとんどの冒険者の皆さんは中心街に行ってますよ。タツマさんにも声掛けたじゃないですか?」
エミリアさんの言葉に俺も納得する。
すっかり忘れていたが、そういえば今、中心街では大仕事の真っ最中だったのだ。
中心街とはこの辺りを治める領主のいる街。いわばこの領内における首都のことである。
そして、その中心街のギルドを中心に今、大規模任務が遂行されている。
それは、領内の大規模野盗団の一斉捕縛作戦だ。
最近、領内では野盗達による犯罪事件が数を増している。
彼らは村と村を渡る馬車や人を狙い、それを手にかけているのだそうだ。
村にはそれぞれの特色がある。言い換えれば、けっして一つの村だけで生活に必要なものはまかなうことができない。従って、互いに人や物資のやり取りをすることで人々の生活は成り立っているのだ。
それを妨害する野盗の行いは人々の安全だけでなく領内全ての生活そのものを脅かす悪行だった。
そしてこれを問題視した領主と派遣兵士団本部は一大作戦の決行を決意。
それが、冒険者ギルドとの提携により行う一斉捕縛作戦だった。
この作戦には派遣兵士はもちろん腕に自信のある冒険者達のほとんどが参加している。
多人数が参加する作戦の為、報酬という意味ではあまり期待できない。
しかし、領主の監督の下行われる作戦である。
うまく領主や有力者の目に留まれば、スカウトや何かしらの役職への取立て、つまり立身出世も夢ではない。
明日の栄光を夢見る冒険者達はそれを期待して、一斉に中心街での任務へと赴いているのだ。
今、村に残っているのは立身出世に興味の無い者か腕に自信のない駆け出しだけだ。
ちなみに俺も前者に当たる。
今のところ、出世や栄達にはそれほど興味はない。
むしろ一刻も早く自立できるようにその資金を稼ぐこと、それが第一だった。
他の冒険者がいない今、依頼は選び放題だ。まさに稼ぎ時である。
俺が依頼を物色しているとエミリアさんが声を掛けてくる。
「タツマさん。ちょうどこんな依頼がきてるんですけど、よかったら如何ですか?」
彼女の差し出した書類を確認する。
依頼の内容は商業馬車の護衛任務だった。
冒険者が少なくなっていることを見越して奮発したのだろう。
報酬は相場よりもだいぶ良い金額だ。
普段の俺は近場ですぐに終わる魔獣討伐ばかりをしているので、この手の任務は受けたことが無かった。
俺が今まで受けたことのない依頼に対して迷っているのを見て取ったのだろう、エミリアさんが更に話を続ける。
「たまにはこういう依頼を受けてみるのもいいと思いますよ?今後の仕事の幅も広がりますし。それにタツマさん、あまりこの村以外の場所に出たことないでしょ。偶には他の村を見てみるのも面白いと思いますよ。」
確かに一理ある。
現状、俺は基本的にこの村と周囲の森以外には行ったことがない。
今後この世界で生きていくことを考えれば見聞を広めることはけっして悪いことではない。
幸い、報酬は悪くない上、護衛は隣村まで、片道 約半日の道のりだ。
これならば、一度試してみるのも悪くないだろう。
そう決意した俺はエミリアさんに承諾の返事をする。
その後、打ち合わせと詳細の確認。
さっそく明日、その任務に就くことが決定した。
翌日はまだ空も暗いうちから出発することとなった。
今回護衛するのはこの村に商品の仕入れにやってきた行商人だった。
この村の特産品は周囲の森で採れる木材、薬草、そして魔獣の肉である。
どれも平野に位置する隣村ではなかなか手に入れにくい為、隣村で売ると良い値で売れるのだそうだ。
逆にこちらの村は森に囲まれた山間の村の為、平地にある村と比べると農業はしづらいらしく、野菜などの農作物がよく売れるらしい。
しかしその分大きな金も動く為、それを狙う野盗は後を絶たないらしい。
なので、行商人にとって我が身と商品を守る護衛は商売の生命線なんだそうだ。
初めて受ける依頼なこともあって、大層気を引き締めて仕事に臨んだのだが、予想に反して何もトラブルが無いまま昼頃には隣村には着いた。
護衛した行商人の一人に話を聞いてみると、危険だし警戒はしているが野盗の被害に遭うなんていうのは年に数回あるかないかという頻度らしく、護衛を雇ってもたいがいは何ごとも無く目的地へ着けるようだ。
考えてみればそれも道理だ。
毎度、野盗の襲撃に遭うほど物騒ならのんきに交易なんぞやっている場合じゃないだろう。
結果的に俺は荷馬車に乗せて貰って隣村に来ただけで、特に仕事らしい仕事は何もしなかった。
俺に責任があるわけではないが、こんな状況に若干の気まずさを覚えていた俺だが、行商人達は特に嫌な顔もせず契約どおりの報酬を支払ってくれた。
どうやら護衛は元の世界で言うところの「保険」のようなものらしい。
予想していた以上に今回は楽な仕事だった。
今度からはこの手の依頼も積極的に取っていった方が良いかもしれない。
できれば、帰り道も護衛の依頼を引き受けたかったが、残念ながらそう都合の良い依頼は募集していなかった。
遅くなるようであれば隣村で宿泊することも考えていたが、まだ昼過ぎである。
宿代も馬鹿にならないので、夜までには村に帰ることとする。
すぐに帰るのももったいないので、エミリアさんの提案に従い、村をしばらく見て回ることにした。
村の大きさ、生活レベルにさして大きな違いは感じられない。
平野にある村でむこうの村に比べると畑をよく見かけるがせいぜい違いなどその程度だ。
しかし、この村で俺は久々の開放感を味わっていた。
この村の人達はもちろん道中の行商人達もそうだが、彼らは俺の素性を知らない。
俺が「異世界人」であることも。「異世界の勇者?」であることも・・・
それが俺にはひどく心地が良かった。
ただの平凡な一人として村で過ごせる。むこうの村では長らく得られなかったものだ。
リーゼロッテさんやベネット神父、むこうの村の人達にお世話になったのは否定しないし、感謝もしている。
しかし、あそこでは俺はただの村人でいられない。
「異世界人」にして「異世界の勇者?」なのだ。
そしておぼろげな元の世界の記憶に振り回されるのもいい加減疲れた。
色眼鏡で見られるのも済んでしまったであろうことに振り回されるのもうんざりだ。
せっかく異世界で第二の人生を歩み始めたのだ。
ならば、いっそ何もかも忘れて俺のことを知る者が誰もいない場所で全てをやり直すのもいいかもしれない。
幸い、今の俺であれば冒険者としても欲張りさえしなければ、そこそこに稼ぐことはできる。
その中で見聞を広め、この世界の人と交わり、新しい自分の生き方を模索していく。
それはきっと素晴らしいことなんじゃないだろうか。
太陽が山の向こうに姿を消し始め、空が赤から闇へと変化していく。
行商人と同行していたときより帰りのペースは速い。
帰り道も特にトラブルと遭遇していない。
一人で歩きながらぼんやりと物思いに耽る。
今、中心街では領主監督の下、野盗捕縛作戦が展開されている。
長くとも、あと数日の内にその作戦も終わりをつげるだろう。
その時がいい機会だ。
リーゼロッテさんと中心街に赴き、補助金の申請をしよう。
そしてその補助金とこれまでの貯金を元手に他の村で生活を始めよう。
元々、いつかは自立する約束でお世話になっていたのだ。
補助金の支給はちょうどいい機会だ。
暮らすのは今日行った隣村でもいい。
まずはあそこを拠点に冒険者稼業で暮らしていこう。
そして見聞を広め、ほかによい村が見つかれば、また住まいを移そう。
この世界の人間として広く世界を見て、色んな人と交流していく。
そして俺はこの世界での「俺」を確立するのだ。
その想像は俺の気持ちを至極浮き立たせた。
近頃の鬱屈した気分が一気に晴れていく。
これからの将来に思いを馳せ、俺の顔に笑みが浮かんだ。
村に戻ったら、まずギルドで中心街の作戦の状況を聞こう。
そして、その状況によってはなるべく早く中心街に行けるよう、リーゼロッテさんに話をしなくてはならない。
その為にも早く村に戻らなくては。
浮き立つ俺の足はさらに歩くペースを速める。
ペースの落ちぬまま、俺は小さい丘へ差し掛かる。
この丘まで来ればもう村は見えてくる。
村はもうすぐそこだ。
丘に差し掛かり、俺は村の方へ目を向ける。
そして・・・異変に気付いた。
村から明かり・・・いや、火の手が上がっていた。




